第九十五話 決戦迫る!集いし戦士たちの巻
所変わって王都、セーグクィン王城…タイクーンの居室。
東部地方から送られてきた堂々たる達筆で書かれた書の内容を見、リーデ=ヒム=ヨルトミアはフンと鼻を鳴らす。
その書の内容は皇帝陛下を唆し天下を我が物にせんとするヨルトミア公の糾弾、そして《皇帝の剣》解体要求。
従わない場合は全戦力を以て王都を攻め落とし皇帝陛下を救出するなどということが書かれていた。
言ってみればこれは宣戦布告である。今まで睨み合っていたジークホーン…否、徳川側から動き出したのだ。
「ジークホーンを乗っ取った分際でよくもまぁここまで正義面ができるものね…」
「大義名分を示す上で相手を怒らせるのは乱世の常套手段です、どうか本気に取られぬよう」
「怒ってないわ、呆れてるのよ…まあ、天下を我が物にっていうのは間違いじゃないのだけれど」
ハンベエの諫める言葉にもひらひらと手を振って軽く交わしたリーデは書文を無造作にラキに投げ渡す。
自らの目でもその内容を確認したラキは曇った顔で思わず呟いた。
「まさか我々が仕掛ける前に向こうから仕掛けてくるなんて…」
「…徳川家康は慎重かつ深慮…既に此方を完封する戦力が揃ったか…あるいは…」
部屋の中にいるのはリーデ、ラキ、ハンベエ、カンベエ…
唯一晩年の家康を知るカンベエはその胸中を推測する。
「あるいは?」
「…均衡状態に一石が投じられ、動かねばならぬ状況に陥ったか…だろうな…」
東部地方で何かが起こった…そういうことだ。
各々が思考を巡らせ僅かに沈黙する中、控えめに居室にドアがノックされる。
「お話し中失礼します…徳川の偵察に出ていたサスケ殿が帰還しました」
「あら…早いわね、もう敵の弱点が掴めたのかしら」
「いえ、その…それが…タイクーンにお目通り願いたいという者を連れ帰っておりまして…」
「…?」
どこか言い淀む兵士にリーデの頭上に疑問符が浮かぶ。
ともあれサスケのことだ、何の成果もなく帰還してくるということはありえない。
さて、今度はどんなおかしな者を引き連れてきたのか…リーデは好奇心に思わず緩む口元を引き締め直す。
そんな様子を見、ハンベエとカンベエは顔を見合わせて軽く肩をすくめた。
◇
「お初にお目にかかる…ワシは旧ジークホーン公国の“転生者”、前世の名を伊勢新九郎盛時と申す」
王城内部に宛がわれた評定の間。
リーデに対し深々と頭を下げた少女に対し、場に居合わせた“転生者”たちは色めき立つ。
伊勢新九郎盛時、またの名を北条早雲…その存在はこの中では一番年上の剣神よりも遥かに生きた時代を遡る。
一介の素浪人から東国一の大名にのし上がった彼の下剋上が天下に波を起こし、戦国時代が幕を開けた…
言うなれば全ての“転生者”の先駆けとなる存在なのである。
「ゴホン…んん…シンクロウ殿、少しよろしいか?オレ様は伊達政宗と申す者だが…」
ざわめきの中、咳払いしながら一歩前に出たのはマサムネだ。
「良かったら一筆サイン貰えねえか…?」
「ちょ、ちょっとマサムネちゃん!」
「だってサスケお前、北条早雲だぜ!?直接会える機会なんてそうそうねェだろ!」
このように武家は違えども早雲を尊敬するという者は多い。
すっかり“転生者”たちがシンクロウの存在感に呑まれる中、リーデは彼女を真っすぐ見返した。
「それで…《皇帝の剣》の力を借りに来たということは我々に服従するということでいいのかしら?」
まさかの直球発言にその場の全員が思わず息を呑む。
早雲ほどの相手にここまで言い切れる人物はそうそういないだろう…存在を知らないからこその発言か。
否、リーデ=ヒム=ヨルトミアならば例え知っていても同じように訊ねたに違いない。
僅かに呆気に取られたシンクロウはくっくっと小さく笑って頷いて見せた。
「国を追われた今のワシは賊将に過ぎん…国を取り返せるのであれば皇帝陛下、そしてタイクーンに忠節を誓おう」
