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最終話 転生軍師ユキムラちゃん、帰参!の巻

 セーグクィン歴1062年、蒼鷹の月10の日

 王都ヨルトミアの空は快晴…荷下ろし所で商人たちの小競り合いがあった程度で今日もおおむね異常ナシ。

 東部からは風魔忍軍によって呪術教団残党のでかいアジトが一つ壊滅させられたとの報告が入っている。

 それにより現地の混乱が発生するかはまだわからないが、東部ならあの人たちの管轄…心配するまでもない。


「トビー…おい、トビー」


 それよりも懸念すべきは南部地方のゾーリッジ家に不穏な動きが見られること。

 噂では数年前に王都を追放された大臣コルノエを匿い、何か良からぬことを企んでいるのだとか…

 戦力差的に武力蜂起は考えられない。だとすれば何か搦め手で仕掛けてくる可能性が高い。

 あの人らが目を光らせている以上下手な動きができる筈もないが、しかし此方で手を打っておく必要もあるか。


「トビー!」

「あだぁーッ!?」


 机に向かい、俺が思考を巡らせていたところ…容赦ない飛び蹴りが背中を強襲、俺は椅子から転げ落ちる。

 起き上がりながら振り返れば王都諜報機関『赤狼』実働隊長のサイゾーが俺をジト目で睨みつけている。蹴りの主は彼女だ。


「サイゾーちゃん、暴力振るう前にちゃんと呼びかけてって何度も言ってるでしょ!」

「何度も呼んだぞ…お前が無視するのが悪い…」

「えっ、そうなの?」

「まだトビーと呼ばれるのに慣れてないようだな…しょうがないやつだ…」


 腰に手を当てて呆れた風に肩をすくめる少女は二年前の戦いからは劇的な成長を遂げている。

 俺の胸ほどまでしかなかった背も今では頭一つ分下くらいまで伸び、拙かった喋り方も人並みにしっかりしてきた。

 サナダ忍軍が解体したことでサイゾーというコードネームを名乗る必要もなくなったのだがそれは本人が固辞。

 かつての主君に貰った大切な名前だとして、女の子らしくないにも関わらず本名としてサイゾーを名乗っている。

 そんな成長を遂げたサイゾーであったが…人間としての情緒はまだ未発達と言わざるを得ない。

 相変わらず俺に対しては当たりがきつく、妙に上から目線だ。


「まったく…そろそろ女の子らしくならないと好きな男の子ができた時に苦労するよ、キミ」


 俺の言葉に返ってきたのは今度は無言の攻撃だった。

 低空から軸足を刈って掬い上げる円月蹴りに完全に油断していた俺の身体は空中で一回転…頭から固い床に叩きつけられる。

 突然の暴力に逆さになったまま訴えるように見上げれば、鬼のような表情で見下すサイゾーと視線がかち合った。


「ノブユキ様がお呼びだ、トビー諜報部長殿」

「あ、はい…」


 凄まじい迫力に思わず敬語になってしまう。どうやら今の発言が逆鱗に触れたらしい。

 ここで下手に揉めれば命の危険に関わると察した俺はそそくさと資料を纏め部屋から退散する。

 そう、今の俺は王都諜報機関『赤狼』総部長…サナダ忍軍の経験を活かし、大陸全土の情報収集を行うのが今の俺の仕事だ。



 ◇



「―――以上が現在の各地の状況です」

「…承知した、報告ご苦労」


 王城執務室、山積みの書類に目を通しながらノブユキ様は頷いた。

 前世ではユキムラちゃんの実の兄…天下泰平後を託されただけあって彼女の政務能力は尋常ではない。

 二年経った今でも日々噴出する新統治体制の問題点を前世の経験と直感で都度スピード解決し続けている。

 その名宰相ぶりはすぐに王都に知れ渡り、戦乱末期に召喚されたにも拘わらず民たちに広く親しまれて好感度が高い。

 お陰で王都の問題はほとんど解決したと言っていい。これからは統治範囲を広げ、各地の政情を中央と一体化していく段階だ。

 …尤も、それを上手く進行させるためにも各地の反抗勢力の抑えは必要不可欠となる。


「…ゾーリッジの不穏な動きは囮であろうな…」


