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#4 決戦は火曜日――クリスマスイヴに

 そして終業式の日。世の中はクリスマスイヴで盛り上がりを見せている。学校では、恋人がいる生徒は二人揃って下校をする姿が見られ、相手がいない生徒は同性で集まって出て行く。話し声を聞いていると、カラオケに行ったり誰かの家でパーティーをしたりするらしかった。


 ――憂鬱だよ……。


 美紅はうなだれていた。今日は部活はないが、自主練習はして良いことになっている。晶汰が部室に行ったのを確認した美紅は、これからデートだという紫乃と瞳を見送ってから動き出す。

 女子トイレで先日買ってもらったヘアピンの位置を念入りに確認し、ドキドキする胸を押さえて何度も深呼吸を繰り返す。ドジを踏まないためにそうすれば良いと教えてくれた晶汰の言葉を信じて。


 ――よしっ。告白できなかったとしても、自主練習のお手伝いができれば充分だもんねっ! まずは陸上部に顔を出さなくちゃ!


 うまくやることはあえて考えないことにした。そう思うだけで気持ちはずいぶんとラクになる。

 決意を固めて部室に入った。一人の少女が冬休み中のスケジュールをホワイトボードにまとめている。先輩にあたる女子マネージャーだ。

 美紅は彼女に挨拶をすると、いつもの調子で晶汰の居場所を訊ねる。が――。


「え? 出水くんなら帰ったわよ?」


 思わず、先輩の言葉を疑った。

 先輩マネージャーはホワイトボードに向き直ると作業を再開し、さらりと続ける。


「今日は用事があるんだってさ。彼、部活に集中したいからって女の子に興味ないように振る舞っていたらしいけど、案外と他校にカノジョがいるのかも知れないわねー」


 笑いながら、先輩マネージャーは言う。


 ――そんな、まさか……。


 茫然としてしまった。なるほど、あれは方便だったのかもしれない――そう思ってしまったからだろう。


「鋼ちゃん、今日は自主練習の日だから帰ってもいいのよ? こんな日も練習に励むような筋肉男子はわたしが相手しておくから」


 先輩の話をどこまできちんと聞けていたのか、美紅にはわからなかった。適当な返事をして頭を下げ、部室を出る。


 ――どうして想像しなかったのだろう。


 晶汰から直接『カノジョはいない』と聞いたわけではなかった。自分が勘違いしていた可能性は捨てられない。そもそも、ドジや失敗の多い美紅なのだ。勝手に思い込んでいることは否定できないではないか。


 ――出水くん……。


 胸が苦しい。直接断られたわけではないというのに。


 ――あたしは、出水くんの邪魔はしたくないよ。


 優しくしてくれる晶汰が好き。

 爽やかで、いつもにこやかな晶汰が好き。

 見た目が良いのに気取っていない晶汰が好き。

 部活に一生懸命打ち込んでいる晶汰が好き。


 ――そうよ。あたしは……。


 美紅は思い出す。晶汰を知ったのは、棒高跳びで宙を舞う姿だ。あの美しいフォームに見とれて、近くでずっと見ていたいと思えたから陸上部のマネージャーをしているのだ。


 ――告白なんてしなくても、近くで見ているだけで良いじゃない。出水くんが気持ちよく宙を舞えるなら、その手伝いができるならそれで充分……。


「あ……れ……?」


 視界が歪む。目をこすって、それで泣いていることに気が付いた。


「どうして……?」


 泣いてしまう理由がわからない。ただ、胸がきゅっと締め付けられているみたいで苦しい。

 家に帰って引きこもってしまおうかと考えたが、今すぐ誰かと話がしたい気分だった。


 ――紫乃も瞳もデート中だから、電話に出てはくれないよね……。


 取り出したスマホをスクールバッグに押し込む。美紅の足は、自然とある場所に向いていた。





 前回感じられたハーブの香りは、泣いたまま訪ねてしまったのでわからない。

 アクセサリーショップ《マジカルジェムズ》の中はカップルや女子高生のグループで賑わっていた。

 すんと鼻を鳴らしながら、美紅は店内を進む。お客たちは美紅の泣きはらした顔を見るとぎょっとして、ひそひそと連れに話し掛けつつ道を開けてくれた。

 この場所に相応しくない招かれざる客であるだろうことを、美紅はわかっているつもりだった。だけど、どことなく晶汰と似た雰囲気を持つ店長の顔を見たくなってしまった。そして、告白に失敗したことを報告しておこうと思っていた。

