第十七話 リーデ様、策謀の連合会議の巻
暫定中立都市ケウト…五つ国連合会議はここで行われる。
大陸西部の中心地に位置するここはかつてはダイルマ公国の首都だったが、ダイルマ崩壊後は商工連合が自治している。
現状どこの国でもないこの都市は連合会議にはうってつけということで今回新たに制定された。
そしてそのケウトのさらに中央部…旧ダイルマ城が会議会場というわけである。
「リーデお姉様…!会いたかったですわ!」
「イオ、お久しぶりね、貴女も来ていたの」
ヨルトミア一行が到着するや否や薄いピンクのドレスを着た金髪少女が駆け寄ってきた。
名はイオータ=サマナ=ハーミッテ…古くからヨルトミアの同盟関係にあるハーミッテ公国の姫だ。
そう、姫…即ちハーミッテがダイルマに服従した際ツェーゼンに差し出された人質の一人である。
彼女からすればまさにリーデ様は魔王の手から救い出してくれたお伽噺の騎士そのものであり、すっかりリーデ様に心酔している。
いや、心酔と言うよりもこれは…一目惚れとかそういう…
「お姉様に会いたくてお父様に無理を言って連れてきてもらいましたの!」
「あら嬉しい、そこまで慕ってくれるのなら悪い気はしないわね…このまま連れ去ってしまおうかしら」
「えっ…リーデお姉様…それはつまり…」
リーデ様もその対応には慣れたものだ。むしろ楽しんでいるフシもある。
意味深な言葉に薄く頬を染めるイオータ様、それを見て護衛として立っていたラキ様が咳払いする。
例え冗談でも度が過ぎればあらぬ噂が立つだろう。
「リーデ様、お戯れはよしてください…イオータ様も本気になさらないで」
「ふふっ…もしかしてラキ、妬いてるのかしら?」
「や、妬いてなどおりません!」
「大丈夫、私の一番の騎士は貴女一人よ、ラキ」
リーデ様の手がたおやかにラキ様の顔の左半分に伸ばされた。
そこには縦一文字の大きな傷があり、左目の瞳の色のみ鮮やかなオレンジから鈍色に変色してオッドアイと化している。
ダイルマとの戦いの折の戦傷のせいだ。魔術治療のお陰で視力こそは失われなかったものの女の顔としては重い傷痕が残った。
ラキ様は醜い傷痕で不快感を与えまいと一時は側近を降りようとしたがリーデ様は頑として受け入れず今でも側に置き続けている。
二人の熱っぽい視線が交錯する。間に入れない空気にイオータ様が小さく頬を膨らませる。
「なんというしゅらば…きっとこんやははげしいよるになる…」
「そーね、サイゾーちゃん、教育に悪いからあっちでお馬さんでも見ようね」
リーデ様たちの甘いやり取りから少し離れた地点、俺は興味津々に出歯亀するサイゾーの目を塞ぐ。
今回リーデ様の護衛についているのはラキ様率いる護衛兵団と俺たちサナダ忍軍二名の約二十名弱のみ。俺たちは護衛に紛れる兵士姿だ。
一国の君主の護衛にしては少なすぎるがこれは敵意がないのを示すために必要なこと。まさか軍勢を率いてここに入るわけにはいかない。
他国も同程度の規模だが…どうにもピリピリした緊張感が漂ってくるのは俺の気のせいではあるまい。
「おや、これはヨルトミアの騎士女公様…前に会われた時から随分とご立派になられましたね」
「こちらもまた会えて嬉しいですわ、イルトナ公…お元気そうで何より」
そうしている間にもリーデ様は城内へと歩みを進めている。
言葉を交わす相手は穏やかな雰囲気を纏った糸目の青年貴族、ケイン=ニル=イルトナ…
だがその見た目は罠、先の戦いでヨルトミアを滅亡寸前まで陥れた不倶戴天の仇敵とも呼べる存在だ。
だがリーデ様もイルトナ公もそんな素振りはおくびにも出さずにこやかに握手を交わす。
その胸中は計り知れないが…おそらく互いに穏やかでないのは確かだ。
「今日はお手柔らかに頼みますよ」
「それはこちらの台詞でしてよ」
イルトナ公と会話をしながら二階の会議室にリーデ様が向かっていく。
その際、ラキ様がちらりとこちらにアイコンタクトを取る。俺は小さく頷いて返した。
どうやらラキ様はただでは済まない気配を察したらしい…であれば俺たちは…―――
「しごとか、サスケ…」
「ああ、用意しとこう」
案の定、どうやら穏やかには終わってくれそうにないらしい。
◇
旧ダイルマ城二階会議室。
オリコー、フォッテ、ハーミッテ、イルトナ…そしてヨルトミアの君主がそれぞれ着席し、挨拶もそこそこに会議が始まった。
久々の連合国会議…七つ国から五つ国になりはしたが、表面上は和気藹々と話が進んでいる。