 ノブユキ様と同じく、山積みの書類を処理しながら陰気にぼそりとカンベエが呟いた。

 新統治体制にて政務を任されたのがノブユキ様であるならば軍務を任されたのがカンベエだ。

 彼女は再編成された《皇帝の剣》の総司令として、各地の不穏分子に目を光らせている。

 かつて前世ではその才ゆえに天下人秀吉に遠ざけられたと聞くカンベエだが、リーデ様にとってはお構いなし。

 使える人材を野に放っておく理由などないと、乗っ取られる危険性も考えず軍権のほとんどをカンベエに委譲してしまった。

 だがそれでもカンベエは謀反などを企んでいる素振りはない。見かけによらず忠実に己の役割を全うしている。


「カンベエ殿、囮と言うのは…?」

「…ゾーリッジ公は狭量にて小心、王都と事を構える気概などない…我らが怪しむよう仕組んだ者がおるのだろう…」

「ほう…それはつまり…?」

「―――…それを調べ上げるのがお主ら『赤狼』であろう、横着するな…」


 ちぇっ…さすがに楽をさせては貰えないか。

 カンベエの陰気なジト目に肩をすくめると、傍で聞いていたノブユキ様が思わず苦笑した。

 それにしても二人の仕事量は毎日尋常ではない。優秀な大臣や文官を揃えても二人が統治の中核であることに変わりないのだ。

 せめてあともう一人、この激務を負担できる者がいれば…―――


「…ハンベエ殿が手伝ってくれれば良かったんスけどねえ…」


 俺が軽くぼやくとカンベエはふんと鼻を鳴らした。

 あの戦いの後、ハンベエも新体制の柱として組み込まれる予定だったが俺たちの隙を突いて遁走。

 『藤吉郎さんの子孫による天下惣無事の国、いずれ完成することを楽しみにしています』等と伝言を残し雲隠れしてしまった。

 結局ハンベエの心はリーデ様やカンベエでも捕まえられなかったということだ。本当に掴み所がない“転生者”である。

 西部諜報担当の話では西部のノミル山の庵に戻って村の子供たち相手に手習所を開いているのだとか…

 リーデ様はそれを無理矢理連れ戻すということはなさらなかった。


「…ハンベエ殿は前世からそういう性格だ…いくら優れた才覚があれど心が伴わねば無意味…」

「無い物ねだりせず、在る物だけで戦っていくしかあるまいよ…なあ、トビー」


 カンベエとノブユキ様は既に諦めて各自眼前の問題解決に専念。

 俺は一礼すると執務室を後にし、再び諜報部に戻るべく歩き出した。



 ◇



「お、トビーじゃないか!久しぶり!」


 諜報部に戻る途中、中庭に面したテラスを通過した俺はおよそ一年半ぶりの顔ぶれと再会する。


「ロミリア様!ヴェマさん!リカチさん!三騎士公の皆さん、お戻りになられてたんですね!」

「ああ、自分たちの領の情勢の中間報告にね」

「それよりもよ…オイ!その騎士公っていうのはよしてくれ!未だに慣れねえ!」


 ヴェマが迷惑そうに手を振って否定…どうやらまだ領主の身分には慣れていないようだ。

 天下一統後、彼女たちはリーデ様の命によってそれぞれ北・南・東の各地方に領地を任され公爵となった。

 元々騎士であったロミリア様はさておき、ヴェマとリカチはそれぞれ山賊と猟師から身を興した類稀なる立身出世。

 当然、最初期からリーデ様に仕えた功績もあってのことだが他にも理由はある。

 統一したとはいえ未だに不安な各地の情勢、タイクーンの代わりに睨みを利かせる腹心たちが必要なのだ。


「…で、皆さん上手くいってるんですか?」

「んー…北はまぁ、ぼちぼちかな…剣神さんも大人しくしてくれてるし…」


 まず、マイペースに答えたのはリカチだ。

 この二年で北部地方は剣神によって滅びかけていた以前とは比較にならないほどの変化を迎えた。

 ほんの数年前まで極北に追いやられていた獣人たちも今ではすっかり馴染み、最近は王都でも良く姿を目にするようになった。

 そしてその獣人たちを今も纏め上げているのが、あの戦いを生き延びてもはや扱いが現人神と化した剣神だ。

