第一話 ユキムラちゃん、召喚されるの巻
「最強の子がタイクーンを継承せよ」
セーグクィン大陸に征服の嵐を巻き起こした覇王・タイクーンは死ぬ間際にも再び嵐を巻き起こした。
その遺言は大陸中央の黄金王都エドルディアを中心に東西南北に散らばり、タイクーンの血を引く子らに獅子の血を目覚めさせた。
若獅子たちは我こそがタイクーンの継承者と名乗りを上げて所轄地に国を興し、この数十年飽きもせず昼夜戦を繰り広げている。
強い者が弱い者からすべてを奪い去り、さらに強い者が無慈悲に奪い去る…ここは乱世の真っただ中。
そしてこの俺…一般兵士トビーの所属する小国ヨルトミアもその渦中にあるわけで…
「“転生者”ねぇ…そんなもん本当にいるのかあ…?」
思わず口に出た俺のぼやきに対し、女神官の一人が刺すような目線を向けてきたので慌てて押し黙ることにする。
気を付けなければいけない…今日の俺の任務はここ…ヨルトミア唯一の教会であるリシテン教会の警護。不敬な発言は天罰が下りかねん。
しかし警護と言っても危険度はゼロ、ただ入り口の外で立ってるだけの仕事である。
中の礼拝堂では神官たちの詠唱が朗々と響き、今まさに現状打開の召喚魔術が行使されようとしていた。
“転生者”…異界で命を落とした者のその魂がこの世界で生きる仮初の肉体を与えられた者。
最後の司教・シア=カージュス様がおっしゃるには女神に祝福を与えられた“転生者”は一騎当千の戦闘能力や異界の叡智を持つのだという。
圧倒的な武力で大陸全土を征服したタイクーンも“転生者”である可能性があるのだとかないのだとか。
そんなヤバいのを召喚して大丈夫なのかと思うが…何にせよ俺たちはそんな手段に頼るしかない状況に追いやられている。
「いるかいねえか分からねえけど…もはやこれしかないんだよなあ…」
強国ダイルマとの先の戦いでヨルトミアは全戦力をもってしても大敗、先領主様を含め名のある騎士たちはことごとく戦死。兵士だった親父も死んだ。
ついでに目と鼻の先のラノヒ砦を落とされ、まさに喉元に刃を突き付けられている状態といえる。
遺されたのは先領主様の一人娘の姫様と生き残りの騎士数名、戦には向かない文官、そして俺のような味噌ッカスの兵士たち。
もはやほぼ詰んでる状況というわけなのだが…教会はこの国を諦めるわけにはいかない。
何故ならリシテン教はタイクーンに邪教と認定されて以来徹底的に弾圧され、もはやここ以外は教会が残っていないのだから…
「異界より来たれ…我が声に応えよ…女神の祝福賜りし魂よ…―――!」
どうやら儀式も大詰めらしい…さてはて、鬼が出るやら蛇が出るやら…
好奇心に負けて礼拝堂を覗き見た俺の目に映るのは、流れるようなプラチナブロンドの髪とグラマラスな肢体…司教シア様の御美体だ。
どうやらこの儀式、召喚者は全裸で行わないとイカンらしい。ありがたい…この役得、しかと目に焼き付けておこう。
しかしそう思ったのも束の間…礼拝堂中央の魔法陣とシア様の肉体が激しい光に包まれ視界を塗りつぶす。
丸の中に四角が…六つ…
