第三十一話 黒と赤、転生魔王と転生軍師の巻
父は偉大な君主だった…
父が統治していた頃のフォッテは資源に乏しいながらも栄え、大陸西部でも存在感を放っていた。
だがその父は病死し、後継者として育成された兄も後を追うようにして流行り病で死んだ。
繰り上がるようにして君主となった私にまず最初に求められたのはダイルマの侵略に対する服従宣言…
そのダイルマが亡びた後も周辺諸国に流されるようにして各方の顔色を窺って怯えながら統治をしている。
強くなりたい…父や兄のように強く、フォッテの民から慕われる君主となりたい…
そのためならば…―――
「お疲れですかぁ…?“転生魔王”様ぁ…」
「む…」
旧フォッテ公国…現オダ帝国本拠、フォッテ城…
玉座でうたた寝をしていたラクシア=ギィ=フォッテ…もといノブナガに呪術教団司教カシンが話しかける。
どうやら夢を見ていたようだ。やけに鮮明だったのはこの肉体の持ち主の記憶という訳か。
まぁ、どうでも良いことだ。所詮は妖しき外法に頼り自らの肉体を失った愚か者の記憶なのだから…
そんなことよりも気にすべきことは他にある。
「民草の反応は、如何に」
「認識操作の術は十全に効いておりますぅ…元よりここはオダ帝国、それを疑う者もおりませぬぅ…」
この者、身なりや喋り方は不快ではあるが役に立つ。
認識操作…フォッテとイルトナの臣民にかけられたその魔術は広範囲にして強力無比。
現在、この国に住む民たちはこのオダ帝国が何十年も昔からこの地にあるように思いこんでいる。
つまり君主が突然変貌したことも一切疑われずノブナガは国を手に入れたというわけだ。
「褒美をくれてやろう、望みの物を言え」
「不要でございますぅ…これも女神リシテンのお導きなればぁ…」
「ふん…」
欲のない者ほど信用のできない者はない…
いずれこの妖しげな術師を斬ることを決めたノブナガは玉座から控える将たちを見下ろす。
フォッテ公国に代々仕える二猛将ゴローグとガローザ、イルトナの傭兵上がりの鉄砲兵団長イズマと工作兵団長マサック。
そして軍門に下った元イルトナ公国領主、側近のケイン=ニル=イルトナ…
「敵国の動きは、如何に」
ガローザが一歩前に出て報告する。
「はっ!大規模な軍団編成が確認されております!おそらくは先んじて攻めてくる腹積もりかと!」
「で、あるか」
“転生者”…あの雑賀孫市と、誰だったか…
まだ魂がこの異世界に定着しきっていない今を狙ってきたか…ノブナガは僅かに口の端を歪める。
向こうがそのつもりであるならば乗ってやるのも一興。おそらく魂が器に完全に定着するには幾度もの戦が必要だ。
ノブナガは立ち上がり、家臣たちに命じた。
「至急我が軍も出陣の支度をせよ、国境…カイル平原にて迎え撃つ…」
まずはこの異世界に完全に顕現する必要がある。
そのためには孫市とあと一人の“転生者”には糧になって貰うとしよう…
◇
ヨルトミア公国、サナダ屋敷…
どんな取引があったのか、俺たち側についたマゴイチはヨルトミアの鍛冶師連合に鉄砲の製造方法を伝授した。
今までは魔法の杖のような物だった武器も分解してみると意外と機械的には単純で、これならばと鍛冶師たちもやる気を出している。
火薬生産も鉄鉱採掘も可能になった今のヨルトミアならすぐに鉄砲の量産が可能になるだろう。
だが、そのためには時間が必要だ…
「まぁ、決戦までに作れて100とちょっとくらいやろな…イルトナの3000には到底及ばへんで」
マゴイチは他人事のように言う。
さらにイルトナには鉄砲の総数もだが火薬貯蔵量でも負けている。今戦うのはどう考えても得策ではない。
しかしユキムラちゃんはくっくっと軽く笑って見せる。
「兵も鉄砲もようは使い方次第よ、数が多ければいいというものではない」
「いや、数は多い方がええに決まってるやろ」
