第三話 ユキムラちゃん、戦略開始するの巻
「死にたくねえ…死にたくねえよぉ…」
「煩い奴じゃのう…ほれ、とっとと行かねば日が暮れて山の獣の餌じゃぞ」
衝撃の会議から一夜明け…
俺は金品の入った積み荷を荷車で引き、さらにその上でぐうたらしているユキムラちゃんを載せて山道を進む。
ヨルトミアに近くに位置するこのノーザンテ山は比較的強い魔物はいないもののそれ故に山賊の住処となってしまっている。
山賊がいつから住み着いたかは定かではないが、戦力のかなり高い軍団であるらしく軍としても半ば黙認する形でその存在を許している。
近隣の村を襲うようなことはないため山に入らなければ無害な存在だが、一度山に入ってしまえば話は別だ。
こちらは弱そうな一般兵と、着替えて上質な赤い貴族服にスカートを身に纏ったユキムラちゃんの二人旅。
まさしく山賊の格好の餌食となる形なわけだが…
「やっぱりロミリア様から護衛借りてきた方が良かったんじゃ…」
「阿呆め、それだと警戒されて山賊が出てこんじゃろうが、向こうもバカではないんじゃから」
「二人で山に入るのは十分バカだと思うんスけどね!」
今回の目的はその山賊に会うこと。
どうしてこんなことになってしまったのか…―――
山賊に出会ったとしても女の子のユキムラちゃんはともかく護衛の俺はまず挨拶代わりに殺されるだろう。
荷台の上で寝転びゴキゲンなユキムラちゃんを背景に、俺は走馬灯のように昨夜のやりとりを回想するのだった。
◇
「礼拝堂から消えたと思ったらまさかそんなことを…」
その夜、ユキムラちゃんひとまずロミリア様の屋敷に身柄を預けられることとなった。
開かれた夕食の席にいたのは普段からロミリア様と仲の良いシア様、あの後さんざんユキムラちゃんを探していたらしい。
ここは謝るべきなんだろうが肝心のユキムラちゃんは出された肉に夢中だ。まるで聞いちゃいない。
「ふふっ…しかし大したものだよ“転生者”殿は…そしてあの姫様も…まさかあのような御心を隠されていたとはな…」
「わしのことはユキムラちゃんでよいぞ、ろみら…ろみれ…」
「ではこちらもロミィで構わないさ、ユキムラちゃん」
ロミリア様は妙に上機嫌だ。それもそのはず、今の展開はこの方が一番望んでいたのだから。
それとは別にユキムラちゃん自身を気に入ったというのもあるだろう。でなければこうして自分の屋敷で寝床の提供を申し出たりはしない。
肉にがっつくその姿を微笑ましそうに眺めながら、ロミリア様は本題を切り出した。
「しかしユキムラちゃん、随分な自信だったがダイルマにどのようにして勝つ気だ?」
問われたユキムラちゃんは一瞬肉を食べる手を止め…軽く思案して言葉を返す。
「ま、今の戦力では無理じゃろうな…何せ軽く見る限りでも兵が足りなすぎるからのう」
「ええっ!?姫様を謀られたということですか!?」
いつもは落ち着いているシア様の声が驚いて裏返った。
驚いたのは俺も同じだ。あれだけ大見得を切っておいてまさか勝算がなかったというのだろうか…
唖然とする二人を前にユキムラちゃんはくくくと喉を鳴らして笑い、新しい肉を切り分けた。
「人聞きの悪い、今のまま戦えば…という話じゃ」
「つまり次の戦までに軍の再編成を行うと?」
「うむ、人材というものは意外と色んなところに転がっておるものじゃぞ、ロミィ殿」
いくら姫様に気に入られたとはいえ今はまだ軍権を一切持たない居候。客将という立場ですらない。
だが、そう言ってのけるユキムラちゃんには有無を言わせない迫力があった。経験の重み…とでもいうのだろうか、子供なのに…
「くくく…わしの世界のありがたい言葉を一つ紹介しよう…“算多きは勝ち、算少なきは勝たず”」
「君の世界の兵法か…戦に至るまでに用意した策の数が勝敗を分かつと」
「左様、強い相手にバカ正直に戦ったところで勝てるわけがないからのう!使える策は全て使わせて貰おうぞ!」
肉を口に運び咀嚼を再開するユキムラちゃんを前にロミリア様とシア様は思わず顔を見合わせた。
“転生者”といえば絶大な力を持つ代わりに異界の無垢な存在という話だが、その口ぶりは明らかにカタギのそれではない。
「司教殿…あなたは一体どんな魂を召喚したのだ…?」
「さ、さあ…召喚する魂は私どもでは選べませんから…」
二人が戸惑っている間にユキムラちゃんはおかわりを含めて完食し、改めて座りなおして椅子にふんぞり返る。
そして二人へ向けて自信満々に言ってのけるのだった。
「さしあたっては明日にでも兵を集め始める所存じゃ、まずは兵がおらねば策の立てようがない故な」
それを聞き、ここまで驚き通しだったロミリア様の表情もようやくいつもの不敵な笑みへと戻る。
「面白い…!ここまでの君は所詮口だけの者だからな、お手並み拝見といったところだ!」
「しかしユキムラ様一人では何かと不便でしょう、お付きの者を何人か用意いたしましょうか」
「あー…いらんいらん、わしにはもう既に家来が一人おるからな」
家来…?ユキムラちゃんは既に誰かを従えたというのだろうか。
既にこの場にいるのではときょろきょろ辺りを見回した俺だったが…三人の視線は何故か俺に注がれている。
も、もしかして家来っていうのは…
「お、俺ッスか!?」
「…そういえば会議にもこの夕食会にもしれっと参加しているな…存在感がなくて気付かなかったが…」
「…いささか頼りなく見えますが、ユキムラ様がそう言うのであれば…」
そりゃあ俺だってなりゆきでここまで来てしまったけれども!貴族の夕食はおいしかったけれども!
