第五十話 さらわれたサスケの巻
俺たちが両者にやっと接近できるとそこでは気まずい空気が流れていた。
剣神はユキムラちゃんに刀を突きつけたまま固まり、困ったような表情で問う。
「え…でも今、我の剣を軍配で受けて…」
「それは刀を抜く暇がなかっただけのこと」
続いて剣神は俺たちの隊の旗指物に目を向けた。
「あれは風林火山ではないか」
「信玄公の軍略にあやかろうと思いまして…」
最後に俺たちの軍の装備を見、指さす。
「赤備えということはやはり武田だろう」
「…それも武田騎馬軍団にあやかるつもりで…前世から使っており申した」
しばらくの沈黙。
先の決め台詞が急に恥ずかしくなってきたのか、剣神はかあっと赤面した。
そして誤魔化すようにユキムラちゃんを怒鳴りつける。
「紛らわしいな貴様っ!晴信でないのなら誰だ!名を言え!」
「も、申し訳ござらん…拙者は真田…―――」
聞き覚えのある名だったのか、剣神はユキムラちゃんが名乗り終える前にふむ…と頷いた。
「真田…真田幸隆…?」
「それは祖父にござる…拙者は真田源次郎信繁、人呼んで真田幸村」
その名乗りを受けた剣神はしばらく遠い目をした後…軽く小首を傾げた。
「知らん…有名な将なのか?」
「…貴公とは生きた時代が違います故」
ノブナガにもそう言われていたがユキムラちゃん意外と知名度低いな…
少々憮然とするユキムラちゃんに対し、剣神は気を取り直して刀を構え直した。
ヤツはべらぼうに強い、それもノブナガのような妖術を使う訳でもなく“ただ単に強い”…
即ち下手な小細工が通用しないということだ。俺たちで止められるか…
「まぁいい、少々肩透かしではあるが敵であることに変わりはない…我が義の前に立ち塞がるならば蹴散らすのみ…」
来る…!
しかし、そこへ打ちかかったのは左方向から奇襲気味に仕掛けてきたヴェマだ。
「ナメんじゃ…ねえっ!!」
「む…!」
重い斧槍の一撃を剣神はひらりと躱し、その一撃の鋭さに目を細めた。
間発入れずバックステップの着地を狩りに小柄な人影が突進する。トウカだ。
「喰らえっ!!」
「ほう…!」
鋭い神速の突きに剣神は刀を下方から押し当て、弾くようにいなす。
若干無理な態勢になったところへ三人目…数多の将兵の首を刎ねてきたロミリア様の白銀の剣が閃いた。
「御覚悟っ!!」
「いいぞ…!」
甲高い金属音。
必殺の一閃を刀の鞘で弾き返されたロミリア様が驚愕に目を丸くする。
刀の鞘は木製…普通ならばそんなもので剣を受ければ両断されて首ごと飛ぶ羽目になる。
だが使うべき者が使い、適切な角度から力を加えれば木の鞘でも第二の武器となるのだ。
まさに人外じみた戦闘技術…これが剣神…
「マジかよ…」
「あの態勢からロミィ殿の一撃を切り返すとは…」
ヴェマとユキムラちゃんが思わず唸る。
今の我が軍で最強の戦闘能力を持つのは“再転生”したユキムラちゃんを除けばロミリア様だ。
そのロミリア様が三人がかりで打ちかかったにも関わらず、まるで赤子をあやすかのように返されてしまった。
コイツは今までの相手とは格が違う…じわりと全員の額に汗が浮かぶ。
対して、剣神は嬉しそうににまりと笑った。
「お前たち…なかなかいいな、少なくとも今まで戦ってきた連中よりは骨がある」
ピュイと剣神が口笛を吹くと彼女の白馬が悠然と駆け寄ってきた。
よく見ればその額には長い一本角がある。まさかこいつは伝説の一角馬…ユニコーンか。
それに剣神はひらりと跨ると馬を返しながら言った。
「ここで焦って決着をつけるのは惜しい、次は万全の状態で我を楽しませてくれ」
呆気に取られる俺たちの前、剣神は爽やかに去ろうとし…ふと思い出したかのようにこっちに寄ってきた。
俺は身構えるも、気付けば一瞬にして胴体を掴まれ抱え上げられていた。その力は物凄く強い。
「な…!ちょ…!?」
「逃げないようにこの冴えない男は人質として貰っていく、ではさらばだ!」
言うが早いか一角馬は猛スピードで疾走。あっという間にユキムラちゃんたちから離れていく。
「ユ、ユキムラちゃーーーーーーん!!」
「サスケーーーーーッ!!」
助けを呼ぶも、ユキムラちゃんの呼ぶ声が聞こえる。
その後、ほんの僅かに“後は自分で何とかしろ!”という薄情な台詞が聞こえた気がした。
ああ…もしかしてこれ、助けを待ってるだけじゃ駄目なパターン…?