 何かが変わることを期待はしてはいない。ただ、努力はしたのだ、行動に移そうとしたのだということを誰かに認めて欲しかった。


「おや、君は――」

「店長さん、あたし……」


 スタッフルームから出てきたイケメン店長と目が合って、向こうから声を掛けてくれた。報告をしてすぐに帰るつもりだったのに、再び涙が溢れてきて台詞が続かない。


「……こっちにいらっしゃい」


 困ったように笑って、店長は美紅の腕を引っ張りスタッフルームに引き込んだ。小さな丸テーブルの前に美紅を座らせると、彼はしゃがんで視線の高さを合わせてくれた。


「――まさかとは思いますが、振られたんですか?」


 それはないと言いたげな調子で、単刀直入に問われた。

 美紅は首を大げさに横に振る。


「でしたら、一体何が……?」


 困らせているのはわかる。でも、何をどう説明したものか整理できていなかった。


「あたし……」


 その所為なのか、美紅の口からこぼれた台詞は自分がどれだけ出水晶汰のことが好きなのかというものばかり。切々とした言葉が溢れて止まらない。

 こんな話を聞かされても迷惑なだけだろうに、店長は安堵させるための微笑みを作ったまま耳を傾けてくれた。


「――今日は……ひっく……みんなが応援してくれたから……ひっく……ちゃんと告白しようって……ひっく……思っていたのにっ……ひっく……彼、用事があるからって……ひっく……珍しく帰宅しちゃってて……ひっく……もしかしたら、カノジョがいるんじゃないかって……ひっく」


 やっとここに来る直前の話までたどり着いた。聞き取りにくいはずの台詞に黙って耳を傾けてくれていた店長が急に立ち上がる。


「……アイツ、逃げたのか」


 呟かれたその台詞が店長のものだとはすぐに認識できなかった。大きな手のひらが美紅の頭を優しく撫でる。


「――それはさぞかしつらかったことでしょう。存分にこちらで泣いてくださって構いませんよ。必要であれば、僕の胸を貸しましょうか?」


 親切な申し出だと美紅は思ったが、今度は小さく首を横に振る。


「あたし、もう帰ります……ひっく……お店のご迷惑になってますし……」

「いえ。落ち着くまではここにいてください。お茶を用意しますので、このまま待っていてくださいね」


 お茶までいただくわけには――と思うものの、涙が止まるまでは外に出にくい。恥ずかしさなど捨ててここに来ているが、泣きっぱなしでここを出て行って迷惑を被るのは店で働く人たち、とりわけ店長だろう。優しくしてくれた相手にこれ以上の迷惑は掛けたくなくて、美紅は涙が引っ込むまでハンカチを濡らし続けた。

 しばらくして、スタッフルームのドアが開いた。店長が戻ってきたのだろうと思って顔を上げる。


「……え?」

「あ……」


 いるはずのない相手がそこにいた。向こうも美紅を認識したらしく固まっている。

 自然と見つめ合っていた。


「――ほらっ、晶汰。女の子を慰めるのは男の仕事だろうがっ!」


 美紅が知らない喋り方の店長の声がする。


「だ、だけど兄貴――」


 名前を呼ばれて我に返ったらしい晶汰が、ドアの陰に隠れている店長に話し掛けた。


 ――兄貴? え? 確かに出水くんにはパワーストーン好きなお兄さんがいるって話だったけど……。


 何が起きているのか理解できない。夢でも見ているのだろうか。


「お前な……どれだけの人間がお膳立てに協力したんだと思っているっ!? 人を泣かせる最低人間になりたくなけりゃ、話くらい聞いてやれっ!!」


 小声ながらも迫力のある声が聞こえたと思えば、まもなく晶汰の背中が押される。つんのめるようにスタッフルームに入れられた晶汰が抗議する隙はなく、ドアがバタンと閉まった。