僅かな間があった。
両者は互いに探り合うように視線を交錯させ、心中を読み合う。
緊迫の沈黙を先に破ったのはリーデだ。柔らかな笑みを浮かべ、言葉を返す。
「徳川を打倒した暁には旧ジークホーン領は貴方に任せます、報酬はそれでよろしくて?」
敵対者に容赦はないが恭順の意を示した者…己の配下に加わった者に対してリーデ=ヒム=ヨルトミアは寛大だ。
その気質を一瞬にして見抜いたシンクロウは迷いなく臣従の道を選んだ。
下剋上を体現する人物だからこそ、人を見る目は鋭く的を得ている。
「寛大な処置、感謝いたす…では改めて我らジークホーン残党、タイクーン様の旗下に加わりましょう」
シンクロウが改めて頭を下げたことで張り詰めていた緊迫した空気がいくらか和らぐ。
同時に一部始終を見ていた“転生者”たちはそれぞれ己の内にある認識を改めることとなった。
前世の格はあくまで前世の物であってここは異世界…異世界には異世界での格というものが存在する。
それをリーデとシンクロウは敢えて立場の差を強調することで周囲に知らしめたのだ。
「いやはや…さすがは我が主君リーデ様、あの早雲公に対しても一切気圧されぬとは…」
参列していた武将たちの中、ユキムラは思わず額に浮かんだ汗を拭う。
続けてその場の全員の視線はユキムラに…詳しく言えばその隣の謎の人物へと向けられた。
言い辛そうにおずおずとサスケが口を開く。
「それで…ユキムラちゃん、その隣の子は…」
「ふっふっふ…よくぞ聞いてくれた、この御方こそは対徳川征伐の切り札となる“仮面転生者卍”!」
仮面転生者卍…
センスも欠片もない名前で呼ばれたのは狐面に赤外套の不審者、背丈はユキムラと同じくらいである。
その謎の不審者は意外と礼儀正しく一礼すると定位置に戻って腕組みした。
リーデは呆れたようにユキムラの顔をまじまじと見つめ、訊ねる。
「…ふざけているの?」
一見、ふざけているようにしか見えない。
リーデからの言葉に慌ててユキムラは手を振って答える。
「い、いえ!滅相もござらん!…しかし正体を今明かすのは得策ではない…どうかご理解頂ければ!」
「ふぅん…まぁ、ユキムラがそう言うのなら疑うつもりはないけれど…」
リーデはそれ以上突っ込むのをやめた。ユキムラの突拍子もない策は今に始まった話ではない。
一体何者なのだ…その場の全員が凝視するがその狐面の不審者はどこ吹く風。一言も発さず佇んでいる。
仮面転生者卍と名乗る以上は“転生者”であることに間違いない。そうでなくばこの土壇場に連れてくるはずもない。
しかし、だとすれば正体を隠す理由が一体どこにあるというのか…
好奇心を抑え切れないマゴイチが絡みに行った。
「仮面転生者卍とやら!タイクーンの御前やで、せめて挨拶のひとつくらいしたらどうや?」
「………」
「あー、ゴホン!それは後ほど個別で行う!お気になさらず!」
ユキムラが割って入り、皆非常に気になるところであるが仮面転生者卍の正体探りは中断された。
近寄ったマゴイチは狐面の奥に隠された狼のような気配に思わず身震いし、それ以上突っ込むことなく口を噤む。
ともあれシンクロウと仮面転生者卍、二人の新戦力を取り込んだ《皇帝の剣》は改めて軍議を開始した。
「さて…徳川方から降伏を促す書文が届いたばかりですが、おそらく相手は既に戦闘状態に入っていると良いでしょう」
ハンベエが切り出し、先ほどタイクーン宛に送られてきた書の内容が各将に回覧される。
傍若無人にして無茶な要求…これを受け入れるとは徳川方も端から思ってすらいないだろう。
現タイクーンの悪事を細かなことからつらつらと書き連ねた文書にユキムラは思わず吹き出した。
「まるで直江状じゃな」
「くっくっ、アレで相当怒り狂ってたからなあ…死んでからも相当根に持ってるぜ」
