第二十七話 ユキムラちゃん、十面埋伏の陣を発動す!の巻
おかしい…あまりにも呆気なさすぎる…
破竹の勢いで突き進むハーミッテ・イルトナ・フォッテ連合軍の先鋒、鉄砲隊を指揮しながらマゴイチは違和感を感じていた。
鉄砲の威力が絶大なのは確かだ…だがヨルトミアの連中は対策を立てておきながらあっさりと崩されていく。
勿論、付け焼刃の対策が機能していないということもあり得る。あり得るのだがヨルトミアに限ってそんなことがあるのだろうか。
あの煮ても焼いても食えない真田が指揮するヨルトミア軍に…
「どうも嫌な空気やで…早よ仕舞いにしたいところやな…」
早合を装填し、照門を覗き込む…その先にいるのは傷面のオッドアイの女、ラキ=ゲナッシュとかいったか。
まずはあいつを仕留めて本陣に押し入るべし、マゴイチが引き金を引こうとしたその時だった。
「伏兵、出ろっ!!」
「…っ、なんや!?」
響き渡る角笛の音。そして剣戟音。
連合軍後方から困惑のどよめきが上がる。思わず照準を外して振り向いた。
そこでは壊走したはずのヴェマ隊が何故か再結集し軍の背後から襲い掛かっている。
不意に後方から襲われた部隊は被害甚大だ。それでも奮戦する後方部隊の下へマゴイチは鉄砲隊を率いて慌てて駆けつける。
しかし…―――
「射て!!」
「《断罪》!!」
再び角笛の音、今度は左右からだ。
合図と同時に間発入れずに軍の両側から弓撃と魔術砲撃が同時に降り注ぐ。
後方からの奇襲に気を取られていた連合軍は左右からの挟撃に対応が遅れ混乱状態に陥った。
リカチ隊、シア隊、現れた伏兵は先と同じくどちらも壊走したはずの部隊だ。
対応に遅れているうちにさらに角笛が鳴り響く。
「俺の名は剛力のサマス!」
「私の名は瞬足のガイツ!」
「拙者の名は卑劣のロックナール!」
「「「三人そろってオリコー三騎士!!!」」」
さらにオリコー軍の三部隊が三方から襲撃。
前方の護衛二部隊、それに伏兵が六部隊で八部隊による包囲攻撃だ。
連合軍は慌てて魚鱗の陣を切り替え方円の陣に組み直すが、これは進軍を完全停止してしまう守りの陣。
突撃してヨルトミア公を討ち取るための陣形とはかなり遠い形だ。
「ちいいっ!どないなっとんねん!」
そこでマゴイチは漸く悟る…
ヨルトミアは横陣に構えた部隊を一度当て、力負けして壊走した“フリ”をしてこっちの軍を誘い込んだのではないか。
壊走と見せかけて散開した兵たちは予め決められた地点で合流し再び部隊編成、伏兵と化して待機する。
そしてこちらが深く攻め入ったタイミングで連合軍を後方、左右から同時襲撃、そうすることにより完全包囲が完成する。
ヨルトミア軍が呆気なかったのは気のせいではない。全てはこの策のために敢えて余力を残して戦列を崩したのだ。
そうとは知らず勢いで突き進んだ結果…気付けば連合軍は四方をヨルトミア軍に囲まれ包囲攻撃を受ける戦況となってしまっている。
さらに、聞き覚えのある声がマゴイチの耳に届く。
「これぞ“十面埋伏の陣”!くくくっ、まんまとハマってくれたのう!」
五度目の角笛。
それと同時に九部隊目、ユキムラ率いるサナダ忍軍が前方の包囲攻撃に加わった。
マゴイチは怒りに目を血走らせる。前線砦をメチャクチャにしくさって逃げた上にこんな姑息な策を立てるとは…
「やりおったな、真田ァ!!」
怒鳴る。しかしヤツは愉快そうに笑うのみ。
自分が間違っていた…コイツはあの時殺しておくべきだった。欲を出した行いが最悪の結果で帰ってきた。
鉄砲は強力無比、しかし一方面に対し集中射撃しなければ効果は薄い。四方の敵のどこを狙うべきか鉄砲兵たちは困惑する。
