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プロローグ 真田幸村、死すの巻

 じぃじぃとセミの声が喧しく響き渡る…


「…燃えておるな」

「…ええ、燃えてます」


 安居神社の境内、豪快に燃え上がる大坂城を見ながら俺、真田源二郎信繁…人呼んで真田幸村は家来の佐助と言葉を交わす。

 城内の者が火を放ったのかそれとも徳川軍の“かるばりん砲”が火薬庫に直撃したか…どっちにしろあのまま焼け落ちるだろう。

 この戦、俺たちの負けなのだ…―――


「もはやこれまでか…―――佐助、俺の首は次に出会った者に渡せ」

「とっ、殿…!!」


 短刀を取り出し具足を脱ぎ捨てた俺を見る佐助の目は涙でぐしゃぐしゃになっている。

 秀頼様はどうなったのか…淀君は…毛利隊は敵軍正面からぶち当たって大暴れしていたがどれほど首級を上げたのか…

 気になることはいくつもあったが、ここは生にしがみついて醜く生き延びるよりも潔く腹を切って武士の本懐を遂げるべし。


「…頼む」

「うぐぅぅっ…ふっ…しょっ、承知しました……佐助もすぐに参ります……」


 背後からは佐助の慟哭を押し殺した声が聞こえる。

 俺は神社の石畳の上に正座し、これまでの人生に思いを馳せる。


 思えば負けっぱなしの人生だった…―――


 二度の上田合戦、小田原征伐、真田丸の戦い…局地戦では勝っている、勝っているが大局的に勝ったことは一度もない。

 今度こそはと思いながらも最後には必ずあの男、徳川家康が現れ真田は辛酸を舐めさせられ続けている。

 今回はあと少しだった…毛利隊と挟撃しながらの本陣突入、ヤツの葵紋の前立てを鉛玉で吹っ飛ばす所まで来れた。

 本当にあと少しだったのだ…


「むぅぅっ…!」


 唸る。思い返せば途端に死にたくなくなってきた。

 ここで死んでいいのか?もう少し粘れば今度こそは勝てるのではないか?思えば毎回勝ちまでの距離を縮めてはいるのだ。

 ここは生き汚くも薩摩まで落ち延びれば機は必ず訪れよう…秀頼様さえいれば浪人や豊臣恩顧の者からいくらでも兵は集まる。

 よし!やはり自刃は中止!再び野に伏せて今度は九州、さしあたっては島原付近から…―――


「いきます!」

「あっ!いやちょっと待て佐助!まだ…―――」


 俺の唸り声を聞き、腹を切る声と誤認した佐助の刃が振り返った首筋に迫る。

 そこで“生前の”俺の記憶はぶつりと途切れた。



 ◇



 嗚呼、なんと締まらぬ結末だろう。

 あっさりと俺の人生は終わってしまった、もう一度やり直せるものならやり直したい…

 上も下もない狭間の空間で漂いながら俺は悔い続ける。あれから何十年経っただろうか…否、ほんの数刻前かも知れない。

 明るいのか暗いのかもわからないあやふやな意識の海の中、ふと俺は呼びかける声に気付いた。


『―――えますか…聞こえますか…』


 聞こえている…何者だ…


『ああ、異世界の英傑の魂よ…私は女神リシテン…あなたのような人を探していました…』


 異世界?女神?

 よくわからんことを言っているがこの身を焦がす悔恨の炎の紛らわしにはなるだろう。


『あなたは…もう一度生をやり直したいと思っているのですね…?』


 勝手に人の心を読むな。

 と、思ったがこの女には自然と伝わっているのかも知れない。何故なら今の俺は意識しか存在しないのだから。

 聞こえているだろう、だとしたらなんだと言うのだ…


『我々の世界で、異なる身体でですが…あなたの願いを叶えましょう…そして愛しい私の子らを救ってください…』


 何!?

 元の真田源次郎に戻れるという訳ではなかったが聞き捨てならない言葉だった。

 今はただこの悔恨の連鎖から抜けて勝利の栄光を得たい…その気持ちだけが俺の心を支配していた。

 その契約乗った!今一度この俺に新たな生を与えてくれ!

 気付けば…俺の意識には次第に外殻が生まれ始め、新たな形を作り始めた。


「おお…!これが俺の…―――俺の…?」

『申し訳ありません…今の私の力ではそれが精一杯…』


 俺が得た肉体は…なんとも形容しがたい目つきが悪く白髪頭でちんちくりんの小娘の其れだった。

 これが俺の、真田幸村の第二の生だというのか…いや童の姿なのはまだいい、何ゆえ女に?


『それが限界なのです…ああ、全盛期の私であればもっと祝福を与えられたものを…』


 女になってしまった答えになっとらんと思うが。

 …ま、この際贅沢を言っても仕方がない、肉体を得られたならばよしとしよう。足りない武力は知略で補えば良い。

 何せこの俺はかの表裏比興の血を引く者…ここの戦には少々自信がある。

 されば口調もそれっぽく変えるとするかのう。小娘の身なれど多少は貫禄が生まれようて。


『あなたが転生する世界は―――…私の子ら、リシテン教徒は―――…あなたが召喚されるヨルトミア公国は―――…』


 奇妙な女が説明する言葉も所々でぶつぶつと途切れ、やがてわしの目前に眩い光の穴が現れた。

 わしの小さな身体は自然と引き寄せられてゆく…―――成る程、これが転生という訳か。

 高揚する気分の中、背中から悲痛にすがりつくような女の声が聞こえた。


『私の子らをお願いします…!異世界の英傑よ…!』


 多少強引ではあったが一応わしに再度の機会を与えてくれた恩人だ。ここは一安心させてやるとしよう。


「おう!万事このユキムラちゃんに任せておけいっ!」


 光の穴を通り抜け、いくつかの人の影が見え始める。

 さあ、いかなる敵が待ち受けるのか…いかなる戦が熱くさせてくれるのか…

 期待感に胸躍らせながら、わしはその四肢に力が漲り再び生を得ていく感覚を実感するのだった。



【続く】

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