第十九話 ユキムラちゃん、強襲するの巻
竜巻が去った後のように静まり返った会議室。
ヨルトミア公が捨て台詞と共に窓から跳び、それを追ってイルトナ公も慌てて走り去っていった。
残されたオリコー公、フォッテ公、ハーミッテ公はしばらく沈黙思考し今後の展開に思いを馳せる。
…その沈黙はすぐに破られた。
「お父様っ!何故あのようなことを…!お姉さ…ヨルトミア公はハーミッテを救ってくれた恩人なのですよ!?」
今まで呆気に取られていたハーミッテの一人娘、イオータが父へと詰め寄った。
ヨルトミアによってダイルマから救われた彼女にとっては到底考えられないことだった。ハーミッテ公国も圧政から救われている。
しかし娘に詰め寄られようとも父、ザイアー=サマナ=ハーミッテはその厳めしい顔を崩さず、言った。
「…ヨルトミア公は危険すぎる…あのままでは第二のツェーゼンとなってこの地は再び脅かされるだろう…」
「な、何を言ってますの…?お姉様がツェーゼンのようになるはずがないでしょう!!」
激昂。
イオータは激しい怒りと共に父を睨みつけ問答が無意味と悟ると心底軽蔑したように踵を返して去っていった。
ザイアーはそれを見送り、物憂げに目を伏せた…娘はまだ幼すぎる…事態の本質が掴めていないのだ。
「し、しかし…ヨルトミア公の最後の言葉が気になりますね…」
破られた沈黙に、次は顔色の悪いフォッテ公がおずおずと切り出した。
“次は断頭台の上で会いましょう”…それが意味することはつまり…―――
「ふんっ!馬鹿馬鹿しい!我ら四つ国を敵に回してくだらん虚勢だ!小娘らしい精一杯の捨て台詞といったところか!」
肥えたオリコー公が口髭を撫でながら鼻を鳴らす。
いくらヨルトミアが強かろうと連合の四国が揃えば戦力差は先のダイルマと同じく圧倒的なものになる。
あのような奇跡を何度でも起こせるものか…ダイルマと違って我々は一切慢心しないのだから…
「まぁ、断頭台で会うことにはなろうな!あの小娘が考える立場とは逆であろうが!わははははっ!」
オリコー公の笑い声が響き渡ったその直後、大きな音を立てて会議室の扉が強く開かれた。
何事かと目を向ける諸侯の前、慌てた様子のオリコー兵が駆け込んでくる。
「し、失礼しますっ!シミョール様!シミョール=グシヨン=オリコー様っ!」
「何事だ!騒々しい!」
膝をついた兵士は息を切らせ、ガタガタと震えながら…報告した。
「わっ、我が領オリコーにヨルトミア軍が急速接近中!!侵略を受けているとのことです!!」
ぴしり。
会議室の空気が凍り付いた。敵対宣言はほんの数十分前…攻め込まれるには速すぎるどころの話ではない。
「え…―――?」
遅れて、現状を理解しきれないオリコー公の間抜けな声が漏れる。
◇
このわし、ユキムラが思うに故ダイルマ公…ツェーゼン=ダオン=ダイルマは戦略家としては天才的な人物だった。
攻めると決めれば即座に攻め込む決断力、徹底的に兵卒を統制する才能、手ごわい相手には内応工作まで行う狡猾さ…
特に評価したいのはやはり決断力、そして行動の速さだ。速い軍はそれだけで強い。ダイルマの領土を急速拡大させたのも頷ける。
惜しむらくは…器が大成しきっていなかったこと、そして負け戦を知らずにこのユキムラに出会ったことだろう。
もし彼がもうすこし年を経て器と戦略眼を併せ持った国主になっていたとしたらどうだったか…到底敵わなかったに違いあるまい。
「疾きこと風の如く…侵掠すること火の如く…」
ここはオリコー領、カノン砦。
連合会議開催とほぼ同時刻に侵攻開始したヨルトミア軍は瞬く間にこの砦を制圧、前線基地とする。
敵兵の反応から察するにヨルトミアと戦になることは知ってはいたがまさかイルトナより先に攻められるとは思ってもいなかったか。
しかも連合会議当日にだ。この策を決めた時のリーデ様の言葉が思い返される。
『ユキムラ、“大陸西部を統一するのに”足掛かりとなる国はどこかしら?』
対イルトナの会議でそう言ってのけたのは誰であろうリーデ様だった。
あの御方は他四国と結んで包囲網を敷くという姦計をイルトナが行ってきた場合、それは逆に好機と考えていた。
