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裏表のある勇者と旅してます  作者: 玉川露二


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午前十時の出来事

快晴の日差しがホテルに差し込む。


午前十時のちょっと過ぎ。


「やぁやぁおはようございます、何か進展はありましたか」


廊下で立っているとカールがいそいそと近寄って来た。

緊張するけど、そんな気持ちが伝わったら逃げられる可能性があるから、私はこれからのことを考えないようにして首を横に振った。


アレンは落ち込んだ顔でカールに訴える。


「それがさぁ、俺、どんどん女化が進んでるみたいで、すっげー皆にベタベタしててさ…なんかびっくりした」


カールは痛ましそうな顔をしてアレンを見上げて、ションボリと肩を落とした。


「本当に、魔族の被害に遭った勇者御一行には申し訳ない次第…」


その顔を見るとどうしても私たちをこんな姿にした魔族だと思えず、本当にこのまま事を進めてもいいものかという感情が脳裏に浮かんだ。


でももしカールが魔族だったら私たちは消滅する。…でもいくらカールを追い込んでも正体を現さなくて脅えるだけだったら…その時はサードからカールを守ろう。


「お時間まだ大丈夫ですか?」


サードが声をかけるとカールは軽く頷いた。


「そうですね、やはり忙しいのは昼近くからなので」


「なら少しお茶でも飲んでお話をしませんか、このホテルの合鍵の使い方について聞きたいことがありまして」


「分かりました」


サードは私の部屋にカールを招き入れて、カールも部屋の中に入って行く。

部屋の窓の鍵は全て閉めてある。


そしてサードに言われた通り全員が中に入ったら

私はそっとドアの鍵をガチンと後ろ手で閉めた。


ガウリスはそのわずかな音に気付いて振り向いたけど、アレンはそんなのに気づかず、


「お菓子食べよっかなぁ~。これとか結構うまいんだよな」


とお菓子を物色し始めていて、カールは、


「それは当ホテルが近所の洋菓子店に頼んで特別に作らせた…」


と説明している。


今カールは私たちに背を向けてアレンにお菓子の説明をしている。その背中からは私たちに対する警戒心なんて一つもない。


そんな小柄な背中を見ているとカールは本当に魔族なのか、違うんじゃないかと思えて…。


でもまずはサードがお得意の嘘つき節で本当に魔族か、それともただの人間かの最終確認をするはず…。


そう思いながらサードに視線を移すと、サードは聖剣の先をカールの背中すれすれに突きつけていた。


思わず目を見開く。

そんな、最終確認する前に剣を突き立てるつもり…!?


ガウリスもサードの行動に目を見開いて止めようと動き出しているけど、サードの手の動きの方が早い。


「このお菓子は我々庶民から貴族までもが気に入っていて…」


とアレンにお菓子の説明をしているカールの背中の服に聖剣の先が押し込まれていく…!


ここまできて、アレンはようやくサードが怪しい行動を取っていることに気づいて、絶叫した。


「ちょ、サード何やってんだ!」


アレンが叫んだ時にはもう聖剣はカールの細い体を貫いて剣先が反対側に出ている。

サードは躊躇(ちゅうちょ)なく聖剣を横にスライドさせて体の中心から胴体半分をビッと切り裂いた。


でもカールからは叫び声も、出血も出ない。


サードが聖剣を突き立てたところから蝙蝠(こうもり)がバラバラと散らばって、カールは長テーブルの上に手をついて軽々と身を翻すと、テーブルの反対側まで飛んで着地する。


蝙蝠がキィキィ鳴きながらカールの体に戻っていって一体化した。


人の良い笑顔が消えて真顔になったカールは私たちをわずかに見たあと、ニヤッと笑った。


「…そっかぁ、バレちゃったんだ?」


女の人みたいな甘ったるい口調でカールが言う。


アレンは、え、え、と戸惑った顔でサードとカールを交互に見ていたけど、ガウリスはカールに向かって、まさか、と驚いた顔を向けた。


「まさか、カールさんが魔族だったのですか…!?」


アレンは、


「うそ!マジで!?」


とカールを見た。

カールは、あっはは、と手の甲でわずかに口を押さえながら笑い声をたてる。


「案外と勇者御一行も馬鹿じゃないのねえ、こんなに早く見つかるとは思わなかったけど。ま、だからってどうにもならないけどね!」


カールの頭から細枯れた体全てがバラバラと蝙蝠に変わって、一斉に暖炉へと飛んで行く。


あ!しまった!

