第百八話 ユキムラちゃん、ありがとうの巻
『おおおおおおッ!!』
ガハラカーン平原から南東方にある神社の境内…
相対する家康は咆哮を上げ変貌…巨大化した肉体がさらに三面六臂の人外じみた姿へと化す。
あれが神、東照大権現…神権を全て解放した姿。奴は腕の一本に魔力を集中させ、無数の雷電球を解き放った。
ひとたび直撃すれば魂ごと消し飛ぶような光弾の雨嵐…だが、今のわしには恐れる物など何もない!
「いくぞ…サスケ!」
小さく呼びかければ内なる魂が呼応する。
わしは内側から湧き出る力の手綱を握りながら軽く調息…目を見開いて光弾の嵐へと飛び込んでいく。
いくら物量で攻めようと狙いのない攻撃など避けるに容易い。活路は前に在り、わしは小さな体躯を活かし合間を縫って跳躍。
瞬時にして東照大権現の間合いへと到達すればやつは驚愕に目を見開いた。
その隙は逃さない…十文字槍が一閃、雷電球を放っていた腕の一本を斬り飛ばす。
『ぬうううッ!!な、何故だ…!何故そこまで動ける…!』
「ふっ…当然!この身体の持ち主は元々わしと一心同体よ!」
憑依召喚…それは元々ある身体に異なる魂を収める形式上、馴染むのに時間を要する。
かつて魔王ノブナガを打倒したのはその定着までの隙を突いての勝利だ。完全に馴染んでいたらどうだったか…到底勝てなかった筈。
そして家康もまたジークホーン公の肉体に定着するのに時間を要している…だからこそ東部平定後も地固めに労力を割いていたのだろう。
対してわしはどうか…憑依召喚を行ったのはたった今だ。定着などしているはずがない。
だがサスケの身体が、内に眠る魂が、完全にわしの意を汲み自由自在に動いてくれている。言うなれば一心同体の二人羽織!
「加えて忍として鍛えられた肉体!言うなれば馬の性能差じゃあ!」
『くっ…小癪!!』
誰が馬やねん…そんなツッコミが内側から聞こえた気がする。
ともあれ東照大権現の間合いに跳び込んだわしは機を逃さない。十文字槍で怒涛の猛攻を仕掛ける。
敵は一本欠けた五本腕それぞれに義元左文字を始めとする五つの神器を召喚して応戦。
先にも増して激しい剣戟音が、力と力の衝突に震える境内に木霊する。
『おのれ…おのれ真田!一度死したというのに何度も何度も何度も…そこまでして儂に勝ちたいか!!』
地を揺るがす怒号。
大樹の幹の如く巨大な槍が振るわれ、それを柄で受けた十文字槍がまるで小枝のように圧し折れた。
わしは咄嗟に折れた槍を捨てて忍刀と手裏剣にて応戦。サスケの肉体はこっちの方が“動かしやすい”。
軽く笑い、わしは言葉を返す。
「ああ…勝ちたいね、だがそれは真田としてではござらん…!」
『何…!?』
真田幸村として、前世の因縁にケリをつけんとわしはこの戦いに挑んだ。
だが確かに負けたのだ。全身全霊で真っ向勝負を挑み、それでも真田幸村は徳川家康に敗北した。
それはそれで納得がいった…何せわしが黄泉で悔恨の炎に焼かれ続けたのはまだ戦えるという後悔があったからこそ。
後悔が果たされた今、もはや未練はなくなりつつあった…敗北の事実を受け入れて輪廻の時を待つつもりであった。
とんだ大馬鹿者が己の肉体を依代に、再びわしを戦場に連れ戻しに来るまでは…―――
「今のわしはユキムラ!ヨルトミアの“転生軍師”!リーデ様のため…仲間のため…そして馬鹿な家臣のため!」
大槍の薙ぎ払いを飛び越えるように跳躍、同時に投擲。大槍を持つ東照大権現の第一左肩部に手裏剣が突き刺さり炸裂する。
『ぐお…ッ!!』
「ジークホーン公国…改め神国ヒノモト総大将、東照大権現!わしはお前に勝つ!」
わしは気付かぬうちに既に真田幸村ではなくなっていたのだ。
この異世界で多くの者と出会い、前世では見えるはずもない敵と戦い、まるで知らぬ世界を経験してきた。
そうして成長を遂げたわしはかつての真田幸村と同等と言えようか…否、決してそうではない。
今のわしは前世よりもさらに強い…ヨルトミアのユキムラだ!