マゴイチの呆れたツッコミにもどこ吹く風。
だが俺はなんとなく分かる。ユキムラちゃんがこういう思わせぶりなことを言う時は勝算がある時だ。
少数部隊で背後に回り込み攻撃、敵兵を陣地から押し出して包囲殲滅する啄木鳥戦法…
難易度は高いが凄まじく守りの堅いオダ帝国に勝つにはこれしかない。
だが問題は少数部隊でどうやって陣地から押し出すほどの攻撃力を出すかということなのだが…
「啄木鳥役はやっぱりカッツェナルガの姐さんか?」
「いや、ロミィ殿は押し出された鉄砲兵たちの包囲攻撃に回ってもらう…」
いくら騎兵が鉄砲に対して有効と言ってもそれは部隊単位での話。
圧倒的な兵力差のある場合例え騎兵でも物量の前には押し潰されてしまうだろう…普通ならば。
だがロミリア様と死神騎兵に関しては話は別、一駆けすれば百人以上の命が刈られる。無防備な鉄砲兵ならば猶更だ。
故に包囲側…勝利の流れを掴む役が最適とユキムラちゃんは考えた。
「せやったらどないするんや…ヴェマ隊か?リカチ隊か?ノブナガのことや、本陣の守りもめっちゃ堅いで?」
マゴイチの言葉にじろりとユキムラちゃんは睨む。
よもや鉄砲の製造法を伝授したくらいで仕事を終えたと思っていないだろうな…とばかりに。
「わしとお前の隊に決まっておろう、“転生者”の所業には“転生者”がケリをつけねばならん!」
「なんやてぇ!?」
ぎょっとしてマゴイチがリアクションする。
そしてユキムラちゃんの胸倉を掴んで詰め寄った。
「おい真田!ウチは味方するとは言ったがお前の無謀な作戦と心中する気はないで!」
「無謀ではない、ちゃんと策は考えておる!“再転生”すればわしもロミィ殿並みに戦えるからのう!」
「せ、せやけど背後に回って奇襲するっちゅーことはや…機動力も攻撃力も並大抵の物じゃ務まらんで!」
そう、そこが問題だ。
背後に回り込んで攻撃するには当然機動力のある騎兵じゃなければならない。
だが騎兵の場合はロミリア隊のような例外を除いて総じて槍衾を形成した密集陣形に弱い。
奇襲に気付けばノブナガは即座に対応してくるだろう…そうして手詰まりになればやがて包囲されて啄木鳥戦法は失敗だ。
“再転生”したユキムラちゃんはともかくそれについてこれる騎兵が果たしているのだろうか…
「くくくっ…心配御無用、ようはノブナガの対応できない戦術を使えば良い!」
「な、何ぃ…?」
「マゴイチよ!お主に至急用意してもらいたいものがある!それは…―――」
ぼそぼそと告げたその物の名を聞き、マゴイチはぱちくりと目を瞬かせた。
次いで、参ったという風にがりがりと頭を掻く。
「まぁ出来んことはないけどな…高うつくで?」
「頼むぞ!日ノ本一の鉄砲名人!」
「ふへっ…秀吉みたいな煽て方しよってからに…ま、やったろうやないかい!」
マゴイチも大概に単純だ。ぱしりと拳を掌に打ち合わせて気合を入れた。
次いでユキムラちゃんは控える俺たちサナダ忍軍へと向き直る。
「そしてサナダ忍軍よ、次の戦では我が隊はこれを着用することにする!」
そこで立ち上がって座敷の奥の“何か”の布を剥ぎ取る。
ばさりと布が大きく広がり、その中に隠されていたものが俺たちの眼前に姿を現した。
マゴイチがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
「あ、赤備え…」
雄々しく鎮座するのは真っ赤な鎧…その赤はまるで燃え上がる烈火のようだ。
その胴には六文銭…幾度か見たあの六つの円のマークが描かれている。
俺には見覚えがあった。この鎧は“再転生”したユキムラちゃんが身につけているものと酷似している。
「わしは真田幸村…最後の戦国武将じゃ!ありとあらゆる戦法を使い、ありとあらゆる“転生者”を討ち果たしてくれよう!」
【続く】