そんな鉄砲兵たちに喝を入れ、マゴイチは采配を振るう。
狙うべきはユキムラただ一人…あいつさえ…あいつさえいなければ…―――
「撃っ―――」
「見つけたぞ、“転生撃手”…君に会いたかった」
ぞわり。
奇妙な感覚…第六感とでも言うべきか、遠く離れていたがその声は確かに聴こえた。
不意に感じた死の予感にマゴイチは咄嗟に身を屈めると、コンマ数秒後に頭の上を風切り音が通過する。
通過した風切り音はそのままマゴイチが指揮する鉄砲隊を強襲。引き金を引かせる隙すら与えず蹴散らし、首を刎ねていく。
怒れる巨大な狼の如く一体となって駆け抜けるのは十部隊目…ヨルトミア軍騎兵部隊…
先の戦いで鉄砲の前に敗れ去ったカッツェナルガの死神騎兵だ。復讐に燃える彼女らは鉄砲隊の懐に飛び込むと縦横無尽に蹂躙していく。
「うおおおっ!?」
「部下たちの仇を討たせて貰う!」
鉄砲隊を蹴散らして突き抜け、騎馬を鋭くターンさせたロミリアが眼前に迫る。
マゴイチは手元の鉄砲で狙うが疾走する騎馬相手を銃撃するのは徒歩の相手を狙うのとは訳が違う。特にこの相手は…
素早くロミリアが手綱を引いて白馬を鉄砲の射線から外せば、撃ち出した鉛玉は虚しく空を切る。
白銀の刃がマゴイチの目の前に閃いた。
「御覚悟!!」
「待てロミィ殿!殺すなっ!!」
ザンッ
マゴイチの首は地に転が―――…らなかった。
白銀の刃は首筋ギリギリで止まり、守るように掲げた鉄砲は鉄であるにも関わらず滑らかに両断されて真っ二つになっている。
ロミリアは殺意に冷えた目で見下ろし…マゴイチは軽くチビりながら両手を上げた。
「こ、降参や…」
ユキムラが駆けつけて来、サスケが両手を上げるマゴイチを拘束する。
見届けたロミリアは言葉もなく剣先を外して再び騎兵たちを指揮、連合軍に対する突撃を再開する。
遅れて冷や汗がドッと噴き出す。死神騎兵、噂通りの恐ろしさ…ヤツの逆鱗に触れて命があっただけでも幸運と思うしかない。
その様子を見、ユキムラは愉快そうに笑った。
「くくくっ、立場逆転じゃのうマゴイチよ」
マゴイチは舌打ちする。まったくもってこいつは気に入らん…
◇
鉄砲隊総崩れ…“転生者”捕縛…
四方を完全包囲された上にその報が流れると連合軍の士気は著しく低下する。
戦の備えはしてきたにせよ連合軍の兵の練度は常に戦い続けているヨルトミアよりもはるかに低い。
特に鉄砲頼りだったイルトナの派兵は勝ち目がないと分かると我先にと戦列を崩し始めた。異世界の利器に頼りすぎた結果と言えよう。
フォッテ兵もそれほど頼れはしない…我らだけでどうにかするしかないのか。
ザイアーは物憂げに溜息を吐く。国がかかったハーミッテの騎士や兵士たちはまだ戦う気力は残っている。
「ザイアー様!お逃げください!ここは我々が…」
「逃げる…どこにだ?ここは我が国ハーミッテ、ここ以外に居場所などどこにもないわ!」
自らも剣を取り、騎士たちを奮い立たせる。
ダイルマとの戦いの時は逃げを選んだことで臣民、娘すら大いに苦しめてしまった。
あの時どれほど後悔したことか…一方で、最後まで足掻き通しついにはダイルマを打倒したヨルトミアがひどく輝いて見えたものだ。
ならばこそ今度は…今度こそは最後まで戦おう。先の盟友、先代のヨルトミア公のように…
「我が名はサルファス=ガオノー!推して参る!」
「同じくラキ=ゲナッシュ!命が惜しくば退きなさい!」
ヨルトミア軍本隊が眼前に迫る。
ザイアー自身声を張り上げて号令し、ハーミッテの騎士たちも奮戦するが一度変わった戦の流れは容易くは変えられない。
