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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
包囲網を打ち破れ!
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第二十三話 真田幸村、決死の撤退戦の巻

 立ち込めた硝煙が風に吹かれて晴れ、イルトナ兵の目にその光景を映し出す。

 眼前に布陣していたヨルトミア軍は悉く沈黙。あの恐ろしいカッツェナルガの騎兵隊がほぼ壊滅状態だ。

 歓声じみた雄叫びが上がる。鉄砲兵の後方待機していた歩兵が突撃開始した。


「ちいっ…!」


 しかしマゴイチは舌打ちする。

 威力十分、だが肝心のロミリア=カッツェナルガに被弾していない。

 一斉射撃の直前に何者かが危険を伝え、周りの騎士たちが盾となりロミリアを庇ったのだ。

 そしてヨルトミア兵たちは既に撤退を開始し始めている。本来ならば何をされたのか理解が及ばないまま指揮系統の麻痺が生じる筈。

 思い通りに進まなかった理由は唯一つ…鉄砲を知る“転生者”の存在があったからに他ならない。


「気付きおったか真田ァ!ホンマ忌々しいやっちゃ!」


 マゴイチは苛立って腹立ち紛れに防柵を蹴った。思ったより硬くて痛かった。足を押さえて蹲る。

 しかしこうしてもいられない…相手が撤退を開始したならばやることは唯一つ、追撃戦だ。

 兜首の一つでも取っておかなければただ鉄砲の存在を知らしめただけで終わってしまう。

 マゴイチは鉄砲兵たちに檄を飛ばす。


「装填急げ!敵さんが鉄砲に対応できてないうちが最大の好機や!」



 ◇



殿しんがりはわしらでやる!この軍で鉄砲に対応できる者はわししかおらん!」


 撤退するヨルトミア軍と逆行し最後方まで来たユキムラちゃんはロミリア様にそう伝える。

 対するロミリア様の表情はさすがに憔悴している。鍛え上げた兵士たちを一瞬にして数多く失ってしまったのだ。

 その無念は計り知れないが、それでも気丈に頷いて見せた。


「わかった、ユキムラちゃん…だが絶対に君も生還してくれ、私は絶対にこの雪辱を晴らしたい」

「くくくっ…リーデ様にも言われたわ、死んだらまた召喚して正式に処刑すると」


 リーデ様らしいが殿にかけるにはあまりにも苛烈すぎる言葉だ。それが逆に勇気を奮い立たせてくれる。

 ロミリア様はようやく軽く笑い、ユキムラちゃんと拳を合わせると残存兵たちを取りまとめて撤退を開始した。

 見送ったユキムラちゃんの表情から笑みが消える。決意の表情だ。


「此度のイルトナ攻めはわしの失策…わしがなんとかせねば…」


 そう、小さく呟いた。

 引き連れた決死の殿軍に対しユキムラちゃんは声を張り上げる。


「よいか!鉄砲は恐ろしい威力だが撃つ時に足が止まる!迎撃には向いておるが追撃には向いておらん!」


 決死軍のメンバーはサナダ忍軍にユキムラちゃんの供回り、そして志願した勇敢な兵たちのおよそ二百名。

 皆真剣な眼差しでユキムラちゃんの言葉を聞いている…死ぬ気とはいえただで死ぬ気はない心構えだ。

 それは無論、俺も同じ。隣のサイゾーも決意の表情だ。


「およそ百歩の距離を保て!それが目安じゃ!そこまでならこの盾で十分防げる!」


 重装歩兵部隊から譲渡された大盾は木製であるしそれほど分厚いものではない。しかし表面は僅かな丸みを帯びている。

 この丸みこそが活路だとユキムラちゃんは言った。仮に平盾ならば金属製だったとしても鉄砲の威力の前に抜かれてしまう…

 しかし“逸らす”、これができれば球状の鉛玉は貫通力を失い直撃することはないのだという。

 そうしているうちに追撃部隊が追いついてくる。構成は歩兵多数…鉄砲兵は遅れてまださらに後方か。


「“再転生りびるど”!!」


 叫ぶや否や赤い魔石から火柱が噴き上がり、ユキムラちゃんはその姿を変える。

 ダイルマ戦で見たあの直接戦闘形態バトルフォームだ。最後の切り札ではあるが今がまさに使いどころだろう。

 十字刃の異形の槍を掲げたユキムラちゃん…もとい真田幸村は誰よりも早く踏み込んで追撃部隊を迎撃する。

 一閃。血しぶきと首が渦を巻いて吹き荒れた。


「猛れヨルトミアの勇士たちよ!!ここが三途の瀬戸際だ!!」


 オオッ!!