剣神は獣人軍の中心へと舞い戻り、小型のウサギ獣人に声をかけた。
「ウサミ、今日のところはこれでおしまい!引き上げるぞ!」
「また気まぐれでちか、お屋形様…―――そこの冴えない男は何でち?」
「戦利品だ!人足部屋にでも入れておけ!」
えっ…人質なのに働かせる気なんですか…
ウサミと呼ばれたウサギ獣人は溜息を吐き、気ままな剣神に代わって号令を出して獣人軍を引き上げていく。
どうやらこの小さな獣人が軍師役という訳か…とてもそうは見えないがユキムラちゃんも似たようなものだ。
俺は剣神に抱えられたまま、周りの獣人たちにジロジロと眺められ非常に居心地の悪い思いをしながら連行されていく。
さて、これからどうなってしまうのだろう…流石に殺されはしないだろうが…
◇
「ここがお前の部屋でち」
「部屋って…牢屋じゃないスか…人質なんだからもっと丁重に扱うべきでしょ…」
スリア平原から遠く離れた城塞…
ウサミに地下牢へと連れてこられた俺はどう見ても過酷な環境に頭を抱えた。
殺されはしないだろうと言ったのは前言撤回だ。剣神はそんな細かいことは考えちゃいない。
かろうじて雨風は凌げるが、寒冷地でこんな石造りの地下牢に入れられれば寒すぎてやがて死ぬのは自明の理。
現に他の牢屋に入っている人間たちは力なく呻きながら薄い毛布に包まっている。
「うるさいヤツでちねえ!とっとと入るでち!嫌なら外で鎖に繋ぐでち!」
「へいへい…じゃあせめて俺の毛布もくださいよ…」
「忘れてなかったら後で持ってきてやるでち」
この兎畜生が…
ともあれ外で犬のように繋がれればおそらく今夜中に死んでしまうので諦めて牢に入ることにした。
ここは人足部屋…おそらく捕虜とした北部連合の兵士たちを労働力として使っているのだろう。
つまり明日になれば牢の外に出られるはず…逃げ出せるチャンスも少なくないはずだ。
だが…―――
(単に生きて帰るだけじゃ勿体ないよな…)
せっかく敵の本拠に入れてもらえたのだ。ただで転んで起きただけではサナダ忍軍忍頭の名がすたる。
情報を持ち帰るもよし、密かに破壊工作を行うもよし…最善手を選びたいところである。
でもまぁ、今日のところはまずは眠ることにしよう。ここからは過酷な単独行動だ。
牢の片隅へと目をやると、そこには毛布の塊…手を伸ばしたところ其れはもぞりと動いた。
―――誰かが…いる!
「なんだぁ?随分とスッ呆けた顔の新入りじゃねーか」
身構える俺に、毛布の塊はもぞりと動いて小さな頭がひょこりと出てきた。
ボサボサの金髪頭に目つきの悪い少女だ。その右目には物々しい眼帯が装着されている。
こんな牢屋になんでこんな子が…おそらくここには北部連合の兵士しかいないはず…
「君は一体…?」
「あぁん?人に名を聞く時はまずは自分からだろーが無礼者が!」
随分と横柄な態度の少女である。
ユキムラちゃんやサイゾーで慣れている俺はとくにイラッとすることもなく名乗る。大人なので。
「俺はサスケ、ヨルトミア…って言っても分からないか、西の方から来たんだ」
「サスケぇ…?サスケっつったら…真田の?」
その台詞で全て悟った。
ユキムラちゃんの前世を知っている…この子は“転生者”だ。
ここに入れられている理由も納得がいく。いきなり“転生者”と相部屋になってしまうとは…
瞬時に警戒態勢に入った俺を見、眼帯の少女はニヤリと笑う。
「アンタ…何者ッスか…?」
俺の問いに、少女はぶわりと毛布を広げて立ち上がった。
貧相な体躯に羽織った毛布…まさかマントのつもりだろうか…随分と格好に拘る性質のようだ。
少女は地下牢に高く響く声で名乗りを上げる。
「聞いて驚けい!オレ様は伊達政宗!“転生独眼竜”マサムネちゃんよ!」
驚けと言われても…誰だろう…?
【続く】