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転生軍師!ユキムラちゃん  作者: ピコザル
黎明のヨルトミア
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第十一話 ユキムラちゃんの秘策!の巻

『よいか、これは一度しか使えぬ策じゃ』


 今はここにいないユキムラちゃんの言葉が俺の脳裏にフラッシュバックする。


『北のドヨルド川…ここじゃ、このバツ印をしてある堤防を切ればカヤマ平原を横断する川が一時的に氾濫を起こす』


 ポケットから汗でぐしゃぐしゃの地図を取り出し、俺は位置を再確認した。

 目の前には大きな水を湛えて流れるドヨルド川…ヨルトミアの先代領主たちはこの川の治水に大変苦労したという。


『氾濫した川が東から進軍してくるダイルマ軍と十字を切れば…即ち分断できるということじゃ』


 心臓が早鐘のように鳴っている。

 ユキムラちゃんの言葉が次々と思い返されていく。


『ツェーゼンはサナダマル弐式の攻略に手間取ることに必ず業を煮やす、そして包囲陣形に変えてくるじゃろう』


『そこが狙い目じゃ、本陣を後方に置いて陣が長く伸びたその瞬間…この堰を切れ』


『さすればツェーゼンは僅かな供回りを残し前方の軍団と分断され、孤立する』


『そこを伏せていたわしらが攻めかかりツェーゼンの首を獲る…これが此度の策である』


『よいかサスケ…決して早すぎてはいかんぞ、本陣の守りを限りなく薄くするのじゃ』


『遅すぎてもいかん、ツェーゼンが川を渡り切ってしまえばこの分断策は失敗じゃ』


 どうしてこんな大役を自分に…ユキムラちゃんがやった方が確実なのでは…

 確か、あの時はそんなことを言ったような気がする。

 だがユキムラちゃんは首を横に振った。


『わしはラキ殿、ロミィ殿と共に伏せ敵大将の首を獲る絶好の機を伺わねばならぬ』


『つまりわしは動けん、それ故わしの右腕であるお前に託すのじゃ』


 最後に、ユキムラちゃんのいつもの二ッとした笑顔が思い浮かんでくる。

 少し…ほんの少しだけだが勇気が湧いてきた。


『サスケよ、お前は常にわしの傍におった…わしになったつもりで策を成せ』


『安心せい!お前の洞察眼は大したものじゃ!きっと上手くやれるわい!』


 追想に浸っていた脳みそがフル稼働を始める。

 ツェーゼンの位置は遠目からでもはっきりわかった。戦場であのバカ目立つ派手なマントを着る者といえばヤツしかいない。

 行軍速度はどうか…ダイルマ軍は重装備のためヨルトミア軍よりも若干足が遅い。思っているより僅かに目標地点到達が遅れるはずだ。

 進行方向は予測通り、ラノヒ砦に向けてまっすぐに進んでいる。綺麗に川と十字を切って横断する形だった。

 それらを統合して最後に敵の動きを確認した時間から逆算すれば…―――


 三…


 二…


 一…


「ここだあああああっ!!」


 気合の雄叫びと共に、俺は堤防に向けて教会製の呪符に念じ術式を発動される。

 呪符から発された魔力波は堤防の各所に埋め込まれた魔石と共鳴して高速振動を起こし堤防の支え石を次々と破壊していく。

 一瞬の間の後…大きな地響きと激しい轟音が巻き起こった。



 ◇



「なんだ…!?」


 断続的な振動と唸るような音に危うく落馬しかけたツェーゼンは足を止め、思わず辺りを見回す。

 こんな時に地震か?そう思ったのも束の間、即座にその原因が眼前へと到達する。

 濁流…突然現れた巨大な大蛇の如き茶色い濁流が、眼前で橋を渡っていた兵士たちを橋ごと丸呑みにしながら荒れ狂う。


「うおおおおおおっ!?」


 ツェーゼンは供回りの兵士たちと慌てて引き返しながら眼前をごうごうと流れていく濁流を呆然と眺めた。

 危ないところだった…一瞬でも遅れていたら自分もこの濁流に呑み込まれていただろう。

 不快だがこんな時に思い返されるのはイズールの諫言だ。確かに今回のヨルトミアは策を弄してきている。

 もう少し慎重に攻めるべきか…そう思い直した時ハッと気づく。

 どうやってこの濁流を渡って前線と合流する…?

