第四十二話 ヨルトミア軍、上洛するの巻
ヨルトミアを発った俺たちはおよそ十日ほど行軍しその黄金の門に到着した。
高さおよそ20mのその巨大門からは同様に高い城壁がそのままぐるりと王都とその近郊を囲う。
その防御性能は非常に高く、数十年以上この大陸に比類なき要塞と言われるほどである。
王都に攻め入る野望を持つ者はまずはこの無敵の城塞を突破しなくてはならない。
これがタイクーンの作ったと言われる『日輪の門』だ。
「噂には聞いていたが近くで見るとやはり圧巻だな…」
「どこまで続いてんだこの城壁…先がまるで見えねえぜ…」
その威容を前に思わずロミリア様とヴェマが唸る。他の者も同様だ。
門の中央に大きく掲げられた太陽の意匠…即ち王国紋はまるで俺たちを睨み下ろすかのようだ。
リーデ様の言葉はなかったが、ごくりと唾を飲んだ音は僅かに聞こえた。
そんな中、二騎の騎士が此方へと近づいてきた。
「貴様らがヨルトミア公国か…通行の許可は下りている、とっとと通るがいい」
いきなり凄まじい対応だ。
その疵面で目つきの悪い大柄の男はじろりと不躾にリーデ様を一瞥すると顎で門の方を軽く指した。
あまりに無礼な態度に思わず皆が殺気立ったところ、慌ててもう一騎がフォローに入る。
「ちょっと!いくらなんでも失礼すぎますよ!―――…す、すみません!この人いつもこうなので!」
こっちは感じのいい女騎士だ。金髪に黒のメッシュが特徴的なポニーテール。
彼女が門へと向けて手を振ると、地響きを立ててその巨大門が開き始めた。
「私はトウカ、王都七騎士の一人です!そして此方が七騎士のマクシフ、皆様の案内役を務めさせて頂きます」
案内役…とは言ってもようはヨルトミア軍が王都内で軍事行動を働かないための監視役だろう。
マクシフは分かりやすかったが、改めて見るとトウカもその立ち振る舞いにはまるで隙がない。
門を警護する兵士たちも同様にさり気なく此方を監視している。刺激すれば即座に総攻撃を受けるだろう。
じろじろと飛んでくる視線にサイゾーが不快そうに唸った。
「こいつら…そこそこつよい…ながいしたくない…」
「ふむ、サイゾーでもそう感じるほどか…やはり王都だけあって兵の練度は高いようじゃな」
「ええ、一人一人見ても動きが洗練されてます、この軍だけじゃ門落とすのはキツいッスね…」
ユキムラちゃんと俺がそう話しているとトウカが苦笑した。
「あはは…評価は嬉しいですけどあまり物騒な発言はやめてくださいね…王都じゃその冗談は通じないので」
―――…気をつけなくてはいけない。
ともあれ、トウカとマクシフの隊に周囲を固められながらヨルトミア軍は日輪の門を通過する。
その目の前に広がった光景に、トウカが大仰に一礼して見せた。
「ようこそ!黄金王都エドルディアへ!」
圧巻。
日輪の門も圧巻だったが、その中はもっと圧巻の光景が広がっていた。
見渡す限りの人、人、人…西部の都とは比較にならないくらいの人の数だ。
そして建物はまるで砦のように高層の物が多い。まるで高さで覇を競い合っているかのようだ。
その建造物すべてが黄金…というわけではなかったがそれらには至る所に黄金の意匠が見られる。
目の前に広がる未知の光景に俺たちは圧倒された。
「これが王都…」
リーデ様がぽつりと呟く。白馬の手綱を握る手は僅かに震えて見えた。
それを見たユキムラちゃんは馬を寄せ、囁くように言った。
「左様、いずれリーデ様の物となる都にござる」
何言ってんの!?