「徳川幕府がどのような末路を迎えたかは知らぬ…だが前世に縛られ続ける貴様に今のわしは倒せん!」
『どの口が言うかあ―――――ッ!!』
衝撃!衝撃!!衝撃!!!
再び激しい打ち合いが再会すると石畳が割れ、古びた神社が悲鳴のような軋みを上げる。
六本中の二本の腕を機能停止したというのにさすがは神…まるで力が衰えている気がしない。
だが同時に負ける気もしていない。身体の奥底から湧き上がる力はまるで無尽蔵…いつまでも戦っていられる気さえする。
拮抗する戦況に、先に焦燥を覚えたのは東照大権現だ。
『いつまでも貴様如きにかかずらわっておれぬ…!―――…来い、徳川四天王!!』
「むっ…!?」
まずい…増援を呼ぶ気か…!
焦るわしを尻目に東照大権現が二本の腕を己の胸の前に構えて印を結ぶと、空間が歪み次元の門が解放された。
いくら今のわしとサスケでも五対一に持ち込まれればさすがに分が悪い。全員神権持ちとなれば猶更だ。
だが次元の門から増援が出てくることは無い…一瞬の沈黙、それにわしと東照大権現は同時にあることを察する。
『ば、莫迦な…!まさか…討死しただと…?万千代……小五郎……小平太……平八郎もか!?』
やったのか、皆…
激戦の最中だというのに思わず頬が緩む。《皇帝の剣》は神権などに屈しない、真の勇将揃いだ。
同時に東照大権現には最大の隙が生じた。動揺のあまり呆然と立ち尽くす致命的な隙だ。
これを逃す手はない!わしは一気に加速して懐へと跳び込む。
「東照大権現、覚悟!!」
『ぬう!?』
不覚…ハッと気付いた東照大権現だが反応が一拍遅い。
だがすぐに奴は余裕を取り戻した。先の戦い…わしは同じく東照大権現の胸を貫いたが魂器を破壊するに至らなかった。
神の魂器を破壊する武器を持っていない…“そう思い込んでいるのだろう”。
だが、たった一つだけある!神君に刃を届かせることのできる太刀が!妖刀と忌み嫌われた真田幸村の愛刀が!
「来いっ!千子村正ぁッ!!」
右の手を掲げると、そこへ焔と共に召喚されるは妖刀・千子村正!
東照大権現の表情が驚愕に歪む!家康と因縁浅からざるその刀は今、対神特効武器と化す!
全てはこの瞬間のためだ…再び召喚されて以降、この瞬間のために存在を隠してきた奥の手!
ギリギリまで隠し、懐に踏み込んだこの間合いで放たれる突きを躱す術は…ない!
「いけぇぇぇーーーーーーッ!!」
『ぬおおおおおおおーーーーーッ!!』
村正の刃が真っすぐに東照大権現の胸に吸い込まれ、その奥にある魂器の手ごたえを返す。
わしは渾身の力を込めて刀を押し込み…一息に、魂器を貫く。
パキン…
決着にしては、拍子抜けするほどに軽い音が響き渡った。
◇
鋭、鋭、応!!鋭、鋭、応!!
