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#3 マジカルジェムズにようこそ

 無理やり連れて来られたアクセサリーショップ《マジカルジェムズ》は、それなりに賑わっていた。どこかの高校の制服姿の女の子たちがキャッキャと騒ぎながら、商品を物色している。人気があるのかは判断できないものの、それなりに繁盛していそうだ。


 ――ん……? ハーブっぽい匂いがする……。


 何の香りなのかは美紅にはわからなかったが、アロマテラピーで使われるような爽やかな芳香が漂っている。木製の棚やインテリアでコーディネートされた店の雰囲気に合っているように思えた。

 奥まで進んで、周囲を見渡す。店内は明るく綺麗で、陳列棚の間隔が広く取られていて動きやすい。色とりどりの石があしらわれたアクセサリーがたくさん並んでいて、種類がかなり豊富だ。選ぶには悩みそうだが、自分にぴったりなアクセサリーが見つかりそうな気がする。


「また新しいのが増えてるぅ♪」


 目をキラキラさせながら、瞳が新商品とポップが立てられた棚に向かっていく。


「ったく、瞳はしょうがないなぁ。今日は美紅の買い物だってのに」


 ねぇ、と苦笑混じりに紫乃が告げる。


「ってか、あたしは頼んでないんだけど……」


 アクセサリーや小物を見るのが嫌いというわけではない。他の女の子たちと同じくらいには興味があるし、手元においておきたいとも思う。

 だけど、美紅には見ているだけで充分だった。身に付けたり持ち歩いたりする習慣がなかったからだ。


 ――出水くんはお守りとして水晶を持ち歩いているんだったよね。でも、あたしの場合は……。


 実用的なものの方が持ち歩きやすいかな、とヘアピンやバレッタが並ぶ辺りを物色する。肩より長くなった中途半端な美紅の髪をまとめるのに重宝しそうなアクセサリーがいろいろあった。


「何かお探しですか?」


 優しげなテナーボイスにびっくりして肩越しに声の主を見やる。


 ――うぁっ……美形っ!!


 背の高い青年が美紅を見て微笑んでいた。ふんわりした柔らかそうな髪とノンフレームの眼鏡が似合うイケメンだ。


 ――出水くんが大人になったら、こんな感じになりそう……。


 ふだんから晶汰のことを考えているからだろうか。目の前のイケメンは無関係の人だろうに、ついつい想い人と自然と重ねてしまう。


「あっ! 店長さーん。この子に合うアクセサリーを選んでくれませんかぁ? できれば、恋愛成就が期待できるのをっ!!」


 自分のを選んでいるかに見えた瞳がとんできて、何も答えられずにいた美紅の代わりに告げる。テンションの高さから、瞳がこの店長を好いていることがよくわかった。瞳はイケメンに弱い。


 ――あぁ、このイケメンさんが店長なのね。


「……恋愛成就、ですか」


 少しだけ間があったのが気になった。声色や態度は声を掛けてきたときと同じだったのだが、どこか引っ掛かる。


「お嬢さんは何月生まれですか?」


 訝しく思っていると、店長が問いかけてきた。唐突な質問に美紅は返事に詰まらせる。きょとんとした顔をしていたのだろう。店長は続けた。


「誕生石の参考にするためですよ」


 補足を聞いて、美紅は納得する。誕生石というものがあることは知っている。晶汰の話を聞いてから気になって調べたのだ。


 ――出水くんは自分の誕生石が水晶だって言っていたから、四月生まれなんだよね。


 晶汰のことを考えていて返事がすぐに出てこない。美紅の代わりに、瞳が割り込んだ。


「アタシは十月生まれだから、オパールなんだってー♪ 美紅は七月生まれでしょ?」

「あ、うん」

「でしたら、ちょうど良いですね」


 ――ちょうど良いって?


 きょとんとする美紅に差し出されたのは、やや青みを感じられる赤い石がついたヘアピンだった。ハート型をした小さな金色の台に、同じ形にカットされた赤い石がはめられている。石のサイズは小指の爪よりも小さいくらい。だから派手さや甘さは感じられなくて、控えめな可愛らしさがある。美紅好みだ。


「七月の誕生石はルビーです。戦いに勝利をもたらすとされるこの石は、恋愛を成功させるときにも効果的。内気な性格の人には、きっと背中を押してくれるでしょう。――ちょっと失礼しますよ」


 店長はにこやかに説明すると、ぼんやりしていた美紅の前髪を少しだけすくい、さっとまとめてそのヘアピンで留めてくれた。ディスプレイに並んでいた円い鏡を手に取ると、美紅の顔を映す。


 ――あ。悪くないかも……。でも、本物のルビーだとしたら、高いんじゃない?


 金額のことに不安を覚えつつも、気持ちは欲しいに傾いていた。このヘアピンを付けて彼に会ったら気付いてくれるだろうか、とか、似合ってるなどと言ってもらえるだろうか、とか、妄想が広がっていたからだ。

 そんな理由で、鏡に映る顔は自然とにやけていた。


「もし、意中の方に告白をするなら、火曜日にこのヘアピンを右側につけて行うことをお勧めします」

「火曜日? 右側?」

「ルビーの効果を引き出しやすいのは身体の右側につけたときだと言われています。そして、ルビーのパワーが増すのは火曜日ですから」


 ――ふぅん……そういうものなんだ。


 店長をしているだけあって、そういう知識も詳しいらしかった。


 ――本当にそうだったら、パワーストーンなんてものじゃなくて、マジカルストーンみたいな呼び方になりそうね。


 瞳と紫乃の反応もみて、このヘアピンを買ってもらうことになった。二人の折半とはいえ、結構奮発してもらったような気がする。

 素直にその気持ちを口にしたら、二人とも笑って「申し訳ないって思うなら、クリスマスまでには告白すること」と、決められてしまった。

 そして、手帳でカレンダーを確認した紫乃が、会計カウンターの脇に立ったまま告げる。


「来週の火曜日は試験真っただ中だし、その翌週は終業式でイヴか……。しゃあない。告白予定日はクリスマスイヴだね」

「試験中には告白する余裕なんてなさそうだもんねぇ。あれこれ言い訳して、美紅は逃げちゃいそうだしぃ」

「う……」


 図星だ。二人に圧される形で告白予定日を決められ、結果報告の約束までさせられた。

 その様子を見ていたらしい店長の潜めた笑い声が耳に入る。思わず彼を見ると、少しだけ気まずそうな顔をしたあとに仕事中の優しげな表情を作った。


「万が一、告白がうまくいかなかったら、僕にも声を掛けてください。責任をとって、サービスしますから」

「…………」


 無言で見つめていると、店長は困ったように両手を振った。


「失礼。言い方が悪かったですね。――大丈夫ですよ。もっと自信を持ってください。何もしないでいては、得られるものも得られませんよ」


 どうやら店長は美紅の恋愛を応援してくれる気らしい。

 事情も何も知らないくせに――と思いつつも、美紅は頷く。二人の親友との約束は絶対だが、この店長との約束なら忘れてしまっても構わないだろう。


 ――覚えていたら、文句と愚痴を言いに顔を出すのも悪くないかもね。


 そう考えてしまえば気はラクになった。


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