第五十二話 サスケとマサムネ、地下牢生活脱出作戦の巻
「基本的にこのカスガ山城は弱肉強食だぜ」
カスガ山城…剣神の居城はそう名付けられている。
その全貌は険しい山のあちこちに砦が設けられ、その頂点に天守が存在する山城だ。
麓には南下してきた獣人たちが都市を作っている。様々な種族が入り乱れちょっとした魔境の様相だ。
元はといえば名もなき山だったらしいが剣神によってカスガ山と名付けられたという。
その城の地下牢、額を突き合わせて極秘会議しているマサムネは話を続ける。
「獣人でも弱いやつは扱いが悪い…しかし逆に強ければ人間でもそれなりに良い生活はさせて貰える」
「剣神は義のために戦ってるんじゃなかったんスか…」
「そいつはあくまで戦うための建前…ヤツの本質はガチガチの実力主義よ」
どうやら結構な人格破綻者であるようだ。
しかし納得する…獣人軍の将は体の大きいオーク族、リザディアン族の者がほとんどだ。
一方でゴブリン族はそのほとんどが下級兵士…雑用に使われるのもゴブリンが多い。
おそらく個々の武勇が部隊長として重要視されているのだろう…
それは非効率的に見えて意外と悪くない…強い隊長の下には自然と強い兵が集まるからだ。
車懸かりの陣、あんな馬鹿げた戦術が成せるのも武勇のエリートを選りすぐっているからこそ。
「そこでだ、オレ様たちも強さを示しこの地下牢から脱出する」
「例の大武芸大会ッスね…」
大武芸大会…これが剣神の実力主義の最たる例だ。
月に一度のこの大会は剣神が強者を見極め軍に取り立てるために開催される。
参加者は身分問わず、経歴問わず、さらに獣人だろうが人間だろうが区別されない。
牢番に申告すれば例え地下牢の囚人でも参加させてもらえる特例措置だ。
だが…その内容は出世するために命を賭ける情け無用、仁義無用のバトルロイヤル。
生半可な覚悟と実力で参加すれば即座に闘技場の赤いシミと化す危険極まりない大会だという。
「とりあえず目標は自由の身になれる予選突破ッスかね、後は棄権で」
「あぁん?何言ってやがる、優勝に決まってんだろうが」
「いや…優勝しちゃったら剣神に取り立てられて獣人軍に加わっちゃうじゃないスか…」
「それをするんだよ」
ごちん。
対面のマサムネが前進して軽い頭突きを食らわせてくる。
まさかこのまま剣神に寝返るつもりか…そんな疑いの目を向けた俺にマサムネはにやりと笑う。
「剣神と正面からやりあって勝てるわけがねえ…だったら勝ち方を変えりゃあいいだけの話」
「それは、つまり…?」
「信頼させて懐に潜り込んだ後、謀反起こしてブッ殺す」
マジですか…
俺は忍ではあるが暗殺はやったことがない。
そもそも騎士女公の名声を利用していることもあってヨルトミア自体戦い方は比較的クリーンなのだ。
だが、マサムネは勝つためならばお構いなし…どんな汚い手でも使うだろう。
葛藤する俺にマサムネは囁くようにして言葉を続ける。
「安心しろって、悪名は全部オレ様が被ってやるから…テメエの主君の名は汚さねえよ」
「…剣神討ちの功績も自分の物にする気ッスよね、それ」
「ギクッ!い、いや…そんなことはないぞ?オレ様はそんなに信用できねえか?」
信用できるかできないかと言われたらまったくできない。
しかし剣神を直接討つかはさておき軍内部に潜入できるのは悪くない手だ。
こんなお誂え向きに中枢へと潜り込める大武芸大会は活用すべきだろう。
…尤も、屈強な獣人たち相手に勝ち抜いていく必要があるわけだが…
「俺はそこそこ戦えますけど…マサムネちゃんは強さ的にはどんなもんなんスか?」
「あぁん?強いように見えるか?こんな小娘の身で召喚されてよォ…」
「いやまぁ…うん、多分弱いでしょうね…」
「つーワケでオレ様は知恵働き担当、介添人としてお前についていく」
つまり肉体労働は全部俺がやれってことね!