窓はしっかり閉めたけど、この部屋には暖炉があったんだ!このままでは煙突から逃げらる…!


魔法を発動しようとすると空中にカールではなく…女の下あごが浮かび上がって、


「この部屋のインテリアは高いわよ!壊したら弁償代として金貨三百枚請求するから!」


と楽しそうに笑う。


金貨三百枚…!


高額な金額におののいて思わず手を止めてしまった。


でもこれはただの脅し、とにかく今を逃したらもう全てが終わり、それに私は制御魔法を使いこなせるんだから部屋に被害は行かない!


私は魔法を発動する。


「でもエリー!この部屋の中に自然の物なんて…」


アレンがそう言ってくるけど、あるんだよ。いつでも飲めるようにと置かれて沸騰している寸胴型のやかんの中に…!


やかんからから水柱が立った。


飲むにちょうど良いお湯の水柱は暖炉から逃げ出そうとする大量の蝙蝠に向かって枝分かれし、空気を裂く音を立てながら矢のように飛んで行く。


矢のような威力のお湯はバラバラに飛んでいた蝙蝠を一瞬の間に全て撃ち落とし、蝙蝠はキィキィ鳴きながら床の上をバタバタともがいている。


「殺せ!」


サードが蝙蝠を一匹踏みつけながら指図すると、蝙蝠たちはバタバタと地面を這うように一ヶ所に集まって、女の姿になっていく。


そこにはピンクの髪の毛をした黒いネグリジェ姿の女の魔族が、熱湯を喰らって肌が赤くなった状態で床に突っ伏していた。

でも胴体の右半分と右足の無い姿だ。大きい金額に驚いて手を止めた時に一部の蝙蝠に逃げられたのか…。


女の魔族は泣きそうな顔で震えていて、ウッと口を押さえる。


「ひどぉい…」


女の魔族は嗚咽(おえつ)を上げてポロポロと涙を流しはじめた。即座に攻撃しようとしたけど、急に泣かれて思わず手が止まる。

女の魔族はウッウッと床に顔を埋めて泣き続けた。


「毎日支配人としての私とお話もして、雑談して笑い合ってたのに…こんな…魔族だって理由で手の平を返して殺せだなんて…酷い…酷いぃ…」


静かになった大きい部屋の中に女の魔族の泣き声だけが響いて行く。

思わず私、アレン、ガウリスはお互いの顔を見合わせて、これからどうしようという気まずい空気で困惑した表情になってしまった。


思えばラグナス、ロドディアス、ロッテと人間に親しい感情を持っている魔族だっている。今私たちはこの女の魔族から消滅するような攻撃を受けてはいるけれど、それにも何か理由があって、元々は人間相手に親しい感情を持っているような魔族なのかも…。


「サード…」


私たちがサードに視線を移すと、何をこんな涙ごときで心動かされてんだ、という冷めた表情でサードは女の魔族に視線を移した。


「ここまで追い詰めてもろくに反撃しねえってことは、てめえは自分の体をあれこれ変える以外はろくに攻撃方法はねえんだろ。いいか、今動いたらエリーの魔法で殺す。だから俺の質問に答えろ。お前は何でこうやって性別を変えてる?」


女の魔族は涙を流しながら顔を上げた。その泣き顔が妙に色っぽいし、その下に見える胸の谷間につい目が行ってしまって…でもそんな所を見るのは失礼だとドギマギと視線を逸らして、胸は見ないようにと強く決意してから女の魔族の顔に真っすぐ視線を戻す。


