第二十八話 イルトナ、動乱の予兆の巻
サナダ屋敷、中庭の訓練場に乾いた炸裂音が響く。
ほぼ同時に遠くに設置されたカカシの左肩付近が抉れ飛んだ。命中だ。
「おおっ!当たった、当たったぞ!見たかい皆!」
振り向いて自慢する俺を尻目に長髪のキザったらしい男がニヒルに笑い、続いて発砲した。
放たれた鉛玉は寸分違わずカカシの胴体ど真ん中を貫いてその威力で支え柱をへし折る。
見事な狙撃にギャラリーから感嘆の声と拍手が上がる…サナダ忍軍ジューゾー、俺の部下ながら本当にイヤミなやつ…
「サスケ、胸を狙ってもこいつは何故か上に逸れる、股ぐらあたりに目途つけたほうがいいぜ」
「ちえっ、偉そうに…」
この鉄砲は先の戦いで倒したイルトナ兵から接収した物だ。
激しい戦闘で破損した物の方が圧倒的に多いがこうして使えるものもそれなりにある。
実際に使ってみると意外と扱いが難しく何より装填に40秒ほどの時間がかかる。早合という特殊弾丸を使っても20秒だ。
戦闘中にこのタイムロスは致命的、このロスを埋めるのがイルトナ軍のように数を揃えて交代で撃つ組撃ちという戦法なのだろう。
どちらにせよ鉄砲の生産が進んでいない今のヨルトミアで主戦力として運用するのはあまり現実的とは言えない。
魔術や弓術よりも遥かに容易に習得でき、尚且つこの威力を出せるというのはやはり強みではあるのだが…
「そんなもの、たよりにならない…しゅりけんのほうがはるかにたよれる…」
ちなみにサイゾーは俺以上に射撃の才能がなかったので縁側で転がって不貞寝している。
ジューゾーはそんな様子に苦笑しつつ話題を変えた。
「捕らえた“転生者”はまだダンマリなのか?」
「ダンマリどころか煩いくらい喋るよ、こっちに味方する気は一向にないようだけどね」
「難儀だな…そう義理堅いタイプには見えなかったが…」
“転生撃手”マゴイチ…
先の戦いで捕縛したイルトナ側の“転生者”は城の牢屋で悠々と生活している。
鉄砲の生産には彼女の協力が必要不可欠なのだが、説得しても毎回はぐらかされる辺りどうやら味方してくれる気はない様子。
硫黄の産地であるハーミッテを押さえた今、鉄砲さえ量産できればパワーバランスは大きく傾く筈だが…
ジューゾーの言う通り義理堅いタイプでは絶対にない。何か後一押しが足りていないのだ。
「ま、当面はこの黒色火薬だけでも十分でしょう、焙烙玉できましたよ」
火薬の調合をしていたモチヅキが握り拳サイズの黒い玉を持ってやってきた。
この投擲武器は焙烙玉…着弾すると衝撃で破裂、内部に仕込まれた金属片と熱と光で攻撃する手投げ弾。
たったこれだけの大きさでも絶大な威力を発揮するのだから火薬というものは恐ろしい存在だ。
敵陣、敵砦に投げ込めばお手軽に火付けと攪乱が行える…今後はサナダ忍軍の標準装備となるだろう。
「しかしサスケよぅ、こんなにのんびりしとっていいのか?」
「向こうさんはもうイルトナとフォッテだけだろ?このまま一気に攻め潰しちまえばいいじゃねえか」
射撃訓練をしていたセイカイとイサがそんな声を上げる。
ハーミッテ攻略以降、混乱したハーミッテを立て直すのも相まってここしばらくは戦から遠ざかっている。
ヨルトミア・オリコー・ハーミッテと三国分になった我が陣営はついに兵力面でイルトナ・フォッテの連合を上回った。
であれば今こそ勢いに乗って攻め潰すべきだと声が上がったが、ユキムラちゃんはそこに待ったをかけたのだ。
理由は現状イルトナの火薬貯蔵量がまだ潤沢にあること…鉄砲の量産体制が整ったあの国に迂闊に攻め入れば激しい戦いとなるだろう。
だがハーミッテを押さえた以上その供給は絶たれ、今度はこっちに火薬が生産され始める。マゴイチを説得できれば鉄砲も生産できるようになる。