若く力のある騎士たちが老いた騎士たちを討ち取り、あるいは捕縛していく様は時代の変遷を感じさせた。
十面の包囲は次第に小さく縮まっていく…
「ぬぐぅっ…!」
「ザッ、ザイアー様!?」
戦も佳境、一本の矢がザイアーへと飛来し落馬させる。
供回りの騎士が慌てて助け起こす。鎧の肩当が防いだため致命傷ではない。
まだだ…まだ戦えると立ち上がらんとするその眼前、白馬を駆って騎士女公は現れる。
気付けばもはや残るハーミッテ軍はザイアーとその供回りだけになっていた。
「勝負あり…ですわね、ハーミッテ公」
ぜぇぜぇと肩で息をしながらザイアーは眼前のリーデを睨みつける。
その表情は氷のように冷たい…人の情など一切持ち合わせていないような、そんな顔だ。
だというのに、目の前の女は少し困ったように小首を傾げる。
「そろそろ降参していただかねば首を落とさねばならなくなります、如何かしら?」
ザイアーはカッと目を見開いた。降参などしてなるものか…
「殺せ!貴様などに屈するくらいなら死んだ方がマシよ!」
「私如きに意地を張ってもツェーゼンに膝を屈したという過去は消せませんわ、ハーミッテ公」
氷柱の如く鋭く尖った言葉が心を抉る。
くだらない意地もプライドも、過去を清算したいという奥底の気持ちもまるですべて見抜かれているようだ。
ここで意地を張り討たれたとしても残されるのは幼い一人娘のみでハーミッテに未来はない。冷静に考えればそうだ。
そう、例えヨルトミア公の真似をしたところでハーミッテを存亡させる礎となることなど到底…―――
ザイアーは返す言葉を無くして沈黙する。何を言ったところで負け犬の遠吠えだ。
リーデはしばらくそんな姿を見据えた後に軽く息を吐き、くるりと背を向ける。
「少し頭をお冷やしになられてはいかが?ヨルトミアはこれにて引き上げますので…」
何…!?
両軍の騎士、兵士たちに動揺が走る。
ここまで追い詰めておきながら敵の君主を討たずに引き下がるというのか、ありえない判断だ。
当然、動揺したのはザイアーも同じく…
「ま、待て!我を見逃すだと!?そんなことをすれば再び決起し貴様の首を狙うぞっ!!」
リーデは半身で振り返り、視線を返す。
相変わらず冷たい冬の如き視線だがそこには僅かながら春の温かみがあった。
親愛…己に向けられるものではない。娘に向けられる彼女の親愛をその視線からザイアーは感じ取る。
「この命、一度は貴方の御息女に救われていますので一度だけ借りをお返し致します、それに…―――」
そして、くすりと笑う。
いつもの氷の微笑ではない。悪戯で無邪気な少女のような其れであった。
「例え何度戦ったとしてもヨルトミアは負けませんので」
その言葉を最後に、本当にヨルトミア軍は撤収を開始した。
呆然とその姿を見送るザイアーはいつの間にか剣を取り落としていた己の手を眺める。
あの女がツェーゼンと同じ…己の目も曇っていたものだ。あの女はツェーゼンの何倍も“えげつない”。
自嘲と達観の入り混じった笑みを浮かべ、生き残ったハーミッテ軍を纏めて城へと帰還する。
「お父様―――!!」
「おお、おお…!イオータ…!」
帰るなり、その胸に娘の小さな体躯が飛び込んできた。
胸の中で咽び泣くイオータの頭を撫でながら、その温もりを感じながらザイアーは静かに目を伏せる。
(負けた…完膚なきまでに…―――)
後日、ハーミッテは正式に連合の離脱とヨルトミアへの降伏を宣言。
ザイアーは君主としての座を一人娘であるイオータに譲り、公の場から隠居することとなる。
【続く】