第四話 ユキムラちゃん、山賊を調略するの巻
「率直に言おう、山賊団丸ごとヨルトミアに雇われんか?」
「断る」
交渉決裂。
客分としてアジトに招き入れられた俺たちを待っていたのはそんな取り付く島もない一言だった。
ちなみにアジトと言っても想像していたような洞窟の中ではなく思っていたよりもしっかりと組まれた木と石の砦だ。
山賊たちも荒くれてはいるが無法者というわけでもない様子で、庭では砦の補修などに加え戦闘訓練も行われている。
これではまるで山賊というよりは…
「ええ~?これまでの罪を帳消しにした上で安定した食い扶持も見つかるのじゃぞ?これ以上ない良い話ではないか!」
「スットボケてんじゃねえよ、手前ンとこの国はもう滅亡寸前じゃねえか、知らねえとでも思ったのか?」
食い下がるユキムラちゃんに対しヴェマは呆れたように鼻を鳴らしてしっしっと手で払う仕草。
半分は世情に疎いことを期待していたが、やはりそううまくはいかない…先の戦いの大敗はあまりにも有名になりすぎたのだ。
ヴェマは話を続ける。
「ま…あんだけ負けてもすんなり降伏しないってとこは見直したぜ、意外と根性あるじゃねえか」
「そうじゃろそうじゃろ?だからヴェマ殿も…―――」
「それとこれとは話が別だ、やけっぱちで死にに行く国に付き合ってやれるほどオレたちも酔狂じゃねえんだよ」
ヨルトミアに一定の評価があるというのは本当だろう…しかし頭領をやってきただけあってその辺の判断はシビアだ。
事実、手練れの山賊団が戦力に加わったところでそれでも俺たちの勝ち目は薄紙よりもさらに薄い。
言ってみれば縁もゆかりもない相手に一緒に死んでくれと心中の申し出をしているようなものだ。相手にとっては正気の沙汰じゃない。
ユキムラちゃんはわざとらしく頭を振り、悲しそうに呟いた。
「残念じゃのう…ではヨルトミアもこの山賊団もあと一月後には皆揃ってお陀仏じゃな」
「ちょっと待て、付き合わねえって言ってんだろうが、なんでそうなる」
「よくよく考えてみよヴェマ殿、ヨルトミアが抗戦した場合ダイルマは一気にひねり潰すべくそれなりの規模の軍を投入してくるはずじゃ」
木のテーブルの上、ユキムラちゃんは懐から白と黒の丸い石を複数固めてどちゃりと置いた。一体どこでこんなものを手に入れたのか…
白の石は左手側にちょっぴり、黒の石は右手側にどっさり…その意味はすぐに分かった。ヨルトミアとダイルマの戦力差だ。
ヴェマの視線がテーブルに落ちるのを見、ユキムラちゃんは黒軍を動かして白軍を押し流しにかかる。
白の石はすぐにテーブルの上から消え去った。黒の石はいっぱい残っている。
「知っての通りダイルマのやり方は徹底的じゃ、見せしめの意味でも敵の将兵は一人残らず皆殺しにしておると聞く」
「…知ってる」
「ヨルトミアも討死覚悟、全力で戦う所存じゃが…ま、命惜しさに逃げる者もおろう、何より我々も姫様を逃がさねばならぬ」
そこでユキムラちゃんはコツコツと音を立てて再び白の石を三つほど置いた。
先ほどの位置関係を参照するとヨルトミアの北…ノーザンテ山の方角。
ヴェマの目の色が変わった。これが意味することはつまり…
「テメエ…」
「当然、ここでも大規模な山狩りが行われようなあ…ついでに山賊も潰しておけば治安維持もできて一挙両得」
「脅迫するつもりか!そんなもんでオレたちを動かそうなどと見くびられたもんだぜっ!!」
激昂したヴェマが巨大な斧槍を手に取った。
俺は慌てて剣を抜きユキムラちゃんを守ろうとするがその動きはヴェマの方が圧倒的に速い。
ブォン!豪快な風切り音が響いてユキムラちゃんの首はころりと地に落ち…―――
「………チッ!」
てない。
ヴェマの振るった鈍く光る恐ろしい刃はユキムラちゃんの白く細い首の間近でぴたりとその動きを止めている。
そんな状況ですら薄く微笑んだままのユキムラちゃんを見、ヴェマは大きく舌打ちしてどっかとソファーに腰を下ろした。
俺もへなへなと腰が抜けるように座り込む…我ながら情けない、危うく護衛対象を見殺しにするところだった。
ヴェマはじろりとユキムラちゃんを睨み、食い下がる。
「こっちとしちゃあ山に逃げ込んだアンタらをふん縛ってダイルマに引き渡すっつー手もあるんだぜ」
「くくく…それができんから貴殿らほどの武者がこんな辺境の山奥でくすぶっておるのじゃろう?」
「…っ!そこまでお見通しかよ…」
観念したようにヴェマは大きく息を吐きテーブルの上のすっかりぬるくなった白湯を飲み干した。
一体どういうことだろうか…いまいち要領を得ない俺を置き去りに問答は続く。