 極北のカスガ山城に戻った剣神は生ける武神として君臨し、今も闘技大会や狩猟祭などを開催…武の頂を目指し続けている。

 それが大陸全土の戦士たちのあこがれを生み、腕に覚えのある者はこぞって北の大地を目指す現象を生んでいるのだ。

 リカチはそんな剣神軍団が暴走しないように北部連合を取り纏めて監視しつつ、北部地方の繁栄に尽力している。


「南は御存じの通り…食えねえ商人どもがまだハバ利かせてやがる」


 続いてヴェマが面倒くさそうに吐き捨てた。

 海賊連合壊滅後、南部地方は商人たちが力を取り戻し始めた。

 それは決して良いことばかりではない。商人たちの中には戦によって利益を得ていた者たちも数多くいる。

 そういった者たちが先もカンベエが言った通り、再び戦乱の世に仕立て上げようと暗躍し続けているのだろう。

 ヴェマの役目は南部連合のテルモト、イエヒサと協力して戦乱の火種が拡大化する前に排除することだ。

 智将のテルモトに猛将として武名を轟かせるヴェマとイエヒサのタッグ…商人たちもそうそう迂闊な真似はできまい。

 ちなみにあの戦いで重傷を負ったテルモトとイエヒサだが回復魔術により今ではすっかり完治。

 『今度は戦場いくさばで死にたかったが難しいもんじゃな!』等とイエヒサが笑っていたのが強く印象に残っている。


「東は一時に比べれば随分と大人しくなったさ…完全に、というわけには未だいかんがね」


 最後はロミリア様。一番の激戦区である東部地方に自ら望んで任されたのがこの方だ。

 徳川が滅んでも東部地方には呪術教団の残党が数多く潜伏、奴らもまた再び戦乱の世を招かんとテロ行為を繰り返している。

 ロミリア様の役目は旧ジークホーン領に戻ったシンクロウ殿、そして風魔忍軍と協力し呪術教団を完璧に壊滅させること。

 大陸最強の死神騎兵…そして悪鬼羅刹の風魔忍軍による残党狩りは苛烈を極め、敵味方共々に畏怖の代名詞として語られるほどだ。

 二度と戦乱の世を招かぬようにするためにもそれほどまでの徹底的な殲滅が必要不可欠。

 ロミリア様はそれを承知の上で、戦禍の残り火の最前線である東部地方への配属を自ら志願したのだ。

 尤も、呪術教団の首魁であるカシンは今も瓢箪に囚われたまま…王城の地下深くへと封印された。

 核を失った呪術教団がこの世から姿を消すのはそう遠い話でもあるまい。


「しかしまぁ、一応天下泰平に向けては順調ってことッスかね…」

「そりゃそうだろう…オレも最近じゃすっかり槍握ってる時間より筆握ってる時間の方が長くなったぜ」

「アタシも、弓の腕がすっかり衰えちゃってさ…最近触ってるのは専ら算盤だよ」

「そろそろ我々も変わるべき時が来たのかも知れないな…―――…結婚などは考えていないのか?」

「はぁ…?ンなもん考えてる暇があるかよ…っつーかまず周りにロクな男がいねえ」

「右に同じ…そう言うロミリア殿はどうなのさ」

「フフフ…いると思うか?町を歩けば老若男女皆怯えて震え上がるこのロミリア=カッツェナルガに…」


 意気消沈。重い重い溜息が三者の口から吐き出された。

 この空気はまずい…話題を変えるべく俺は愛想笑いを浮かべて切り出した。


「そ、そういえば西部地方はどうなんでしょうね!俺たちの故郷は!」

「…ああ…そういえばナルファス殿が正式に領主となったのだったな…」


 そう、旧ヨルトミアはずっとリーデ様の留守を任されていたナルファス様がそのまま領主として統治することになった。

 弟のサルファス様も精強な騎士団を纏め上げて補佐をしている。あの兄弟に任せておけば何の問題もないだろう。

 王都がヨルトミアの名を冠すると同時、俺たちの故郷は現在はガオノーへと名を変えることになった。

 しかし名が変わったとてあの長閑な空気が変わることは無く、たまに帰郷しても相変わらずのんびりした時間が流れていた。

 西部地方はガオノー、オリコー、ハーミッテ、フォッテ、イルトナの五領で大陸一の平穏な空気を守り続けているようだ。


