幕間その1 ユキムラちゃん、魔術に疑問を持つの巻
「それにしても…異世界と言う割には意外とわしらの世界と変わらんもんじゃな」
ヨルトミア城のテラスから遠景を見渡しながらユキムラちゃんはそう切り出した。
「そっちの元の世界がどうだったかは知らないけど、そんなに意外ッスかね」
「うむ、あの女神とやらに聞かされた話ではもっと魔術とやらが発展してると思っておったぞ」
「ああ…昔はこの世界もそうだったみたいスね」
昔?と訝しがるユキムラちゃんには説明せねばなるまい。最も、俺も聞きかじった程度の知識ではあるが。
かつてこのセーグクィン大陸は魔術が発達し日常生活にも戦争にもごく当たり前のように魔術が使われていた。
特に膨大な魔力を持つ大魔導士などは一騎当千の戦力を持ち大魔導士一人を投入するだけで万の兵を制圧した戦争もあるという。
つまり…どれだけ強い魔導士を抱えているか、その一点だけが各国のパワーバランスを担っていた。
だがその時代は唐突に終わりを告げる…歴史上にタイクーンが登場したのだ。
タイクーンは個の力よりも軍の力を最重要視し、対魔導士戦術を数多く考案…対魔導軍団、通称“黒鉄兵団”をもって征服を開始した。
魔導士に頼りきりで軍事力増強をおざなりにしていた各国は成すすべなく黒鉄兵団に蹂躙され、タイクーンは大陸の覇者となる。
そして大陸制圧後は魔術の排斥が徹底的に行われ、魔術の時代は終わりを告げるのであった。
「ま、山奥とかには魔導士狩りから逃れた魔導士がまだいると思うんだけどね…」
「なるほどのう…まぁ、わしがタイクーンだったとしても同じような戦略を取ったじゃろうな」
ユキムラちゃん曰く、個の力に頼りきりの軍など砂の上に建てた城のようなものだという。
だがそこでユキムラちゃんは違和感を覚えたのか素っ頓狂な声を上げる。
「ん!?そういえばわしは魔術で呼ばれたのではなかったのか!?」
「ああ、それはリシテン教が…」
「リシテン教に興味がおありですか!?」
唐突に俺とユキムラちゃんの間にリシテン教司教、シア=カージュス様が現れた。思わずぎょっとして身を引く。
一体どこから現れたんだ…そんな疑問を口にする暇も与えずシア様はユキムラちゃんの手を取った。
「い、いやわし…ブッ教徒じゃから…」
「大丈夫、女神リシテン様はいつでも改宗も認めてくださいますよ、素晴らしいですね」
「い、いやいや改宗する気もないんじゃが…」
「とにかく話をお聞きください!そもそもリシテン教の教義とは…―――」
返答も聞かずシア様は早口で熱く語らい始めた。
リシテン教…それはタイクーン登場前は大陸全土で幅を利かせていた世界宗教だ。
女神リシテンを信奉し、魔術を女神様から賜った奇跡の力として感謝し崇拝する…そんな教えゆえに魔術排斥活動の一番の標的となった。
その弾圧は非情に徹底的で、司教や神官のみならず信徒たちも炙り出されては数多く火刑にかけられたという。
そんな宗教が何故ヨルトミアには残っているのか…
それは先々代領主様の大病を魔術で治療し、その恩で王都には内密に領内での布教活動が認められたからである。
危険を顧みず治癒魔術を行ったのがシア様の祖母、シユ=カージュス様だ。
シア様はそんなシユ様の遺志を継ぎ、おそらくこの大陸最後のリシテン教司教として日々布教に励んでいる。
「わ、わかったわかった!して…シア殿、神官が戦に出るというのはお主的には構わんのか?」
怒涛の如く押し寄せてくる教義にたじたじとしながらユキムラちゃんが問い返す。
確かに魔術を信奉しているとはいえ聖職者が戦場で人を殺めるというのはいかがなものか…そう思うのも当然だろう。
しかしシア様はけろりとして答えた。
「ヨルトミアが亡びればリシテン教もまたこの地から亡びます、であれば戦うしかありませんでしょう?」
嗚呼、成る程…―――
ユキムラちゃんはそう小さく呟いたように見えた。
そしてにやりと笑い、改めてシア様に向き直って手を差し出した。
「信心深い兵ほど頼もしい者はおらん、よろしく頼むぞシア殿」
「ええ、奇跡の力は不届き者には決して負けません…我らの力を使い何卒この地をお守りください、ユキムラ様」
そうして二人はしっかと手を組む。
「…本当に恐ろしいのは魔術なんぞよりもその信心なんじゃがの」
小さく、本当に小さくユキムラちゃんが呟いたのを聞いたのはおそらく俺一人だった。
【続く】