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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
包囲網を打ち破れ!
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第二十五話 ユキムラちゃん、黒色火薬封じの巻

「本当に御無事で何よりですユキムラ様!」

「はい、あの恐ろしい武器で撃たれたと聞いた時はもう気が気でならなくて…よく戻ってきてくださいました」


 ラキ様がはしゃいだ声を上げシア様が感極まって目頭を押さえる。

 道中奪った馬で走ってヨルトミアに到着、城に顔を出した俺たちは手厚く迎えられた。

 撃たれた、囚われた、即座に救出したと怒涛の二日間だったがこれも常に迅速行動を心得ていたからこそ。

 あれ以上遅れていればイルトナ本国に移送されて救出は困難になっていただろう。


「あー…その…心配をかけて申し訳なかった…リ、リーデ様…?」


 おずおずとユキムラちゃんが様子を窺うリーデ様はにっこりと柔らかい笑顔を浮かべている。

 だがそれが逆に怖い…いつもは絶対にしないような表情だ。不敵に笑うことはあってもこんな顔は滅多に俺たちには見せない。


「ユキムラ、先の戦いで全軍ほぼ無事に退却させたのはお手柄です…けれど、詳しく聞けば相当無茶をしたとのこと…」

「いえ…あれは仕方なく…」

「本当に?貴女、もしかして自分を犠牲にすればイルトナ攻めの判断ミスが許されると思ったのではなくて?」


 ぎくりとユキムラちゃんは身体を強張らせた。

 リーデ様は終始笑顔だ。しかし笑顔だからこそ謎の威圧感がある。

 元々感情が希薄な方なので気付き難いがひょっとしてこれは無茶苦茶怒っているのでは…


「貴女はヨルトミアにおいて最も重要な参謀、今回はサスケが救出してくれたから良かったものの…次はないわよ?」

「…申し訳ござらん…」

「しかし約束通り生きて帰ってきたので不問とします、次の戦で挽回しなさい」

「寛大な処置、感謝いたしまする…」


 しゅん。

 ユキムラちゃんは肩を落とし椅子の上で縮こまる。

 確かに今回イルトナを攻めたのは痛手だった…鉄砲の存在があったにしても時期尚早だったと言わざるを得ない。

 しかしそのことを咎める者はいない…皆同意の上の攻略戦だったからだ。むしろユキムラちゃんが自分を犠牲にしようとしたことを怒っている。


「ふふ…そう気を落とすな、リーデ様も凄く心配していたんだよユキムラちゃん」

「おう、囚われたと聞いた時は取って返して二度目のイルトナ攻めを決行しようとしてたんだぜ?」

「さすがに無謀すぎるからって皆で止めたんだけどねー、あんなに取り乱したリーデ様初めて見たよ」

「コホン…余計なことは言わなくていいの、貴女たち」


 ロミリア様、ヴェマ、リカチと続けて暴露されリーデ様は咳払いひとつして誤魔化す。

 皆軽口を叩きながらもどこか安堵しているようだ。やはりユキムラちゃんはこの国にとって無くてはならない存在なのだろう…

 弛みかけた軍議を咳払いひとつ。騎士たちのリーダーであるサルファス様が引き締める。


「して…やはりイルトナにも“転生者”がいたのか、参謀殿?」

「ああ、おった…ヤツの前世での名は雑賀孫市…呪術教団なる者らに召喚されたのだという…」

「呪術教団…!?」


 シア様が驚いて立ち上がる。

 呪術教団…リシテン教とルーツは同じくするが闇の側面として追放された異端の者たち。

 富と繁栄をもたらすために魔術が研究されていく中でひたすらに生贄や呪い、異形化などと黒魔術に特化してその枝を伸ばしていった。

 その存在はタイクーンが登場する前にリシテンの聖罰隊に抹消されたという噂だったが…


「まさかまだ存亡していて、しかもイルトナに力を貸している…!?ああ、なんということでしょう」

「イルトナが妙に強気だったのも“転生者”を抱えていたからという訳か」

「…あれ、異世界の武器ってことだよね…アタシたち今まであんなの見たことないし」


 鉄砲…あれは恐ろしい武器だ。

 有効射程内なら鉄の鎧すらもたやすくブチ抜き人体をズタズタにする。そして魔術のように詠唱も必要としない。

 弱点と言えば撃つ時に足が止まること、また装填に時間を要するということだがその弱点は練度によって補われる。

 そんな鉄砲が待ち構えるイルトナに今攻め入った所で勝ち目はない…仮に勝てたとしても被害は甚大なものとなるだろう。