女の魔族はまだクスン、と泣きながら話し始めた。


「私は…私の両親は…百年前に死んだ前魔王に殺されたの。私は殺される前に逃げて人間界に来た」


女の魔族は鼻をすすりながら続ける。


「私の家系は神話の時代から生き続ける伝統ある家系なのよ。私の祖先は天界の神と協力して、人間の性別を決める権利を得た魔族だった」


その話に驚いて思わず口を挟んでしまった。


「魔族が神様と協力して…!?うそ、それ本当の話なの?」


確かに人間界に伝わる神話では、大昔、神・人間・魔族は同じところで暮らしていたという話から始まる。でもロッテが言うにはその話は人間界のもので、魔界に伝わる伝説の話では神は無能で人間は家畜同然みたいな話じゃなかったっけ…。


「そうよ。魔界に伝わる伝説の話は三代目の魔王が魔界をあげて書き換えた作り話。本当の話は人間界に伝わってる伝説と同じなの。

私の祖先は神と協力して知らぬ間に生まれていた人間に性別を与える役割を得た。それが私たちの一族。魔界でも一番古いとされる格式のある魔族…。なのに…!」


次第に女の魔族の顔は憎しみの表情になって、分厚いカーペットを拳で強く叩きつけた。


「前魔王は本当の歴史を調べ始めた私たちを邪魔だと判断して、仲間を、両親を殺したのよ!魔族の手で殺されたと聞いた時にはせいせいしたわ!」


女の魔族の声色が段々と男の声になり、女の声になりとせわしなく変化しながら拳をカーペットにぶつけ続ける。


「そうやって前魔王が死んだから新しく魔王になったやつが私を迎えに来るはずと思っていたのに何も言ってきやしない!私は格式ある家の魔族なのよ!前魔王のせいで人間界に逃げるはめになったことも知ってるはずよ!それなのに未だに何の音沙汰もない!どうなってるっていうわけ!」


その言葉にサードの表情が少し変わった。


「まさか…魔王は消滅したわけじゃなくて、魔界に普通にいるのか?」


「当たり前でしょ、人間界だって国王がいなくなったら次の誰かがその跡を継ぐでしょ」


今までサードにひた隠しにしていた出来事が、女の魔族から明かされてしまった。色んな魔族たちから言わないでね、と言われていたことなのに…。

どうしよう、これでサードが魔王を潰して自分がその座に収まるとか言い出したら…。前にそんなこと言ってたし…。


ヒヤヒヤしていると、


「エリーさん、危ない!」


とガウリスの声が聞こえて振り向くと、ガウリスの槍が猛スピードで私の横をかすっていった。


驚いて「ヒッ」と飛びのくと、私の斜め後ろに誰かの姿が見えて、誰かと確認する前にギィンッという金属音が響く。


改めて斜め後ろに立っていた誰かを見ると、コック見習いの女の子…ピーチが包丁をガウリスに槍で弾き飛ばされている所だ。ピーチは手が痺れたのか包丁を持っていた手を押さえて、ガウリスを睨んでいる。


するとピーチ体がバラバラと蝙蝠になって、女の魔族の元に集まっていく。すると胴体の右半分、右足の無い姿だった女の魔族は、体が全て揃った状態となってゆっくりと立ち上がった。


「うそ…」


アレンが呆然と呟く。


私もまさか、という気持ちで呆然と女の魔族を見た。


まさか、一つの体から二人分の人間を作り出していたなんて。

じゃあカールがピーチとお酒を持ってきたのは何故か、私は支配人に言われた通りお酒を持ってきたと言い合いしていたあの時は、私たちの目の前で堂々と自作自演を繰り広げていたんだ…。


女の魔族は胸を揺らして、私たちを色っぽい目線で見てくる。


「そういえばさっきの質問に答えてなかったわねぇ?何で性別を変えるのか?簡単な話よ。勇者として名を馳せるあなたたちをこの世から消滅させる働きをしたら今の魔王だって私に目を向けるわ。そうなれば私は魔界に戻ることができる。

だから最近、この町を中心に人の性別を変えて、それは魔族の仕業だってあちこちで密かに言いふらして、元々の人間を消滅させてあんたらが来るように仕向けたってわけ」


アハハ、と女の魔族は笑う。


「言っておくけどさっき熱湯を喰らった時だって余裕で逃げられたのよ?さすがに体の片割れ残して逃げるだなんてできないから攻撃が効いたふりして同情を引いて昔話でもして時間稼いでたけど。

