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夢前世…

作者: K1.M-Waki

病で臥せっている時に見た夢を書き記しました。


そんな噺です。

 御師様(おしさま)は、その時、例えようのない顔をしていた。

 そんな夢を見た。



 御師様と弟子のワタシ達は、『主の教え』を説くために、この街に留まっていた。

 今日もワタシは、晩餐の用意のために買い物へ行こうと準備をしていた。ワタシは、教団の金庫番だったから。


 ワタシが出かけようとしていたその時、御師様が通りかかった。御師様はワタシを見て何かに気が付くと、近寄ってきて声をかけてこられた。

「変わった物をつけておるね」

 御師様は、ワタシの首にかけている物を見ると、そう言った。大切な首飾りだった。つい、うっかりと、上着の内にしまい込むのを忘れていたのだ。

「これですか? ただの石の飾り物です。何の変哲もない、つまらない物です」

 ワタシは、首にかけていたものを掲げて見せると、そう言った。

「変わった形をしているね。こういう形の物は珍しい」

 御師様は、目をキラキラさせて、紐に結ばれた石を見つめていた。

 こういう時は、気を付けなければならない。御師様は、珍しい物が大好きだったからだ。ワタシには、この石を差し上げられない理由があった。

「形は変わっていますが、材質は、山を探せばすぐ見つけられる物です。安くはありませんが、ありふれたものです」

 ワタシは、御師様にそう応えて石を仕舞った。

 御師様は、残念そうな顔をしたが、すぐにニッコリと笑顔を作ると、このように言われた。

「少しいいかな? 久し振りに問答でもしようか」

 その言葉に、ワタシは黙って頷くと、御師様に追いて行った。

 『主』の導きを教える教団を指導する御師様は、この時のように弟子たちと問答をする時が多々ある。


 ワタシは御師様と一緒に、教団の者が住まう建物の中のある部屋へ来ていた。他に弟子たちは居ない。問答をする時には、御師様はこの部屋をよく使う。

 弟子たちもその事は解っていて、問答の中途で声をかけるものは居なかった。


「さて、問答を始めようか。……お主、数字の『6』が、何故、人間を表すか知っておるか?」

 御師様(おしさま)は、殺風景な部屋でワタシに向かってそう問いかけた。

「その石を見て思い出したのだ。よく似ているだろう、その石と数字の『6』は。そうは思わないかい?」

 御師様の問にワタシは応える。


「数字の『6』は人間の数字です。それは、完全な数字『7』に届かないからです。数字の『7』は神を表す完全数。『主』を意味する数字です。『6』はそれに満たない。故に、不完全です。人間を表す数字『6』は、神に届かない不完全性を表します」


 ワタシは、以前に御師様と問答をした事を思い出しながら、そう応えた。


「ふむ。よく教えを覚えていたね。感心、感心。……して、それ以上に、何か言いたい事があるのではないかな」

 御師様は、ワタシにそう言った。悪戯っ子のような目をしている。

 こんな目をした御師様には、隠し事は出来ない。何もかも、お見通しなのだ。

「それは……」

 ワタシは、一度言いかけて、口ごもった。

 その事を話して良いものだろうか? ワタシは、未だ逡巡していた。

「それは……、何だね。どんな知恵を授かった?」

 御師様は、意味深な問をワタシに放った。

 ワタシは、先程の石飾りを握りしめていた。

「確かに、人間は不完全です。それを表すのが、数字の『6』です。ですが……」

 ワタシは、もう一度、先程話した事を口にした。

「ですが、とは? その先を話しなさい」

 御師様は、いつもの如く、優しいにこやかな笑みを浮かべて、ワタシに話の続きを促した。


「人間の数字『6』は、神の数字『7』に満たない不完全性を意味しています。しかし、『6』は回転させると、数字の『9』になります。『9』は、『7』や『8』をも超える超越数となります」


 ワタシは、目を伏せながら、ようやっとそう応えた。

「ほうほう。なかなか良い事を聞いた。で、それがどうしたと云うのだ。『9』になったからと言って、数字が大きくなっただけではないのか?」


 御師様は、ニヤリと口の端を持ち上げると、ワタシに問いかけた。

「……そ、それは」

 ワタシは、すぐには応えられなかった。

「何だね? 聞きたいなぁ、その続きを」

 御師様は容赦なかった。

 それで、ワタシは口を開いてしまったのだ。

「数字の『8』は、すなわち『∞』──つまり無限大を表します。数字の『9』は、神を、宇宙をも超える、遥かな可能性を持った数字です。……すなわち、『6』の数字を持つ人間は、果てしない『9』になれる可能性を秘めているのです。その意味で……」