つまり鉄砲の有無によるアドバンテージを無くした状態で純粋な兵力勝負に持ち込むことができるのだ。
ということで今は無理に攻める必要もない。時間が過ぎれば過ぎるほどこっちの有利になっていくのだから…
「なるほどのう…こんな粉つぶにそこまで価値があるとは…」
「よく燃えるんだろ?兄貴、試しに火つけてみねえか?」
「ちょ、ちょっと!セイカイさん!イサさん!危ないからやめてくださいよ!」
―――…いまいち理解してない者もやっぱり多い。
しかし懸念もある。“転生者”が囚われて火薬の生産地も押さえられた…イルトナが何の動きも見せないはずがない。
何より“呪術教団”…未だに姿を見せないその得体の知れない連中が何かを仕掛けてくる可能性は非常に高い。
ユキムラちゃんは万全を期すために今は騎士たちと各前線砦の防衛力強化に回っている。さすがに次の手は読めないということだ。
イルトナ方面の諜報担当はジンパチ、フォッテ担当のウンノも合流するように指示を送ってある。今は少しでも多くの情報が欲しい。
「さて…どうなることやら…」
戦いが始まったのは初夏だったがもう秋口、東の空には入道雲。
どうやら一雨降ることになりそうだ…
◇
イルトナ公国、首都イルトナ…
城近くの裏路地で樽に腰かけて煙草を吸う兵士姿の男に行商人風の男が話しかける。
「やあジンパチ、久しぶりだね」
「ウンノか…しばらく見ないうちに痩せたな」
「フォッテのまずい飯を食ってればこうもなる、まったく貧乏くじを引いたもんさ」
「そりゃご愁傷様、お互いとっととヨルトミアに帰りてえもんだな」
二人は他愛のない話をしながら路地を出た。
イルトナ城とその周辺は厳戒警備…それもそのはず、今日は最後の同盟国であるフォッテ公が会談に訪れる日。
対ヨルトミア包囲網は瓦解しそのパワーバランスは今や逆転しつつある。
サナダ忍軍ジンパチとウンノ、二人に下された密命は二国の動きを探ってこいというものだった。
「…どう動くと思う?」
「フォッテ公の性格なら今からでも降伏したいはずだ、なにしろ典型的な日和見主義者だからね」
「となるとやっぱりイルトナの狐野郎が何を企んでやがるか、だな…」
小さく会話しながら城へと向かう。
あの兵たちを前に正面突破は到底不可能…しかし厳重な警備とはいえやはり穴はある。
城の裏手に回れば川と隣接した高い壁、さすがにここからの侵入者はいないだろうと見張りの兵もいない。
だが忍としての鍛錬を積んだ二人にとってはこの程度は障害の内にも入らない。
鉤縄を飛ばして壁の縁に引っ掛けるとするすると登って侵入を果たした。
「会議室は?」
「二階北面、直下に使われてない物置、清掃係のメイドを買収してカギも手に入れてある」
「鮮やかな手管、恐れ入る」
物置の天井裏、会議室の床下から会談を盗み聞きする。1~2階間なら脱出も容易い。
そうして二人が裏口から城内へと向かう途中、不意に何かを見つけたジンパチが訝し気に眉を顰める。
「うん…?」
「どうした、ジンパチ?」
「いや、フォッテの旗って確か…グリフォン紋だったよな?」
「ああ、その通りだけど…」
つられてウンノがその方角に目をやるとイルトナ領に到着したフォッテ軍の旗らしきものが目に映る。
らしきもの、というのは今まで見てきたグリフォン紋の旗とはまったく様変わりしているからだ。
花紋だろうか…旗の中心に五枚の花弁が二層、均一に描かれている。
その形に二人はどことなく嫌な予感を覚えた。
「一応メモっとけ、ユキムラ様が何か知ってるかも知れねえ」
ウンノは懐の紙に見えた紋章をスケッチする。これは後でヨルトミアに送っておこう。
馬車が到着しフォッテ公たちが入城し始めたのを見、二人は素早く潜伏地点へと向かう。
なにか良からぬ企みが動こうとしていた…―――
【続く】