 裂帛の気合で士気が高まった決死軍は敢えて死地に踏み込んでイルトナ兵を迎撃する。

 俺もサイゾーも剣で、あるいは距離が離れれば手裏剣(異世界の投擲武器、殺傷力が高い)で一人また一人と仕留めていった。

 やがて死の臭いが近づいてくる…


「退けえっ!!盾持ちは前へ!!」


 幸村様の号令に呼応し盾持ちが前進、その背後へと俺たち迎撃役が回って態勢を低く備える。

 轟音、少し遅れて横向き鉛の雨が降り注いだ。チュンチュンと耳元で空を切る鋭い音に思わず生きた心地を忘れる。

 これが鉄砲…これが異世界の兵器…しかし此方にはそれを熟知する人がいる。真田幸村がいる。

 それだけでもはや怖くはない…


「射ち返せ!!」


 被害最小限。

 鉄砲兵が装填している間に弓兵が斉射を行う。射程は五分…避けきれなかった鉄砲兵を少なからず仕留める。

 そして後退。追いついてきた歩兵を切り払い、撃ちかけられる鉄砲を防ぎ、装填を弓で牽制する。

 このローテーションで追撃を凌ぎながら決死軍は少しずつ撤退を開始する。僅かながらだがヨルトミアに近づいている。


「いける!いけますよっ!」

「当たり前だサスケぇ!!こちとら鉄砲とは五十年近くの付き合いだ!!強みも弱みも知り尽くしている!!」


 ―――そして、短いようでとても長い時間が過ぎた…


「ハァッ…ハァッ…!」


 幸村様は肩で息をしている。それは明らかに激しい戦いのせいではない。

 “再転生りびるど”の限界稼働時間を強引に引き延ばして戦っているのだ。

 蓄魔晶には改良が加えられ、以前とは違い長時間持続できるようになったがそれでも貯蔵した魔力に限度がある。

 いくら省エネで戦っても貯蔵魔力を超える稼働はできず…今は命を削りながら強引に変身状態を保っているようなものだ。

 だがイルトナの追撃もそろそろ打ち止めか…敵の姿が見えなくなったところでずるずると幸村様は木陰に座り込む。


「サスケ…ヨルトミア軍はどうなった…」

「はっ!リーデ様は既に入城、ロミリア様も領内に到着したとのこと!撤退戦は成功ッス!」

「そうか…」


 二百名いた決死軍の数はもはや残るは僅か。

 それぞれが戦死、あるいは負傷し戦列を離れて先に撤退した。

 最前線で戦い幸村様と同じくらい、あるいはそれ以上に首を上げたサイゾーも今は俺の背中で眠りこけている。

 魔獣のように強くても小さな身体にはさすがにこの過酷な撤退戦は堪えたようだ…


「であれば我らも引き上げるとしよう…さすがにもう限界だ…」

「…はい!ヨルトミアに帰りましょう!」


 俺は座り込んだ幸村様に肩を貸し…



 パァン―――



「な…!」

「くっ…!」


 幸村様が胸から血を噴き出しながら倒れる。

 一瞬思考が真っ白になった…撃たれた、と認識できたのはその二秒後。

 バランスを失って幸村様の体躯が地に倒れる…その刹那、血走った眼と視線が交錯した。


 “行け…!”


 本来ならば激昂して戦うところだったのだろう…

 だが俺は自分でも驚くほど冷静に、即座に態勢を立て直して撤退を開始する。

 心の底では命が惜しかったのかどうかは今となっては分からない…サイゾーを背負ったまま全速力で駆けた。


「ちっ…くっ、しょおおおおおおおおっ!!」


 涙が噴き上がってきたのはそれからしばらく走り続け、安全な場所に辿り着いてからだった。



 ◇



「はいはいご苦労さん、ったく…まるで金ヶ崎やな、頑張りすぎやで真田くん」


 木陰から幸村を狙撃したマゴイチは軽口を叩きながらその倒れた体に近づく。

 その身体はシュウシュウと湯気を立てて縮み、元の少女の姿へと戻っていく…マゴイチは興味深くそれを観察した。

 背中から胸に貫通した銃創はない。その代わり蓄魔晶が割れている。成る程…“再転生”中の死は魔晶持ちという訳か…


「貴様…“転生者”じゃな…その紋、雑賀衆か…」


 意識はある…倒れたままユキムラはマゴイチを睨みつけ、問いかけた。

 ふはっ!とマゴイチは吹き出す。生前の面識はないがお互いによく知った仲のようだ。ならば遠慮は必要ない。

 お道化たようにくるりと回って名乗りを上げる。


「御明察!ウチは雑賀孫市…人呼んで“転生撃手”マゴイチちゃんや!」


 雑賀孫市…かつての世界で最も鉄砲に精通した傭兵集団・雑賀衆の頭領…

 これほどの鉄砲を用意できたのも、鉄砲兵の練度が凄まじく高いのも雑賀衆が手を貸していたならば頷ける。

 おそらくイルトナのリシテン教団が召喚したのだろうが女神もまた厄介なヤツをこの世に呼び寄せたものだ…

 しかしそれにしても人の呼び名をパクリおって…とユキムラは恨めし気に睨みつける。

 マゴイチはそれを気にした風もなくその傍へとしゃがみこんだ。


「それにしても薄情な家来やな、君を捨てて一目散に逃げだしたで」

「く…くくっ、そう言うてやるな…まっこと優秀な忍じゃよ…」


 倒れたままのユキムラは弱々しくも不敵に笑う。マゴイチは面白くなさそうにはんと鼻を鳴らした。

 どちらにせよ“転生者”は捕らえられた…ヨルトミア軍はもはや中核を失ったようなもの、鉄砲を投入した甲斐はあったか。

 マゴイチが顎で指すと率いていた兵の一人がユキムラに縄を打って抱え上げる。


「おいコラ!もうちょい丁重に扱わんか!こっちは“れでぃ”じゃぞ!」

「ハッ!鬼みたいに暴れくさってからによう言うわ!それに君、元々男やんか!」

「やかましい!それはそっちも同じじゃろ!」


 どうやらこの場で殺す気はないようだ…

 ユキムラは連行されて騒ぎながら心の奥底で勝算を考える。

 命を失っていないのならばまだやりようはある…この諦めの悪さが真田最大の武器なのだ。



【続く】

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