 ――気まずい。


 驚き過ぎて、涙なんてとうに止まっている。だけどハンカチで涙の跡を拭いて確認した。


「えっと……鋼さん?」

「は、はいっ」


 晶汰は近付いて来なかった。ドアの前に立ち、困ったような顔をしている。泣き顔の女の子を直視できないのも理解できるので、顔を背けて視線だけちらちらと寄越してくるのは仕方がないことだろう。


「立ち入ったことを訊くけど……兄貴――ってか、鋼さんから見たら店長か。そこから、今日、片想いの相手に告白するんだって聞いた。その様子だと、振られちゃったの?」


 美紅は静かに首を横に振る。


「あの……告白する前に逃げられちゃって……」


 ――でも、今はチャンスかもしれない。


 みっともない顔をしているが、このまま何も言えずにいるよりは勢いで言ってしまった方が振られても笑えるような気がした。


「そうなんだ……」


 呟いて、大きく息を吐き出した晶汰は美紅がいる丸テーブルの近くへとゆっくり進んでくる。


「出水くん……?」


 様子がどことなく妙だ。足音が重くて、何かを決意して近付いてきているような感じがする。

 彼は美紅の前まで来るとぴたりと立ち止まった。座った体勢から見上げると、晶汰の背丈はずっと大きく感じられる。


「逃げるような男に告白なんてするなよ」

「へ?」


 何を言われたのか理解できなくてぽかんとしていると、晶汰は美紅の顔をしっかりと見つめてきた。真剣さがにじむ顔は、棒高跳びに挑戦する直前の集中状態の顔と同じように見える。差異をあえて指摘するなら、今の彼の顔には朱がさしているのだけど。


「僕は、鋼さんが誰かと付き合っているところなんて見たくない。できるなら想像だってしたくないんだ。だから――」

「ちょっ、ちょっと待って!」


 美紅は慌てて立ち上がった。勢いが余って椅子の脚に引っかかり、うっかり晶汰の胸に飛び込むような形になってしまう。


 ――わわっ!? こういうことがしたかったわけじゃなくって……。


 動揺し、うろたえる美紅を、晶汰の腕が包み込んだ。


「待てない。だって、僕は鋼さんのことが――」

「だからっ!! あたしが告白しようって思っていた相手は出水くん、あなたなのっ!!」


 遮るように叫んだ声は思いのほかスタッフルームに響いた。

 そして、静寂に包まれる。抱き締められているため、ドキドキしている胸の鼓動が気付かれてしまわないか気になった。


「……それって、本当?」


 長い沈黙のあとの問いに、こくっと小さく頷く。恥ずかしくて顔を見られない。


「い……出水くんは、あたしに何を言おうとしたの……?」


 返事をもらう前に聞いておきたかった。振られても、諦めがつくように。


「……好きだって……そう言いたかったんだ」


 ぎゅっと、だけど大事そうに抱き締めてくれた。温かくて心地よい。


「両想いってことで良いんだよね?」


 囁かれる言葉は耳にとても近くてくすぐったい。


「うん……両想い」


 確認するように繰り返すと、それだけで体温が上昇した。鼓動も早くて、心臓が壊れてしまいそうだ。


「ごめんね。目が真っ赤になるまで泣かせちゃって。これはお詫びだから」


 ルビーの御守りがついたヘアピンで留めていたために、右側のこめかみの辺りは露出している。そこにそっと晶汰の唇が寄せられて、軽く触れた。


 ――っ!?


 たったのそれだけの刺激は、美紅の意識を跳ばすのに充分な威力を持っていたのだった。

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