第二十一話 いきなり最終決戦、迫るの巻
「次会うのは断頭台の上…と申しましたのに些か早すぎる再会になってしまいましたわね」
ヨルトミア城、謁見の間。
リーデ様が座る玉座を前にしたオリコー公、シミョール様は神妙に頭を下げている。
昨日の連合会議でのあの傲慢な態度が嘘のような謙虚さだった。まるで人が変わったようにも見える。
さてはユキムラちゃんにボコボコに心を折られたか…我が上司ながら相変わらず恐ろしい人である。
「イルトナの口車に乗り大変申し訳ないことをした、許されるとは思っておらん…吾輩の首は刎ねてくれ…だが臣下と領民は―――」
「許します、今後もオリコーの領主として務めを果たしてください」
あっさり。
唖然とするシミョール様の前、リーデ様は優雅に玉座から立ってその手を取った。
そして優しく微笑む。
「私は貴方を尊敬していたのですシミョール様…臣と民のために身を捧げられる御姿…とても立派ですわ」
「い、いや…そのようなことは…」
「今後は是非その御力をヨルトミアにお貸しくださいませ…今や若輩しかいない国、導いてくれる“父”が必要なのです…」
トゥンク…
心の落ちる音がした。
国を盗ったらやりようは二つ。徹底的に禍根を絶つべく撫で切るか、徹底的に甘やかし逆らう心を奪ってしまうか。
リーデ様が取ったのは後者…シミョール様の単純かつ保守的、根は善良な性質を見抜いて篭絡する手を選んだようだ。
ユキムラちゃんにボコボコにされた後と言うのもあるだろう…良い憲兵・悪い憲兵メソッドだ。
シミョール様はまんまとその演技に乗せられ、リーデ様の手を握り返す。
「お任せあれ!このシミョール=グシヨン=オリコー!必ずやヨルトミアと我が領オリコーを富める国にしてみせましょうぞ!」
嗚呼…ここまで単純だと本当に幸せなのかもしれない。
足取り軽く謁見の間を去っていくシミョール様を優しい笑顔で見送ると、リーデ様は即座に氷の微笑へと変貌した。
この主君も大概に恐ろしい御方だ、こんな職場にいたら女性恐怖症になるよマジで。
「皆、オリコー攻略戦お見事でした、まさか本当に一日で落としてしまうなんて驚きね」
「リーデ様の御弁舌あればこそにござる、彼奴らから敵対宣言を引き出して頂けたお陰で随分楽な戦でござった」
リーデ様とユキムラちゃんが悪い笑顔同士見合わせお互いに含み笑いする。
最近気付いたがこの二人は似た者主従だ。否、無垢だった頃の姫様がユキムラちゃんに影響を受けたのか…
「それで…次はどこと戦う?さすがに同じ手は二度も三度も通じんだろう」
「ああ、早速同盟国一個落とされりゃ連中も泡食って軍備増強してくるだろうぜ」
ロミリア様とヴェマが話を進めた。
確かに今回の策は一回こっきりの裏技だ。いくら騎士女公の名声が健在といっても名声だけでは戦には勝てない。
そしてオリコーをほぼそっくりそのまま取り込んだとはいえ戦力差は五つ国を割れば3対2…未だに劣勢だ。
ふむ、とリーデ様が思案する。ユキムラちゃんがずいと一歩前に出た。
「わしは次はイルトナ攻めを進言いたす」
ざわり、軽いどよめきが走った。
他二国を差し置いて包囲網の中核であるイルトナを攻撃するというのか…
ユキムラちゃんは周りを見渡しながら言葉を続ける。
「イルトナはオリコーと違い軍備が整っておる…が、兵の練度も士気の高さも今のヨルトミアの方が上!」
サナダ忍軍、イルトナ方面諜報担当ジンパチからの情報だ。
イルトナは連合会議前からヨルトミアを警戒して軍を動かしていた。まず最初に攻められると思っていたのだろう。
だがそもそもイルトナは常備軍の規模が小さく軍事力の大半を傭兵でまかなっている。その傭兵の質はピンキリである。
ユキムラちゃん的にはここまで修羅場を潜り抜けてきたヨルトミア軍と戦うには些か戦力不足が目立つとの見解だ。
だからこそ同盟を組んで包囲網を敷いたのだろうが…
