第百九話 戦いは終わらない!の巻
『ありがとう…本当にありがとう…異世界の英傑の魂よ…』
上も下もない狭間の空間を漂っていたわしはいつか聞いたその声を再び聞く。
ふと意識を向ければ一人の女の姿がそこに浮かび上がった。シア殿の教会で見た女神像そっくりだ。
わしはこの女を覚えている。黄泉を漂っていたわしを異世界に招いた張本人…
「…女神リシテンか」
『はい…我らの子を救っていただきありがとうございます…ユキムラ様』
しかし腑に落ちぬことがある。
女神リシテンとはカシンが異世界において作り上げた偽の宗教の筈…
それに一体何故本物の女神が存在するというのか…未だにその謎は解明されていない。
そもそも漠然と捉えてきたが神とは何だ、一体如何様にして信仰が生まれるのか…
『私、リシテンは実は生まれたばかりの女神なのです…』
わしの疑問に答えるようにぽつりぽつりとリシテンは語り始めた。
かつてタイクーンの魔術排斥運動を逃れて遠い西方の地…ヨルトミアへと逃れた神官がいた。
その名はシア殿の祖母、シユ=カージュス…彼女はそこでリシテン教復興のための密かな活動を始める。
だがその活動は前途多難。聖典も徹底して焚書されたため教義もうろ覚え、独自解釈でヨルトミアの地に伝えられていく。
そうして本来のリシテン教とはまったく別物になったヨルトミア版リシテン教から彼女は生まれたのだという…
「ちょ、ちょっと待て!神というのはそんなに簡単に生まれるものなのか!?」
『想いの力…その強さは貴方も実感してきたことでしょう…、神という存在はつまり想い…信仰の集合体…人の数だけ生まれ得るのです』
「…ど、どういうことじゃ?」
『混乱させて申し訳ありません…私は女神リシテンですが、女神リシテンのうちの一人ということです』
同じ女神と言えど信仰の内容が変わればその数だけ女神が生まれる。
タイクーン以前に強大な力を持っていた女神リシテンもいれば、呪術教団の信仰する邪悪な女神リシテンもいる。
彼女はその中でも新顔も新顔…西部地方の土着信仰として生まれた小リシテンだ。
「つまり愛しい子らを救ってくれというのは…」
『ええ、ヨルトミアが亡びてしまえば私としても死活問題でしたので…』
「意外と俗な理由じゃったのう…」
てっきり乱世にあえぐ大陸の危機とか“転生者”による世界の危機とか…そういうものがあったのかと思っていた。
しかし何のことはない、その実態は援軍要請のようなものだ。結果的に乱世は治まったが彼女の意図することではなかったのだ。
尤も、そんなことを今更追及する気もない。何せ悔恨の念に苦しむわしを救ってくれたことに変わりはないからだ。
「リシテン殿、改めて感謝いたす…とても良き第二の人生を送れた…」
『礼を言うのはこちらです…―――それで、ユキムラ様にひとつご提案があるのですが…』
「ふむ…?」
『ユキムラ様も神として、ヨルトミアを見守って頂けませんか…新たな信仰の形が生まれつつあるのです』
彼女が虚空に映し出した映像を見れば、最後の戦からどれくらい経ったか…王都に立派な教会が建てられる最中だった。
そこに飾られる女神像は目の前の小リシテン…そしてその横に見覚えのある小さな子供の像があった。
「こ、これは…!?」
『武神ユキムラ像です』
なるほど、シア殿の仕業か…
無茶苦茶恥ずかしくなってきたが納得がいった、わしも信仰を得て神になろうとしているのだ。
だがこれであの世界に干渉…直接的に変化を加えることはできないまでも見守ることは可能になる。
この小リシテンと共に皆の生き様を見届けるのも悪くはない…
『どうでしょうか?』
「…相分かった、わしもお主と一緒に…―――」