 まさか連中の狙いは…―――


「ま、まずい!!」


 全て包囲に回したため残った供回りの者はおよそ二百名足らず…この状況は危険だ…!



 ◇



「や、やりました!完璧に分断成功です!サスケ殿がやってくれました!」


 珍しく、ラキがはしゃいだ声を上げる。

 ダイルマ軍進軍ルートから南に位置する林の中、ここに敵大将襲撃軍は潜伏していた。

 陣容はロミリア率いる騎兵隊、ラキ及びユキムラ率いる軽装歩兵隊二部隊…そして…


「あら…冴えない顔だと思っていたけど意外にやるのね…サスケとやら」

「トビーが彼の本当の名だそうですよ、ふふ…ユキムラちゃんが右腕にするだけはある男だ」


 鎧を着たリーデ姫とロミリアが顔を見合わせ軽く笑う。

 姫がここにいる理由…それは姫自らツェーゼンを討ち果たしに来たということに他ならない。

 当然戦闘はロミリアたちに任せはするもののツェーゼンを討つその場に立ち会い、その場をダイルマ兵に目撃させる。

 こうして完全勝利を印象付けることが“姫騎士の計”の本懐である。

 この策には当然危険は伴う…伴うが、戦後のために実行するだけの価値はあるとリーデ姫は判断し、今この場にいる。


「さて、あとはツェーゼンを討つのみだなユキムラちゃん……ユキムラちゃん?」


 だが、当のユキムラの顔に笑顔はない。

 むしろその逆…険しい顔で東、ダイルマの方角を睨みつけている。


「何故じゃ…わしの策が読まれとった…?いや、ならば領主自らは出陣して来ぬはず…だとすればあれは…―――」


 ユキムラが見る方角の先…まだ僅かに目に見える位置だが、こちらへと進行してくる軍がいた。

 その軍旗に刺繍されているのはダイルマ公国軍紋章…本来あるはずもない増援だ。


「増援!?ツェーゼンの危機を知ったとしても早すぎる!一体どうして…!?」

「あの旗、イズール将軍か…成る程、彼の采配ならば頷ける」


 狼狽えるラキの前、ロミリアが素早く騎馬を取って返した。

 イレギュラーだが迷っている暇はない、なんとしても合流だけは阻止しなければならない。

 馬上のロミリアとユキムラの視線が交錯した。


「ユキムラちゃん、五十騎だけ使わせて貰う!私が足止めしている間にツェーゼンを討て!」

「いけるのかロミィ殿!彼奴ら軽く千はおるぞ!」


 千対五十…総兵力差以上に絶望的なまでの差だ。

 足止めになるかすら定かではないその数を前にしてもロミリアは涼しい顔で言ってのける。

 そして戦場に不釣り合いに、悪戯っぽく笑ってみせた。


「戦は数がモノを言う…だが数だけではないということも君ならわかっているだろう?」


 そんな台詞に、思わずユキムラも笑って返した。


「ロミィ殿…お主はわしの世界におったバカ強い武者によう似とるわ!」

「光栄だ!その者の話はあとで聞かせて頂こう!」


 ロミリア率いる騎兵隊は一個の巨大な獣と化して駆け、その先の千の増援に食らいついていく。

 それを見送ったユキムラは顔を引き締めてリーデ姫とラキの二人に向き直った。

 視線が交錯した瞬間、三人は言葉もなく頷く。


「勇猛なるヨルトミアの兵士たちよ!これよりツェーゼンを討ち果たします!我らの明日を手に入れるために!」


 オオオッ!!

 少数ではあったがリーデ姫の号令に兵士たちが力強く応え、森を抜けてダイルマ軍本営…ツェーゼン目掛け突撃していく。

 その数はおよそ互角、士気高い兵たちの中で駆けながらユキムラは案じていた。

 互角ではダメなのだ…必ず詰ませるならば互角では不確定要素が大きすぎる…


(頼みの綱のロミィ殿は増援の足止めに回った…ラキ殿とわしの隊だけで敵大将を討てるのか…?)


 そんな懸念の中、ユキムラの懐では魔力を湛えた赤い宝石が静かに輝いていた。



【続く】

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