「オリコーの兵力も動かせるようになった現状、速攻してイルトナを逆に包囲してしまうのが最善かと思うが…如何かな?」
フォッテ・ハーミッテはイルトナと違い軍備が遅れている現状だ。
つまり三国間の連携が未だにできてない今こそが最大の好機…というわけである。
会議室を見渡すと皆がそれぞれに頷いている。ユキムラちゃんの方針に異論はないようだ。
「決まりね…次はイルトナ攻略、すぐに進軍の準備に取り掛かりなさい!」
「はっ!」
リーデ様の一声に騎士たちが敬礼しそれぞれ動き出す。
今回はリーデ様の護衛に回っていたが次はサナダ忍軍も攻略戦に参加だ。
忍としてはちょっと不適だが気分が高揚する。一年ぶりにあのダイルマとの戦いを思い出してしまった。
「さあ、いくぞサスケ!イルトナを取っちまえば大陸西部は頂いたようなもんじゃ!」
「ウッス!サナダ忍軍、全力で忍ばせていただきます!」
ユキムラちゃんが小さな拳を握って突き出してくる。
同じく俺も拳を握り、こつんと軽く合わせて気合を入れ直すのだった。
◇
一方、イルトナ公国…―――
「オリコーが落ちたようやな、旦那はん」
戦の気配に慌ただしい市中を歩きながらマゴイチが面白くもなさそうに隣の青年、ケイン=ニル=イルトナへと話しかける。
ケインは溜息を吐いて肩を落とした。まさか包囲網を敷いて一日も持たないとは…
「あの女、馬鹿だと言いましたが訂正しますよ…元々狙っていなければあんなことはできない、とんでもない女狐です」
「けけけっ!狐の旦那はんとお似合いやないか!―――…おっと、フラれたんやったな」
「今となってはこっちから願い下げです、私は従順な女性が好みなんですよ」
「それを世間では負け惜しみと言うんやで、旦那はん」
他愛もない世間話をするその二人に慌てる様子は皆無…
包囲網の一角が早くも崩されたという事態は由々しき事態であるはずなのだが、それも想定内といった反応だ。
勿論占拠されたオリコーを案ずることもない…あくまで利害の一致からの協力関係であり志まで共にした覚えはない。
二人は市中を歩き、やがて市街地から離れた倉庫区画に到着した。向かうのは二十二番倉庫…
「ここか…」
「はい、次に奴らが狙ってくるのは間違いなくイルトナです…頼みますよ、マゴイチさん」
ケインが扉を開いてマゴイチに倉庫の中身を検めさせる。彼女の目の前に広がる光景は異様な武器庫。
武器庫と言っても剣や槍が保管されているわけではない…おそらくは武器と思われる鉄製の細長い筒が所狭しと並んでいる。
その武器は…“本来この世界にはあってはならないもの”…
マゴイチはそのうちの一つを手に取って舐め回すように眺め、満足そうににやりと笑う。
「見事やな、この世界でよう作ったもんや」
「もっと評価してくださいよ、ヨルトミアの密偵に嗅ぎつかれないように念には念を入れて極秘開発したんですから」
「重畳重畳!さすがは旦那はん!後はウチに任せとき!」
マゴイチはくるくると鉄筒を手の中で回し、構えてみせた。
謎の武器の口が殺意に鈍く光る…ケインはその様子を見、えも言えぬ迫力に軽く唾を飲み込む。
そしてその光景を覗き見る者がもう一人…
(あれは武器なんですの…?なんだかとても嫌な気配…)
イオータ=サマナ=ハーミッテ…
同盟国の一国、ハーミッテの姫として特権を利用し彼女はイルトナに偵察に訪れていた。
父を裏切る形になる…しかし少しでもヨルトミアに貢献したいというリーデに救われた彼女なりの決断であった。
そしてその際、偶然迷い込んだ倉庫区画で見かけたその光景…イオータは激しい胸騒ぎを覚える。
彼女は武器のことは何一つわからない…わからないが、その武器のフォルムに本能的な恐怖を感じ取る。
(なんとかしてリーデお姉様に伝えないと…!)
このままでは最悪の結末が待っている…そう予知したイオータは踵を返して走り出す。
運命の戦いの時は刻一刻と迫っているのだった。
【続く】




