結編
ゲームなので、魔法というやつが存在する。
高ランクプレーヤーとの対戦では、これにしばしば悩まされた。
しかしそれも、ほんのわずかな期間でしかない。魔法を使う連中は、呪文を詠唱するための時間が必要なのだ。その間だけは隙だらけになる。
そこはおいしい狙い目だった。
「右翼、来るぞ!」
「弓兵! 弓兵はいないかっ!」
敵軍のあわてふためく声が聞こえる。
もちろん、俺の突撃におののいている声だった。
「弓兵到着!」
「ネームドが来るぞ! 射よ! 射よ!」
本来ならば気構えをつくり身構えを立てて、しっかり狙わなければ弓矢など当たらない。
しかしそこはゲーム故の実力補正。
矢は俺を目掛けて飛んでくる。もちろん軽く払った。二の矢も落とす。
「クソっ、こちらもネームド! ネームドを集めろっ!」
ネームドとは、称号持ちのことのようだ。
和風ファンタジーのゲームなので、公式ではそのような呼称は無いのだが、プレーヤー同士で広まった言葉らしい。
猛者の誉れ高いプレーヤーが二人、三人。
しかしゲームに補正された剣など、俺の敵ではなかった。
斬って、斬って、斬りまくる。
広い戦場、森林の中。市街戦を問わず、戦って戦って戦い抜いた。
そして現実世界にもどると、愛刀を撫でる。
もしかしたら、左手を失ったこの体でも、まだ剣が振れるかもしれない。
左手を失ったならば失ったなりに。
いやそれ以上に、左手を失った程度で負けを認めるのは、愚かな考えであると悟る。
そうだ。
たとえ左手を失おうとも、まだ右手がある。
俺はまだ、闘えるじゃないか。
ゲームの中でも、極力左手を使わないことにした。
俺の称号は、人斬りから隻腕の剣士へと変わる。
そんなある日、街中で師匠に出くわした。
「傷の具合はどうかね?」
「はい、もう傷みません」
「最近はどうしている?」
「しばらくは落ち込んでましたが、先生からいただいたゲームで気を晴らし、学校にも復帰してます」
「………ふむ」
師匠は五〇歳を越えている。
が、意外なことを訊いてきた。
「なんというゲームをしているのかね?」
まほろば神謡というゲームだと答えた。
「最近、ヤクザ者にからまれたりとかは無いかね?」
「? とくには………むしろおかしな連中は、俺を避けているようですが」
「女の子たちはどうだい?」
それも妙な質問だった。
「最初から縁がありませんから」
そう答えた。
上位者との対戦は、協同しての戦いが求められた。
当然フレンド申請を受けることが増え、ギルドというチームにも入ることになる。
そんなある日、初心者からフレンドの申請を受けることになった。
現実でも剣士らしい。
しかし現実で立ち会いなどできないので、このゲームに入ったということだ。
わりと身につまされる話だった。フレンドを受けると、案の定一対一での練習試合を申し込まれる。
「あのね、俺の剣はいわゆる剣道とは違うから。練習試合をしても、あまりいいことは無いですよ?」
丁寧にお断りしたが、「でしたらなおのこと、是非!」と熱心なことこの上ない。
仕方ない。
部屋を借りてタイマンの練習試合だ。
「恐い目をしてますね?」
向こうからの言葉だ。
「剣士だからね」
「剣士だから、という目じゃありませんよ?」
俺の目を覗き込んで言う。
「その目は剣士の目じゃありません、人斬りの目です」
言うね、キミ。
「じゃあ、人斬りの太刀を味わってみるかい?」
「是非とも」
向かい合う。最初は左手も使って………。
ヴゥゥン!
右手にバイブレーションが走った。
これは………。
「小手をいただきました」
「なに?」
撃たれたのか? いつの間に?
「もう一手、お願いします」
「お、おう!」
何があった!
バイブレーション一回ということは、弱攻撃をもらったってことだけど。
それにしても、何があったんだ?
相手が動く。
上段に来る、と思ったら胴にバイブ。小手と思ったら姿を消して、背後からの袈裟。
もう、何がなにやらわからない。
「殺気が凄いですね。………でも、そのせいで何をしたいのか? どこを狙っているのかが、丸わかりですよ?」
クッ………こんな初心者に!
こちらから出る。
無拍子の強撃だ
しかしかわされる。
ならば連撃。
すでに目の前にはいない。
どこだ!
フワリ………。
足が地面から離れた。
しまったと思った時には地べたに叩きつけられ、組み伏されてしまった。
………この技は。
「隻腕の剣士さん」
頭上で、初心者の声がする。
「その剣は、よくないなぁ。そんな剣で、しあわせになれますか?」
一度、師匠が語ったことがある。
剣士にとって本物は、剣を置いてからわかると………。
道場にゆく。
命を捧げた、わが差し料をたずさえてだ。
忘れていたことがある。
それを思い出させてくれた人がいる。
その人に、俺の剣を預けるのだ。
剣を失うことに、もう迷いは無い。
剣を手離すことで、掴めるものがあるからだ。
俺は今日、剣を置く。