光の中で俺の目に焼き付いたのはシア様の裸体ではなくそんな呪印だった。
「終わっ…たのか…?」
光が弱まり、シア様が崩れ落ちる。女神官の一人が慌てて駆け寄ってローブを羽織らせた。
どよめきが礼拝堂の中に広がり、俺も思わず警護の任務を忘れ魔法陣の中央を見ようと入り口から身を乗り出す。
一体どんなのが召喚されたのか…そもそも人間なのか…突然暴れだしたりしねえだろうな…
女神官たちの肩越しに覗き込んだ俺の視線の先にいた“そいつ”は大きな欠伸をしてぐぐっと伸びをした。
「んー…ご苦労ご苦労!これがあの女の言っておった転生というやつか!奇妙じゃのう!」
呵々と笑う“そいつ”は魔法陣の中央に仁王立ち、興味深げに周囲を見回す。
ボサボサの白髪と貧相な体躯に薄布一枚。目だけはパッチリ…否、ぎょろりとしている…おそらくは少女。
一騎当千の戦闘能力や異界の叡智は微塵も感じない、非人間じみた気配もない。
簡潔に言うならば…どっからどう見てもただの乞食のガキだ。少なくとも大仰な儀式で召喚されるような見た目ではない。
そう思ったのはどうやら俺だけではないらしく、どよめきを代表してシア様がおずおずと声をかけた。
「あの…“転生者”様…ですよね…?」
「うむ!わしの名はサナ……いや、ゲン……うぅむ…とりあえず『ユキムラちゃん』とでも呼ぶがよいぞ!」
やたらフランクな態度と古風な喋り方…“転生者”もといユキムラちゃんはニッと笑って親指を立てる。
この刺すような空気の中で肝っ玉だけは太いのは確かだ。俺だったらいたたまれず異世界に帰っている頃だろう。
シア様は一瞬ぐらりとよろめきかけたが精神力で持ちこたえた。さすがはリシテン教最後の司教、精神の強さには定評がある。
ぎこちない笑みを作り、ユキムラちゃんへと問いかけた。
「ユキムラ様…女神リシテン様の祝福はお賜りになりましたでしょうか?」
「祝福……祝福……?いや、転生とやらの説明は受けたが他は特にないのう…わし、ブッ教徒じゃしな」
「ブ…?そ、そのぅ…ではもしや元々大変お強い方であられるとか…」
「おう!槍の腕なら多少は覚えがあるぞ!…じゃがこの身体ではの…もうちょい大人の姿にはできんかったのか?」
「…で、で、では異界の叡智を我々に授けてくださるとか!」
「イカイのエイチ…?お主の言うことはよくわからん」
陥落。
ついにシア様はがくりと崩れ落ち、神官たちは慌てて介抱する。
どうやら最後の手段である一発逆転狙いの召喚術も失敗に終わったようだ。リシテンの女神さまは無慈悲である。
もはや目も当てられない光景にいたたまれなくなった俺は視線を彷徨わせ…あろうことかヤツと目が合ってしまう。
慌てて目を逸らしたが時すでに遅し、ぺたぺたと礼拝堂の床を歩いて近づいてきたユキムラちゃんはぺちんと俺の太ももを叩いた。
「な、なんスか…“転生者”様…」
「ユキムラちゃんじゃ、お主の名は?」
「へえ…トビーと申します…」
「ふーん…しっくり来んな…わしはお主のことをサスケと呼ぶことにするぞ」
サスケ!?なんでサスケ!?