「むう…イルトナ方面は手詰まりか、ハーミッテやフォッテが兵力を増強する前に現状を打開したいのだがな…」


 サルファス様が悔しげに唸る。

 この人は直情型の猛将であるのだがさすがにあの威力を目の当たりにすれば冷静にもなるようだ。

 そんな中、ユキムラちゃんは顎に指を当てて思案する。


「ふむ…つかぬことを窺うのじゃがこの地方に活火山、もしくは鉱山はあったりするのかのう」

「えーっと…旧ダイルマ鉱山、そして火を噴くギルフ山…どちらも今はハーミッテ領に存在していますね」


 それが何か?と小首を傾げるラキ様にユキムラちゃんは厳かに頷いた。


「鉄砲は恐ろしい…とはいうが真に恐ろしいのはあの筒ではない、その本質は“黒色火薬”の方にある」

「黒色火薬…?」


 この世界の人間にとっては聞きなれない言葉だった。

 木炭、硝石、硫黄…それらを混ぜ合わせることによって激しく爆発を起こす粉剤を生み出すことができるのだという。

 鉄砲は爆発力により鉛の玉を超高速で発射、あの破壊力を生み出すのだ。魔術が発達していない異世界ならではの技術だろう。

 だがその三つの材料はそう簡単に手に入るものではない…


「木炭は簡単に作れる、硝石も便所や家畜小屋の土から取れる…じゃが硫黄だけはそうはいかん」

「それ手に入るのが活火山、あるいは鉱山という訳ね」


 リーデ様が察して先んじた。

 つまりイルトナは鉄砲を揃えたが黒色火薬の生産には活火山と鉱山を持つハーミッテの協力が必要不可欠。

 逆を言えばハーミッテさえ抑えてしまえばイルトナへの弾薬補給を止めることができるのだ。

 今の貯蔵量がどれほどかは分からないが補給線さえ絶ってしまえば長期戦に持ち込めばこちらに分がある…


「よっしゃ!そうと決まれば次はハーミッテ攻めだぜ!」

「うむ…じゃがそれは当然読まれておるだろう、イルトナは鉄砲隊を派兵し全力でハーミッテを守ろうとするはず」


 ばしりと拳を打ち合わせて立ち上がった血気盛んなヴェマにそんな釘が刺さった。

 それでは結局鉄砲との戦いを避けられないのではないか…

 沈黙しかける軍議に、ユキムラちゃんは言葉を続ける。


「そこでひとつ、策を使いたい…これにはヨルトミア・オリコー全軍の連携が不可欠」


 今度は一体何を企んだというのだろうか…

 ユキムラちゃんは立ち上がり、軍議に参加する全員の顔を見渡す。


「鉄砲がいかに恐ろしい武器とはいえ使うのは所詮人間…皆、今一度このわしを信じて策に乗っては頂けませぬか!」


 返答はなかった。

 一同、何をいまさら…といった信頼の表情である。

 全員を見渡したユキムラちゃんは最後にリーデ様と視線を合わせ、力強く頷いた。



 ◇



「ハーミッテ攻め…いつかはこの時がくると思ってはいたけれど…」


 軍議終えて、まだ玉座に座ったままのリーデは軽く目を伏せる。

 先々代からの友好国ハーミッテ…先の戦いでは共にダイルマと戦って敗れた戦友。

 今でこそ敵対関係に回ってはいるが、できることなら戦いたくない相手であることに変わりはない。

 それに…―――


「イオ、貴女は私を恨むのかしら…」


 手の中の布、そして包まれた鉛の玉に目を落とす。

 イルトナに攻め入った際、イオータからのメッセージがなければヨルトミア軍はもっと酷い惨状に陥っていたことだろう。

 場合によっては凶弾の前に斃れていたという未来すらある戦いだった。イオータに命を救われたのだ。

 その彼女の国へと今まさに攻め入ろうとしている…


『地獄で待ってるぜヨルトミア!!てめえは俺と同類だ!!いつか強すぎる欲がその身を…―――』


 唐突に、ツェーゼンの死ぬ間際の言葉が脳裏を過った。

 嗚呼…気付けば今の自分は大陸西部統一の野望を胸に他国へ攻め入っている。あのツェーゼンと何が違うというのか…

 リーデは立ち上がって窓の外を見る。腹立たしいくらい美しいヨルトミアの夜空に丸い月が浮かんでいた。

 軽く笑う。らしくもないことで悩んでしまった。


「…ツェーゼン、確かに私は貴方の同類かもしれない…けれど…」


 道はひとつしかない、だとすれば行くしかない。

 己を人形と化していた父母の思念はもはやその手を引いてはくれない…誰にも他ならない自らの意志で。


「私は貴方のようにはならない、絶対に」


 かつり。

 大理石の床を高く鳴らすその足音には一切の迷いは存在しなかった。



【続く】

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