「そして、リシテン教はついに大陸全土への布教が認められたのです」

「おお…司教殿…―――いや、今は大司教殿だったな」


 俺たちが懐かしの故郷の風景に思いを馳せていると、立派なローブに身を包んでやってきたのはシア様。

 初代タイクーンによって布かれたリシテン教の弾圧令が新たなるタイクーンであるリーデ様の名において撤回され、いよいよ布教が認められた。

 手始めに王都ヨルトミアへと建設されたのが本拠地となる大教会…巨大な女神リシテン像の置かれた荘厳な建築物だ。

 そこには武神ユキムラ…乱世終結の英雄として祀られたユキムラちゃん像があることも俺たちは知っている。


「…アイツが武神ねぇ…どう思い返してもそんなタマじゃなかったよな?」

「うん、やっぱり神様ってのは美化しすぎだと思う」

「うむ…なんとなく悪魔の方が似合っている気がするな」

「あ、貴女がた!なんという罰当たりなことを申されるのですか!ユキムラ様はこれより長い信仰を経て神となられるのです!」


 口々に感想を言う三騎士公にシア様は憤慨、信仰の大切さを説くお説教を始めた。

 ともあれ、この新生ヨルトミアはそんな体制になっている。ゆるやかにあるべき形へと変わり続けているのだ。

 ただ、そんな新しい国に収まりきらない者たちもやっぱり居たわけで…―――



 ~~~~~~~~~~~~~~~



「ぶぇーっくしょいッ!!」


 セーグクィン大陸から遠く離れた海上…

 大きく帆を広げた外洋航路船の甲板の上で眼帯の少女…マサムネが大きくくしゃみをする。

 それを見、マストに背を持たせかけて手の中の鉄砲を弄るバンダナの少女…マゴイチが軽く眉を上げた。


「なんや伊達、風邪かいな?」

「バカ言うんじゃねえ!このマサムネ様が風邪なんか引くかってんだ!」

「せやろな、アホは風邪引かんって言うし…」

「どういう意味だコラァ!」


 つっかかるマサムネに意地悪そうに笑うマゴイチ、静かにそれを眺めながら茶を点てるリキュー。

 三人の“転生者”が船の甲板で思い思いの時を過ごしていた。

 改めて切り出したのはマサムネだ。


「にしてもお前らよォ…せっかくタイクーンの下で重要な役職につけそうだったのに何故こっちに来たんだ?」


 問いかけに、軽く肩をすくめてマゴイチが答える。


「戦乱が終わってもうたら傭兵は商売上がったりや、リーデさんの国にウチらの居場所はあらへん」


 続いてリキューが静かに笑った。タイクーンの相談役推薦を断っての出国だ。


「あの地では十分に侘茶を広めることができました…ならば、次は新天地にて普及を目指す所存…」


 二人の返答を聞いたマサムネはククク…と喉を鳴らして笑う。

 そう、彼女らは全員セーグクィン大陸から遠く離れた新たな大陸目指して旅立った一団。

 名目上はヨルトミアから別大陸への調査団ということになっているが、そんな器に収まる気はさらさらない。

 捨てきれぬ野心を抱えて、新天地で各々の野望を果たすべく旅立った向こう見ずの挑戦者たちだ。


「ったくしょうがねェ連中だなあ!まとめてこのマサムネ様が面倒見てやろうじゃねえか!」

「余計なお世話や、新大陸に着いたらウチらは好きにやらせて貰うで」

「ええ…誰が一番最初に身を立てられるか、競争と致しましょう…」


 我の強い三人がそれぞれにバチバチと火花を散らす中、マストの上で遠眼鏡を覗いていたイズマが声を上げる。


「見えましたぜ!南方に島影!―――…結構でけえ!」

「何ッ!!」


 マサムネはこうしてはいられないと船首へ疾走。

 自前の遠眼鏡を覗き込み、新たな大陸の存在を自らの眼で確かめる。

 あれが新天地…新たなる天下だ。今度こそ独眼竜が天に舞い昇るための舞台。

 希望と好奇心に胸を高鳴らせながらマサムネは吼える。


「今度こそオレ様は勝ち上がるぜェ!“転生独眼竜”マサムネちゃん、第二部開始だァ!!」