遠く、ガハラカーン平原に鬨の声が響いている…
どちらの軍の声かは考えるまでもない。あの声はよく聞いた《皇帝の剣》…ヨルトミア軍の声だ。
そうか…わしが東照大権現を討ったことで認識操作が解除、生き残った十六神将も消滅し皆が勝利を悟ったか。
わしは安堵して目を閉じる。まだ各地で小競り合いが続いているがそれもすぐに治まるだろう。
これで戦いは終わりだ…リーデ様は見事天下を一統なされ、これからは大陸全土を一国とした統治の時代が来る。
わしの役目もこれで…―――
『―――…ムラちゃん!―――…ユキムラちゃん!』
「はっ!?」
慌てて起き上がる。いかんいかん、危うく勝利の余韻に浸ったまま気絶してしまうところだった。
傍には半透明の…可視化したサスケの魂があった。どうやらわしと一体化していたのが離れつつあるようだ。
このままで居れば、いずれサスケの魂は消滅…わしの魂はこの身体に完全に定着してしまうだろう。
「すまんすまん…この身体を返さねばならんのう…」
わしの言葉にサスケは驚き、慌てて顔の前で手を振った。
『い、いや…良いよ!俺だって覚悟の上で憑依召喚したんだから!ユキムラちゃんはこの先天下に必要な人材だろ!?』
「阿呆を抜かすな、お前とて天下に必要不可欠な存在じゃ…わしが奪っちまうワケにはいかん」
『で…でも…天下が統一されてしまった以上、“転生者”の召喚はもう…―――』
そう、これからはヨルトミアがこの大陸そのものになる。
即ち国の概念が必要な“転生者”は再び国が割れるまで召喚できないということだ。
それが意味することは一つ…サスケに身体を返却したわしはもうこの世界に来ることはできない。今生の別れとなる。
そして残された時間はもう少ない。あと数分もせずにどちらかの魂が黄泉に還ってしまう。
サスケは軽く顔を背け、わしに問う。
『……リーデ様との約束はどうするんスか…天下一統の瞬間、共に見届けるっていう…』
「守れんで申し訳ない…と伝えておいてくれ、わしは常にあの世から見守っておりますぞと…」
『あの人がそんなので納得するわけないでしょう…メチャクチャ怒り狂いますよ…』
「ははは!違いない!そこはまぁ…ほれ、なんとか上手く誤魔化せ!お前得意の話術で!」
『最後まで無茶振りッスね…』
一時の静寂…爽やかな風が、崩壊した境内に吹き抜ける。
そろそろ時間だ。わしは魂器を肉体から切り離しながらサスケへと命じる。
「サスケ…いや、今日でその名前は終わりじゃ…お前は元のトビーに戻れ」
『い、今更ッスよ…そんな…名前なんて…』
「サナダ忍軍は解散、これからは好きに生きよと皆に伝えよ」
サスケの…もといトビーの顔がくしゃりと歪んだ。
無理に付き合わせた真田忍軍の真似事も今日で終わりだ。皆、元の真田忍軍に勝るとも劣らない活躍をしてくれた。
だが彼らは元は異世界の人間、元の名があって元の生活がある…今更ではあるが元鞘に収まるべきだろう。
名もなき奴隷だったサイゾーは…まぁトビーに任せておけば何の心配も要るまい。
「さて、サス…じゃなかった、トビーよ!長らく世話になったな…―――今まで本当に楽しかった、ありがとう!」
トビーは真っ赤な目で此方を見返し、同じく笑った。涙と鼻水でボロボロになったひどい顔だ。
『俺もだよ、ユキムラちゃん…君のことは絶対に忘れない…―――…ありがとう!』
さらば、とは敢えて言わない。
もしかしたら再び…また何かあった時に会えるかもしれない、その気持ちが両者にあったのだろう。
魂がトビーの肉体を離れ、重力から解放されて浮き上がる感覚を感じながら…わしはこの異世界での戦いに思いを馳せる。
(―――嗚呼、本当に良い第二の生だった…これで、これでようやく…)
未だに繰り返される鬨の声が遥か下から聞こえてくる。
わしは心地よい疲労感と解放感を感じながら、天空の光の中へと還っていく…―――
【続く】