思わず固まる俺の前にやってきたユキムラちゃんは、にひひと笑ってポンと肩に小さな手を置いてきた。
「明日から忙しくなるぞ、サスケ!」
じょっ、冗談じゃねえ!!
◇
「む…お出ましのようじゃな」
ユキムラちゃんの言葉でハッと我に返った俺は一帯を包み込むような殺気に気付き、思わず腰の剣に手をかける。
しかしその次の瞬間ドスッと俺の足元に矢が一本突き立ち、バランスを崩した俺は見事に情けなく後ろにすっ転んでしまった。
既に囲まれて弓手に狙われている…!死んだ!これはマジ死んだ!
「ひえええっ!こっ、殺さないでくれぇ!」
「やれやれ…何をやっとるんじゃお主は…」
荷車の陰に隠れる俺にユキムラちゃんは極めて冷たい一瞥を向け、次いで新しく現れた人影に目を向ける。
鎧を着こんで剣を携えたスキンヘッドの巨漢、筋骨隆々としたいかにも強そうな山賊だ…しかし山賊にしてはややこざっぱりしている印象もある。
こんなのとへっぽこ兵士の俺が正面から戦えば三秒でなます切りにされるであろう想像は容易い。
厳めしい顔の山賊たちは厳めしく仁王立ちし、お決まりの台詞を口にする。
「殺しはせん、命が惜しくば積み荷の半分を置いて…―――」
「やあやあ!お出迎えご苦労ご苦労!なんとも強そうな武者揃いで期待以上じゃのう!」
お決まりの台詞はユキムラちゃんの妙にフレンドリーな声でキャンセルされた。
この反応はさすがに山賊たちも予想だにしていなかったらしく思わずたじろいでしまうのを俺は見逃さなかった。
誤魔化すように咳払いしたリーダー格の山賊は再び凄みを利かせ、頭上からユキムラちゃんを睨み下ろす。
「聞こえなかったのか小娘、積み荷の半分を置いていけば命までは取らんぞ」
ユキムラちゃんは立ち上がって腰に手を当て、1m近くは頭上のスキンヘッドを不敵に見上げた。
「くくくっ…こんなもん半分と言わず全部くれてやるわい、その代わり…」
ユキムラちゃんに爪先で小突かれ俺はほうほうの体で立ち上がる。
そして事前の打ち合わせ通り積み荷の中から一本の長物の包みを取り出しバサリと広げる。
風に煽られて大きくはためくその紋章を見、山賊たちがハッと息を呑むのが伝わってきた。
ヨルトミア公国正式軍旗…騎士の証である。
最も、これはカッツェナルガ家の借り物であるわけだが…
「貴殿らの頭領にお目通り願いたい!“すかうと”に参ったぞ!」
ユキムラちゃんの高らかな声が清閑な山に響き渡った。
俺たちに向けられていた複数の殺気はいつしか動揺に変わっている。当然だ。
何せ一国の正規騎士が山賊に対しスカウトをかけるなど前代未聞の出来事だ。大陸中探しても前例はないだろう。
だが…不意に草むらからぬっと出てきた一人は違っていた。
「はん…随分とまぁおかしな獲物が引っかかったもんだぜ」
「だ、団長…」
現れたのは一人の女だ。黒く長い髪に褐色の肌、顔立ちは美しいが同時に獣のような獰猛さも漂わせている。
軽装鎧から伸びる手足はそれほど太くはないものの引き締まった筋肉がついており十分に鍛えられていると一目でわかる。
そして何より目を引くのは携えた異様にデカい斧槍。最初に現れた巨漢ですら扱いに苦労しそうなその武器を軽々と扱っているのだ。
山賊たちは彼女のことを団長と呼んだ。もしや彼女が…
「オレがこいつらの大将、ヴェマ=トーゴだ…お嬢ちゃん、テメエの名は?」
「ほう、まさか女の身で山賊を率いておられるとは!わしの名はユキムラちゃんじゃ!」
動揺とは打って変わり緊迫が場を支配する中、一切物怖じしないユキムラちゃん相手にヴェマは再びふんと鼻を鳴らした。
そして背を向け、おもむろに歩き出す。
「獲物じゃなく来客だってんなら立ち話ってのも何だ、オレたちのアジトについてきな」
【続く】