 ~~~~~~~~~~~~~~~



 …まぁ、マサムネたちに関してはこんな感じで元気にやっているだろう。

 くどくどと続くシア様のお説教を適当に聞き流していると、不意にドタドタと足音が聞こえてきた。

 怪訝に目をやると慌てて走り回っているのはトウカ…カンベエの指揮下、新たな《皇帝の剣》を率いる十将の一人だ。

 百戦錬磨の女将軍が一体何を慌てているというのか…―――


「ああっ!み、皆さん!お集りでしたか!」

「ど、どうしたんスかトウカ殿…もしかして大規模な叛乱とか?」

「い…いえ、そういう訳ではないんですがッ!そのう…」


 声を潜め、トウカが顔を寄せてくる。


「女王様が…その…行方不明になりまして…」


 一瞬の間。


「「「な、何だってぇーーーーーーッ!?」」」



 ◇



「あら、遅かったわねトビー」

「…こ、こんなところで何やってんスか…探しましたよ…」


 女王リーデ=ヒム=ヨルトミア様は俺の部屋…諜報部の執務机に座って寛いでいた。

 そう、女王…女王となったのだ。天下一統後、リーデ様は皇帝陛下と婚姻を結ばれて王位を譲り受ける。

 これによってタイクーンは再びこの大陸の支配者と同義になり、初代タイクーン以来の権威を取り戻した。

 およそ七歳差の年の差婚であったが異を唱える者はほとんどいなかった。元皇帝陛下がリーデ様に惚れこんでいたという所が大きいだろう。

 皇帝の座を下り王配となった元皇帝陛下は肩の荷が下りたかのように今ではのびのびと公務に精を出されている。

 尤も、尻に敷かれているのは間違いない。奔放なリーデ様に振り回され、未だお若いながら苦労される様がよく見受けられる。

 だが幸せなのもまた間違いない…何せツェーゼンやケイン、多くの男たちを惑わしてきた美貌のリーデ様だ。男としては冥利に尽きる…


「何をスケベなことを考えているのかしら」

「あ痛だぁッ!!」


 デコピン。

 目を閉じて回想に浸っていた俺は痛みにより一気に現実に引き戻される。

 眼前では呆れた表情でリーデ様が氷の視線を俺に向けていた。この方は女王になっても本当に変化がない。


「それよりもトビー、連れて行って欲しいところがあるわ、準備なさい」

「えっ、俺ッスか…?それなら護衛の者を集めませんと…」

「バカね、それが面倒だからこうしてお忍びで来ているのよ、護衛は貴方だけ…いいわね?」


 背中に氷の塊を投げ込まれた感覚を覚える。

 この大陸全土を支配する女王が俺一人を伴って何処かへ…?何かあれば全部俺の責任…?

