第七話 ユキムラちゃん、ラノヒ砦攻略開始!の巻
「まずはラノヒ砦…ここを奪還せねば戦にならん」
ユキムラちゃんが奇妙な形の扇(“軍配”というらしい…)で指すとその場にいた全員が地図を覗き込む。
ここ、ヨルトミア城会議室ではいよいよダイルマとの戦端を開く作戦会議が行われていた。
参加しているのは参謀ユキムラちゃんの他、騎兵隊長ロミリア様、神官兵隊長シア様、重装歩兵隊長サルファス様、遊撃隊長ヴェマ、義勇兵隊長リカチ…
そして総大将リーデ姫様と大臣ナルファス様、護衛隊長のラキ様である。
ちなみに当然俺もユキムラちゃんの側近としてこの場にいる。おそらく数に数えられてはいないだろうが…
「ラノヒ砦はヨルトミアへの進軍の要所…ここを抑えられている以上、我々の喉元には刃がつきつけられているようなものだからな」
腕組みしたロミリア様が頷いて言った。
ラノヒ砦は文字通りヨルトミア最後の砦、先の戦でもここだけは奪われまいと必死に抵抗したが数の暴力の前には無力だった。
まずここを取り返さなければ最初から本拠決戦となり例え勝ったとしてもヨルトミアは火の海だ。
「ですが、そう上手く行くでしょうか…ラノヒ砦は小さいながら丘の上の堅牢な要塞、攻めるのは一苦労しますよ」
「長引けばダイルマからの増援があります、そうなると我々では勝ち目はありませんね」
シア様とラキ様がそれぞれに不安を漏らす。
その懸念も最もだ。本来拠点攻略には守る兵の十倍以上の兵力が必要とユキムラちゃんに聞いたことがある。
今のヨルトミアの全兵力を結集すれば砦防衛兵の十倍の数にはなるだろうが、それはあくまで現時点での兵力差だ。
なにしろダイルマには増援を送ってまだ尚腐るほどの兵力があるのだから…
「ゆえに先手必勝、敵が支度を整える前に隙を突き一夜にて落とすのでござる」
もう少し準備期間があればさらに兵を集められたのだが、領民に徹底抗戦の意が伝わってしまった以上その噂がダイルマに漏れるのも時間の問題。
ならば敵が臨戦態勢に入る前に現戦力で先手を打って少しでもいい戦況を作っておこうというのがユキムラちゃんの考えだ。
ユキムラちゃんの言葉に、姫様がふむと思案した。
「ナルファス、先日のダイルマからの書文には何と?」
「『こちらの気は長くない、いち早く返答するように』…とまた書かれておりますハイ…」
「本国の方はまだ大丈夫そうね…『姫は生娘であるので未だツェーゼン様の下に向かう心の準備が整っていない』とでも返しておきなさい」
「その言い訳もそろそろ通じませんよ!?」
ナルファス様の目の下の隈の濃さがその疲労の蓄積ぶりを語っている。
なにしろ領内の内政に加え細々とした兵站管理、それに加えてダイルマとの崩壊寸前の外交も一手に担っているのだ。
はっきり言ってこの人が倒れてもこの国は終わるだろう。それを知ってか最近は皆どことなく気を遣うようになった。あのヴェマですらだ。
この戦が終わったらゆっくり休んでくれナルファス様…
「よっしゃ!そうと決まれば話は早いな!とっとと攻め込んで砦を取り返しちまおうぜ!」
「同感だ!油断しきっているダイルマの弱兵など恐るるに足らず!」
だん!とヴェマが会議机を叩いて立ち上がり、サルファス様が力強く同意する。
短期間ながらヨルトミア軍は鍛え直されて強くなった。兵が完全に油断している今ならば力攻めでも一息に落とすことも可能だろう。
「あいや、待った待った!奪還するにも二つほど…勝利条件を設けたい」
いきり立つ二人を引き留めたユキムラちゃんがにやりと笑う。
その言葉にリカチが怪訝そうな顔をして問いかけた。
「勝利条件って…今のアタシらにそんな余裕があるのかい?」
「余裕がないからこそ次に繋げる戦が大切なのじゃ、ただ闇雲に勝つだけではいずれ詰んでしまうからのう」
そう言ってユキムラちゃんは指を一本立てて見せる。
「まずひとつ…砦はなるべく無傷で手に入れること、次の本戦でそのまま防衛拠点に使わねばならんからな」