「その意味で、「神を超える」と?」

 ワタシの語る意味を完結させたのは、御師様だった。

「なる程、素晴らしい。正に真理だ。そう……、人間は、そのままでは不完全だが、実は、神を、宇宙を超える力をも秘めているのだ。それが、奥義だ」

 御師様は、満足そうに微笑むと、そう語った。

 ワタシは、内心、ホッとしていた。何故なら、今、問答した事は、『主の教え』に背くからだ。


 この世の全ては、神である『主』が創られた。大地も、海も、草木も、動物も。そして、人間も、『主』によって創られた。だから人間は、『主』に従い、導かれるモノでなければならない。

 貴族も王侯も、農夫も奴隷も、『主』の前では区別なく均しい。だから、『主』が命じたと云うことであれば、恩人であろうが、父であろうが、上に立つ者に従う必要はない。

 人間同士の争いは無益だ。だから、『主』は、「汝の敵を愛せよ」と告げられた。だが、それはすなわち、「『主』の敵を滅ぼせ」と云うことである。異教徒を殲滅し、彼等の土地を奪うことは、『主』の御名によって肯定される。

 下等な人間を、『主』が導いてくれているのである。だから、『主』が望めば、全てを差し出さなければならない。財産や土地であっても、大切な羊であっても、……たとえ我が子の生命であっても。

 それが、御師様が唱える、『主の教え』だった。


 惨めな我らを、『主』が導いてくれる。『主』をのみ愛すれば、魂の幸福を得られる。


 それはすなわち、『主』に隷従せよと云うことである。


 そのような立場の人間が、神を、宇宙をも超える可能性を持っている……。それは、あってはならない。


 ワタシはそれを心配して、御師様に話せないでいたのだ。


「フククク、そんな顔をするな。よく自らの知恵で真理に辿り着いた。人間には、無限(∞)をも超える可能性が秘められている。誰かに導かれるのではなく、自らの力で、己の秘めたる力を確信することで、『超越者』となれるのだ。だからこその、数字の『6』であり、『9』であるのだ。不完全な『人間』が、真理を知ることで『超越者』となる──それをアセンションと云う」


「……アセンション」


 ワタシは、初めて見る御師様に動揺していた。

 今、御師様は、大切な事を言っておられる。これまで、誰にも語られなかった奥義を、ワタシに言って聞かせている。

 そんな大事な時なのに、どうしてかワタシは、背筋にゾッとする恐怖を感じていた。


「今は、小さな小さな人間だが、その内には大いなる秘めた可能性を持っている。それが、神と共に地上に降りた我が同胞の住まう地──東の最果ての地に隠され、伝わってきた『勾玉(まがたま)』の奥義なのだ」


「マガタマ、……どうして、どうして御師様は、これが勾玉(まがたま)だと知っていたのです! 誰にも言っていないのに……。どうして、この『勾玉』の奥義を得たのですか!」


 ワタシは、手に握った首飾り──数字の『9』に(かたど)られた『勾玉(まがたま)』を見せながら、そう言った。

 すると御師様は、ワタシの持ち物を見ながら、こう言った。

「当然であろう。我は『アリテアルモノ』。存在すると信ずる事で存在するモノ──『主』の独り子である。東の最果ての地から出で、流浪を重ねてきた民族を統べる(おう)となる血統を持つモノだ。当然、『主』の叡智を預かっている」

 御師様は、自信に充ちた顔で、そう語った。

「大いなる可能性を持つ『人間』の信じる想いが『主』を形創り、力の源となる。『9』になれる者の数など、たかが知れている。だが、『主』を信じることは誰にでも出来るのだ。全人類の信仰の力が、『主』を、全能の『真の神』へと完成させられるのだ」