一番の課題であっただろう旧ダイルマ領の切り分けも現状維持と言うことで合意、特に何事もなく終わる…筈だった。
ケインがその話を切り出すまでは…
「時にヨルトミア公、ダイルマはいなくなったというのに軍備の拡張にやけにご執心なようで…」
来た…と微笑の仮面の下でリーデは思考を巡らせる。
「ええ、ヨルトミアは一度亡びかけましたもの…有事の際に備えるためにも至極当然ですわ」
にこりと笑って予め考えておいた言葉を返す。
他三国の君主の表情は読めない、二人の出方を窺っているのか…
「ですが少々過剰ではないかと噂は聞こえておりますな、これでは我々も少し心配になろうというもの…」
「おや…まさかヨルトミアがダイルマのようになってしまうとでもお考えで?」
「ない、とは言い切れないでしょう…何せ我々もダイルマには散々辛酸を嘗めさせられたものでねぇ…」
べらべらとよく舌の回る男…とリーデは内心舌打ちする。
そもそもイルトナはダイルマに最初から内通していた時点で搾取を受けていない。苦しめられた経験がないのだ。
本来ならばここで友好国のハーミッテが援護に入るだろうが…ハーミッテ公は口を一文字に引き結び押し黙ったままだ。
助け舟は出す気はないということか…リーデは軽く思考し、返答する。
ここは多少譲歩しても波風を立てるべきではない…
「ふむ…言い分も最もですわね、では軍備拡張は今後控えめに…」
「ああ、その必要はありませんよ、ただ一つ…こちらの条件を呑んでいただきたい」
言いかけたリーデの言葉をケインは軽く手を振って遮る。
そして怪訝な顔をする彼女に向けうっすらと微笑を浮かべて、続けた。
「リーデ=ヒム=ヨルトミア様、どうか私と御婚姻くださいませ…そしてイルトナとヨルトミアを併合して頂きたい」
は…?
その言葉にさすがにリーデは鼻白む。あまりにも突拍子もない話だ。
「その…おっしゃっている意味がよくわからないのですが…」
「ダイルマに亡ぼされかけた不安はごもっとも…手元に兵を置いておきたいのでしょう、それを否定する気はありません」
糸目の奥、ケインは眼を鋭く光らせながら畳みかける。
「ですがヨルトミアの独断でそうなされると我々も少し恐怖を感じてしまいます…ですので私が貴女の夫となり保証人となりましょう」
思わず一歩引くリーデに対しケインはここぞとばかりに踏み込み、言葉を続けた。
「さすればヨルトミアがいくら軍備を拡張しようと連合の脅威となることは御座いません、良い案だと思いませんか?」
無茶苦茶な発言だ。
君主同士の婚姻でイルトナとヨルトミアが併合するということも論外だがその場合他三国はどうなる。
イルトナ・ヨルトミアが絶大な力をもって大陸西部を支配、三国の発言権がなくなるだけではないか。
こんな横暴が許されていいのか…リーデ様は三国君主へと視線を向ける。
「素晴らしいお考えですな、オリコーとしては賛成しますぞ」
立派な口ひげを蓄えた肥えた中年、オリコー公…シミョール=グシヨン=オリコーが一番に同意した。
「フォッテとしても異論ありません」
顔色が悪く弱気そうな青年、フォッテ公…ラクシア=ギィ=フォッテも同意。
「……ハーミッテ、異議なし」
「お父様!?」
唯一の味方になってくれそうなハーミッテ公…ザイアー=サマナ=ハーミッテすらも軽く目を伏せ静かにそう頷いた。
今後の勉強のためという名目で傍聴していたイオータ様が半ば悲鳴のような声を上げる。
「これはこれは…皆さんに祝福していただけるとは恐悦至極…―――さて、ご返答いただけますかなヨルトミア公」
そこで理解が及ぶ。
これは他三国、既になんらかの手法でイルトナに懐柔されていたということ。最初から連合会議の体を成してはいなかったのだ…
そしてこの会議における多数決は絶対…これを覆すことになれば四つの国を同時に敵に回すことになる。
(ヨルトミア包囲網…というわけね…)
ではどうする…ケインとの婚姻を受けるか。
これはダイルマに迫られたような降伏勧告ではない。臣民を苦しめることにはならないだろう。
むしろ国を思えば選択肢はひとつしかない…イルトナとの併合を受け入れ、政争に勝って内側から主導権を握る。
長い年月はかかるだろうがタイクーンを目指す道はここで強行するだけではない…
そしてリーデは決意したように一度目を伏せ…
「クソ喰らえ…―――と言わせて頂きますわ、イルトナ公」
ぴしり。
絶対零度の氷の微笑の前に、会議場の空気が凍りつく音がした。
【続く】