そうなれば再びヨルトミアは弱者としての立場に立てる。騎士女公の名声を失わず、正当性を保持しつつ征服を開始できるのだ。
そして連合会議…あの場で他四国から敵対宣言を引き出すと我々に約束し、この先手必勝の神速攻略戦を提案なされた。
もしイルトナ以外の三国が中立を宣言していたらと思うとぞっとしない作戦であったが…我々はそれに乗った。
「くくくっ…くっひひひひ…!まるで太閤殿下を思い出すわ…天下人の器を見抜いたわしの慧眼に狂い無し…!」
その結果がこれだ。サスケから伝書鳥を使って送られてきた文によると見事四つ国から敵対宣言を引き出せたのだという…
独り笑いが止まらない中、隣に立ったサルファス殿が気まずそうに咳払いした。
サルファス殿は現在ヨルトミアの騎士で最も地位が高いということでリーデ様の代わりに今回の戦の総大将を務めている。
「あー…楽しそうなところすまんが参謀殿、今日中に一体どこまで攻め入るつもりだ?」
「何を言っておる総大将殿、今日中にこの国は落とすぞ」
その返答にサルファス殿が目を剥く。
「たった一日でか!?いくらヨルトミアが強くなったとはいえさすがにそれは無理であろう!」
その反応は至極当然である。普通は一日で国を落とすことなどできない。
だが今回に限り条件が“揃いすぎている”。まさに千載一遇の好機と言えるだろう。
いまいち理解が及んでいない総大将殿に解説して差し上げるとしよう。
「まず一つ…オリコーは完全に油断しておる、今から守りの備えを行おうと我らの侵略速度には到底敵うまいて」
この砦に攻め入った時のことを思い出す。あの鳩が豆鉄砲を食らったような兵士たちの顔はそうそう見ることはできまい。
そしてそんな状態のオリコー兵は白旗を上げるのも実に早かった。今は地下牢で漸く何が起こったのか理解が追い付いている頃だろう。
おそらくこの士気の低さは他の砦でも同じこと…覚悟が決まる前に叩けばほぼ無血で制圧完了できる筈。
「二つ目…こんな時に一番大事な領主が不在、今頃本拠のオリコー城は大混乱じゃろう」
これも連合会議当日を狙った理由の一つである。
領主が不在なのは此方も同じだが攻める方と攻められる方では訳が違う。守り側の指揮系統が麻痺すればそれ即ち死を意味する。
この砦の尖塔から見渡しても迎撃軍団が未だ出撃してこないのを見るに中枢が機能不全を起こしているのは火を見るよりも明らかだ。
「そして三つ目…この国の領民は我々の味方をする」
「それは…何故だ…?」
思わず悪い笑みが浮かんでしまった。サルファス殿が若干引くようにたじろぐ。
その答えは決まっている。“オリコーの方から喧嘩を売ってきたから”だ。
「くくくっ…かの騎士女公に国主四人が取り囲んで結婚を強制したじゃとぉ…?民がそれを聞けばなんと思うかのう!」
吟遊詩人たちが派手に歌を広めてくれたお陰でリーデ様の名声はうなぎのぼり。五つ国では誰もが憧れる物語中の人物と化した。
対するオリコー公の人気は一度もダイルマと戦わず屈したこともあって相応に低い。例え自分の国の領主であっても民は良く思っていない。
そこに今回の一件だ。話を聞かされた民心がどちらに傾くかと考えれば比べるべくもない。
「大義名分ありがとうよイルトナ公!こんなに楽な国盗りは初めてじゃ!くっはははははっ!」
ここまでハマれば最高に気分がいい。思わず高笑いしてしまうほどに。
総大将殿はそれを見、優位なのは理解したが本意ではないような難しい顔で唸る。
「む、むぅぅ…!リーデ様の名声を利用しているようで申し訳ないような…万全ではない敵を狙うのは騎士として道義にもとるような…」
乱世の将としては甘すぎるその意見…
だがこの者はそれでいいのだろう、この愚直なまでに誠実な人柄は上に立つべき人間の人柄だ。少々真っすぐすぎるところはあるが…
汚い策略を考えるのは軍師の役目、存分に果たさせて貰うとしよう。
「さあて、そろそろパックリいかせてもらうかのう!」
伝令兵から領内の砦をまたひとつ落としたと報告が入る。
わしはカノン砦尖塔からオリコー領を睥睨しながら地図上にまたひとつ白の碁石を置いた。これで五つ目である…
【続く】




