第十五話 転生軍師!ユキムラちゃんの巻
あの戦いからおよそ一月の時が過ぎた。
一時は亡びかけたにも拘わらずヨルトミアはのどかな空気を既に取り戻し、変わらない景色が流れていく。
だが、もちろん大きく変わったこともある。
「リーデ様、旧ダイルマ領の法整備…ようやく終わりましたよぉ…」
「大儀ですナルファス、休むことを許可するわ」
「あ…ありがたき幸せ…」
言うが早いかナルファス様はぶっ倒れ、救護兵に担架で運ばれていく。
これで先の戦の始末は全て終わりだ…あの後、結論から言うとダイルマ公国は滅亡した。
領主であるツェーゼン、及び二本柱であるディフォンの二将も討死という前代未聞の大事件が起こったからだ。
さらにツェーゼン自身まだ若く子が居らず、臣民からの信望もなかったと建て直すための要因に欠けすぎていたのが主な原因といえる。
ダイルマ血筋の者たちは庇護を求めて王都へと旅立ち、巨大なダイルマ領は残った西部五国に切り分けられた。
共に戦ったハーミッテはともかくオリコー、フォッテ、そしてイルトナまでが旨い思いをしたのは未だに納得のいかない所である。
だが統治とはそういうものだとユキムラちゃんの言…むしろ巨大なダイルマ領をすべて押し付けられたらとても管理できたものではないという。
ヨルトミアはダイルマの旧領一部、そして亡びたノーノーラ領を取り込みおよそ二倍とちょっとほどの大きさとなった。
「またナルファスを酷使してしまったわ…急に国が大きくなるというのも大変ね…」
「仕方ありませんよ、今やリーデ様は歴史に名を連ねる英雄、そんな人の庇護下に入りたいと民は求めるのですから」
少し疲れたように溜息を吐く姫様…もといリーデ様に、左目に包帯を巻いたラキ様がどこかドヤりながら言葉を返す。
ダイルマとの戦い後、姫様は戦勝の儀と共に正式に領主として即位しヨルトミア公爵となった。故に皆、今はリーデ様と呼んでいる。
“姫騎士の計”により生まれたヨルトミアの騎士女公の話はすぐさま大陸西部に広まり吟遊詩人たちの詩曲のネタとなった。
暴君ツェーゼンを打倒した勇敢で美しい騎士姫の物語は老若男女を魅了し、今も諸国からリーデ様を一目見ようと多くの旅人が訪れている。
しかしこういう扱いをリーデ様は望んでいないのでは…
「あら?私は別に嫌じゃないわ、話が盛られれば盛られるほど領民が従順になって統治しやすいんだもの」
「それ、絶対外で言わんでくださいよ…」
どうやら心配は無用だったらしい。
仕事に一息ついてティータイムの準備を始めたリーデ様とラキ様に一礼し、俺は執務室を後にする。
◇
外に出るとちょうどロミリア様とヴェマが拡大した領の検分から帰還している頃だった。
ディフォンの二将軍を討ち取った先の戦での武勲功労者、それがこの二人…早くもヨルトミアの風神雷神とあだ名されているとか。
ヴェマはその武功を認められて正式にヨルトミアの騎士となった。どん底から二度も騎士に取り立てられる波乱万丈人生だ。
二人はこっちの姿を見つけると馬を寄せてくる。
「お疲れ様ッス!新しい領はどうでした?」
「平和も平和、みーんなオレらのことを褒め称えやがってムズ痒くなっちまうぜ!ただ…―――」
ヴェマは後ろを見やり、俺も釣られてロミリア様を見る。
ロミリア様の表情はいつもの余裕はどこへやら…非常に暗い。まさか何かあったのでは…
「な、何があったんスか…」
「ふ…ふふふ…サスケ、私がそんなに恐ろしいか…?」
「はい…?」
思わず聞き返した。
話によると、領内を見回ってる際にロミリア様が子供に話しかけると思いきり泣かれてしまったようで…
