第五十三話 サスケ、快進撃!の巻
俺が放った煙玉で予選会場は大波乱になった。
談合も個人感情もなし、獣人たちは周り全てが自分の敵と手当たり次第攻撃を開始する。
俺は身を屈め、比較的煙の薄い視点で位置を確認しながら移動。
時折闇雲に襲ってくる獣人を撃退しながら制限時間まで息を潜めた。
やがて煙が晴れる…―――
「えーっと…ひぃ、ふぅ、みぃ…―――ちょうど十六人!予選終了でち!」
ウサミの声と共に銅鑼が鳴らされ、戦闘が終了する。
会場は死屍累々…命を落とした者や重傷を負った者などたくさんの獣人が転がっていた。
その中で生き残った俺以外の十五人は皆目を血走らせ、返り血を浴びて肩で息をしている。
幾ばくもしないうちに四方八方から彼らの敵意と殺意の視線が俺に刺さった。
ヒューマン族め、とんでもない真似しやがって…そんな心の声が聞こえる。
一方で観客もほとんど試合が見えなかったこともあって不満爆発だ。容赦ないブーイングが飛んでくる。
だがそのブーイングは一つの拍手にかき消された。
「うん、見事…視界が封じられた中での戦…よくぞ生き残った」
剣神である。
まるで一人だけ煙の中の試合が見えていたかのようだ。
「戦において必ずしも好天に恵まれるとは限らない…深霧の中で戦わねばならない時もある」
にこりと微笑を浮かべて蘊蓄を傾ける。
獣人たちは神の言葉のように皆それを聞き入っていた。
「そんな中でも冷静に武勇を誇った十六名、賞賛に値する…この後の戦いも楽しみにしているぞ」
再び拍手…釣られるようにして観客席からも万雷の拍手が上がった。
先ほどまでの荒れていた空気は最早どこにもない。満足げに剣神は頷く。
剣神、個人の戦闘能力や指揮能力もさることながらそのカリスマ性も侮れない。
本当に倒せるのだろうか…あれを…―――
「それではさっそく決勝トーナメントに移るでち!対戦表を作るのでしばらく待つでち!」
ウサミの宣言と共に参加者は一時解散。
会場スタッフが倒れ伏す獣人たちを生きている者と死んでいる者に分け、山積みにして運搬していく。
敗者の扱いのあまりの雑さに思わず手を合わせてナムアミダブツと唱えつつ待機席に戻った。
ユキムラちゃん曰く、ネンブツ…これをやっておくとひとまず祟られることはないらしい。
待機席では介添人のマサムネがふんぞり返ってくつろいでいた。
「おう、ご苦労!楽勝だったな!」
「こっちはこっちで大変だったんスけどね!」
まったく偉そうなやつだ…
差し出された飲みかけの水で喉を潤しつつ、ひとまず地下牢生活脱出は成功だ。
後はこれから勝ち残って剣神に取り立てられ、獣人軍内で部隊を任される役職になること。
それが今回の最終目的だ。
「おっ、対戦相手が決まったみたいだぜ…オーク族のカジだとよ」
「ああ、やたら皮膚が硬かった人ッスね、何度か狙ったけどビクともしてなかったんだ」
「賭けの倍率もすげえことになってんな…オイ!絶対負けんじゃねーぞ!」
「アンタちゃんと当初の目的覚えてます!?」
不安だ…
マサムネはどうやらこの大会で公式に行われる賭けにも関与しているらしい。
そりゃあここで軍資金も得られれば大変ありがたいのだが…時折脱線してないか不安になってしまう。
そんな心配とは裏腹に大武芸大会は滞りなく進行。
やがて俺の第一試合が回ってきた。
「次!東、オーク族のカジ!西、ヒューマン族のサスケ!」
向こうは大歓声、対してこちらは大ブーイング。
互いに闘技場の中心へと進み出、俺は頭三つくらい上の顔を見上げた。
「どうぞお手柔らかに…」
「毛のないサルめ!バラバラのコナゴナにしてやる!」
なんともステレオタイプのオーク族…
凄まじくでかい棍棒で素振りをしながらカジは試合開始の合図を今か今かと待ち構える。
さて、岩のように硬い皮膚を持つ彼とどう戦うべきか…
「始めるでち!」
試合開始の合図と共に銅鑼が打ち鳴らされた。
「ウオオオオオッ!!」
地を揺らすほどの咆哮。
カジは棍棒を振り上げて猛進、有言実行すべく力任せに振り下ろしてくる。
思ったよりも動きは鈍くない…俺はギリギリで身を躱しながら、反撃に飛礫を投擲する。
本来ならば刃のように突き刺さるそれらはカジの皮膚の表面に当たり高い音を立てて地に散らばった。
やはり恐るべき硬さだ。
「無駄だあ!俺は岩肌のカジ!そんな石ころ痛くも痒くもない!」
棍棒を再び振り上げながらカジは此方へと突き進んでくる。
観客が大いに沸いた。今更ながら気付いたのだが獣人たちは豪快なファイトスタイルを非常に好む。
そりゃまぁ、俺の戦い方は好かれるワケないわなと思いつつ…ここだ!