「―――…いつから気付いてやがった…?」
「違和感を覚えたのは最初から、確信したのは貴殿らを一目見た時、実際ヴェマ殿に会えばもはや答え合わせじゃな」
未だに理解できていない俺をユキムラちゃんはちらりと一瞥し呆れたように肩をすくめた。…スイマセンね、察しが悪くて。
そしてわざわざ噛み砕くように解説を始め…まずは細く白いその指を一本立てて見せる。
「まずひとつ…山賊に襲われたにしては皆被害が軽すぎる、特に死傷者が少ない…討伐対象にならんよう慎重にやっとるだけかと思ったが…」
指二本目。
「ふたつ…実際会ってみれば山賊にしては装備や統制が“できすぎている”…この砦まで案内されればとても山賊とは思えまいて」
三本目。
「みっつ…ヴェマ殿の人柄じゃ、外の世に目を向け冷静な判断もできておる…なのにこの山を離れない理由と言えば…―――」
「あ゛ーーーっ!もういいもういい!自分で話す!…ったく、つくづく嫌なヤローだ!」
聞くに堪えなくなったヴェマはがりがりと頭を掻き、制止するように手を振る。
そして少々バツが悪そうにぽつりぽつりと身の上を語り始めるのだった。
「ダイルマのお尋ね者なんだよ、オレはな」
「ふむ…理由を聞いても良いかの?」
「バカ領主とケンカした挙句ブン殴ってそのまま逃げてきた」
詳しく聞くと、ヴェマは元はダイルマの騎士だったが軽い諍いからツェーゼンと言い争いになり思わず手を出してしまったのだという。
領主の裁定にもよるが基本的にはそうなった場合の沙汰は死刑だ。領主が領主なので拷問も十分にあり得るだろう。
処刑されてたまるかとその夜のうちに出奔をキメ込んだヴェマだったが…ツェーゼンはかなり根に持つタイプだったらしい。
追っ手を放つだけでなく手配書を従属国にまでばら撒き決して庇い立てしないよう念押ししたのだという。まさに蛇の如き執念だ。
「…で、にっちもさっちもいかなくなって仕方なくこんなド田舎で山賊なんてやってたってワケよ、笑えるね」
そう、ヴェマは自嘲する。
なるほど…鈍い俺でも説明されてようやく合点がいった。
この山を離れないんじゃなくて離れても行く場所がない、そういうことだ…それに今更出戻りもできるはずがないだろう。
山賊活動がやけに控えめだったのも騎士として残った最後の矜持か…
「あの山賊団の者たちは?」
「オレが騎士だったころの部下たちだよ、オレを見捨てておけねえって一緒に飛び出してきてよ…バカだろ?」
そう言って笑うヴェマの顔はどこか優しい。
初めて出会った時は恐ろしい狼のような女だと思ったがこうしてみるとワイルドながらも美しく、思わず見惚れてしまう。
こんな人が山賊に身を落とさないといけないなんて、ああ世の中はなんて残酷…―――痛てえっ!!
一瞥もくれず肘で俺の脇腹を小突いてきたユキムラちゃんは先ほどの悪魔の笑顔とは打って変わった天使のような笑みを浮かべる。
「安心せいヴェマ殿、貴殿はこのわしが騎士に戻してやるぞ」
「ああ…!?そ、それってのはつまりよォ…」
ヴェマとその部下を傭兵ではなくヨルトミアの騎士とその配下として登用するということ…?
「い、いやいやいやそれはまずいッスよユキムラちゃん!誰に断ってそんなことを!」
「煩い奴じゃのぉ!別に良いではないか、その分働いてもらうんじゃから!」
「騎士っていうのはそーゆーもんじゃないの!由緒正しき家柄と実績!あと気品とか諸々が揃って初めて認められるもので…」
「ケチケチするんじゃねえわい!放っておけばどうせ亡びる国じゃろうが!使えるものは何でも使わんかい!」
無茶苦茶だこの人は…!
一方でギャースカと言い合いする俺たちを前にヴェマは明らかに動揺していた。
降って沸いた空前のチャンス、ここでヨルトミアにつけば騎士に戻ることができ部下たちを路頭に迷わすこともない。
だがその国が亡びてしまったのでは本末転倒、その前に戦で命を落とす可能性も遥かに高い。
しばらく思案していたヴェマだったが…覚悟が決まったのかスッと目が据わった。戦士の目だ。
「勝算はあるんだろうな?」
ユキムラちゃんはニッと不敵に笑って答えた。
「無論!このユキムラちゃん、勝算のない戦は元よりせぬ主義よ!」
呵々と笑うユキムラちゃんをしばらく睨みつけていたヴェマだったが…ふっと頬を緩め、右手を差し出した。
「ったく…まるで悪魔と契約する気分だぜ」
白くて小さな手と褐色の少し大きな手ががしりと組まれる。
この時をもって山賊、もといヴェマ=トーゴとその部下はヨルトミア公国配下に加わる。
決戦の日まであとどれほどか…ユキムラちゃんの計略は刻一刻と張り巡らされていくのだった。
【続く】