吟遊詩人の歌う物語の一節、カッツェナルガの死神騎兵、五十騎で千兵を打ち破る戦ぶりは壮絶かつ恐ろしいと知られている。
そんな恐ろしさから領民の間には悪い子に対する叱り文句として“ロミリアが来るぞ”が密かに定着していたらしい…
「おかしくないか!?ヴェマの歌は再起と忠節の物語なのに!!」
「あー!やめろやめろ!思い出すだけで顔から火が出る!吟遊詩人どもの詩曲なんか気にすんじゃねえよ!」
同情するが、正直心配して損をした。
こう見えてロミリア様の内面は結構乙女だ。乙女と戦闘狂が両立している極めて稀有な人格だ。
子供に泣かれたのが相当ショックだったのだろう…ジメジメと暗い空気を醸し出している。
「やはり子供受けを狙って鎧の色をピンクにしたりすべきだろうか…」
「やめとけやめとけ、その見た目で敵将討ち取りまくってたら余計怖ぇえよ」
ろくでもないロミリア様の提案にヴェマがデリカシーのない制止をかける。
おそらく今夜はヤケ酒だろう。付き合わされる前に一礼し、足早にその場を離れることにしよう。
◇
「魔術は決して邪なものではありません…時に人を癒し、時に人を守る奇跡の力…リシテン様に与えられし祝福…」
教会ではシア様によるリシテン教の説教が行われていた。
これまでは平時は閑散としていた教会だったが今は多くの領民が詰めかけありがたく説教を聞いている。
今の世でここから神官や魔導士を目指す者は少ないだろうがリシテン教の信徒は確実に増えるだろう。
聞くところによると唯一だった教会も領内にいくつか増やす予定なのだとか…
ただ正念場はここから…王都に近づくにつれて根強く残る魔術排斥活動の禍根との戦いだ。
「やあ、仕事でもないのにサスケがここに来るのは珍しい」
「リカチさん、あ…今はリカチ様と呼んだ方がいいッスかね」
「よしとくれよ、ガラでもない」
教会の外の庭で軽く手を挙げてリカチが挨拶してくる。
リカチも、そしてシア様もあの後に戦功が認められて騎士称号を受け騎士となった。
始めは辞退しようとした二人だったが、貰えるもんは貰っとけばいつか役に立つというユキムラちゃんの勧めがあったのだ。
現に騎士であっても二人は縛られているわけでもなく、シア様はこうして司教の仕事をしリカチは猟師を続けている。
こういった自由騎士たちも吟遊詩人の物語では良いスパイスとして使われるのだとか。
「それに騎士になったのはアンタも一緒だろ」
「俺はなってませんよ、ありがたいことに打診はありましたけどね」
「あれ…そうなの?」
怪訝な顔をしてリカチが首を傾げた。
そう…先の戦いで手柄を立てた俺もまた騎士にならないかとラキ様に相談を受けていた。
だが辞退した、皆が訝しんだが元より俺には必要のないものだったからだ。
なぜなら…―――
「それじゃ、俺はこれで…」
「ああ、ユキムラさんによろしく伝えといてよ、あとで鹿の肉でも持っていくってさ」
ありがたい、既に今夜の夕食が楽しみになってきた。
俺はもう一度教会内のシア様の姿を拝んでからリカチに軽く一礼してその場を去った。
◇
ロミリア様の屋敷の近く、木材と土壁で構成された非常に珍しい建造物が今まさに建てられている。
大工たちが頭を悩ませながら工事に取り掛かり、たびたび建造図面を見ては首を捻り倒す。
元の世界風の屋敷が欲しい…それがユキムラちゃんがリーデ様に願ったちょっとしたワガママだ。
ヨルトミアを救った“転生者”の願いならばと二つ返事で了承されたそれは大工たちにとっては結構な難題であるようだ。
軽く同情しながらその隣、仮住まいの小さな家屋に俺は向かう。
