第三十六話 ヨルトミア、天下へ…の巻
「フハハハ…矮小な人間よ、儂を倒しても第二第三の魔王が必ずやこの地に現れようぞ…!」
「構いません!その度に人は正義の剣を取り魔王を討ち滅ぼしてみせましょう!」
煌びやかな衣装を纏った美しい姫騎士がいかにもといった風体の魔王を斬る。
魔王は断末魔の悲鳴を上げて舞台袖に退場し、姫騎士の周囲に仲間たちが駆け寄ってくる。
そして幕は下りた…『ヨルトミアの騎士女公物語 魔王討伐の章』。
割れんばかりの大喝采の中、乾物菓子を貪り食うサイゾーがふんと鼻を鳴らす。
「くそみたいなげきだな…」
「シッ!サイゾーちゃん!シッ!」
隣のおじさんが睨みつけてきたのに俺は愛想笑いを浮かべながらサイゾーの口を塞いで大劇場を後にする。
ハーミッテに建てられたこの大劇場は連日満員、娯楽に飢えた民たちに高い人気を誇っている。
領内、領外問わず多くの人でごった返す大通りを歩きながらサイゾーはぷりぷりと腹を立てる。
「まおうをたおしたのはユキムラさま…なんでリーデさまがたおしたことになってる…」
「皆は分かりやすいヒロインを求めてるからねえ…多少のアレンジはしょうがないんじゃない?」
「わたしもでてこなかった…」
「俺は出た、赤騎士の右腕役で……危ねっ!」
無言で繰り出されたサイゾーの蹴りをギリギリ躱す。
すっかりサイゾーはへそを曲げてしまった。しばらくは口を利いて貰えないだろう。
(あれから一年半…時間が経つのは早いもんだ…)
カイル平原の戦いでヨルトミアが大陸西部を統一…あれから既に一年半の時が過ぎた。
オリコー、ハーミッテ、フォッテは正式にヨルトミアの配下となり、ヨルトミアは公国群の上に立つ大公国となった。
統治は基本的に従来通りの各公爵が行っているが、各国関係は連合の時より遥かに緊密化している。雨降って地固まるだ。
オリコー公国は変わらない、相変わらずシミョール様は領民人気がないものの安定して栄えている。
だが弱かったオリコー軍は三騎士を中心に以前より遥かに強くなった。最初にヨルトミア側についたことが功を奏した形だろう。
ハーミッテ公国は御覧の通り、イオータ様が統治するようになって質実剛健な国風から華やかな国風に変貌を遂げた。
ヨルトミアに反骨心を抱いていた領民たちも今ではすっかり丸くなり、頻発していた反乱も今ではまったく起きていない。
フォッテ公国は…どうしたことか、あの優柔不断のラクシア様が人が変わったかのように決断的に統治を行いだした。
ノブナガが遺したオダ帝国構想…それを元に“楽市楽座”や“検地”などの革新的な政策に挑戦し、前途多難ながらもフォッテは生まれ変わろうとしている。
そしてイルトナは領主逃亡のため公国としての形は失われ、商工組合が合議制で自治する共和国となった。これは異世界でいうところの惣国というシステムらしい…
元々イルトナ公自体が貴族らしからぬ商工業を重視する実利主義だったことでギルドは元々領内で強い発言力を持っており、支配体制の移行は極めてスムーズに行われた。
イルトナをその方針に取り仕切ったのが意外にもあのマゴイチである。こういう面倒事は嫌う性格かと思っていたのだが何故か驚くほど積極的だった。
そんな彼女も今や傭兵ギルドの長として、今日も忙しなくあちこちを走り回っていることだろう。
…と、そんな感じでヨルトミアを中心に大陸西部は一つの大きな国として生まれ変わろうとしていた。
「おう、お二人さん、今日は大劇場でデートかい?」
歩いていると咥えタバコで無精髭を生やした男が冗談めかして声をかけてくる。
サナダ忍軍ジンパチ…俺の部下の一人だ。俺は肩をすくめて返答する。
