第五十七話 完成!ユキムラちゃん一夜城の巻
『その壱、河川舟運を活用しましょう』
三角中洲の上流、築城物資をそこへ運んだ我らは筏に積み込んでいく。
今までは最短距離で中洲へと簡易の橋をかけて運んでいたが、今回は水路を選んだ。
そして人は舟で、物資は筏で川を下って例の目的地へと向かう…その効率は人馬が輸送する時とは比較にならない。
水の浮力と流体力、これを活かせば今までより速く、今までより多くの資材を運ぶことが可能なのだ。
同じ舟に乗るトウカ殿が灯りで先を照らしながら頷く。
「なるほど…輸送にかかる兵や馬の体力も温存できるわけですね!」
「急がば回れというやつじゃな、必ずしも最短距離を往くことが正解ではあるまい」
尤も、河川舟運を行うのはそれに慣れた船頭が必要だ…
それ故にイルトナ出身のマサック殿がここに派兵されたわけである。
水資源に恵まれたイルトナでは人々と河川の関わりが深い、加えて工兵を率いる彼ならば軍事活用の経験もある。
まさに打ってつけの人材をハンベエ殿は寄越してくれたというわけだ。
「よぉし、下ろせ!なるべく音を立てるなよ!」
「うぅむ…見事じゃ、イルトナの川とは勝手も違おうにここまで操り切るとは…」
「ははは!イルトナよりは若干流れが急ですがこの程度お手のもんでさあ!」
マサック殿は豪快に笑い、部隊の工作兵たちが次々と資材を中洲に運び入れていく。
その手際は迅速にして適格…あのオダ帝国の野戦築城を可能とした手腕が遺憾なく発揮されている。
全ての資材を運び終えるのにそう時間はかからなかった。
『その弐、築城の建材はあらかじめ加工しておきましょう』
資材を運び終えれば次は不要となる筏…これらを陸へと上げ、地面へと突き立てる。
こうすることでこの筏たちは防柵となる…資材だけでなく運搬方法すら活用できるのだ。
また運び込んだ木材や鋼板…それらは既に加工されており、組み立てるだけで簡易の城壁や櫓と化す。
勿論土台から建てる城よりも防御力は低いが外廓さえ作ってしまえば補強は後からでも可能だ。
その仕組みに驚いたヴェマ殿が舌を巻く。
「まさか組み立て式の城とはな…相変わらず発想がどうかしてやがるぜ、異世界人って連中はよ…」
「いいや…さすがにわしもこんな工法思いつきはせんよ、ハンベエ殿はちょっと別格じゃ」
かの墨俣一夜城…有名な伝説の裏にも若き日の太閤殿下と仲の良かった竹中半兵衛の献策があったという。
ハンベエ殿はこの築城法を“普令半分工法”と名付けた…どこか未来の技術のような読み音である。
イルノームによる土塁積みと、ぷれはぶ工法による外廓建築の同時進行…既に見た目は立派な砦の其れと化していた。
そんな時、偵察に出ていたコスケがわしの下へと駆けてくる。
「ユキムラ様!北東の方角に獣人の部隊あり、こちらに向かってきています!」
「…剣神か?」
「いえ…剣神はいません、偵察かと思われます…如何いたしましょう?」
ここで見つかって剣神が妨害に飛んでくれば全てが台無しだ。発見される前に排除せねばなるまい。
急ぎ迎撃部隊を編成しようとするわしの前、サイゾーが一歩出た。
サスケがいなくなりしばらく沈んでいたが…今のその目は強い決意の炎が宿っている。
「わたしがやる…まかせてくれ、ユキムラさま…」
「もう大丈夫なのか、サイゾー?」
「ああ…いつまでもへこんでいたら、しんだサスケにわらわれてしまう…」
いや、あいつはまだ死んどらんと思うが…
ともあれやる気が戻ったのなら何より、さっそくヴェマ隊とサナダ忍軍混成の迎撃部隊が出撃した。
いくら獣人とはいえ剣神が率いていなければ烏合の衆、容易に排除可能の筈だ。
しかし偵察部隊が戻らなければ遅からずこの城の存在は勘付かれる…防御力増強までは間に合うまい。
であれば…―――
『その参、ハッタリを利かせましょう』
あれを使うしかあるまい。
ヴェマ殿に代わり陣頭指揮を行うリカチ殿が思わず苦笑いを浮かべた。
「えぇ…あれ本当に使うんだ…意味あるのかなあ…」
「それはやってみなければわからんじゃろ!ほれ、とっとと立てた立てた!」
急かせば着々と組み上がってくのはモーガン城に並ぶほどの巨大な城……の、ハリボテ。
板に絵を描いただけの其れは遠目から見れば誤魔化しは利くが、横から見れば板であるのが一目瞭然だ。
だが太閤殿下は小田原攻めの際にかつてこの策を使って北条軍を大いに驚かせたという…
その効力の程はさておき、それほど手間がかからず資材もほとんど必要としない策なら使わない理由もない。
真田丸…というには風変わりな城が着々と完成しつつあった。
「ユキムラちゃんの発想にもたびたび驚かされたが…そのハンベエという者はさらに変わった御仁のようだ」
