第三十二話 開戦!カイル平原の戦いの巻
フォッテ・イルトナ連合もといオダ帝国軍…対するはヨルトミア・オリコー・ハーミッテ連合軍…
ほぼ同時に出撃した二つの軍はオダ帝国軍がやや早くカイル平原に布陣。
布陣するや否や工作兵団長マサックが陣頭指揮を執るイルノームたちにより凄まじい速度で野戦築城を行う。
連合軍が平原に到着したその頃には既に三重の土塁と防柵を持つ即席要塞が出現していた。
到着した連合軍の将たちはその圧巻の光景に言葉を失う。
「あ、あれがマゴイチ殿の言っていた…これはもはや野戦と言うよりは攻城戦ですね…」
V字に大きく翼を広げる鶴翼の陣に布陣した連合軍本陣、ラキが敵陣を窺いながら思わず呟く。
攻城戦とは言いえて妙だ。無理にあそこに攻め入ろうものなら機動力を奪われ迎撃の鉛の雨が散々に降り注ぐだろう。
その簡易城塞は例え連合軍が僅かに兵数で勝っていようとその不利を逆転させるほどの堅牢さを感じさせた。
これが異世界の戦術か…リーデはその氷の眼差しにしっかりとその光景を焼き付ける。
ここで止まるつもりは毛頭ない。ならば相対する者すべてを糧にする…なにせタイクーンの座を狙っているのだから。
「“野戦築城”…次の戦いはあれ、ヨルトミア軍でもやれないかしら?」
「あ、相変わらずですねリーデ様…」
ラキが苦笑する。目の前の大敵が使っている戦術だというのにこの人は豪気なものだ…
だがそうでなければ総大将は務まらない。もはや大陸西部統一は手を伸ばせば届く距離にある。
ここでオダ帝国を打倒できれば、の話だが…
「全軍に伝えなさい、この布陣を維持したまま待機…この戦い、先に動いた方が負けるわよ」
「はっ!」
ユキムラ隊は既に出撃している。察知されにくい南の渓谷を通って敵陣の背後に回り込む作戦だ。
背面からの奇襲が成功すれば必ずや敵軍に動きがある…そうすればそこに勝機は見えてくる。
要塞化したオダ帝国軍は自陣の守りを固めている。緊迫のカイル平原は一触即発の睨み合いが続いていた。
…かに見えた。
「…っ!?」
突然後方から角笛の音、そして激しい剣戟音。その音はごく近い。
不意打ちに思わず首をすくめるリーデの下へと慌てた様子の伝令兵が駆けてくる。
「で…伝令っ!我が軍背後にオダ帝国軍出現!」
「なんですって…?」
伝令兵からの報告では突如として後方に出現したゴローグ将軍率いる伏兵部隊が強襲。
鶴翼中央の本陣のごく近く、まるで追い立てるようにして激しい攻撃を加えているとのこと。
その情報がすぐに全軍に流れ、連合軍に混乱が伝播する…
「リーデ様っ!」
「オレの隊が行く!お前らは動くな!」
焦るラキの声とほぼ同時に本陣近くに布陣していたヴェマ隊が反転、迎撃へと回った。
混乱はさざ波のように鶴の翼の先まで伝わっていく…いくら数で勝っていようと後方からの攻撃は甚大な被害をもたらす。
鶴翼を崩してヴェマ隊に加わって迎撃を優先すべきではとの考えが諸将の胸中を過った。
(“転生魔王”ノブナガ…考える策はユキムラと同じだったということね…)
リーデは爪を噛んで沈黙思考する。
敵軍の考えは明白だ。このまま後方から追い立てて鉄砲射程圏内に連合軍を引き込む。
いくら防御を固めても前後からの挟撃、さらに3000丁の鉄砲による一斉射撃を受けては連合軍はひとたまりもない。
決して前に出てはいけない…しかし陣形変更、反転して伏兵を迎撃すればそれもノブナガの思う壺だ。
反転することは即ち3000丁の鉄砲相手に無防備に背を晒すことに他ならない。
「くっ…ここは危険です!リーデ様、本陣を移動しましょう!」
ラキが進言する。
迎撃に向かったヴェマ隊はなんとか押し留めてはいるもののいつ抜かれるか分からない。
だが、ほぼ間近に敵の刃が迫っている状況がリーデの心を却って冷静に凍てつかせた。