「こっちのレディが観劇を御所望でね、あのサイゾーちゃんが随分と文化的になったもんさ」
「おっ、そうかい!サイゾー、初めての観劇はどうだった?」
「……かねとじかんのむだだった」
あんまりな言いざまにジンパチはあんぐりと口を開けてタバコを落とす。
ジンパチは一瞬間抜け面を晒したのを誤魔化すように咳き込み、次いで声のトーンを落とした。
「ま、まぁそれはさておき…サスケ、ユキムラ様からのお達しだ…ついに始まるぞ」
その言葉を聞き、弛んでいた空気が一気に引き締まる。
“始まる”…それが意味することはたった一つ、そのためにあの戦い以降準備してきたのだ。
俺は二人に別れを告げて駆け出す…目指す場所は本拠、ヨルトミア城。
◇
ヨルトミア城会議室…―――
幾度となく軍議が行われたここも、この一年の間使われておらずしばらくぶりだ。
円卓の上座につくのは騎士女大公、リーデ=ヒム=ヨルトミア様…
成人の儀を迎えられてさらに美しさと風格が増したように感じる。目があえば思わず息を呑むほどにだ。
そして、円卓を囲うのは西部統一に尽力したヨルトミアの七将…
全ての騎士・兵士を纏める軍団長《金剛石の騎士》、サルファス=ガオノー
名実共に西部最強の騎兵団長《黄玉の騎士》、ロミリア=カッツェナルガ
狙撃能力に長けた猟兵団長《碧玉の騎士》、リカチ=カーヴェス
白兵戦では未だに不敗の軽歩兵団長《紫水晶の騎士》、ヴェマ=トーゴ
多彩な魔術を習得した聖戦士団長《月長石の騎士》、シア=カージュス
主を護る最後の盾の護衛兵団長《翠玉の騎士》、ラキ=ゲナッシュ
知略と武勇を兼ね備えた参謀“転生軍師”《紅玉の騎士》、ユキムラ
騎士の中でも特別な七人としてそれぞれ新しく称号が与えられた、通称『七石の騎士』だ。
リーデ様は騎士たちの顔を一通り見渡すと小さく頷き、本題を切り出す。
「王都エドルディアに出した書状の返事が届いたわ、皇帝陛下の謁見を認めると…」
おお…と全員が息を呑んだ。
皇帝陛下に直々に会うためには例えタイクーンの血筋の者であってもそれに見合う功績が必要とされる。
即ち、大陸西部の動乱を平定したヨルトミアにはその資格ありと認められたのだ。
第一条件はクリア…これで皇国の騎士たちが護る閉ざされた王都への門を通ることが可能になる。
「正念場はここからよ、私がタイクーンの後継へと名乗りを上げればきっと他の列強国との戦いになる」
当然だ。
タイクーンの遺言に従えば後継に名乗りを上げるということは血族中の最強を自称するということ。
異を唱える者はごまんと存在するだろうし、また既に後継を名乗っている血族の者もいるだろう。
「今までのような戦いとは規模もレベルも違うわ、“転生者”も当然のこと居るでしょうね」
この狭い西部ですら既に三人の“転生者”が召喚されているのだ。
おそらく他の地方でも何人…否、何十人と召喚されている可能性すらある。
その中にはあのノブナガのように恐ろしく強い人外じみた“転生者”だっているだろう。
今後ヨルトミアはそういう者たちと覇を競い合わなくてはならないのだ。
「…それでも私はタイクーンになることを望んでいる…だから今一度貴方たちに改めて問うわ」
リーデ様は立ち上がり、円卓の騎士たちを見渡す。
「このリーデ=ヒム=ヨルトミアと共に…タイクーンへの道を往く覚悟があるかしら?」
おそらくリーデ様はここで誰かが去ったとしても咎めないだろう。
西部を平定した今のヨルトミアでも十分じゃないか…そう思う気持ちは誰にしもあるはずだ。
今の平穏を敢えて捨て、再び戦火の中に身を投じる覚悟があるか…
沈黙を最初に破ったのは切り込み隊長のヴェマだ。
「おいおい、今更だぜリーデ様よ…覚悟なんてのは騎士称号を賜ったあの日からとっくにできてるぜ!」