トビーとは掠りもしない突然のニックネームに目を白黒させるもユキムラちゃんは一切気にしない。
有無を言わせずするすると俺の背中によじ登り、細い腕をしっかりと首に巻きつけてきた。
「ほれサスケ!この国の王にお目通り願いたい!案内せい!」
「い、いや…ユキムラちゃん様…困るんスけど…それに姫様たちはこの国の行く末を会議中でして…」
「ますます都合が良いではないか!はいしーどうどう!」
「あたっ!し、尻を叩かんでくださいよ!」
どうやら俺に拒否権はないらしい。
シア様が倒れててんやわんやの教会を後に俺はユキムラちゃんを背負って城へと向かうのだった。
“転生者”を勝手に連れ出したとなるとまた一騒ぎになるだろうが…もはや亡びゆくこの国でそんな事は些細な問題だろう。
…にしても召喚の瞬間に見えたあの呪印…いったい何だったのだろうか。
あの簡素なマークが何故か俺の心に残り続けているのである。
◇
ヨルトミア公国…
大陸西部に位置しタイクーンの十八番目の子であるヨルトミア公が興した国だ。ちなみに初代ヨルトミア公は先領主様の祖父にあたる。
小国ながら豊富な農作地と水資源に恵まれ退屈ではあるが不足はない、全国隠居後暮らしたい国ランキングがあれば上位に食い込むだろう。
教会から歩いて十分で見えてくる目的地ヨルトミア城は雄大な山々と美しい湖を背に陽光に照らされており、さながら一枚の絵画のような光景だ。
この小さいながらも美しい城はヨルトミア人のちょっとした誇りである。
「…薄々感じておったがド田舎じゃのう、ここは」
「悪かったッスね!ド田舎で!」
そんなちょっとした誇りも背中のヤツの無粋な言葉で一瞬でぶち壊される。
尤も、文句のつけようがないド田舎である。王都は遥か東、食料はすべて自給自足、山に入れば山賊も魔物も出没する。
こんなところ侵略しても一銭の得にもならないと思うのだが、それでも敵は攻めてくるし親父たちは戦死した。そんな時代だ。
とはいえ大陸西部の七つ国が連合化してからは長らく戦乱とは無縁の国だった。少なくとも俺が生まれてからは戦は起こっていなかった。
おかしくなったのはダイルマ…あそこの領主が変わり連合のバランスを崩壊させてからだ…あんな領主にさえならなければ…
ユキムラちゃんの能天気な鼻歌を背にセンチメンタルな気分で城門に辿り着くと、見知った同僚の番兵が軽く片手を上げた。
「おうトビー、子守りか?」
「“転生者”様のお通りだ、頭が高いぞ」
「ユキムラちゃんじゃ!よろしくの!」
「ははは!そいつは大変失礼した!お嬢ちゃん、飴玉食うかい?」
「おお、ありがたく頂戴するぞ!」
番兵ですらこの体たらくである。この国の人間たちは滅亡間際ということを自覚しているのだろうか。
いや、自覚しているからこそ先のことを考えないようにしているのかもしれない。
教会はまだ悪あがきを続けるだろうが…もはやどうなろうと俺たちの未来はお先真っ暗だ。
城を枕にダイルマ兵と最後まで戦って戦死するか、はたまた降伏し奴隷に身を落とすか。
正直どっちも嫌だ…まだ二十とちょっとなのに人生終了しとうない。
考えるだけで気が滅入り、俺の口からは深く深いため息が出てしまうのだった。
「なんじゃサスケ、こんな良い天気なのに湿気とるのぅ」
「湿気たくもなりますよ…これから先のことを考えると…」
「ふむ…ま、おおむねの事情は把握しとるがの」
貰った飴玉を口の中でころころと転がしながらユキムラちゃんは物知り顔で呟く。
どうやら何の状況も分からない所に突然“転生者”を放り出すほど女神様も無慈悲ではないらしい。
だが…この状況を知って何故コイツはここに来た? 明日にもどうなるかわからないこの国に…
戦う力も持たない、異界の超技術を持っている風でもない…そんなヤツに一体何ができるというんだ。
そんな俺の訝しみを察したのか、ユキムラちゃんは俺の顔を覗き込みにんまりと笑う。
「このユキムラちゃんが来た限り、お主の考えとる明日にはならんということよ」
その笑みに俺は何故か根拠のない安心感とほんの少しの畏怖を覚えた。
一体この少女は…少女の姿をした者は、どういう生を送り、どうして死んで、どうして蘇った者なのだろう…
そしてこのユキムラちゃんは俺たちの国で一体何を成そうというのだろうか…
考えれば考えるほど果てしない疑問の中、気付けば俺たちは重厚に閉ざされた扉の前へと辿り着いていた。
そう、ここが城の会議室…この国の行く末を今まさに決定しようとしている正念場である。
【続く】