顔を見合わせて性格悪く笑うユキムラとマサムネに対してハンベエは咳払いで黙らせ、話を続ける。
「内容はどうでもよろしい…議題はどこでどう戦うか、まずはそれです」
「徳川方から攻めてくるのならば『日輪の門』…あそこで迎撃するのでは如何でしょうか」
テルモトがまず一番に軽く手を上げて提案した。
初代タイクーンが築いた王都周辺を囲う非常に長く高い城壁…これまで王都への侵攻を悉く食い止めてきた鉄壁の城塞である。
強固な防衛力はエド城にも遅れは取っていない。まずは敵の攻めを凌ぎ切り、返す刀で攻め入ろうという魂胆だ。
その提案に首を横に振るのはカンベエ、そしてイエヒサである。
「…いきなり王都を背にして戦うは危険すぎる…敵の戦力もまだ推し量れておらぬが故…」
「そうじゃなあ…それに問題は十六神将の連中じゃ、連中の神権は何が出てくっか分からんと」
いきなり守りに回るのは得策ではない…『日輪の門』で防衛線を敷くのは最後の手段だ。
続けて好戦的に笑うのは剣神、ピッと人差し指を立てて提案する。
「では簡単だ!今からすぐ出撃して東部地方に攻め入ろう、後の先を突くのが兵法の基本だ」
「却下です、エド城を中心に築かれた支城群の守りは盤石…今の戦力でまともに攻め落とすなら十年はかかります」
無下もなくハンベエに却下されるとむすっとして剣神は腕を組み直す。
「むぅ…北条め、こっちの世界でも面倒な防衛陣を敷きおって…」
「へっ…どうもすまねえな剣神とやら…その口ぶりだと向こうでもワシの子孫らはしっかりやってたようだな」
「ああ、シンクロウ殿、氏康は晴信の次に嫌な相手だったぞ」
剣神の遠慮のない言葉にシンクロウはどこか嬉しそうに笑う。
ともあれ、籠城策も攻城策もリスクが高い…そうなると必然的に王都と東部の間にて野戦で迎え撃つこととなる。
地図を眺めていたユキムラは丁度国境付近、複数の山間部に位置する拓けた平原に目を付けた。
「ガハラカーン平原…ここじゃな、ここしかあるまい」
軍議室の中央に置かれた大地図、ユキムラが指示したガハラカーン平原へとその場の全員が目を向ける。
ハンベエが静かに微笑んで促した。
「策をお聞かせ願えますか、ユキムラ殿」
「では…圧倒的な個々の戦力を誇る徳川方に対し、我が方が勝っているのは数の利でござる」
あくまで東部地方全域の兵力しかない徳川方に対し、今の《皇帝の剣》はその他地方の全兵力を動員することができる。
大半がただの人間である兵たちは十六神将や神兵と言った人外の戦力には太刀打ちできないが、その分取れる戦術はかなり幅広い。
その数の利を活かすのが勝利への大きな一手…ではどうすれば良いのか。
「十六神将と三千の神兵が一塊となって攻めてくれば、例えどれだけ数で勝っていようとわしらでは止められぬ」
地図上に白と黒の碁石がバラバラと置かれた。
剣神のような超常の力を持った武将十六名と三千機の鉄巨人…これを正面切って相手取るのは愚の骨頂だ。
全戦力でかかれば相手にも相応の損害は与えられるだろうが押し切られて総大将であるリーデを討たれる可能性が高い。
「しかし敵の攻め手を三つに分断できれば如何か…神将五、六人と神兵千…これならば貴公らならば対応できよう!」
碁石が動かされ、黒の軍団が三方角に分かれたところを白の軍団が数の利を活かして包囲する。
確かにこれならば一点突破を図られるよりも遥かに対応しやすい…いくら人外の力を持っていても覆せない戦力差だ。
しかし…
「だけどよぉ…どうやって分断するんだ?敵は家康のジジイ…そう簡単に策に乗ってくるとは思えんぜ?」
マサムネの問いに、ユキムラは不敵に笑ってトンと自分の胸を叩いた。
「任せておけい!わしに策がある!家康を出し抜くとっておきの秘策がのう!」
かくして決戦の地はガハラカーン平原と定められる。
天下の形勢を決める最後の一戦に向けて《皇帝の剣》は動き始めたのだった。
【続く】