 仮に今も活発に活動している反抗勢力にハチ合わせたら全てが終わりだ。また戦乱の世に逆戻りしてしまう。

 だがリーデ様は有無を言わせる気はない。こうなったら例えアトラスがテコを使っても動かすのは不可能。

 一体どこへ行こうというのか…俺は恐る恐る問いかける。


「い…一体どこへ行かれるおつもりなんですか…?」


 リーデ様は僅かに目を伏せ…ぼそりと呟いた。


「東部地方…ユキムラが最後に戦った場所よ」


 脳裏にあの時の記憶が蘇ってくる。

 俺の身体を使い、ユキムラちゃんは家康を討ち果たした。そして俺に身体を返還して黄泉に還っていったのだ。

 二年前までの戦いの日々が鮮やかに瞼の裏に流れ去っていく。あの頃はいつも傍にユキムラちゃんがいた。

 そうか、気付けばあれから二年も経っていたのか…時の流れは早いものだ。

 リーデ様は俺の目を見据え、改めて命じる。


「一度見ておきたいの…お願い、連れて行って」

「承知しました、行きましょう」


 思わず俺は了承の返事をしていた。

 リーデ様はどこか安堵したように嘆息すると、諜報部の奥へとすっこんでいった。

 数十分後…目立たない格好に着替えた俺たちは出立。密かに手配した馬車へと向かう。

 馬車の前では一人の人影が待ち受けていた。


「行くな、と言っても無駄なのでしょうね…」


 今も昔もリーデ様の傍に仕えている…女王騎士隊長のラキ様だ。

 バツの悪そうな顔をするリーデ様にやれやれと頭を振り、意外にもあっさりと道を譲る。


「トビー殿、命に代えても絶対にお守りしてください、何かあったではすまされませんからね」

「りょ…了解ッス…!」


 俺に凄むラキ様の目からは迫力と同時に俺に対する厚い信頼を感じる。

 これを裏切るわけにはいかない。俺は張り子のようにカクカクと大袈裟に頷いて返した。

 次いで、ラキ様がリーデ様を見る目はどこか優しい。


「リーデ様、何卒お気をつけて…どうかお気の済むままに」

「ありがとう、ラキ」


 成る程…ラキ様はとっくにリーデ様の心の内に気付いていたわけか…

 そして俺たちはラキ様に見守られながら王都を出発、たった二人で東部地方・ガハラカーン平原へと向かう。

 目指すは平原の東南方…誰が建てたのかもわからぬ小さな社。あれ以来訪れる機会はなかったが、今も残っている筈。



 ◇



 戦いの衝撃でボロボロになった社はあの時のまま…時が止まったかのように静かに鎮座していた。

 リーデ様をエスコートしながら石段を上り切った俺は、あの日のあの光景を再び思い返す。

 ここで俺たちの旅路は終止符を打ったのだ…今となっては随分と昔のことのように思える。


「あの時は悪かったわね、叩いたりして…」

「へへっ、激戦の後で踏んだり蹴ったりでしたなあ!」

「意外と根に持ってるのね…陰湿な男はモテないわよ」


 あの戦いの後…本陣に戻り、ユキムラちゃん討死を報告した時…リーデ様は俺を殴った。しかもグーで。

 そして子供のように声を上げて泣いた。人形姫と呼ばれていた頃からですら想像もできない泣き方だった。

 リーデ様の涙を見たのはそれが最初で最後…一通り泣くといつもの凛とした御姿に戻り、そして女王になられた。

 俺は当時の光景を忘れることはできない。女王の顔と子供の顔…どちらが本当のリーデ様なのだろう。


「…天下が手に入って、本当に色んな物が私の物になったわ…この大陸のありとあらゆる物が…」


 ぽつりと、リーデ様が語り始めた。俺は黙してその言葉に聞き入る。


「でも…一番欲しかったものは結局手に入らなかった…ままならないものね…」


 リーデ様が一番欲しかったもの、それはやはりユキムラちゃんのことだろう。

 天下一統の瞬間を…夢が叶う瞬間を共に味わいたいパートナー、それがユキムラちゃんだった筈だ。

 何故ならばリーデ様が天下人になるという夢はリーデ様一人のものではない…

 あの日ヨルトミア城の玉座で、ユキムラちゃんがリーデ様を唆したあの瞬間から二人の野望になっていたのだ。


「踏ん切りをつけたつもりだったけど…やっぱり貴方がいない天下は味気ないわ、ユキムラ」


 天に向けて呟いたリーデ様へ俺はかける言葉を持たない。

 いくら望めども、もう“転生者”は召喚できないのだ。国が一つになってしまったのだから。

 全てを望んだ強欲の姫君は全てを手に入れる過程で大切なものを一つ落とし、今も埋めようがない空虚を感じ続けている。

 なんとも皮肉な物語だ…もし神が書いた筋書と言うのならそいつは果てしなく性悪なのだろう。

 行き場のない感情が腹の内をぐるぐると渦巻き、俺は大きく仰け反って天を仰ぐ。


「神様のバ―――………?」


 神様のバカヤロー!

 そう天に向けて叫ぼうとした瞬間だ。遥か上空…小さな点を見つける。

 あれは何だろう…見間違いかと思ったがリーデ様も怪訝な顔で上空を見上げている。見間違いではない。

 その点は加速度的に大きくなり…やがて遥か遠くから聞き覚えのある悲鳴まで聞こえ始めた。


「うわあああああーーーーーーーーーーーッ!?」


 落ちてくる。懐かしい白髪頭が、遥か上空から落ちてきている。

 混乱と驚愕と歓喜とその他諸々ごちゃまぜになった感情が爆発しかけたのも束の間、このままではまずい!


「“サスケ”!!」

「了解ッ!!」


 リーデ様が呼んだのは懐かしい名だ。

 俺は炸薬に弾かれたように境内の高い樹に駆け上り、ひとつの忍具を取り出し枝から枝へと飛び移っていく。

 やがて柔軟かつ頑丈な大魔蜘蛛の糸が樹々の合間…白髪頭の落下予測地点に巨大なネットを形成。

 遥か上空から落ちてくる位置エネルギーがどれほどのものか予想できない。しかし理論上は受け止められる筈だ!


