第四十一話 ユキムラちゃんの答え、そして…の巻
「―――…それが貴方の答えですか」
翌日…俺たちはまたハンベエの庵に訪れ、昨晩の酒の席で得た答えをハンベエに返した。
もはやユキムラちゃんに迷いはない。リーデ様が目指す天下を同じく目指すと決めたのだ。
ハンベエはふむ…と何か納得した風に頷くと、問答を始める。
「ヨルトミア公にただ従う…それはただの思考停止なのではありませんか?」
つくづく痛いところを突いてくるヤツだ。
しかしユキムラちゃんは首を横に振り、否定する。
「否、わしは確かにリーデ様に理想の天下を見た…あれこそがわしの目指すべき天下、そう直感いたした」
ハンベエの碧い瞳とユキムラちゃんの紅い瞳が視線を交錯させる。
舌戦で一方的にぶちのめされた昨日のリベンジだ。ユキムラちゃんは燃えていた。
「それに、所詮わしらは異邦人…わしら“転生者”ではなく、この世界はこの世界の者が統べるべきなのです」
“転生者”の肉体はひどくあやふやだ…魔力によってその姿はすぐに変わってしまう。
いつ何時消えてしまうかもわからない身で天下を取るよりは、この世界に根付いた者に天下を取らせる。
そうすればいつ消え去ってしまったとしても支配体制が大きく崩れることはない。
ハンベエは軽く沈黙思考し…再び問いかけた。
「…もし今後、ヨルトミア公が制御できない強欲によって臣民を不幸に陥れることになったとすれば…―――」
ユキムラちゃんは軽く手を翳し、言葉を遮った。
「…正道を外れることがあればわしが止める、言葉で止まらぬと言うのならば、力づくでも…それが家臣の務めとあらば」
その言葉には確固たる決意が込められていた。
両者はしばらく睨み合い、庵の中に緊迫した静寂の時間が流れる。
均衡は、ハンベエが先に崩した。肩の力を抜いてふぅ…と一息吐く。
「納得いたしました、大志無き天下取りと言ったのは取り消します…すみませんでした」
「いえ…わしもここにきてようやく己の成すべきことがハッキリ見え申した、ハンベエ殿のお陰です」
庵の中に穏やかな春の陽気が戻ってきた。
それにしても…とハンベエが小首を傾げる。
「しかし随分とヨルトミアにご執心のようで…向こうでの真田殿はそこまで忠臣でしたか?」
その言葉に、ユキムラちゃんは軽く照れて頬を掻いた。
「まぁ…惚れてしまった弱みにござる」
リーデ様も本当に罪な御方である。
それを聞いたハンベエは口元に扇子を当ててくすくすと笑い、頷いた。
「ああ、わかりますよそれ…人たらしの君主、本当に困りますよね」
本当にわかるのだろうか…個人的にハンベエは凄く手厳しい性格に見えるのだが…
ともあれ緩んだ空気に、俺はハンベエの心のガードが解けたことを確信する。
今ならいける…!
「ではハンベエ殿!改めてお願いします!ヨルトミアに御力を貸して頂きたく…」
「あ、それはお断りします」
って断るんかい!
何故…と俺たちが問いかける前にハンベエは爽やかな笑みを浮かべて言い放った。
「ボクが好きなのは天下万民の笑顔のために天下取りをする…そういう主君ですので」
こ、こいつは…!
思わず拳を握りかけた俺をユキムラちゃんは諦めたように苦笑して制した。
ハンベエは優れた軍師ではあるがヨルトミアに御せるような存在ではない…そういうことか。
となればもうここに来る必要もないだろう…ユキムラちゃんは一礼し、踵を返す。俺も後に続いた。
ふと思い出したように、その背に声がかかる。
「ああ、でも…貴方のことは少しだけ気に入りました、ユキムラ殿」
二人揃って振り返る。
座ったままのハンベエは柔らかににこりと微笑した。
「もし壁にぶつかったのならまたボクを訪ねてください、一度だけ助太刀いたしますよ」
一度だけの助太刀…
今回はこの約束を引き出せただけでもよしとしよう。
“転生者”とは本当に色々な者がいる…ユキムラちゃんのいた異世界はどんな奇人変人揃いだったのだろうか…
◇
そして数日後…
ヨルトミアは王都へ向かうべく軍団を編成、旅立ちの日がやってきた。
リーデ様と共に王都に向かうのはラキ様、ロミリア様、ヴェマ、リカチ、そしてユキムラちゃんだ。
七石騎士の中ではサルファス様はヨルトミア本拠守りの要として残留。
そして王都では未だリシテン教に対する根強い排斥の気風が残っているためシア様も居残りだ。
「ではリーデ様、そして騎士の皆さん、くれぐれも御無理をなさらぬよう…」
大臣であるナルファス様の壮行の挨拶が終わり、兵士たちは出立の準備に取り掛かる。
そうしているうちにリーデ様たちの元へサルファス様とシア様がやってきた。
「お供できないのは非常に無念ではありますが、お留守中何があろうとヨルトミアはお守りいたします!」
「ええ、お願いねサルファス、信頼しているわ」
「残念ですがリシテン教はまだ王都では受け入れられないようです…皆さま、どうか御無事で」
「うむ、シア殿ともしばしの別れじゃ、達者でのう!」
少なくともこの二人に任せておけばヨルトミアは大丈夫だろう。
そうして別れを惜しんでいるとオリコー公、ハーミッテ公、フォッテ公、マゴイチがやってきた。
リーデ様は四人の方に向き直って軽く目礼する。
「貴方たちも、留守の間それぞれの領のことは頼みました」
四人はそれぞれに頷く。
「今のところ西部各領は順風満帆!何の心配もございませんぞ!」
「でも寂しいのでなるべく早く帰ってきてくれると嬉しいですの、お姉様…」
「リーデ様もどうかお達者で、魔王を倒したヨルトミア公の名を王都に知らしめてやりましょう」
最後にマゴイチが頭をがりがりと掻きながら言う。
その目の下には疲労により色濃い隈があった。イルトナの状況はまだ大変なようだ…
「“国崩し”の開発は順調に進んどる、もし必要になったら手紙で伝えてや、隊商ギルド使って届けたるわ」
「おお、そいつは重畳!…なるべく使う機会がないのが一番じゃがな」
“国崩し”…不穏な名前のそいつは開発中の新型鉄砲だ。
なんでも兵五人ほどで運用するトンデモ兵器らしい。一体どんな威力が出るのか想像もつかない。
一通り挨拶を終えるとリーデ様は馬を返し、東の方角を見据える。
「では…行きましょう、黄金王都エドルディアへ!」
号令と共に進軍開始。
ヨルトミア軍は王都へ向け進み始めた。
さて、王都では鬼が出るか蛇が出るか…スムーズにタイクーン継承とはいかないだろう。
「…?」
ふと、ユキムラちゃんが別の方角を見ていたので俺も釣られて其方の方角に目を向けた。
その先にはノミル山…ハンベエの庵がある場所だ。
ハンベエはそこから俺たちのことを見守ってくれている…気がした。
―――…いや、別に気にもしていないかも知れない。
【続く】




