第二十話 ユキムラちゃん、一夜国盗りの巻
「俺の名は剛力のサマス!」
「私の名は瞬足のガイツ!」
「拙者の名は卑劣のロックナール!」
それぞれの手に武器を構え、三人の男が名乗りを上げながら攻撃軍団長ロミリアの眼前へと立ち塞がる。
「我ら、三人そろって…」
一呼吸。
「「「オリコー三騎士!!!」」」
雷鳴、そして爆発………が起きた気がした。
そのかなり練習したであろう動きにロミリアはおお…と呑気な感嘆の声を漏らし、パチパチと小さく拍手する。
名乗られたのならば名乗り返さねばなるまい。
「私の名はロミリア=カッツェナルガ、三人まとめてお相手頂こう」
その言葉を聞くと三騎士は呆気にとられた顔を見合わせ、せせら笑う。
「おいおい聞いたか?俺たち三人を同時に相手にするんだとよ」
「フフフ…まったく蛮勇と言うものは恐ろしいものですね」
「いくらカッツェナルガと言えど無謀も無謀!拙者らの技を前に存分に後悔して頂こう!」
そしてロミリアの方へと振り返る。いくら恐ろしい噂があれど所詮女は女、三人を相手に勝てるはずもない。
三騎士はそれぞれ武器を構えて気迫を充実させ…一斉に跳びかかる。
「「「いくぞ!!!」」」
そして数十秒の時が過ぎた…―――
沈黙。
三騎士は武器破壊された上で頭部を打ち据えられ気絶して地に伏せている。
峰打ちしたロミリアは軽く息を吐いて長剣を鞘に納めた。
「オリコー三騎士…油断ならない相手だった…」
「アタシには瞬殺したようにしか見えなかったけどね」
副軍団長を務めるリカチ=カーヴェスが呆れたように呟く。
ちなみにこれまで平民として家名を持たなかったリカチだが、騎士称号と共にカーヴェス家の名が与えられている。
と、言っても住んでいるのは山小屋だし率いる兵士たちはほとんど猟師との兼業なのだが…
「ともあれ最終防衛線突破だね、ロミリアさん」
「ああ、些か拍子抜けではあるが…軍を進めよう」
三騎士が倒されたと同時に見物していたオリコー兵たちが白旗を掲げる。
現在ヨルトミア軍はオリコー領を進軍、計五つの砦を落として本拠のオリコー城間近へと迫っていた。
これほどの速度で侵攻できている理由は士気の差もあるが、まず兵の練度が違いすぎるとロミリアは分析する。
練度も統率力も高いダイルマ兵と戦った後であるならばその実感は殊更強い。それは兵たちも感じている筈。
オリコーはダイルマに侵略された際、真っ先に戦わずして降伏を選んだ。それがオリコー兵たちの脆弱ぶりに繋がっているのだろう。
(無謀にもダイルマとの戦いを選んだ先領主様の選択は間違いではなかったのかもな…)
先の三騎士はそんな劣勢を打開すべく攻略軍団長のロミリアに一騎討ち(一騎ではなかったが)を仕掛けてきたのだ。
尤も、結果は御覧の通り…圧倒的な実力差を見せつけられますます士気の低下を招くだけの結果となってしまった。
もはや決死の防衛線を引く気概もない。後はオリコー城を包囲して降伏勧告するのみだ。
「領民の煽動はどうなっている?」
「今、司教様とヴェマさんが各集落を回ってやってるよ、手応えは十分ってとこだね」
ロミリアは僅かばかり敵に同情、そして罪悪感を感じる。
ユキムラの策にはまるで容赦がない。策を弄さずとも勝てるだろう相手にも一部の勝ち目もなくなるまで詰めていく。
そしてその手段は選ばない。騎士にとっては卑劣とそしりを受けるような行いも平気で策に組み込んでいく。
結果的にそれが自軍の損害を少しでも減らすことになると分かってはいるのだが…
「…リーデ様の名声とリシテン教の信仰心を利用して、か…ユキムラちゃんの策はまったく恐ろしいな…」
「騎士とは根本的な価値観が違うんだろうね、まぁアタシは騎士道なんてよくわかんないんだけど」
成る程、これも“転生者”としての特性という訳か。
だがこうまでしなければ生き残れなかったユキムラの元の世界とは一体どういうものだったのだろう。
少なくとも、この大陸以上の地獄であったことは想像に難くない…
◇
「ダイルマにさっさと俺たち領民を売ったばかりか今度は助けてくれたヨルトミアを脅迫するなんて…」
「あの太っちょ領主にはもうウンザリだ!俺たちだって領主を選ぶ権利はある!」
オリコー領内の各村々では流言の計により叛乱の機運が今まさに盛り上がっていた。
ヨルトミアの領民が武器を持って戦ったという物語への憧れもあるのだろう、血の気の多い者たちが徒党を組んで立ち上がり始める。
その者たちを上手く制御する役がシア=カージュス…リシテン教の司教にしてヨルトミアの自由騎士が一人。
「皆さん、いたずらに暴力を振るうばかりが戦いではありません…まずは対話を…それも戦いであるとリシテン様もおっしゃっています」
建前である。
本音としては煽動した領民がヒートアップしすぎてオリコー兵と無用な戦いを起こすことを避けたいという考えだ。