カジが再び棍棒を振り上げた瞬間、足元に滑り込むスライディングを仕掛ける。
「ぬおっ!?おのれ、ちょこまかと!」
「足元がお留守ッスよ!」
スライディングで股を潜り抜けながら軸足を刈り、全体重をかける。
巨体のバランスを崩されたカジは豪快に転倒。大きな地響きを上げた。
カジは屈辱に唸る…が、焦って態勢を立て直す様子もない。悠長に起き上がろうとしている。
転んでいようとも俺にダメージを与える手段がないと踏んでいるのだろう。
その油断が命取りだ…―――
「秘技!足首固め!」
うつ伏せ状態のカジの左足を抱え込み、テコの原理で右回転に捻り上げる!
サイゾーとの組手では由来不明の様々な技が飛び出す…これはそのうちのひとつだ。
何度も受けた身だからこそ分かる。この技が極まれば電撃が流れるように激しい痛みが襲うだろう。
「ぐわあああああああ!!」
未知の痛みにカジは大きな悲鳴を上げ、我武者羅に逃れようと暴れた。
無駄だ…この技は脱出法を知らなければ絶対に逃れられない。
いくら剛力であろうと力任せでは抜けられず、いくら頑丈であろうと関節への攻撃は無効化できない。
再び全体重をかけて捻り上げながら俺は勧告する。
「とっとと降参した方が身のためッスよ、この技…そのうち腱が切れるんで」
「ぬぐぅぅぅぅ!!だ、誰が貴様なんぞにぃぃぃぃ!!」
「アンタほどの戦士なら普通に戦ってるだけでも出世できると思うんだがね…しょうがない」
めきり。
締め上げる中、わざと大きな音を立ててみせた。
カジから葛藤を感じる…このままでは歩けなくなるだろう、そうなっては戦士としてはおしまいだ。
葛藤の時間は一瞬、即座に判断を打ち出した。
「ま、参った!降参だあ!」
「勝負あり!西、ヒューマン族のサスケの勝ち!」
銅鑼が再び打ち鳴らされる。
解放されたカジは倒れ込んだまま、しばらく身動きできず担架で運ばれていった。
実はそこまで本気で極めてはいない…しかし未知なる技の未知なる痛みは激しい恐怖を生んだことだろう。
堅い相手は力任せに攻めるにあらず、まずは心を攻めるべし…
…なんて、俺の思考も大分ユキムラちゃんに近づいてきているだろうか…
「ヒュー!やっるぅ!マジに伊達者だぜお前よォ!」
「へへっ、どうも!ところで伊達者って何スか伊達者って…」
俺は心地よいどよめきの中を歩いて待機席に戻り、満面の笑みのマサムネとハイタッチを交わす。
まずは幸先いい勝利…そしてこれからも勝っていけることを確信する。
獣人たちは身体能力が発達しているが故に技に対する研鑽が全体的に疎かだ。
純粋な力比べならともかく、何でもありのこの大会なら俺の技は十分通用するだろう。
「でもよ、ここで止まるんじゃねーぞ?目指すはこのまま優勝よ!」
「わかってますよ、多分この感じだといけます」
「おうよ!オレ様たちは無敵の二人組だぜ!」
戦ってるのは俺だけですよね…
その後も二回戦、三回線と俺は忍術・体術・あるいは奇術を駆使して勝ち進む。
最初はブーイングが大半だったが、戦う内に物珍しい戦い方をする俺を応援する観客が増えてきた。
獣人たちの思考は極めて単純だ。相手は何族であろうが関係ない、ただ強ければ尊敬される。
そして迎えた準決勝…
「ズタズタになるがいい!」
「おっと!」
相手はウルフェン族のジョウ…
鋭い鉄爪による切り裂きをかろうじて躱した俺は腰の水筒から油を口に含む。
そして霧状に吹きかけ、火打ち石で火をつけた。
「火遁!火吹き芸!」
ボウ!
