第四十三話 リーデ様、王都の実情を見るの巻
皇帝…
タイクーンが衝撃の遺言を遺してこの世を去った後、後継支配者として第一子に与えられた官位。
当初こそは皇帝即ちタイクーンという認識があったという…しかし時が経つに連れ認識は次第に変異していく。
それは王都の支配力の低下を意味し、皇帝は皇帝ではあるがタイクーンに非ずと各地方の血族たちが声を上げ始めた。
そして誰がタイクーンに相応しいかと覇を競う戦乱の世が幕を開けたのだ。
しかしそれを以てしても皇帝…第一子の血統は特別視されている。それがこの眼前の少年王という訳だ。
「騎士女公の物語は余も聞いている、大変な戦いをしてきたようだな」
「ふふ…あれには結構な誇張が含まれていまして…お恥ずかしい限りですわ」
「謙遜するな、余はそなたに憧れていたのだ、一体どのようにしてその力を…―――」
皇帝陛下が身を乗り出しリーデ様へと目を輝かせる。
するとそれを咎めるかのように肥えた大臣の一人が咳払いした。
陛下はハッと我に返り、再び玉座に身を沈める。そしておそらく台本の通りに言った。
「…ともあれ西部平定の儀、見事である!褒美を取らせたいのだが、何か欲するものはあるか?」
その言葉にリーデ様の目が光った。
おそらくここで宣言する気だ…わしとラキ殿は思わず生唾を飲み込んだ。
悠然と微笑し、リーデ様は陛下に答える。
「タイクーンの後継者としての座…私が欲するものはただそれだけでございます」
ざわり。
大臣連がどよめいた…この反応を見るにタイクーンの後継を宣誓したのはリーデ様が初めてだろう。
タイクーンの後継を名乗るということはこの王都に本拠を置き、大陸全土を支配するということ…
正面切ってその答えを受けた皇帝は軽く言葉に詰まり、大臣連のうちの一人に目を向けた。
先ほど咳払いした肥えた大臣…その者は視線を返してひとつ頷く。
それで何かを理解した皇帝はリーデ様へと言葉を返した。
「いいだろうヨルトミア公、血族であるお前がタイクーンを名乗ることを許す…が、それにはひとつ条件がある」
やはり来たか…
この展開は予想済みだ。他の地方と戦って武威を示すように言うのだろう。
皇帝が目を向けた先の大臣が一歩前に出、よく響く声で続けた。
「それはこのコルノエが説明いたそう!まずはこのセーグクィン大陸の情勢から…」
コルノエ大臣…おそらく大臣の中でも最も権力を持つ者。
否…一目で分かった。陛下はおそらく国政には何一つ関わっていない…ただお飾りとして居るだけだ。
王都の実権はこのコルノエ大臣が握っているに相違あるまい…タイクーン第一子の末裔としてはあまりにお粗末。
だが、彼から聞かされたのはさらに衝撃の事実だった。
「実のところ、各地のタイクーンの血族はその殆どが力を失いつつある!新しく現れた勢力によってな!」
なんだと…?
てっきり西部と同様にタイクーンの血族同士での戦いになるのかと思いきや意外過ぎる情勢だった。
一体どのような勢力が現れたというのか…
唖然とするわしらに対し、コルノエ大臣は気にせず続けた。
「北部は汚らわしい獣人族を率い『剣神』と名乗る者が叛乱を起こしておる!ブナンもアルトーも奴に亡ぼされた!」
獣人族…西部では見かけなかったが獣の特徴を持った人と聞く。
かつてタイクーン登場以前に迫害が起こり大陸の北の端に追いやられたという話だが…
その者らを率いる『剣神』…妙に引っかかる名だ。
「南部は海賊ソーンクレイル四兄弟!兄弟一人一人が“転生者”を従え、南部で好き勝手侵略行為を続けておる!」
ソーンクレイル四兄弟…そして“転生者”が四人。
おそらくは一人一国支配して召喚したか、もしくは元ある公国から捕らえて配下としたか…
どちらにせよマゴイチと…ハンベエ殿を入れたとしてもこちらより“転生者”の数が多い。
「そして東部!ジークホーン公国が平定したが王国から独立を宣言!魔城オダワラを中心に支配域を広げている!」
魔城オダワラ…これはもはや誰が召喚されたかは推測するまでもない。
おそらくは北条五代のうちのいずれか…初代と三代目でないことを祈るばかりである。
名前からしてこの王都以上に巨大で堅牢な城を築き上げていることだろう…
そこを攻め落とすならば太閤殿下に倣い他の二地方を落としてから総力を結集する必要があるはず…
「この三地方の勢力を…」
「討ち滅ぼして参れ、そういうことですね?」
不敵に笑い、リーデ様が言ってのけた。
しかし返ってきたのは静寂…続いてそのすぐ後に大臣連によるさざめくような失笑。