先に動いた方が負ける…これは言ってみればノブナガとの我慢比べだ。浮足立てばそれは死に繋がる。
「却下よ、伏兵の迎撃はヴェマ隊に一任…全軍は鶴翼の陣を維持したまま待機」
「な…!」
くすりとリーデは軽く笑った。笑える状況ではないのだが、つい可笑しくなってしまう。
人形姫と我慢比べ…侮られたものだ、こっちはこれまでの人生の大半をお飾りとして我慢しながら消費してきた。
あの魂無き生に比べればこのヒリヒリと脳髄を刺激するチキンレースは余程温い。
主君のその様子にラキは腹を決める。こうなったらとことんまで供するしかない…
「了解しました!例えヴェマ殿が抜かれてもこの本陣は命に代えても防衛いたします!」
「ええ、頼りにしているわ」
動かざること山の如く。
ユキムラが教えてくれた兵法の極意は異世界を席巻しただけあり神髄に通ずるものが多い。
総大将の不動の姿勢は次第に混乱を鎮め、失われかけた連合軍の統制を取り戻していく…
◇
「お、御味方本陣!伏兵により強襲!ゴローグ将軍です!」
南方渓谷を行軍する中、偵察に出ていたサナダ忍軍・コスケからの報告。
敵軍に気付かれないよう潜伏しながら進軍する敵本陣襲撃部隊…通称、啄木鳥隊に動揺が走った。
即座に悟る。敵の作戦は自分たちとまるで同じ…しかし行動は敵の方が数倍早い。
こうしてはいられない、俺は騎馬を取って返し…―――
「止まれサスケ!」
いつになく厳しいユキムラちゃんの声が飛ぶ。俺はびたりと馬を急停止させた。
「し、しかしユキムラちゃん…」
「コスケよ、我が軍の鶴翼は崩れておるか?」
「はっ、しばしお待ちを!」
問われたコスケはするすると近くの高い樹に登り戦場を見渡す。身軽なコスケは木登りが得意だ。
さらに視力も聴力も優れておりこういった偵察活動に向いている。
しばらくして降りてきたコスケの答えはNoだった。
「おそらくヴェマ隊が迎撃していますが布陣に大きな動きはありません!」
「そうか…信じてくれておるのだな…」
緊迫の状況にも拘わらずユキムラちゃんはどこか嬉しそうに呟く。
その傍にいたマゴイチが焦ってツッコミを入れた。
「な、何言っとんねん!背後取られとるのに陣形換えんかったら総大将討たれてまうで!」
「その覚悟で持ちこたえてくれておるのじゃ!わしの策を信じてのう!」
「なんやて…!?」
「今からでも敵本陣を後方から突けば啄木鳥戦法は成るということよ!」
本陣背後から攻撃を受けたにも拘わらず鶴翼は崩れていない…つまりまだ啄木鳥戦法は失敗していない。
今からでも敵軍を陣地から突き出すことができれば包囲攻撃は可能だ。
だとすれば…啄木鳥隊の取る行動は一つしかない、ここで信に応えずしてどうするというのだ。
ユキムラちゃんはかっと目を見開いた。
「良いか皆、もはや一刻の猶予もない!だが気付かれてはならぬ!風の如く疾く、林の如く徐かに駆けるのだ!」
真剣に見返す啄木鳥隊。その装備は一様に燃えるように赤い。
赤備え…ユキムラちゃんがいた異世界、その軍団のエース部隊の証である。
カッツェナルガの騎兵隊を差し置いて赤備えを身につけたその意味は重い…それほどまでに俺たちの部隊は重要なのだ。
「“再転生”!!」
火柱が上がり、ユキムラちゃんは真田幸村とその身を化す。
ここで時間制限のある“再転生”を行った理由はただ一つ…ここから先はノンストップで一気に敵本陣に突入する。
幸村様は嘶く馬上で十字刃の異形の槍を高く掲げ、叫んだ。
「さあ、征くぞ!異界の真田の赤備えよ!これよりは魔王が御座す地獄の一丁目、覚悟を決めろ!」
覚悟ならとっくにできている。
幸村様の闘志が伝播し一個の火の玉と化した俺たち赤備えは敵陣へ向けて全速力で駆け出すのだった…
【続く】