思わずロミリア様がふふっと吹き出した。
「簡単に言ってくれる…今から山に篭って大魔術でも習得すればよろしいか?」
「無論そのための策はある、まぁこれは後で説明するとして…」
指、二本目。
「そしてもうひとつ…どちらかと言えばこっちが本題なのじゃが…―――」
◇
ラノヒ砦の空気は案の定弛み切っていた。
いくらヨルトミア相手の最前線とはいえ、もはやそのヨルトミアは降伏まで秒読み状態。まさに風前の灯だ。
だというのに何故この何もないド田舎の砦で駐留しなければならないのか、それは例の人形姫が降伏の返事を先延ばしにしているからである。
先延ばしたところで事態が好転するわけでもあるまいに…砦の中の兵士たちはさんざんにフラストレーションが溜まりきっている。
早くダイルマに帰って酒飲んで女を抱きたい…皆がそう考えているそんな折だった。
「おーい!門を開けてくれえ!」
「あ…?なんだアイツ…?」
一小隊ほどのダイルマ兵が荷馬車を門の前に停めて呼んでいる。
門上の番兵が怪訝そうに覗き込むと荷馬車の中には村娘と思しき縛られた女たちが十人ほど、そして大きな酒樽が二十個ほど。
驚いた番兵が素っ頓狂な声を上げる。
「お前…それ一体どうしたんだ!?」
「へへっ、そろそろ辛抱たまらなくなってきてよォ…この近くの村からちょいと拝借してきたのさ」
「バカ野郎っ!!こんなことが上にバレたらタダじゃ済まされねえぞ!!」
ダイルマ軍にとって降伏勧告を行っている国での略奪行為は御法度だ。
強欲なツェーゼンは将兵を完全支配下に置いておくことを好み、兵の勝手な行動は最も彼の不快を煽る要因となりうる。
後に彼の物となる国の所有物に勝手に手を出したとなれば猶更である。
「なぁにちょっとくらいつまみ食いしたってバレやしねえよ、皆もう我慢の限界だろ?」
「それは…そうだが…」
「村の連中はちゃんと口封じしてきたから安心しなって!今夜は楽しもうぜ!」
「くっ…触るんじゃないよっ!」
そう言って略奪を行ってきた兵士は下卑た笑みを浮かべ、村娘の一人の尻を撫でて見せた。触られた村娘は心底不快そうに身をよじる。
番兵がごくりと唾を飲み込む。この砦の駐留人数はそう多くはない…全員で口裏を合わせれば隠蔽も難しくないか。
そう考えた番兵は兜を目深に被り直し、門の扉を開く。
「……とっとと入れ!」
「おう!ご苦労ご苦労!念のため日が暮れるまでこいつらは裏の倉庫に隠しとくぜ!」
荷馬車はゆっくりと門をくぐり砦の裏手へと向かっていく。
尻を撫でられた村娘は軽くため息を吐き、ダイルマ兵の一人に冷たく言葉をかけた。
「アタシの尻を触ったのは高くつくよ、これが終わったら覚悟しとくんだね」
その言葉にダイルマ兵はぎくりと体を強張らせて弁明する。
「勘弁してくださいよリカチさん…不可抗力ッス、不可抗力…迫真の演技だったっしょ?」
酒樽の中の一つからくっくっと笑い声が響いた。
「やるのうサスケぇ…やはりお主は兵士なんぞより忍の方が向いとるぞ、わしが保証してやろう」
「そりゃどうも…俺は立派な兵士になりたいんスけどね…」
砦の裏手に停まった荷馬車から村娘たちが降り、ナイフで手早く拘束を切っていく。
その表情は先ほどの不安におびえる村娘たちのものではない。畑を持たず山に生きる逞しい猟師の女たちの顔。
率いるのは先も名を呼ばれた通り、義勇兵隊隊長リカチ。仲間が身を張るならとこの作戦に自ら志願してきた形だ。
ダイルマ兵の標準装備である鎧を脱ぎ捨てた男たちも軽装に着替える。その肩には遊撃隊の証である虎のマークが刺繍されている。
そう…お察しの通り彼らはヨルトミア選りすぐりの工作部隊である。
「はいユキムラちゃん、手を…」
「おっと、すまんな」
続いて鎧を脱ぎ捨てた俺、一般兵トビーは先ほど喋った酒樽を空け、中からユキムラちゃんを引っ張り出した。
ユキムラちゃんはよいしょと身を起こし、ぽんぽんと埃を払って…にやりと笑う。
「では…ラノヒ砦ぶんどり大作戦、始めるとするかのう!」
【続く】




