第二十九話 転生魔王、顕現!の巻
ケイン=ニル=イルトナは頭痛を覚える…
ヨルトミアと事を構えてから頭痛ばかりだ。半ば現実逃避するように過去に思いを馳せる。
呪術教団と出会ったのはちょうど二年前、カシンと名乗る者が唐突に自分の前に現れて魔術を披露して見せた。
元々魔術に対して特別な偏見を持っていなかったケインは呪術教団に支援を約束、なんらかの役に立つだろうと手元に置いていた。
彼らに動きがあったのは一年半前、ダイルマがヨルトミアに打倒されてからだ。
支配者不在の地と化した大陸西部に支配権を得るべく呪術教団は“転生者”召喚をケインに提案。
ヨルトミアに対し脅威を感じていたケインはその提案に乗りマゴイチをこの世界へと召喚した。
それからは異世界の知識で鉄砲の開発、そしてヨルトミアの脅威を三国に説いて包囲網を形成。ほぼ完璧な流れの筈だった。
筈だったのだが…―――
「大丈夫ですかぁ…?どうやらお顔色が優れぬ様子ですがぁ…」
「っ!?」
至近距離で声をかけられ思わず仰け反る。
まったく気配を感じさせずにフードを目深に被った人影がすぐ傍に立っていた。
この者が呪術教団司教、カシン…男なのか女なのかもよくわからない。素性も謎の気味の悪い存在だ。
ケインは内心舌打ちしながら糸目をさらに細めてにっこりと笑みを作る。
「ああ、ご無沙汰ですね、来てくれると思っていましたよ」
「どうやら“転生者”が敵に捕らわれてしまったのだとかぁ…ご愁傷様でしたねぇ…」
「はい、相談はその件なのです…“転生者”をもう一人、イルトナに寄越してくれませんか?」
“転生者”の影響は絶大だ。
マゴイチのもたらした鉄砲はイルトナを強国へと変えた。今や鉄砲は量産に成功し三千を超える数を揃えている。
しかしそのマゴイチは囚われてしまった。おそらくヨルトミアもいずれは鉄砲を手にするだろう。
そうなってはイルトナの優位性は失われてしまう。そうなる前に新たな“転生者”を招いておかなくては…
だが、カシンは僅かにフードを揺らすばかり…笑っているのだ。
「いけませんねぇ…“転生者”の召喚権は一国に一度だけがルール…なのですよぉ…」
「…は?ルール?」
「ええ…リシテン様がこのゲームを壊してしまわないよう定められたルールでございますぅ…」
こいつは何を言っているのだ…
そもそも女神リシテンなど存在するはずがない、魔術強者による横暴を抑えるために旧王国が定めた方便がリシテン教だ。
それにゲームだと…?“そいつ”はまさかこの状況をどこかで眺めて楽しんでいるとでもいうのだろうか。馬鹿馬鹿しい。
ケインは困ったように笑って見せる。
「まぁまぁカシン殿、そうおっしゃらずに…私とて呪術教団への支援を打ち切りたくは―――」
「おやおやおやぁ…フォッテ公が来られたようですねぇ…」
話している最中、がちゃりとドアを開けてフォッテ公…ラクシア=ギィ=フォッテが会議場へと到着する。
いや…こいつは本当にあのフォッテ公か?いつも顔色悪くオドオドしていた青年の面影は一切ない、覇気に満ちた男の顔だ。
しかし満ちているのは覇気だけではない…時折黒い靄のようなものが露出した皮膚から立ち上り、呼気にも黒が混じる。
「フォッテ公…!?」
ケインは思わず後ずさる。一目でわかる、明らかに異常な状態だった。
そんなケインを見据え、会議場の椅子にどっかと腰を下ろしたラクシアは地獄のような声を響かせた。
「怯えるな小僧、貴様を救うてやる…この儂の下でだがな」
何を…言っているのだ…?