くすりと笑ってロミリア様も続ける。
「私もこのまま戦わずに錆びていくのは不本意極まりない、さらなる強敵と戦えるのなら胸が高鳴る想いだ」
二人の言葉にリカチが肩をすくめる。
「ここまで来ちゃったらもうただの猟師に戻るわけにもいかないしね、最後まで付き合うさ」
シア様も穏やかに微笑した。
「リシテン教を救っていただいた御恩をまだ返せておりません…どうか夢を叶えてくださいませ、リーデ様」
サルファス様も重々しく頷く。
「ヨルトミアはここで止まるような国ではございませぬ!王都へ進出し、さらに勇躍いたしましょうぞ!」
ラキ様は真っすぐにリーデ様を見据える。
「リーデ様が望むのなら例え行く先が地獄であろうとお供いたします!」
最後に、ユキムラちゃんがくっくっと笑って言った。
「このユキムラ、リーデ様が天下人になられることこそが唯一の願いでありますれば…」
満場一致だ。
皆が皆それぞれの想いを胸に秘めタイクーンへの道を歩むことを望んでいる。
それぞれの言葉を聞き、リーデ様は軽く目を伏せ…
「ありがとう、聞くまでもなかったようね…―――ふふ…この国は本当に面白いわ」
そして、珍しく柔らかな笑みを浮かべる。
ユキムラちゃんに人形姫が心を暴かれたあの日とはまるで正反対の言葉で…
◇
その夜…
「さあ、いよいよ上洛じゃぞ!信玄公も成し遂げられなんだ大業じゃ!」
城からサナダ屋敷への帰り道、ユキムラちゃんは急にテンションを上げる。
上洛…という言葉はイマイチよく分からなかったが意味はなんとなく分かる。王都に進出することだろう。
もしかして異世界でも同じように一大事なのかも知れない…
「それにしても片田舎だったヨルトミアが随分とデカくなったもんッスね…」
しみじみと呟く。
ダイルマに亡ぼされかかっていた国の面影はもうどこにもない。リーデ様は既に覇王の風格を纏い始めた。
そして俺も…ただの一兵士だった頃からは考えられない成長を遂げた…と、思う。
全ては目の前のこの少女、ユキムラちゃんが召喚されてからだ。あれから何もかもが大きく変わり始めた。
改めて礼を言わなくてはならない…しかし、そんな俺に対してユキムラちゃんはくっくっと笑う。
「何を言っとるか、やっと天下への道に足がかかったところじゃぞ!振り返るにはまだ早すぎるわ!」
そう…例え西部を一統してもこの大陸はまだまだ広く、まだまだ沢山の強敵が居る。
夢を叶えるまでユキムラちゃんは決して立ち止まらない。ただ夢だけを見据え、振り返ることもない。
だからこそ俺たちもその後をついていく…置いていかれないように、必死で。
「さあ!明日から忙しくなるぞサスケよ!上洛には色々と準備が必要じゃからのう!」
「ええ!せっかくの王都ッスからね!ありったけの策を持っていきましょう!」
俺たちはどちらともなく顔を見合わせ、ニッと笑った。
きっとこれからは想像もしない出来事が待っていると思う。
だがこの人と一緒ならばどんな苦境も切り抜けていける…そんな確信がある。
ヨルトミアの澄んだ夜空には星空と丸い月が浮かび、その僅かな明かりで俺たちの往く道を照らしていた…
【第二章 終】
ここまで読んでいただきありがとうございました。
転生軍師!ユキムラちゃん第二章、包囲網編はこれにて完結となります。
次回からは第三章の上洛編が始まります。
異世界人も“転生者”も胡乱な連中も盛り盛りでお送りしますのでご期待ください。
感想、お返事はできておりませんが毎回楽しんで読ませて貰ってます。ありがとうございます。
よろしければ評価も頂けると大変もちべいしょんになりますのでよろしくお願いします。
では、第三部もユキムラちゃんの物語にお付き合いくださいませ!