「否!!しばし待てい!!」
野太い声が響き渡る。
一体何者…わしは小リシテンに目を向けるも彼女も不安そうに首を横に振るのみ。
声の主は大股歩きでずかずかと現れると、驚くわしにお構いなく胸倉を力強く掴み上げた。
「とっ、徳川家康!?何故ここに!?」
「儂も神だからだ!!」
異世界で討ち果たしたはずの家康だ。
家康は怒りに燃える目でわしの目を覗き込み、必死に止めようとする小リシテンを突き飛ばして怒鳴った。
「そんなことより真田よ!!貴様、ここで何をしておるかっ!!」
「いや…何って…役目を終えたのでわしも隠居して神になろうかと…」
ぶつん…何かがキレる音が聞こえた。
「喝ぁぁぁーーーつ!!」
黄泉を震え上がらせる怒号が響き渡る。
わしの胸倉を掴み上げたまま、怒りに燃える家康は説教を始めてしまった。
「よいか!天下を取るだけ取って後は他者に丸投げなど役目を終えたとは到底言えぬ!」
「真の課題はその後!未だに戦乱の火種の残る天下を如何にして統治するかであろう!」
「それが難しいのだぞ!戦に勝つだけではない!戦を起こさぬように尽力せねばならぬ!」
「天下を取った者には…そして関わった者にはその責務がある!それを投げ出すなどと言語道断!」
「これまで貴様のやったことは決して天下の平定ではない!武力を以ていたずらに天下を騒がせただけよ!」
そうだ!とか、反省しろ!とか、これだから若造は!などと野次が聞こえる…
気付けば周囲に徳川十六神将が現れ口々にわしを非難していた。この者たちは暇なのだろうか。
とにかく、つい此間まで敵対していたがここまでされる謂れはない!わしは家康の手を払って睨みつける。
「今更言われてももはやどうしようもなかろう!わしはあの世界でも死んだのだから!」
その言葉に家康はカッと目を見開くと負けじと再びわしを怒鳴りつけた。
「ならば生き返れい!!」
唖然…その不意を突かれ、今度はわしの首根っこを徳川四天王…本多忠勝が掴み上げた。
家康がぱっと手を振るうと彼はわしの身体を高く高く持ち上げる…いやまさか、これは―――
「東照大権現の力を以てすれば貴様一人生き返らせることなど造作もない!」
「つ、つまり…それはその…」
「今度は天下一統後の世をちゃんと統治し、責務を全うして死ね!わかったな!」
ぐぐぐ…と本多殿の身体が大きく反る。
いや、生き返るにしてもこれはちっとばかし乱暴すぎやせんか…?
わしは救いを求める目で本多殿を見遣ったが、返ってきたのはニヤッとした悪戯っぽい笑みだけだった。
「つーワケだ、俺の娘婿殿にもよろしく―――…なッ!!」
そして、投擲。
「うわあああああーーーーーーーーーーーッ!?」
剛力で投げ放たれたわしの魂はまるで鉄砲玉のように黄泉を突き抜け、流星と化して世界の壁を突き破る。
『ユ、ユキムラ様ーーーーッ!!』
「まったく…世話を焼かせおって…」
遥か遠く…飛んでいくわしを唖然と見守る小リシテンと、不機嫌そうにぼやく家康の姿。
家康は不機嫌そうには見えたものの、どこか口元には爽やかな笑みが浮かんで見えた気がした。
ひょっとしてこれは家康なりの応援なのだろうか…わしは改めて、敵ながら天下人の器の大きさに尊敬の念を覚える。
認められ、託されたからには努力せねばなるまい…戦しか知らぬわしだが、やれる範囲で天下泰平のために尽くさなくては。
しかし…―――
「―――さて…どう着地したものか…」
遥か天高くから落ちながら、わしは腕組みして思考する。
地上に到達するまでに考えねばなるまい…そもそもこれ、ちゃんと知ってる場所に向かっているのだろうか…―――
【第六章 終 エピローグに続く】