さらに後ずさって窓際に背をつけたケインは己の顔を照らす赤に気付いた。
「は…!?」
糸目が驚愕に見開かれる。燃えている…イルトナの城下町が燃えている。
忽然と現れたフォッテ兵と思しき者たちが市中を制圧…火をつけて回っているのだ。
イルトナの治安維持部隊は軒並み制圧され無力化、まるで悪夢のような光景が眼前に広がっていた。
何が起こったのかもわからないままラクシアを見返すケインに、再びカシンはフードを震わせた。笑っている。
「説明いたしますねぇ…フォッテ公はつい先日我々呪術教団と契約を結び“転生者”を召喚したのでございますぅ…」
「な…!」
ケインから驚きの声が漏れる。
まさか呪術教団がイルトナ以外にも関係を持っていたとは…
しかしそれとラクシアの変貌ぶりに一体何の関係が…?
「ですがフォッテ公は同時に自分自身強くなることも求められましてぇ…その両方のニーズにお応えした結果ぁ!」
急にテンションを上げたカシンが一礼し、不遜に座るラクシアへと跪いて見せた。
ラクシアはフンと鼻を鳴らして足を組み肘をつく。
「“転生者”の魂をフォッテ公に憑依させることに成功いたしましたぁ!」
衝撃が走る。
つまり今ここにいるのはラクシアであってラクシアでないということ。
魔術にはまったく造詣がないがそんなことが可能だというのか…だとすれば今のフォッテは…
「今はまだ魂だけ、しかしそれも時を経ればいずれフォッテ公の肉体は“転生者”のそれへと変換されましょう!さすればぁ!」
ゴウウ!
ひときわ大きい炎が城下から上がった。
「先の魂だけの“転生者”とは比べ物にならない!“真の転生者”の顕現でございますぅ!」
“真の転生者”…
ラクシア…もといその身体を乗っ取った何者かの眼光にケインはへたり込み、ガタガタと震え上がる。
呪術教団を甘く見ていた…こいつらは御せるような存在ではない。遥か昔に世界から追放された異端の存在だ。
ケインはからからに乾いた喉でかろうじて声を出す。この者はラクシアではない…だとすれば一体…
「あ、貴方は一体何者なのですかっ…!?」
立ち上る黒い靄の中、煌々と目を光らせるラクシア…もとい“転生者”は、答える。
「儂の名は織田弾正忠信長…“転生魔王”ノブナガよ…!」
◇
二階床下でジンパチとウンノは顔を見合わせる。
まさかこんなことが起こるとは…伝えなくては、一刻も早く主君に伝えなくては…
二人が決意したその時、コツコツと大理石の床を歩く音が響き…真上で止まる。
「ネズミがおるな…?」
響く地獄のような声。
次の瞬間、石の床を貫いて見たこともない白い刃が二人の眼前に現れた。
「…っ!!」
こいつはヤバい…!
即座に悟ったジンパチとウンノの対応は早い。迅速に二階床下から物置に着地、城を脱出すべく駆ける。
走りながら、二人の心はぞわぞわと恐怖に蝕まれた。
「なんなんだよ!?なんなんだよアイツは!?」
「わっ、わからない!わからないがあいつは絶対にヤバイ!間違いない!」
「んなこたぁ見りゃわかるっ!畜生、どうなってんだよ!」
鉤縄をかけて高い壁を駆け上がる。追っ手はまだ来ていない。
二人の顔を燃えるイルトナの城下町が赤く照らした。フォッテ兵が火を放っているのだ。
大陸西部で最も栄えたイルトナが燃えていく…ぞっとする光景だった。
「“転生魔王”ノブナガか…クソッ、ハッタリにしちゃあ悪趣味な名乗りしやがって…」
「魔王、なんていうのも冗談に思えないから参るよ…急ぎユキムラ様に報告しよう」
炎に紛れジンパチとウンノは燃え落ちるイルトナを後にする。
その数日後…イルトナとフォッテは歴史上からその名前を消すこととなる。
代わりに二つの国を併合し、五花の紋…織田木瓜紋を掲げる新しい国が生まれた。
その国の名は“オダ帝国”…
タイクーン亡き後の地に、初めて皇帝を名乗る存在が現れたのだ。
【続く】