正直な所、俺一人で大武芸大会に登録して脱出するのもアリかと思ったが流石にそこまでは鬼になれなかった。
それにマサムネは“転生者”…それも並ならぬ魂の強さをどことなく感じる。
危険なヤツだが味方に引き入れればこれほど頼もしいことはない。
「それじゃ明日から色々用意するぜ、忍なら色々小道具が必要だろ」
「手裏剣がありゃ一番なんスけどね…ないなら飛礫でもいいッス、あと火薬…はさすがにないか」
「クックック…実は既にあるんだよなあ~、ほんのちょっぴりだけど」
そう言ってマサムネがベッドの下から取り出した袋に入っていたのは紛れもなく黒色火薬。
鉱山業の傍ら、僅かに採れる硫黄とその他素材からこそこそ調合していたようだ。
小型の焙烙玉なら五、六個は作れるだろうか…こいつがあれば百人力だ。
「にしてもよく監守に疑われずに火薬作ってこれましたね…」
「ナメんなよ、誤魔化すのも媚び諂うフリをするのもオレ様は専門家だぜ」
「それ臆面なく言えるのは間違いなく凄い人ッスよ」
さておき、翌日から俺とマサムネの作戦が始まった。
監守の目があるうちはツルハシを振って模範囚人を演じつつ目が離れれば工作。
手裏剣…とまではいかないが投擲武器、壊れたツルハシから作った苦無、油、そして火薬…
時折鉱山内に自生している薬草も見過ごせない。煙玉の原料となるモシケ草も生えていた。
「…あんたら、何か企んでるんだろ?」
「俺たちにも手伝わせてくれ!」
そうしているうちに先日助けた老囚人を筆頭に多くの囚人が手助けに加わる。
最初は事が大きくなるとまずいのではと思ったが、マサムネは彼らの協力を快諾。
大武芸大会で成り上がった暁には全員配下に加える名目で解放すると約束、飛躍的に効率が良くなった。
そして日は流れ、満月の夜の翌朝…―――
◇
「囚人七番!十二番!出ろ!」
こないだ俺を痛めつけたオーク族の監守の怒鳴り声が響き、俺とマサムネは身を起こす。
いよいよ今日は大武芸大会当日…この日だけは牢の外に出ることが許され、大会に参加できる。
逃げないように手錠で繋がれ闘技場に移送されながら、俺は囚人たちの期待の視線に頷いて見せた。
しばらく寝食を共にした仲間たち…絶対にここから出してやりたい。
「燃えるのはいいが、アツくなんなよ…自分の仕事を忘れんな」
ぼそりとマサムネが呟く。
そうだ、あくまで俺の武器は忍術…冷静さを欠いてはならない。
軽く深呼吸するとマサムネは満足げににやりと笑った。
「さあ、いってこい!まぁ…貴様如きは五秒で殺されると思うがな!」
闘技場に到着すると監守はそんなことを言って俺たちを送り出す。
周囲には参加者と思しき屈強な獣人たちが数十人…その中でヒューマン族は俺一人だ。
…ちなみに、ヒューマン族とは獣人たちの間で俺たち人間のことを指す。
嘲笑や好奇の視線に晒されながらも俺は受付を済ませ入場、コロシアムの中心へと向かう。
別れたマサムネは関係者席に進み、周りは獣人たちだらけにも拘わらずどっかと腰を下ろした。
本当にすごい胆力だと感心する。
やがて開幕のファンファーレが鳴り響いた。
「それではこれより第二十四回大武芸大会を開催するでち!」
闘技場内の一番高い席、そこでウサミが開催を宣言する。
地鳴りのように熱狂した歓声が鳴り響き、やがて唐突に静まり返った。
その席で剣神が立ち上がったからだ。
「此度もこうして勇士たちがこの大会に集ったこと、我は心より嬉しく思う」
声量こそは然程大きくないものの、澄んだ声色が城内に響き渡った。
黒曜石のように深い黒で剣神が参加者である俺たちを睥睨すると、そのオーラを前に思わず身が震える。
俺のことは気付いているだろうか…否、あの様子では多分気にも留めていないだろう。
「だが…栄えある我が軍に入りたくばまずはその力を我に示せ!力によって義を証明してみせよ!」
剣神はそう告げると手を高く上げた。
ドクン…と、高く心臓が跳ね上がる。おそらく周りの参加者たちもそうだろう。
予選はこの後直で始まるバトルロイヤル…制限時間内、殺し合いに生き残った十六人だけが本戦に進めるのだ。
その溜めは果てしなく長いようでもわずか一瞬のようでもあった…剣神の手が振り下ろされる。
「始めるでち!」
そしてウサミの声と共に、試合開始を告げる銅鑼が鳴り響いた。
「「「死ねェーーーーッ!!!!」」」
試合開始とほぼ同時…
俺の周囲は瞬時にして取り囲まれ、四方八方から獣人が打ちかかってくる。
正直、予想通りである…一番弱そうなやつから狙うのはバトルロイヤルの鉄則。
ヒューマン族が無惨なミンチ肉と化すであろう光景に観客が湧く。
しかし、その光景を見せてやるわけにはいかない。
「煙玉!」
ボン!
俺は予め握っていた煙玉に火打石で着火、軽い音を立てて爆発的に煙が広がる。
大歓声は動揺の声に変わった。これでは何も見えないではないか…
そんなことは知ったことじゃない。この大武芸大会はバーリトゥード…
強ければ何をしていいと言うのならば、何でもしてやろうじゃないか。
「これがアンタの言ってる義とやらだぜ、剣神さんよ…」
煙で視界を奪われ戸惑っているオーク族の戦士…
その背に組み付いて頸動脈を締め上げながら俺は煙の向こうのVIP席を見上げ、呟く。
一瞬…剣神と目があった気がした。
【続く】




