前編
ちょっとしたお話です
少し、荒れた。
そして、かなり落ち込んだ。もう、俺の人生はおしまいだとばかりに。
剣に賭けた人生だった。
小学生の頃から技をみがき、己を鍛えてきた。
それがたった一人の詰まらない過ち、交通事故ですべてを失ってしまったのだ。
左手が、動かない。
自動車に当たられて、そのままコンビニの壁とサンドイッチ。
俺の左手は見事に潰れてしまった。
医者の先生は言ってくれたよ。
「もう、君の左手は動かない」
神経が潰れてしまったんだ、ってね
ひどい話だよ。
人が命かけて積み上げてきたものを、軽く全否定してくれるんだからね。
剣は俺のすべてだった。
そのすべてを、俺は失ってしまったんだ。
それでも古流剣術を学ぶため、腰に落とし続けてきた真剣は、未練がましく手離せずにいた。
「師匠から?」
届け物だという。
母が、大きいが軽そうな段ボール箱を抱えてきた。
中身は見ずともわかる。
体感型ゲーム機シェラ、とプリントされているからだ。
話には聞いたことがある。
とてもリアルに体感できるゲームだそうだ。
うん、言っている意味そのまんまだな。
道場にくる門下生たち、俺の先輩でも後輩でも、よく話題にあげていたっけな。もちろん俺は興味が湧かなかった。
そんなゲーム機械を、今頃、なぜ?
まあ、気晴らしに遊んでみろということか。ふさぎ込むなということだろう。
師匠の気遣いに感謝しつつ、さっそく機械を設置。ちょっとプレイしてみる。
こいつがネットに接続するゲームということくらいは知っている。
うむ、パソコンやスマホでゲームしている人間を見かけるから、感覚でわかる。
で、どのゲームをプレイしますか? と、ラインナップで紹介された。
洋風ファンタジーに三國志がモチーフ………おぉ、戦国時代なものもあるな。どの作品もまばゆいばかりのCGと、きらびやかな演出効果で、デモを眺めているだけで楽しくなる。
そんな中から、「まほろば神謡」という和風ファンタジーをチョイスしてみた。
簡単な設定が紹介される。
人族、神族、魔族に別れてバトルをするのが基本らしい。
しかしそれだけではなく、諜報活動をしてみたり破壊工作に励んでみたりと、個人戦から団体戦まで、戦いの種類はかなり豊富なようだ。
人か神か魔か?
どうせやるなら人生でもっとも経験の少ない、魔族に入ってみるか。
魔族の中でも河童と天狗に別れるらしい。河童は槍が得意、天狗は剣が得意。
まあここは、迷うことなく天狗だろ。
チュートリアルさんという女の子が簡単な説明をしてくれて、まずはトレーニングモード。
って、俺の左手に、剣の感触が………。
握っている。
振ってみる。
………ある。
剣士の生命線、左手が存在していた。
「さあ、攻撃練習です! 面を斬ってください!」
サンドバッグかドラム缶に手足、という木人が現れた。
言われた通りに斬る。
さらに小手、胴、太もも、袈裟。
さらには連撃、弱弱強打。弱中強打。すべて俺が修めてきた技だ。
「素晴らしい攻撃です! ですが今度は、防御トレーニングですよ!」
これはちょっと戸惑った。
なにしろただの木人。なんの前触れもなく木刀を振り上げ、降り下ろすを繰り返すだけ。
起こりが無いので戸惑った。
が、それだけのこと。
なれてしまえば受けれる、よけれる。当然のように、連撃も軽く避けることができた。
剣道に気剣体一致があるように、俺の流派には頭体足という言葉がある。簡単に言うと、姿勢を崩すなという戒めだ。
その戒めを守り通すこともできた。
俺としては満足できるレベルで。
「素晴らしい素晴らしい! ではプレーヤーさんがチョイスした天狗。この天狗が持つスキルの練習をしましょう!」
スキル。
技術がテクニックならば、技能がスキルだろうか?
もちろんその違いを説明することが、俺にはできない。
で、そのスキルとは何か?
「それはズバリ! 空を飛ぶことです!」
剣士として鍛えあげた背筋。それは傷を負った今でも健在だ。
その背中に力がみなぎる。
黒い翼が広がった。
みなぎる力をほとばしらせて、翼を動かす。翼は空気の壁をとらえ、体を浮かび上がらせる。
さらに力を!
背中に力を!
上昇からホバリング。
そして………。
「さあ、急降下! 行ってみましょう!」
ほとんどまっ逆さまだが、まっ逆さまではない。翼で空気をとらえながらの感覚が、背中に力をみなぎらせる。
飛んでるよ! 俺、空を飛んでる!
てかこの感覚だけで、充分カネとれるぜ! このゲーム!
肉体の充実感と、フライトの疾走感。
これはちょっと、ゲームしないと味わえない感覚だ!
もし、もしもだ。
バイクや車で峠を攻める体感ゲームがサービスされたら、世の中から交通事故が減るかもしれない。
飛ばすのはサーキットかゲームの中。
現実では安全運転。
そんなドライバー、ライダーが増えることを切に祈る。
俺のような悲劇を、繰り返さないためにも………。