幕間その5 イオータ姫、プロパガンダを企てるの巻
「ナルファス大臣、ハーミッテでまた反乱の気配が…」
「またですかぁ!?」
今日も執務室にナルファスの悲鳴が上がる。
またも軍部に治安維持部隊を要請しなんとか死傷者を出さないよう無茶を言わなくてはならない。もう四度目だ。
今のところは上手く抑えられてはいるもののいずれ大きな衝突が起きかねない危険な状況だ。
悩ましい状況にシミョールが口髭を撫でながら唸る。
「むぅぅ…わからん!オリコーの民はあっさり受け入れたのに何故ハーミッテの民は反骨心が強いのだ!」
「先のハーミッテ公は人気が高かったですからねぇ…彼らにはリーデ様が悪者に見えるのでしょう」
「それじゃあまるで吾輩の人気がなかったようではないか!」
なかったんですよ、と無慈悲に言い切らない情けがナルファスの心にはまだあった。
事実、民衆の大半はダイルマによる圧政の際にも必死に民を庇い続けた先代ハーミッテ公に対し強い恩義を抱いている。
対して攻め入って降伏させたヨルトミア軍はまるでダイルマと同じように思われているのだ。名声による誤魔化しも今回は通用しない。
服従後も丁重に扱う統治、そして現ハーミッテ公の説得によりなんとか保ってはいるのだが…
「こればかりは時間による解決を待った方がいいのですかねぇ…」
「わからんぞ、イルトナとの戦いの最中に反乱を煽動されて軍が挟み撃ちに合う可能性がある」
「……それは経験談で?」
「……ああ、思い出したくもない」
二人は顔を見合わせ、長く長く溜息を吐いた。
そんな時だった。控えめにコンコンと執務室の扉が叩かれ小さな影が入ってくる。
「失礼しますの」
「おお、これはイオータ様!すみませんねぇ!なにぶん散らかっておりまして!」
入ってきたのはイオータ=サマナ=ハーミッテ。ハーミッテ公国の現君主だ。
ナルファスは散らかった書類や資料をガサガサと掻き分けかろうじて彼女が座れるスペースを作る。
椅子にちょこんと座った彼女は深々と頭を下げた。
「今回はナルファス大臣にお願いがあってきました、ハーミッテの統治にかかわる重要なお話なんですの」
はて…?
首をかしげるナルファスの前、イオータは持ってきた一枚の紙を広げた。ナルファス、シミョールは覗き込む。
中央に大劇場を備えた円型に展開する街の図面だ。地形的にハーミッテ城下か。
イオータは一生懸命に説明し始める。
「我がハーミッテの民は残念ながらヨルトミアを疑っている者が多いんですの…先の戦いはこちらから仕掛けた者なのに…」
どうやら大変心を痛めているようだ。
それもそうだろう、この少女にとってはリーデ様もハーミッテ公国もどちらも天秤にかけがたい物。割り切ったりはできない。
と思った矢先、細くて小さな指がびしりと力強く地図中央を指した。
「そこで!真実を伝えるためにここに大劇場を造りたいんですの!主な演目はもちろんヨルトミアの騎士女公!」
つまりはこうだ。
今は吟遊詩人たちが詩曲ネタにしている程度の騎士女公物語を劇場で大々的に演じさせる。
そうすればハーミッテの民もかつて行われた戦いがどのようなものだったか劇を通して理解できるはず…
聞こえ悪く言えばプロパガンダというわけだが、長い圧政で娯楽に飢えたハーミッテにとって癒しを提供することにもなるはずだ。
それを聞いてシミョールは目を輝かせて頷いた。
「うむ!うむうむ!それは良い案だ!素晴らしいぞハーミッテ公!」
「オリコー公!賛同してくださるんですの?」
「ああ!なにせ大劇場を作ればそこには芸術文化が生まれる!芸術文化は金になるぞ!ただの壺が金貨ウン千枚で売れるからな!」
「………」
「領国外にも大々的に宣伝しよう!上手く栄えれば外貨がガッポガッポだ!わはははは!」
イオータのシミョールを見る目線が絶対零度の其れになっていくのを感じながらナルファスは思案する。
確かに商人たちを使って国は富んできた。街道整備も着実に進んでおりヨルトミアから他領に渡るのもとても気安くなってきている。
民の生活に余裕が出てきたこの時点でガス抜きの娯楽方面に手を伸ばしていくのも良い方針だろう。
それにシミョールの言う通りこれも立派な経済活動に繋がる。決して無駄にはならない筈だ。
(それにここで吟遊詩人たちを取りまとめて各国に送り込めば……って、それはユキムラ様じみた考えでしたね)
思わず流言の計に使える、などと考えてしまいナルファスは自重する。自分はあくまで内政官、戦略には口を出す気はない。
ただこれを聞くとユキムラは最大限有効活用する方法を考え付くだろう…彼女はそういうタイプの御方だ。
ふと見るとイオータが真剣にこちらを見つめている。ナルファスは柔らかく微笑して返答した。
「素晴らしいお考えですイオータ様、すぐに大劇場建設計画を始めましょう」
それを聞き、ぱあっとイオータの表情が明るくなる。
やがてハーミッテには大劇場が建設され、そこを中心に一大芸術文化が生まれるのだがそれはもう少し後の話…
なお質実剛健で統治を行ってきた先領主ザイアーは様変わりしていく自国に若干の頭痛を覚えたりするのだが、それもまた別の話。
【続く】