不可解な反応…リーデ様は訝し気に眉を顰める。
コルノエ大臣は咳払い一つし、話を続けた。
「…無闇に刺激する必要はない!ヨルトミアはその者らからこの王都を守護せよ!さすればタイクーンを名乗ることを許そう!」
「な…!」
唖然…
よもや大陸の覇者であるタイクーンの権威は失われつつある。
だというのに事を静観するだけで脅威の排除に動こうともしないとは…
そのような名を継いだところで何の意味も成さない、ただ王都の都合の良い盾になるだけだ。
ふと隣に目をやるとラキ殿は心底気が気でない表情をしている…それが意味することはひとつだ。
我らの主がこの状況でハイありがとうございますと話を受けるはずがない。
まるで八寒地獄の如き氷の表情に変わったリーデ様は玉座へと問う。
「…本当にそれでよろしいのですか?」
「ああ、構わん構わん!下賤な連中の戦に王都が付き合う道理はない!」
問いにコルノエ大臣が億劫そうに答える。
だが、リーデ様はまるで意に介していないように真っすぐ…皇帝陛下を見据えながらもう一度問うた。
「陛下は、大陸の覇王たるタイクーンの権威が貶められたままで…本当によろしいのですか?」
凍てつくような静寂。
幼い皇帝はその力ある視線の前に打ち据えられたように固まる。
おそらくは今までこのように問うてくる者など一人もいなかったのだろう…悲しいほどに動揺していた。
やがて、絞り出すように声を出す。
「余、は…―――」
その言葉を大きな咳払いで遮ったのはコルノエ大臣だった。
「不敬であるぞヨルトミア公!陛下はお疲れである!下がるがいい!」
「コルノエ大臣、私は今陛下に…」
「下がれヨルトミア公!分を弁えよ!」
もはやこれ以上は問いを続けることはできまい。
リーデ様は無言のまま深く一礼すると踵を返し、玉座の間を後にする。
わしはその後に続き…最後に一度振り返る。
皇帝陛下は年不相応の憂いのある表情で、何かを深く考え込んでいたようだった…
◇
「…いささか肩透かしではありましたが…ひとまずはおめでとうございます」
「やめなさいユキムラ、こんな子供だまし貰ったところでまっっったく嬉しくもないわ」
宿泊施設として用意された王城の一室…
リーデ様はタイクーンが使ったとされる黄金拵えの短剣をぽいっと投げ捨て、慌ててラキ殿がそれを受け止める。
大層ご立腹のようだ…無理もない、上洛してきた王都は大臣連により腐り果てていた。
こんな形ばかりのタイクーンの名を継承したところでリーデ様が納得しないのは当然のことである。
…が、それならそれでやりようはある。
「ここから天下を目指すには二つ、道がありますな」
わしの言葉にリーデ様とラキ殿の目が向く。
ラキ殿は色々と察して入り口付近を警戒すべく移動…察しが良くて助かる限り。
まずひとつ、指を立てる。
「ひとつ…この王都を攻め落とし我らの国とする…リーデ様が皇帝となり、そして大陸制覇に乗り出す道」
尤も、こっちの道は強行も強行。話は単純だが屈強な王都軍と戦う必要がある。
だが勝ちさえすればあの疎ましい大臣連に行動を阻害されることもない。今後が非常にやりやすくなる。
「そしてもうひとつ…大臣連の過半数を調略し各地方制圧の方針に変えさせ、タイクーンの権威を取り戻す道」
こっちは今受けた名ばかりのタイクーンに実を持たせていくという道だ。
この道は屈強な王都軍と戦わずに済むどころか協力体制にすら持っていける。戦力的に余裕が生まれる。
だがあの腐った大臣連を一人ずつ味方につけていかなくてはならない…地道な作業になるだろう。
「どちらを選んでもそれなりに困難な道でありますが、さて…如何なされますか?」
リーデ様は目を伏せて軽く息を吐く。
続いて出てきたのはその答えではなく、意外な言葉だった。
「結局のところ皇帝陛下は単なるお飾りに過ぎないのね…」
そのぽつりと呟かれた言葉にふと思い出した。
そうだ…あの皇帝、出会ったばかりの頃のリーデ様とまるで同じ立場ではないか。
ここに来てまるで過去の写し鏡に出会うとは人生とは数奇なもの…
―――…いや、待て、なんだか凄く嫌な予感がしてきたのだが…
「…リーデ様…皇帝陛下に関しては気になされますな、実権を握っているのは大臣連で…」
「ユキムラ、少しサスケとサイゾーを借ります」
嗚呼…こうなったら止まらないのは分かり切っている。
リーデ様はその貌にとてつもなく悪い笑みを浮かべ、言った。
「今夜…皇帝陛下に夜這いをかけるわ」
【続く】