「ユキムラちゃん―――――ッ!!」

「サ、サスケェ――――ッ!!」


 数秒後、衝撃によって巻き起こった突風が境内を吹き抜けた。

 魔蜘蛛糸の粘着性で絡め取られたその小さな影は、何度か地面スレスレで跳ね上がりと落下を繰り返した後に沈黙。

 やがてネットがバウンドを止めるとぴくりとも動かなくなってしまった。


「ユ…ユキムラちゃん…?」


 恐る恐る声をかけると、白髪頭がもぞりと動く。

 生きている!思わず助け起こすと、ひどく懐かしい…けれど馴染み深いあの顔が弱々しく笑った。

 ユキムラちゃんだ…!本当の本当にユキムラちゃんだ!


「ユキムラちゃ―――」

「―――うごぉぉ!おげぇぇっ!!」

「うわああ!?き、汚ねえーーーッ!!」

「し、仕方ないじゃろ…あれだけ振り回されたら…げぇぇ…っ!」


 それは分かるが感動の再会が一気に台無しだ…

 俺はゲロを吐きまくるユキムラちゃんの背中を摩りながら、ふと背中に笑い声を聞く。

 振り返るとリーデ様が笑っていた。心底おかしそうに腹を抱えて爆笑していたのだ。


「あはっ!あはははっ!!ユ、ユキムラ…貴方ってば凄い顔!あははははははっ!!」

「わ、笑わんでくだされリーデ様…せっかく生き返ったのにまた死ぬかと思ったのですぞ…」


 恨めしげに見遣るユキムラちゃんに、リーデ様の笑いは治まらない。

 こんなに笑うリーデ様を見たのは初めてだ…俺も釣られて笑い、やがてユキムラちゃんも笑い出した。

 バカみたいな笑い声が三人分、閑静な境内に響き渡る。それらはしばらく止まることは無かった。

 やがてひとしきり笑った後…少々バツが悪そうにユキムラちゃんが切り出した。


「…今更ですが…約束を果たしに帰参いたした、リーデ様」

「まったく…天下一統の瞬間には大遅刻よ、ユキムラ」


 そう言葉を交わして二人はまた笑う。

 一体どういう原理で帰って来れたのか…そもそも何故遥か上空から落ちてきたのか…

 気になることは沢山ある。話したいことも沢山ある。しかしユキムラちゃんが帰ってきたのは紛れもない事実だ!

 きっと皆も驚き喜ぶだろう…誰もがいつか帰ってくるだろうと待ち望んでいたのだから!


「さて!遅れた分は働きで取り戻しましょう!お困りのことはないか?何でもお申しつけくだされ!」


 意気揚々と言い放ったユキムラちゃんに、俺とリーデ様はその言葉に思わず顔を見合わせる。

 天下平定されたからと言ってもやらなければいけないことは未だに山積み。人手なんていくらあっても足りることは無い。

 内政に軍備、反抗勢力の抑えに各地の情報収集…例を挙げ始めればキリがない。


「言ったわね…言ったからにはさっそく働き倒して貰うわよ、黄泉帰り直後だからって容赦しないんだから」

「そうそう!ンなこと言ってたらさっそく困りごと言っちゃいますからね!」


 その言葉にユキムラちゃんは薄い胸を張り、トンと軽く叩いて即答する。


「おう!万事このユキムラちゃんに任せておけいっ!」


 時期は初夏、じぃじぃと遠くに蝉の声が聞こえる。

 蒼く晴れ渡った空の下、転生軍師ユキムラちゃんはにやりと不敵に笑って見せた。



【転生軍師!ユキムラちゃん 完 】

ここまで読んでいただきありがとうございました。転生軍師!ユキムラちゃん、これにて完結となります。

処女作ながら凄まじく長編になってしまい色々とっ散らかったりライブ感でプロット通りにいかなかったり創作の難しさを存分に痛感致しました。

しかし作品はかなり面白くなったのではと思っております!半年間メチャクチャ頑張りました!どうでしょうか!

そして頂いた感想には大変励まされ創作の原動力となりました。今までロクに返せず申し訳ありませんでした!これからはお返事を返していこうと思います。

一応完結とはなっていますが今後もユキムラちゃんたちのお話は続いていきます。短い続編や番外編も考えてたりします。

その時は是非また読んでやってくれると感謝の極みです!どうぞよろしくお願いします!

では、重ね重ねここまでお付き合いいただきありがとうございました!

またどこかでお会いしましょう!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます! 長編処女作の執筆、本当にお疲れ様でした。 転生者の豊富さと現地人キャラの多彩な魅力が本作の魅力を引き立てていて、倦む事無く楽しめました♬ [気になる点] サイゾ…
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