第百二話 決着!幸村と家康の巻
「おおっ!!」
「ふんっ!!」
十文字槍と義元左文字が交錯する度、清閑な境内に金属音と火花が散る。
前世で家康と対峙したことは幾度かあったがこうして白兵戦で刃を交えるのは初めての経験だ。
家康は武芸百般に通じるという噂だが、実際に刃を交えて見るとその看板に偽りなし。
少しでも隙を見せれば新陰流免許皆伝の乱れ一つない太刀筋が俺の急所を狙ってくる。
しかも今は若き肉体を手に入れたからか剛力、かろうじて防ごうとも鍔競り合っていればじりじりと押し返されてしまう。
「くっ…隙がねえ…!」
少し離れた位置でいるサスケも構えてはいるものの介入できないでいた。
家康は常に位置を変えてサスケの攻撃の軌道上に俺の背を持っていくように立ち回っている。これでは牽制も不可能だ。
長年で培ってきた老獪な戦術に、未だ神権を使わせていないというのに俺たちは苦境に持ち込まれつつあった。
だが武芸勝負ならさておきこれは戦の場…小綺麗に斬り合っているつもりは毛頭ない。
「―――ここだっ!」
「ぬぅっ!?」
不意を突くようにぐるりと一回転させた十文字槍の柄で狙うのは家康本人ではなく得物…義元左文字の鎬。
意識外の側面からの衝撃によって刀を跳ね上げられた家康の懐が大きく開いた。俺はその隙に間髪入れずに間合いを詰める。
超至近距離に持ち込んだことで不要となった十文字槍を手放し、右手を貫手に構えた。念じれば指先に炎が宿る。
この一撃を以て“転生者”の急所…魂器を抉り出す。俺は鋭い呼気と共に家康の胸へと突きを繰り出した。
しかし…
「甘いわっ!!」
ぐるりと視界が一回転する。
体感時間が急加速し、己が肉体が宙を舞う感覚を実感しながら貫手を躱され柔術…背負い投げられたことを実感する。
空中でゆっくりと落ちながら逆様の視界で家康を見れば、奴はいつの間にやら刀を捨てて弓を構えていた。
その番えた矢はバチバチと音を立てて青白く放電している…まずい!ここに来て武勇強化の神権か!
「幸村様っ!!」
「砕け散れいっ!!」
サスケの悲鳴じみた呼び声とほぼ同時、轟音を立てて光の矢が発射された。
未だ宙を漂う俺は成す術なく極太の光の筋へと呑み込まれ…―――
「“超転生”!!」
轟!!
光に呑み込まれる間際、隠し持っていた二個目の蓄魔晶を使用。消し飛ぶ寸前で肉体を再構築する。
再構築された俺の身体は白髪の先端が陽炎のように揺らぎ溶け、全身からは紅炎が轟々と噴き上がる。
かつて剣神との戦いで使った二段階転生…“超転生”である。
攻撃を無効化しつつ対神仕様に肉体を強化するとっておきの裏技だ。できれば最後まで隠しておきたかったが、やむを得ない。
炎神形態と化した俺に対し、一瞬勝利を確信したであろう家康は腹立たしげに舌打ちした。
「そのような芸も隠しているとはな…つくづく忌々しく鬱陶しい存在よ、真田め…」
「鬱陶しくて申し訳ない…諦めが悪いのが真田の持ち味でござる故…」
仕切り直しだ。
家康は一度放り捨てた義元左文字を拾い上げ、俺はサスケから投げ渡された十文字槍を受け取る。
激しい斬り合いから一転…互いに得物を構えたまま間合いを探り合う静の状況に打って変る。
沈黙の中、先に口を開いたのは家康だ。
「―――…その形態、見るに魂に相当負荷がかかっておろう…」
どうやら神の目にはお見通しであるらしい…
“再転生”は決して便利なだけの術ではない。一度魔力で形成された肉体を分解し再び新しい戦闘用の肉体を作り上げる。
その過程で俺たちの核となる魂器は外殻に幾度もの剥離と被覆を繰り返し、回数が増すごとに次第に消耗していく。
実際、俺の魂器は度重なる“再転生”で摩耗しきっているのを自分でも実感している。
それが多重再転生となる“超転生”となれば魂器にかかる負荷も通常の数十倍だ。この戦を最後に俺の魂器は限界に達するだろう。
だが、それでいい…ここで勝てればもう“再転生”する必要はない。戦う必要がもうなくなるからだ。
「…これが最後の戦なれば、この程度の無茶など承知の上」
俺の言葉に対し、家康は鼻で笑った。
「フン、最後か…―――最後になるはずがなかろうよ」
「何…?」
「あの小娘が…タイクーンが天下一統したところで人は争いを忘れることはできぬ…死すればやがて再び乱世は訪れる」
朗々と語られる言葉には重い実感が込められていた。
その意味は俺も分かっている…一人の手によって治められた天下はその一人が倒れれば終わるということ。
太閤殿下はこの世界に転生しても同じことを繰り返した。初代タイクーンが倒れたことで今の乱世は訪れたのだ。
家康は言葉を続ける。
「故に、天下を治むるは人であるべきではない…―――神だ!不滅の存在たる神が治むることで完璧な天下となろう!」
僅かな違和感が胸を刺す。
徳川幕府が盤石な政治基盤を築いたのは確か…あの大坂の陣の後も末永く続いたであろう。
だがしかしそれは全て人の手によるものだ。人の手によって齎された天下泰平を、果たして家康が否定するであろうか。
もしや、この存在は家康でありながら俺の知る家康ではない…?
