表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国志のこんな人物  作者: 渡辺仙州
35/44

第35話 王昶《おうちょう》:子らの教育に力を入れた文武両道の魏の司空

王昶おうちょうは字を文舒ぶんじょといいます。

曹操のころから魏に仕え、曹丕の代では兗州えんしゅう刺史に昇進しました。


曹叡そうえいが帝位に就いてからは魏の政治を改めようと『治論』を著し、兵法を述べた『兵書』とともに上奏。子らの教育についても訓戒の書を残しています。


郭嘉かくかの子である郭奕かくえきとも親しかったのですが、子らへの訓戒には「郭奕は聡明だが度量が狭く、人を気に入れば山のように重んじ、気に入らなければ草のように軽んずる」と書き、真似してはならないと諫めています。


呉で孫権の後継者争い(二宮の乱)が起こったときには、呉討伐を上奏します。

呉とのいくさでは大いに敵を撃ち破って活躍しましたが、城を落とすことはできませんでした。


文欽ぶんきん毌丘倹かんきゅうけん諸葛誕しょかつたんの反乱のさいには兵を率いて鎮圧に向かい、これらの功績で三公の一つ、司空の位に就きます。

甘露四年(259年)に亡くなり、穆公ぼっこうおくりなされました。


王昶は子らの教育に力を入れており、子の王渾おうこんは三公の一つ、司徒の位に就いています。

子らへの訓戒は教育論として評価されていますが、いっぽうで郭奕を例に挙げたことについて裴松之はいしょうしは、「旧友を貶すべきではない。文章に残せば、旧友の契りにも反することになり、その子孫にも先祖の悪を伝えることになる」と批判しています。

【新刊報告】三国志×ギャンブル小説『三国志博奕伝』。文春文庫より12月4日に発売です。「博奕論」の著者である呉の韋昭いしょうが主人公。ボードゲーム好きの方には特におすすめ!ぜひ読んでみてください。どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