第四十八話 《皇帝の剣》、出陣!の巻
「戦況は皆さま知っておられる通り、北部・南部・東部…それぞれに敵がおります」
戦略室の壁にかけられた大陸図を指揮棒で指しながらミナツが解説する。
同席するのは皇帝陛下と王都七騎士、シンリヴァーを中心とした大臣連。
ヨルトミア側はリーデ様、ユキムラちゃん、ラキ様、そしてついに入城を許されたロミリア様、ヴェマ、リカチだ。
ついでにいつものことながら俺もユキムラちゃんの片腕としてこの場にいることが認められている。
「これらの敵を一つずつ攻略していくことになるのですが…」
「その必要はない!方面軍を作り各個同時撃破すべし!」
いきなりマクシフが話の腰を折った。どうやら相当気合が入っているようだ。
ミナツは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「…馬鹿はああ言っていますが王都とヨルトミアだけでは方面軍を作れるほど兵力に余裕はありません」
「何をっ!!」
激昂したマクシフを慌ててトウカが取り押さえる。
ロミリア様、ヴェマ、リカチはそれを見て思わず苦笑した。
「なんというか…サルファス殿を思い出すな…」
「奇遇だな、オレもだぜ…アイツ元気にしてっかなあ…」
「むしろ元気がなくなる所が想像できないよ…」
ともあれ、これでは話が進まない。
シンリヴァー卿が咳払いするとマクシフは怒りを抑えながらも席に着き、憮然として腕を組んだ。
大臣となっても先代王都七騎士…当代の七騎士は頭が上がらないようだ。
仕切り直すようにしてミナツが眼鏡を押し上げ、話を続ける。
「一地方ずつ攻略していくことになるのですが…問題は順序です」
ヨルトミアと王都の戦力を動かすわけだが、攻め入るのに全戦力を投入するわけにはいかない。
王都の騎士を動かせばそのぶん王都の防衛力は低下する。動かせて七騎士中の三騎士程度が限界だ。
そしてその戦は長引けば長引くほど攻め入っている地方とは他の二地方に王都の隙を晒す時間が長くなる…
つまり侵攻戦はなるべく早期決着しなければならない。
「…東は論外じゃな」
口を出したのはユキムラちゃんだ。
どうやら訳知り顔の様子…既に何か勘づいているのか。
「魔城オダワラ…その名は間違いなく“転生者”の作った城じゃ、守りの堅牢さはおそらく天下一であろう」
会議に出席した者たちがどよめく。
ジークホーン公国により平定された東の情報は王都でも驚くほど少ない。
僅かに入ってくる情報では城の中に街があり、その街の中にさらに城があるというよくわからない状況だ。
そしてとにかく砦の数が多いとも聞く…まさに防衛力に特化しているのは間違いないだろう。
攻城戦は少なくとも十倍以上の戦力が必要とされるとは異世界の兵法、それに則れば今の戦力では到底足りない。
「だとすれば北か南のどちらかになるというわけか…」
「北は『剣神』の率いる獣人軍、南はソーンクレイル四兄弟率いる海賊連合です」
確かめるように言ったロミリア様にミナツが注釈を入れる。
反乱軍か海賊か…どちらも相応数の“転生者”がいると考えると容易い相手ではない。
ではどちらから攻めるか…喧々囂々と意見が交わされる中、おずおずとトウカが手を上げた。
「あのぉー…一つ聞いておきたいのですが、ヨルトミアの方々は海戦の経験ってありますか?」
「「「あっ…」」」
全員が思わず間抜けな声を上げる。根本的な見落としだった。
そうだ、海賊と戦うためには海戦をする必要があるじゃないか…
大陸中央の王都の騎士はそもそも海と隣接していないため経験があるはずもない。
対してヨルトミアもその土地のほとんどが山だ。海を見たこともない者の方がはるかに多い。
西部で広く海に面するのはイルトナ…しかし正規海軍は発展しておらず海運商を守る海上傭兵団が僅かにいるのみだ。
全員の視線は一縷の希望であるユキムラちゃんへと向けられたが、ユキムラちゃんも神妙に首を横に振った。
「も、申し訳ござらん…わしも前世のほとんどを山で暮らしておった故…」
終わりだ…
雑賀衆のマゴイチなら海戦もできるであろうが…と付け加えたが海戦のできる将が一人では話にならない。
南の手詰まり感になんとも気まずい空気が流れ始めた。
「それは…我々がなんとかしよう」
空気を変えるべく厳かに切り出したのはシンリヴァー卿。
海賊連合に押されつつはあるが南部地方にもまだタイクーンの血族は残っている。
彼らと接触を図り、皇帝陛下の勅命を以て対海賊連合の戦線を形成するという戦略だ。
南部の公国軍ならば海戦にも慣れているだろう…素人の俺たちが戦うよりも遥かに現実的な案と言える。
だがそれにはしばらくの時が必要とされる。ミナツたち王都文官の外交能力の見せ所である。
となると…
「北しかないわね」
「決まりじゃな」
リーデ様とユキムラちゃんが結論付ける。
北部…その地の環境は非常に厳しく、敵戦力とは別に過酷な気候が攻め入る者を襲うのだという。
激戦の予感に諸将は思わず唾を飲む…さて、この中で何人生き残れるだろうか…
鼓舞するように皇帝陛下が立ち上がり宣言する。
「ヨルトミア公、そして王都の騎士よ!北部へと出陣し『剣神』を打倒!タイクーンの威光を示して参れ!」
皇帝陛下は幼くはあるが危険な地に配下を送り込む意味は分かっている筈…
しかしその上で勅命を下された…信頼してくれているということだ。それは騎士にとって何よりも誉れとなる。
それ故に、騎士たちは力強く応える。
「「「御意!!」」」
かくしてヨルトミア公国及び王都連合軍、通称《皇帝の剣》は北方征伐を開始した。
敵は謎の『剣神』を名乗る者、そしてかつてこの大陸から迫害されたという獣人軍。
想像だにできない激戦の予感…しかし、ここまで来た俺たちならばきっと大丈夫だろう。
「『剣神』…『剣神』…なーんか引っかかるんじゃよなあ…」
ユキムラちゃんが不穏な呟きをしているが、きっと大丈夫だろう!
【第三章 終】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
というわけで合戦パートのなかった第三章・上洛編はこれにて終幕。
次回からファンタジー要素多めの敵がバリバリ出てくる北伐編の開幕です。
直接戦闘ではおそらく戦国最強のあやつとユキムラちゃんたちがどう戦うのか!乞うご期待!
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是非評価の方もよろしくお願いします。
いよいよ天下取りも山場、どうか最後までお付き合いください!