 御師様の言葉に抗う術を、ワタシは持っていなかった。

「それが……、そんな事が、『主の信仰』の真の意味なのですか……」

 ワタシの声は震えていたと思う。



 しばしの間、部屋の中を沈黙が支配した。



「今の事、誰かに話したか?」

 陽の光が傾く頃、御師様は静かにワタシに問うた。

「……いえ、誰にも」

 ワタシの背中に、冷や汗が伝うのが分かった。

「そうか……、ならばよい。念のため言っておくが、今の話、他言はするな。それが、お主のためだ」

 御師様の声は、あくまで優しく、穏やかであった。

 ワタシは主是すると、後退って、こう言った。

「晩餐の用意がありますので、ワタシはこれで……」

 その言葉を、御師様は否定しなかった。それで、ワタシは部屋を出ようと、踵を返した。

「うむ。頼むぞ」

 先程の問答など無かった様に、御師様はワタシにそう言った。

 それに安堵して、ワタシは部屋の出口まで歩いて行った。


 そんなワタシの心の隙を突くように、背後から御師様の声が襲った。

「ところで、その首飾り──勾玉(まがたま)とか言ったな。何処で手に入れた?」

 突然の問に、ワタシはうっかりと応えて仕舞った。

「二番目の娘がくれたのです。とても頭の良い娘で、ワタシの誇りです」

 そう言ってから、ワタシは思わず左手で口を押さえた。

 ワタシは、今、何を、言った……。

「ほうほう、そうか。……ところでなぁ、たった今、『主』のお告げがあった。知っておろうが、明後日は『安息日』である。それに先立って、『主』は贄を欲しがっておる。……お主の娘を、『主』が望んでおるぞ。光栄な事ではないか」

 ワタシは、振り返ることが出来なかった。

 その残酷な言葉を放った御師様が、どんな顔をしているかが解っていたからだ。

「どうした? 返事がないぞ。……不服か? ならば、我を売るが良い。総督に内通するのだ。それなら良かろう。褒美を貰えるやも知れぬぞ」

 ワタシは、底知れぬ深淵の間際に立たされているように感じた。

「わ、ワタシは、御師様の金庫番です。お金も褒美も要りません。御師様と共に、『主の教え』を一人でも多くの民衆に伝えることが、ワタシの役目です」

 ワタシの振るえる声は、今にも消え入りそうだった。その言葉は、果たして御師様に聞こえたのだろうか?

「そうか。ならば、贄を差し出すか? ……嫌か? ……ならば、密告しろ。我が、我身を、『主』の贄とするのだ」

 御師様の言葉に、ワタシは応えることが出来なかった。どうすべきかは、もう決まっているのに。


 気が付くと、霞んだ目の前に、御師様の顔があった。


「どうした。我を売るのだろう。のう、ユーダィ」


 ワタシに、御師様の言葉に抗う術があったろうか?

「…………」

 ワタシの乾いた唇は、言葉を発することが出来なかったが、ワタシは力なく首を縦に振った。

「そうだ、そうだ。それで良い」

 御師様は、これまで誰も見たことがない、例えようのない顔をしていた。


──それは、底知れなく邪悪で、


──それは、我ら力無き人間を手の平の上で玩ぶ、


──それは、愚かな民衆の秘めたる信仰の力を欲し、


──それは、死を超えて支配者となる野望を秘めて、




 ワタシは、御師様を売るだろう。

 ワタシは、罪に耐えられないに違いない。

 ワタシの罪は、御師様を売ったことではない。

 ワタシの行いで、果てしない数の人々が死へと向かうだろう。

 ワタシのもたらす死は、千の千倍を千乗したよりも遥かに多い。

 ワタシの罪で人々が負う責は、永く続くだろう、

        それは、千年、二千年経っても終わらない。


 ワタシのもたらすのは、神々しい可能性を持っている筈の人間達の信仰を糧として君臨する、覇皇である。


 見える……、見える……、可能性を摘まれ、『主』と云う名の怪物に隷属する人々が……


 ワタシは自ら生命を絶つことになるだろう。それこそが、せめてものワタシの償いだから……


 ワタシは、ユーダィ。これからの永き時を『裏切り者』として人々の心に刻まれる者。

 僅かな金貨のために御師様──イェシュアを売った者。


 ワタシの脳裏には、死してなお永劫に、ナザールのイェシュアの恐るべき表情が焼き付いているのだ。




──そんな夢を観た



      (了)




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