ここがユキムラちゃんの今の家だ。
「サナダ忍軍 忍頭サスケ、只今戻りました」
サナダ忍軍 忍頭…それが騎士称号を辞退した理由であり、今の俺の役職だ。
と言ってもサナダ忍軍はわずか数十名の少数精鋭軍団…になる予定。そしてまだ忍軍の隊員は今は俺一人だ。
トビーという名はもう名乗らないことにした。これから生きるは隠密としての道、引退までその名前はお預けだ。
コードネーム・サスケ…それが今の俺の全てである。
「おう戻ったか、その顔を見るに統治の方は問題なさそうじゃのう」
「ええ、上手く進んでるようッスよ、ナルファス様はブッ倒れてましたけど」
「…文官を増やさんのか?いつか本当にナルファス殿死ぬぞ…」
ユキムラちゃんの部屋は汚い。
部屋中に散らばった書類や巻物を踏まないように部屋に入りながらそんな言葉を交わす。
そして湯を沸かして茶を淹れ一服すると…ユキムラちゃんは意味深に呟いて立ち上がった。
「…そろそろじゃな…サスケ、この国を出るぞ」
は…?
理解が及ばず目を白黒させているうちにユキムラちゃんはさっさか旅支度を整え始めた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!一体どういう…?」
「…この平穏は長くは続かん…ダイルマが倒れて均衡が崩れた今、いずれ大陸西部は他の四国との支配権の奪い合いになるじゃろう」
支度の手を止めずにユキムラちゃんは語る。
「そしてそうなった時、最も警戒されるのはヨルトミアじゃ…何せダイルマを打ち破ったんじゃからな」
そのユキムラちゃんの口ぶりはひどく客観的だ。
この人は既に先の戦を済んだこととして考えているのだろう。なにせそこは目指すゴールではないのだから。
領民たちを説き伏せたあの夜の一時がふと脳裏に蘇る。
「油断しておる場合ではないぞサスケよ、ダイルマは向こうが慢心しておったから勝てた…だがこれからの戦いはそうはいかん」
風呂敷に荷が包まれ、ユキムラちゃんの小さな背中に背負われた。
ユキムラちゃんはにやりと悪い笑みを浮かべる。
「故に、先にやつらの領内で手の内を探る…“兵は拙速を尊ぶ”、何事も先手を打って行動せねばのう!」
な、成る程…
他の騎士たちの統治活動にも参加せず部屋に閉じこもっていたかと思えばそんなことを考えていたとは。
一瞬出奔するのかと思った俺はホッと胸を撫で下ろす。
「紛らわしいこと言わんでくださいよ…てっきりこの国を出ていくのかと思いました」
「ああん?そんなわけなかろう、以前リーデ様をタイクーンにするとお前には宣言したじゃろうが」
「いや、それを疑ったわけじゃないんスけどね…“転生者”って考えが読めないから…」
それを聞き、ふむ…とユキムラちゃんは考え込んだ。
「…のうサスケ、その“転生者”っていうの…前々から思っておったのだが些かハッタリが利いとらんと思わんか?」
「ええ…そういう問題…?」
「ハッタリは重要じゃぞ!名乗るには強そうな方がよかろう!新しい良さげな肩書をお前も考えろ!」
何の前触れもなくネーミング考案会が始まった。
異世界参謀ユキムラ、異世界知将ユキムラ、神算鬼謀ユキムラ、復活のユキムラ…
パッとしない肩書が次々と紙に書かれていく中…ユキムラちゃんはその中の一つを拾い上げ、満足げに頷いた。
「“転生軍師ユキムラちゃん”!これじゃな!わしは今日から転生軍師、そう名乗るぞ!」
今日も蒼く澄み渡ったヨルトミアの空はどこまでも高く、ユキムラちゃんの呵々とした笑い声が響いていくのだった。
【第一章 終】