騎兵を率い、川下りとは別ルートで入城したロミィ殿がわしの横に並びながら呟く。
今まで土塁積みすらままならなかった築城が一夜にして完成しつつある…我ながら信じられぬ光景だ。
「わしも驚いておる、まさかここまでとは…」
「一度会ってみたいものだ、まだ仲間になるつもりはなさそうなのか?」
「さて、な…どうやら力を貸してくれるつもりはあるようじゃが…」
ハンベエ殿の心は実際のところ読めない。
最後に会った時…断られはしたが、ハンベエ殿の気持ちが僅かに揺れ動くのを感じた。
だがそれでも結果的にあの御方は山奥の庵に留まった…
ハンベエ殿は何かを待っているのだ…あの時わしはそう直感していた。
(それが何かは分からんが…是非正式に我が軍に加わって貰いたいものじゃ…)
ハンベエ殿の軍略があればこれからの“転生者”との戦いは一気に楽になるだろう。
北部の征伐が終われば再びあの庵を訪れてみよう…今度は色好い返事が聞けるかもしれぬ。
そんなことを考えていると、やがて東の空が白み始めてきた。
夜明けの刻はすぐそこまでやってきている…
◇
夜間偵察部隊が戻ってこない…
その報を聞き、剣神は即座に軍を取りまとめて出撃、北部連合が執拗に拘っている三角中洲まで進軍した。
到着した彼女らの目の前に広がっている光景は…
「これは…驚いたな…!」
「ゆ、夢を見ているようでち…!」
昨日まで何もなかった場所に忽然と城が存在している…
流れる川が堀代わりとなり、さらに岸にいくつもの防柵。その先には高い土塁が積まれている。
敷地の四隅を簡素であるが高い櫓が囲い、城壁も木製ながら堅牢に補強されているようだ。
なによりも驚きなのはその先…石造りの本丸まで既に完成しているのだ。こんなものが一夜でできるわけがない。
「ど、どういうことなんだこいつはよぉ…」
「噂ではヨルトミアの連中は魔術を使うそうじゃねえか…まさか…」
「じょ、冗談じゃねえ…そんな得体の知れない連中と戦いたくねえぞ…」
獣人たちにも動揺が広がる。
彼らは直接戦闘こそは比類なき強さであれど頭は弱く、そして未知の物に意外と臆病だ。
本能に従って生きるからこそ危険察知力が高いと言えるだろう…それは決して悪いことではないのだが。
剣神は顎に指を当てて僅かに思案する。このままでは士気に関わるか。
「よし、攻めよう!一夜で建った城など我らが義の前には藁の家同然!」
朗らかに言えば、慌ててその袖をウサミが掴んだ。
「ま…待つでちお屋形様!迂闊に攻めるのはどう見ても危険でち!」
「なんだウサミ、怖気づいているのか?…よく見ろ、あの本丸はどうも石の冷たさを感じない…おそらくはハッタリだろう」
「それはそれでヤバいでちよ!そんな知略を持った者が敵に居るなら絶対罠があるでち!」
ウサミは断固として力攻めを拒否。
剣神はむぅ…と唸る。ここで制止を振り切って力攻めを敢行することは容易い。
しかしウサミの知略には今まで何度も助けられてきた。ウサミがいなければ獣人軍はとっくに内部崩壊していただろう。
その忠臣の言葉を無視するのは如何なものか…義にもとる行為とも言える。
そんな時だった…―――
「…っ!ウサミ、避けろ!!」
「でちっ!?」
剣神はウサミの襟首を引っ掴み、後方に一角馬を跳躍させる。
一瞬後、先ほどまで剣神が立っていた場所に砲弾が撃ち込まれ激しく炎を噴き上げた。
大筒まで持っていたか…ウサミの襟首を掴んだまま馬を返し、剣神は舌打ちする。
続けて城壁から多くの鉄砲兵が顔を出し、対岸の獣人軍へ向けて散々に一斉射撃を仕掛けてきた。
士気が低下していた獣人軍にさらに混乱が拡がっていく。
「あわわわ…い、今のはなんでちか…!?」
「なるほど…幸隆には及ばないと言ったがその評価は撤回だ!」
鉄砲隊が既に配備されている以上、あの城の防御力は見た目以上に高い。
剣神は瞬時にして悟り、現状戦力では落としきれないと判断…号令を出す。
「全軍撤退!ここは勝ちを譲ってやろう、ユキムラよ!」
全軍撤退…
獣人軍は混乱の最中、なんとか統制を保って剣神の後へと続く。
中洲に立つ城…サナダマル参式の中では剣神の撤退を見、兵たちから歓声が上がった。
ユキムラは深く深く息を吐き、額の汗を拭う。
(なんとか剣神とまともに戦える前衛拠点を手に入れた…問題はここからよ…)
この三角中洲は獣人の支配領域の目と鼻の先。
そんな地に鎮座するこの城、剣神はなんとしても落とそうとしてくるだろう。
それを防ぎながら剣神と獣人軍の隙を見つけ出し、戦略的に勝利を得る…それが北部征伐の勝ち筋だ。
厳しい戦いの予感を感じつつ…今だけは剣神の撤退にユキムラは表情を緩めるのだった。
【続く】