何せこの国を乗っ取った後は兵士も領民もそっくりそのまま頂くことになる。できるだけ消耗させずそのまま奪いたいところ。
リシテン教の信徒はこの国でも爆発的に増え始めている…彼らは皆唯一の司教であるシアの言葉に従順である。
「司教様がそうおっしゃるなら…俺たちは何をすればいいんです?」
「そろそろヨルトミアの兵たちがオリコー城を包囲する頃…そこに加わってください、ただ居るだけでオリコー公に想いは伝わりましょう」
「居るだけで…?へえ、そんじゃあ若い衆集めてすぐに向かいますよ!」
いくぞ!と気合を入れて村を飛び出していった若者たちの背中を笑顔で見送り、シアは心の中で頭を抱える。
やってしまった…司教の立場を使って信徒を煽動してしまった。目指す聖職者からはかけ離れた行いだ。
今夜の懺悔タイムは激しくなるだろう…女神様よ、赦し給え…
「はぁ…ユキムラ様、あんまりです…私にこのようなことをさせるなんて…」
「今更何言ってんだよ司教さん、清廉潔白にはもう手遅れだろ」
デリカシーのないフォローを入れてくるのはヴェマ=トーゴ。シアはそちらをじろりと睨みつける。
睨みつけられてもヴェマはどこ吹く風、軽い調子で斧槍を担ぎ直して言葉を続ける。
「あいつらも救われてオレたちも助かる、悪いことはひとつもねえ、ご立派に導いてるじゃねえか」
「そうは言いますがね…ヴェマ様は騎士道的に思うところはないのですか?」
問い返されて、ふん…とヴェマは鼻を鳴らした。
ヴェマは騎士と言っても生まれながらにそう教育された騎士ではない。実力でのし上がってきた騎士だ。
「行儀よくやってて明日国が亡ぼされたんじゃそっちの方が騎士として大問題よ、生きるのに綺麗も汚いもねえのさ」
今は優勢でもヨルトミアが危機的状況なことには変わりない。何せ四つの国を相手にしているのだ。
騎士道などという自己満足に拘っていいのは余裕がある相手の時だけ…ヴェマはそう割り切っている。
「…ってリーデ様も言うと思うぜ?」
ついでに、そう付け加えた。
◇
「な、あ…!」
報を聞き、急ぎ帰国したオリコー公を待っていたのは悪夢のような光景だった。
本拠オリコー城がヨルトミア軍、そしてそれと結託した怒れる領民に八方を取り囲まれている。
これでは反撃に移るどころか城に入ることすらできない。自由に動かせる兵は供回りの二十名足らず。
何故…連合会議の間僅かに城を空けただけで一体何故このような事態に…
「失礼、シミョール=グシヨン=オリコー様とお見受けいたす」
オリコー城が見える丘の上で呆然としていたシミョールに、不意にそんな声がかけられる。
振り向けば謎めいた赤い衣装の少女が一人、そしてその者が引き連れたヨルトミア兵が数名…
聡明ではないが鈍くはないシミョールはその異様な雰囲気ですぐに判った。こいつが噂の“転生軍師”…
呆然から漸く頭が正常な思考を取り戻し、シミョールは激昂する。
「おっ、おのれ“転生者”!このような暴虐が許されると思っておるのか!」
「これは異なことを…ヨルトミアに対し戦を挑んできたのは貴方がたから、と聞き及んでおりまするが?」
少女はお道化て困ったような表情をして見せる。
シミョールは何も言い返せない…仮にヨルトミアが攻め入ったのが先だとしても敵対宣言を行ったのは確かな事実。
そしてその事実は何故か既に領民へも伝わりきっている。一体どのような奇術を使ったというのか…
くくく…と少女は笑い、続ける。
「何、ご安心召されよ…我が主は寛大…誠心誠意謝罪すればきっとお許しになられましょうや」
あの気に食わないヨルトミアの小娘に頭を下げろと言うのか…
思えばダイルマの小僧にもプライドを捨てて頭を下げた。領民からは情けない領主と陰で馬鹿にされた。
それをもう一度今度はヨルトミア相手にやれというのか…しかも今度は此方から戦いを挑んだ身でだ。
一体最近の若者はどうなっているのだ…―――
「どうか受け入れてくれませぬか、これ以上意地を張られれば此方も些か手荒にいかねばなりませぬ故…」
赤い悪魔が囁く。
脳裏を過るのは未だに城内にいるであろう愛しい妻と幼い息子、そしてツェーゼンに乱暴された心の傷が癒えぬ娘。
その時点で心は決まっていた…一国の領主としてではなく一人の父としてだ。
半ば癇癪を起こすように喚く。
「もういい、わかった!やめろ!オリコーはヨルトミアに降伏する!」
供回りの兵士たちがわずかにどよめく…
降伏宣言を聞いた赤い悪魔はにっこりと笑って返答した。
「賢明な判断、感謝いたす…御身内の方々には手を出さぬよう兵たちに言い含めておりますので御安心をば」
その言葉を聞きシミョールはホッと胸を撫で下ろして、力が抜けたようにへたへたと地面に座り込んだ。
勝てんわ、この小娘には…そしてヨルトミア公には…
この日をもってオリコーはヨルトミアに降伏、従属国として付き従うこととなる。
【続く】