まるで竜が火を吹くように火の玉が出現し、ジョウの鼻先を僅かに焦がす。
「ひっ、ひぃぃぃっ!!」
この技、本来はコケ脅しの宴会芸のようなもの。
だが本能的に火を恐れるウルフェン族にとっては効果覿面だった。
まるでドラゴンに出会ったかのように恐れおののき、降参宣言もせずに逃げ出す。
「東、戦闘放棄!西、ヒューマン族のサスケの勝ち!」
これで決勝進出だ…―――
大歓声の中、俺は堂々と待機席へと歩いて戻る。
ふと視線を感じたので見上げると、剣神と視線がぶつかってしまう。
その黒曜石のように深く黒い瞳にはどこか心の中を見透かされているような気になってしまう。
まさか企みが読まれているとは思いたくはない。俺は軽く会釈して目を逸らし、足早に席へと戻る。
「でかしたでかした!ついに決勝だぜェ!さすがはオレ様第一の家臣よ!」
「ありがとうございます…って勝手に家臣にせんでくださいよ」
「いーじゃねーか!真田なんて捨ててオレ様につけよ!お前、明日からコジュウロウな!」
「コジュウロウって誰!?」
御覧の通り、マサムネは無茶苦茶機嫌がいい。
がっしと俺の肩に腕を回し顔を擦りつけながら謎の名前までつけてきた。
何より恐ろしいのは実は俺もこの人とのコンビが楽しくなってきているところだ。
このままではいつか懐柔されてしまう…そうなってはさすがにユキムラちゃんに顔向けできない。
そんな時、丁度横槍が入ってくれた。
「やあ、また凄い技を見せてくれたな」
待機席に一人のオーク族がやってきた。
オークにしてはかなり細身で、皮膚の色こそ緑なものの体格は人間の男性に近い。
そしてこのオーク族らしからぬ突然変異的に紳士な態度には覚えがある。
「ガジマ…さん…」
「覚えていてくれて光栄だ、サスケ君」
彼の手が差し出され、その逞しい手と握手を交わす。
「決勝ではお互い思い残すことなく戦おう、私も一族のために本気でいかせてもらう」
「…一族のため?」
「ああ、我が一族はこの身体のせいかオーク族の中でも階級が低くてね…」
強くてデカい者が偉いとされるオーク族は体の小さい者を自然に見下す。
彼の一族がその中で冷遇されてきたことは想像に容易い。
「だが剣神さまに取り立てられれば見返すことができる…一族を救えるんだ!」
「なる…ほど…」
「だから私は負けるわけにはいかない、サスケ君も全力でかかってきてくれたまえ…では!」
それだけ言うとガジマは踵を返して去っていった。俺はしばらく呆然とその背を見送る…
今まで漠然と戦ってきたが獣人も人間と根本は同じだ。それぞれ家族がいて、それぞれ人生がある。
見た目の差異こそあれど俺たちはひょっとして何も変わらないのではないか…
隣でマサムネがつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ケッ!何が全力で戦おうだ白々しい!…オイ、絆されるんじゃねーぞ!」
そのつもりだ。
そのつもりだが…どこか複雑な感情が俺の胸中を渦巻いていた。
【続く】




