幕間その4 ヨルトミア、軍資金尽きるの巻
ナルファス=ガオノー大臣は追い込まれていた。
リーデ=ヒム=ヨルトミアが正式に君主となられてから一年、内政に徹底的に勤しみ領内の法や税率を定めてきた。
領民から要望や苦情があれば現地に馬を走らせ話を聞き、朝から晩まで書類とにらめっこ、時に過労でぶっ倒れることも数回。
ようやく部下の文官たちも頼れるくらいに成長してきて順風満帆…ようやく国を富ませる方針に切り替えようとした矢先だった。
―――…戦争が、始まってしまったのだ。
「アーーーッ!!モーーーッ!!軍備軍備ってそんな金あるわけないでショーーーッ!!」
「ナ、ナルファス様ぁ!お気を確かに!」
発狂して窓から飛び立とうとするナルファス大臣を必死に文官たちが取り押さえる。
そう、ヨルトミアには金がない…旧ノーノーラ領、ダイルマ領一部を取り込んだが金がないのだ。
その理由は積極的な軍備拡張政策によるところが大きい…リーデの野望を叶えるためには小さな軍では到底不可能だ。
兵が増えれば増えるほど維持費の問題が発生する。それをまかなうために元々豊富な農資源を輸出するのだが賄うだけで精一杯。
そして豊富な農資源は兵糧にはなるが剣や鎧にはならない。兵が増えればその分装備を輸入する必要性が出てくる。
また、農資源を収入にしているということはつまり冬が天敵…貯えの少ない民が飢え税収が下がるという問題があった。
―――…そんなカツカツの状況でさらに金がかかる戦争を行った場合、率直に言ってこの国は敵に敗北するよりも先に経済面から破綻する。
「て…“転生者”…“転生者”を召喚するしかない…異世界の名宰相の魂を持った“転生者”を…」
「ナ、ナルファス様…そこまで追い詰められて…」
執務机に突っ伏してぶつぶつとうわ言のように呟くナルファスに対し文官たちが目頭を押さえる。
この人はたった一人で国を内側から守ってきた、誰かこの人を守ってくれ…―――
そんな願いは突然通じた。
「ふん!こんな若造が大臣とはな…まったく頼りなくて見ておれん!」
「ア、アナタは…!?」
執務室の入り口に見覚えのない太った男が腕組みして仁王立ちしている。
その男の名はシミョール=グシヨン=オリコー…つい先ほどヨルトミアに忠誠を誓ってきたオリコー公爵である。
「まったくギリカは何をやっておるか!せっかく国が大きくなったのにまったく金が回っておらん!」
「ギリカ前大臣はイルトナに引き抜かれました…」
「何だと!?おのれ卑劣なりイルトナめ!いつか報いを受ける日が来ようぞ!」
「アナタつい昨日までイルトナについてましたよねぇ…」
何なんだこの人は…その場の誰もがそんな感想を抱いた。
しかしシミョールはどこ吹く風、ずかずかと執務室に入ってくると文官たちが止める間もなくばらばらと資料を流し読み、力強く頷いた。
「商人どもを上手く使え若造!やつらを飼い慣らせば大抵の問題は解決する!王都とのコネクションも思いのままよ!」
「しょ…商人…?商人ならお抱えの者が何人かはおりますが…」
「ええい、足りんわ!吾輩ならこうする!」
シミョール曰く…
物資や人材の調達や資金繰りの面においてはこの世界において商人たちを上回る存在はない。
その商人連合のトップを召し抱え役職と特権階級を与えることにより国内の商人たちを統制することが可能になる。
また渡り商人から他国の情報をいち早く仕入れることもでき、戦略的にも非常に価値が生まれる。
こうして商人たちを厚遇することで経済活動を活性化させ、あるいは領外からも取り込み結果的に領内への金の循環に繋がるのだという。
「な…成る程…!」
「さらに街道整備!これは外せん!」
国内で循環させる金を血液とするならば道は血管。道を中心に金が行き渡り国が富む。
今までヨルトミアは小国であるためほぼ自給自足で賄えてきた。だが国が大きくなったならそうはいかない。
積極的に領外の商人たちを取り入れ外貨を取り込んでいく必要がある…そのために国の中心をぶち抜く道が必要なのだ。
また、公共事業である道路工事を冬季に行うことで農民たちの食い扶持を確保、飢えから救うこともできる。
「交通の要所には宿場が生まれそこから富が国内に伝播していく!田畑を耕すのも重要だが、道も同じくらい重要なのだ若造!」
ナルファスはその太っちょの男を今一度見る。
立派な口髭をたくわえ、陽光を浴びて脂っぽい金髪をきらきらと輝かせるシミョールはまるで天使のように見えた。
思えばオリコー公国は兵の強さはからきしなものの大陸西部の中ではイルトナに次いで栄えている。
即ちこの人の手腕に他ならないのではないか…
言葉遣いこそは乱暴で性格は傲慢、領民には人気出なさそうだがこの人、無茶苦茶有能なのではないか…
シミョールはダンディに笑い、ナルファスへと手を差し出す。
「吾輩はヨルトミア公…いやリーデ様にこの国を富ませると約束した!これより我らは戦友、よろしく頼むぞナルファス!」
視界が涙で滲む。
そしてナルファスはその大きな手を強く強く握り返すのだった。
「よろしくお願いしますシミョール様…!嗚呼…あなたのような人にずっと会いたかった…!」
こうしてシミョールを中心としたヨルトミアの富国政策が始まることになる。
まさかの有能ぶりにリーデを含め騎士たちもシミョールを本当に見直すことになるのだがそれはもう少し後の話…