さっきトウカに釘を刺された発言よりももっと危険極まりない発言だ。
幸いそれを聞いた王都兵はいなかったが、俺は寿命が十年縮まる想いを体感してしまった。
リーデ様は一瞬呆気にとられた顔をしたが、すぐに不敵に笑って見せた。
「そうね…ここの主のつもりでいきましょう…―――…皆!」
リーデ様は圧倒される将兵へと振り返り、王都の中央…皇帝陛下のおわす王城をピッと指さした。
「怖じることはありません、堂々と行進なさい!王城に攻め入るつもりでね!」
今度はよく響く爆弾発言だ。
トウカは飲んでいた水を吹き出し、マクシフは思わず得物の大槍を手に取りかけた。
だが今まで大敵と戦ってきたヨルトミアの将兵にとってはその言葉の効果は抜群だ。
圧倒された気持ちを奮い立たせ、胸を張る。そして予行演習通りキビキビと行進を始めた。
マクシフが大きく溜息を吐いて近寄ってくる。
「……お前らの大将はいつもこうなのか?」
「…スイマセン、なにぶんここまで戦ばっかだったもんで…」
「チッ、山猿が…次に不穏な発言をしたら牢にぶちこまれる覚悟はしておくよう言っておけ…」
王都の騎士も気苦労が多いようで…
ともあれ、ヨルトミア軍は指定された駐留地へと大通りを通って行進していく。
それを見る王都の民の視線は好奇、物珍しさ、若干の憧れ…時折黄色い声も上がり、意外と好印象。
どうやら騎士女公物語を大劇場を通して宣伝してきたのが王都にまで伝わっていたようだ。
俺は思わず緩みかける頬を引き締めながら駐留地までの道を往く。
◇
王都へは軍を率いて来たものの王城へ入り皇帝への謁見が認められたのはリーデ様のみ。
しかし供は二人までは認めるということで選ばれたのはラキ殿と、このユキムラであった。
皇帝の御前に参る前、リーデ様からそう聞いた文官は無遠慮にジロジロとわしを眺め回す。
ぴしりと正装した几帳面そうな女性である…どうやらこの世界にもあったらしい眼鏡をかけているのが特徴。
名をミナツ殿という…王都との繋がりを作るにあたり定期的に連絡を取っていたのもこの者だ。
「…ヨルトミア公、使用人を陛下の御前に連れて行くのは如何なものかと」
「失礼ね、その子はうちの参謀よ、“転生軍師”ユキムラといえばわかるかしら?」
「“転生者”…この子供が…?―――まぁ、いいでしょう…」
何か含みがある物言いである。
軽くイラっと来たわしは睨み上げ、軽く恫喝した。
「なんじゃ、言いたいことがあるならハッキリ言わんか」
「いえ…想像していたよりも随分貧相だなと思っただけです」
ハッキリ言われたら言われたで腹が立つな!
わしの怒りもどこ吹く風、ミナツ殿は眼鏡を押し上げ、リーデ様へと向き直る。
「では…陛下がお待ちです、此方にどうぞ…くれぐれも御無礼のないように」
高級な赤絨毯の引かれた廊下を進み、わしらは玉座の間へと通された。
大理石によって造られた天井の高い間におそらくは大臣たちと見られる者たちがずらりと整列している。
その者らの好奇の視線の中、リーデ様とわしらは堂々と進んで幕のかかった中央の玉座の前へと跪く。
「リーデ=ヒム=ヨルトミア、参りました…こうして陛下に拝謁できる機会を頂けたこと、心から感謝いたします」
リーデ様の清らかな声が玉座の間に響く。
それに対し…少しの間の後、するすると玉座にかけられた幕が上がった。
大臣たちが一瞬動揺する。…成る程、本来ならば姿を見せる気はなかったということか…
玉座から高い声が響く。
「大儀である!余もかの騎士女公に会ってみたいと思っていた、ヨルトミア公!」
未だ変声期を迎えていない高い声…
思わず顔を上げてしまったリーデ様とわしらの眼前…おおよそ年の頃十と二つ、三つほどの少年が座っていた。
タイクーン第一子の末裔…この少年こそが『皇帝』であった。
【続く】