ふふ、どうせあと少しであんたらは性別どころか思考も性格も完全に男や女になって新しい人生が始まるの。それまで私は他の所に身を隠しているわ。じゃあさよなら御機嫌よう」


女の魔族は一方的に話し続けて、バラッと蝙蝠になりかけた。


そんな、まさかさっきの攻撃が効いていなかったなんて…!でも魔族は人間より体が丈夫なんだから確かに飲み頃の熱湯ぐらいじゃどうにもならなかったかも…。それならさっきより強い威力で…と魔法を使おうとしたけど、思えばさっきの攻撃でやかんのお湯を全部使ってしまっていた。


その全てのお湯はさっきバラバラになった蝙蝠に当たって分厚いカーペットに染み込まれてるし…!カーペットに染み込まれた水分って私の魔法で操れるの?操れるのか?

あああああそんなこと思ってる間に蝙蝠が暖炉に逃げて…!


「待てよ、忘れ物があるぜ」


サードが口を開く。

女の魔族は体の半分が蝙蝠になった姿でサードをチラと見ると、サードが指先を自分の足元にちょいちょいと向ける。


その指先を追って女の魔族が視線を下げていくと、目を見開かせた。


私もサードの指の動きを追ってサードの足元を見ると…一匹の蝙蝠を踏みつけている。


「なにか大事なもん、忘れてる気がしねえか?なあ?」


サードはニヤニヤ笑い、自分の足で踏みつけている蝙蝠に聖剣をチクチクと突き立てながら女の魔族を見る。


女の魔族は、


「ッツ!」


とかすかに痛そうな声を上げて、その豊満な胸を手で抑える。そして顔を強ばらせてサードを見た。

サードは相変わらずのニヤニヤ笑いのまま、女の魔族をじっくりと見ている。


「…魔族っつーのはすげえな。心臓が体の中に無くてもそんなに普通にしてられんのか」


心臓!?その蝙蝠が!?


「俺はさっきカールの心臓の辺りに聖剣を突き立てた。その時心臓の辺りから分離した蝙蝠に目ぇつけてひたすら目で追って叩き落として踏んどいたんだ」


サードは余裕のある微笑みを浮かべて、聖剣を両手持ちにして上に引きあげ、


「あのピーチってガキにも心臓があったってなら心臓は二つあることになるが、その動揺の仕方だと人間と同じく心臓は一つだけなんじゃねえの?それなら俺がこの蝙蝠を殺せばどうなるか…」


と剣先をヒュッと蝙蝠に突き立てようとする。


「やめてぇええ!」


暖炉から逃げかけていた蝙蝠が一気に女の魔族の元に戻って来て、女の魔族はけたたましく叫びながらサードに向かって手を伸ばして走っていく。私は女の魔族をサードに近寄らせないように杖で女の魔族が進もうとするのを防いだ。


女の魔族は色んな姿に変身して蝙蝠に分裂できるけど、単純な力は弱いのか私の力で十分止められる。


「なんだ、やっぱり魔族でも心臓を潰されたら復活できねえか?」


私の後ろにいるサードからはからかう調子でサードが声をかけると、女の魔族は私に押さえられながらも前に進もうともがいて、哀願するように…さっきよりも必死な泣きそうな表情でサードに手を伸ばし続ける。


「お、お願い、やめて、そんなことされたら私…!私…!」


「死んじゃうってか?」


振り向くと、サードはかすかに興奮の入り混じったゾクゾクとした表情を浮かべている。


…何を興奮しているんだ、この女…じゃなくてこの男。


私がそんな目線でサードを見ていると、サードはふと我に返ったような顔つきになって、


「まだ俺も男として機能してんな」


とひとり呟いた後、


「俺らと、お前が性別を変えた人間どもを元に戻せ。戻すまで俺がお前の心臓を手元に置いておく。いいな」


女の魔族は力がぬけて、ヨロヨロと床にへたり込んでガックリとうなだれた。

蝙蝠って近くを通り抜ける時、たまに「フゴフゴ」って鼻の音がする。そして見事に避けていく。可愛い。

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