「徳川家康、お前は…―――」
「我が人生全てを費やして作り上げた幕府ですら不足であった…時を経て威光は地に落ち、人は乱世を求める…」
そう言い放った奴の目にはもはや俺の姿は見えていないようであった。
僅かな対話の時間は終わり、家康は深く息を吸うと全身に気迫を満ちさせ内包した神権を全解放。
神々しく眩い光を放ちながら次第に巨大化、人ならざる姿へと変貌を遂げていく。
先まで対峙していた家康の面影ももはや消え失せた。今は人知及ばぬ強大な存在が目の前に在るのみだ。
『今度は百年、二百年では終わらせぬ…永劫続く絶対の泰平を!二度と乱世が訪れることのない天下を築くのだ!』
まるで銅鑼が打ち鳴らされたかのような声が響く。
やはりだ…おそらく家康は死後、本当の神…東照大権現となった。
そうなることで天眼通を得た家康は我らが死した遥か先、徳川幕府が倒れ凄惨な乱世が訪れる未来を視てしまったのだ。
悔いた家康はこの世界において理想の天下…自身が永劫の支配者として君臨する天下を築き上げようとしている。
これこそがミツヒデが理想とし、初代タイクーンが否定した永劫の平穏の正体…
だが、そんなものを認めるわけにはいかない。
「所詮“転生者”は異邦人…この世界の形勢はこの世界の者が決めるべきであろう!我らが出しゃばるべきではない!」
『その結果が、地獄のような乱世が幾度となく繰り返されることとなってもか!』
「そうだ!過ちを繰り返しながら人は学び、進んでいく!停滞が平穏の道であってたまるものか!」
だからこそ、死後乱世が訪れると知っていても初代タイクーンは定命の道を選んだのだろう。
それが正しいか選択だったかどうかは分からない。訪れた泰平を無に帰す愚行であったことも否定できない。
だがそれでもたった一人が支配し停滞した天下よりは余程人は生きていたはずだ。与えられるだけの生など何の意味もない。
家康…もとい東照大権現はゆっくりと首を横に振り、鉤爪のように肥大化した腕を掲げた。
『話にならぬ…―――来い、今を生きる事しかできぬ悲しき人よ!』
対する俺は十文字槍を構え、魔力を全解放。
ここで魂器ごと燃え尽きても構わない…たった一撃、神を討つ一撃を放つために全力を絞り出す…!
「ああ、先の弁は我が武を以て証明する…―――真田源二郎幸村…いざ参る!」
一瞬の間を置き、爆ぜるように駆けた。
「うおおおおおおっ!!」
東照大権現の右腕と一体化した義元左文字の薙ぎ払いが迫る。
受ければ魂ごと消し飛ぶような一撃が顔の傍を掠めながらも躱しつつ前進。己が身を死地へと押し進める。
ここで退けばやつはさらなる神権を解放して攻め立てて来るだろう。一度守りに回れば死あるのみだ。
ならばこそ生きる道は前にこそある。再び家康の懐に飛び込み、この槍で魂器を打ち砕く!
『小癪な…ぬぅんっ!!』
「当たるか!!」
今度は左腕が襲い掛かるが其れも寸前で回避。
やつは一つ下手を打った…巨体と成れば膂力こそは増すものの小回りは利かなくなり攻撃が読みやすくなる。
こうなれば先の武芸を駆使して立ち回ってきた方が遥かに難敵だった…今は力を振り回すだけの木偶だ。
まるで当たらなくなった攻撃に東照大権現が僅かに怯む。その隙を俺は逃さない。
両足の下に炎の車輪を形成して加速。残像すら現れる速度でやつの胸元へと一気に十文字槍を突き入れた!
『おおおおおッ!?ば、莫迦な―――!!』
これまで不動であった東照大権現が初めて仰け反って呻く。
骨肉を貫き十文字槍の穂先が手応えを得る。見つけた、やつの魂器…!!
「これで終わりだ!!徳川家康――――ッ!!」
パキンッ…
「な…」
『莫迦な、真似を』
無情な手応えがあった。
やつの魂器を砕くはずの十文字槍が逆に砕け散り、脆くも砂となって消えていく。
最大の弱点である魂器…神である東照大権現はその耐久性も俺たちとはまた別格。
例え“転生者”であっても神の器を打ち砕くには並の武器では不足であったのだ…!
「ゆ、幸村様ッ!!前だあ!!」
「―――…ハッ!?」
一瞬、呆然自失となった俺の隙を家康は逃さない。
サスケの言葉で咄嗟に我に返るも回避が遅れた中、光り輝く右腕が俺の胸を深々と貫通する…!
「ぐあ…あああああッ!!」
『終わりだ、いくら真似ようと所詮貴様は信玄でも昌幸でもない…儂には勝てん!!』
口からゴボゴボと血の奔流が噴き上がってくる。
俺の胸の奥、最大の弱点たる魂器を東照大権現はしかと掴み取っている…!
「ち、畜生…!!畜生ぉぉぉぉーーーーーッ!!」
足掻く!足掻く!!足掻く!!!
寸前まで追い詰めておきながらまた俺は負けるのか…!?
やっとここまで辿り着いたのだ…天下を取る目前までやってきたのだ…だというのに!!
しかし槍を失った…大量に血液と魔力が失われて四肢に力が入らなくなっていく…今の俺にできることは…無い。
『さらばだ、乱世の亡霊よ』
ぐしゃり。
俺の肉体が指先から光の粒子となって霧散していく。
絶望の表情を浮かべるサスケと最後に目が合い…俺の意識は深い闇へと沈み落ちていく。
真田幸村の戦いは、終わった。
【続く】




