犯人である魔族…?
「申し訳ございません、支配人はただ今外出中でして…」
フロントの人がそう申し訳なさそうに声をかけてくる。
「そう…ですか。分かりました、お手数おかけして申し訳ございません」
どこかの良家の御息女と言っても良いぐらいの微笑みでサードはそう言うと、私を連れてフロントに背を向ける。
いつでも遊びに来てください、と言われていた支配人室にカールはいなかったみたいで鍵が閉まっていた。
まあそりゃあ忙しいだろうからいつも部屋にいるわけもないけど、今の時間帯だったら部屋に大体いますよ、っていう時間だったんだけど…。だからフロントの人に聞いて呼んでもらおうとしたけど、どうやらカールはどこかに行っているみたい。
と、ヒソヒソと、
「今のお客様、なんだったのかしら…?」
「さあ…いきなり支配人を呼んでって言われても…ねえ?」
という会話が後ろから聞こえた。
今の私たちじゃ勇者御一行と思われないから、こうやって支配人を呼びたいときはいつも元々の姿のままのガウリスに呼んでもらっていたけど…。もしかしてカールはいるけど怪しい客だと思われて追い払われたのかしら。
少し歩いてフロントから離れると、サードの御息女の顔が外れて裏の顔になってキレた。
「一流のホテルだっつーのに、本人の聞こえるところであんな会話するか?普通」
「しょうがないわよ、私たちは今勇者とは思われてないんだから」
いつも勇者だ勇者だとチヤホヤされているから腹が立つんだろうと私がなだめると、サードは私を睨んだ。
「勇者じゃなくても客は客だろ。人を見て態度変えるようならとっととクビになれってんだ、あの女ども」
…わりとまともなことで怒っていた。
でもフロントの女性たちは美人でスラッとしている人たちなのに、それでもサードはキレている。やっぱり本人が言った通り、女性にあまり目が行かないんだ。
「ガウリスを呼んできてカールを呼び出してもらう?」
サードに声をかけると、急にピタリと動きを止めた。
「…ミステリーサークル…」
「え?」
「カールと話してる時に一回だけ言ってたな、ウィーリにはミステリーサークルっつー、たまに開催される夜の集まりがあるって。もしかしてそれに行ってんじゃねえの?」
…言ってたっけ?覚えてないけど…。
サードは表向きの顔でもう一度フロントへと引き返し、女性たちに聞いた。
「もしや支配人はミステリーサークルに顔を出しに行ったのですか?」
フロントの女性たちは曖昧な笑顔をする。
「これ以上はお答えしかねます」
支配人を呼んでくれと言った後にその支配人が居るところに行こうとしている、少しどころかかなり怪しい客と思われているのかもしれない。
するとサードは必死な雰囲気を出しながらカウンターに身を乗り出してペラペラと話し始めた。
「実は私もミステリーものが大好きでして。つい先日支配人が持っていた本が私も読んだことのあるミステリー書で、初対面ながらに話が合っていたんです。
そうしたら、そんなにミステリーが好きなら今度この都で行われるミステリーサークルに参加しませんかと言われ、その時は一緒にとお願いしていたのですが、支配人は私のことを忘れて行ってしまったのではと思いまして。
私は冒険している身で仲間にも頼みこんで出発する日にちを伸ばしてもらっているんです、一度の参加を逃したらもう参加することもできないでしょうし、場所も分からないので…」
得意のサードによる嘘つき節だわ。
でもその必死さをみるとフロントの女性たちもサードは諦めきれなくて食い下がっていると納得したようで、フロントの陰に一人が消えて紙を一枚持ってきてこちらに差し出してくる。
「これがそのミステリーサークルの集いのチラシです。隅の方に地図もありますので、どうぞお持ちください」
「ありがとうございます」
サードはまたニッコリと微笑んでチラシを受け取って、私を引き連れて外に出ていく。
「サードは性別が変わってもきっとその性格は変わらないだろうね」
「褒めんなよ」
サードは気持ちのこもってない声でそう言いながらチラシをみて歩き出した。
「けどそんなところまで行ってカールに話つけないとダメ?どうせ明日の午前くらいにまた部屋に来ると思うけど」
カールは午前の十時ごろは暇らしく、毎日フラッと私たちの元に立ち寄っては少し話して立ち去っていくのが日課になっている。
「いい加減元に戻りてえ」
サードはそう言いながら歩いて行く。
それは確かにそう。アレンだけじゃなくて私もサードもどんどんと男化と女化が進んでいて全員が恐怖を味わっているんだから。
もし明日になって皆の顔が分からなくなっているかもしれないと思うとゾワッとする。
サードは地図を確認しながら歩いていると、ふと私を見上げてきた。
「そういえばお前、この間ロッテと会ったんだろ?ロッテ呼べねえのかよ、その首輪使ってよ。ロッテに聞いたら色々分かるんじゃねえの」
サードの言葉に私はネックレスを指に引っ掛けながらサードを見下ろした。
「私もこれに呼びかけたり、何かしら念じればロッテが来てくれないかって試してみたんだけど、全然何も反応しないの。これは一方的に向こうから私たちがどこにいるか分かるだけの道具みたい」
サードは「使えねえー」と言いながら裏の路地に入り込んで、少し怪しい見た目の居酒屋の扉の前に立つ。
『今夜貸し切り、ミステリーサークルの集い』
との紙が貼ってある。店構えも怪しいし張り紙も怪しいしで初参加の人を拒むような怪しい扉だけど、サードは躊躇なく開けた。
と、中にいる色んな年齢層の男女がこちらに一斉に視線を向けてくる。
うっ。
「やぁようこそ!ミステリーサークルの集いへ!」
一斉に見られて、うっ、と思ったけど、ドアの近くに居た若い男性がお酒の入っている陶器のコップを高く掲げて歓迎してくれたからまだホッとした。
サードは中をグルリと見渡す。カールを探しているみたいだけどカールらしき人は見当たらない。
サードは最初に声をかけて歓迎してくれた若い男性に微笑み、声をかけた。
「ここに、ホテルの支配人をしているお年を召した方はいらっしゃいませんか?小柄で細くて老眼鏡をかけたカール・デズモンドという男性なのですが」
若い男性は、ああ、とお酒に口をつけながらしゃべりだした。
「カールさんね。カールさん」
「少しお呼び願いたいのですが…」
「今日は来てませんよ」
若い男性の隣の席に座っている中年の男性が代わりに答えてきた。見ると…どことなく聖職者みたいな格好をしている。
でも私とサードは、え、と声を出して、サードが聞き返した。
「来ていないのですか?」
「ええ来ていませんよ。ここ数ヶ月は全然。私はカールさんの近所に住んでいるので次は来てくださいよと声をかけていたんですが、忙しいのかやはり来られなかったみたいですね。前は一人が寂しいとかで毎回顔を出していましたけど」
あれ?でもフロントの女の人たちだってサードが支配人とミステリーサークルの集いの話をしたらここに案内するチラシをくれたんだし、ここにカールが来ているって思ってたわよね…。でも来てない…?ここ数ヶ月は全然…?
どういうこと?と思いながらふと聖職者のような服装のおじさんを見ると、首からペンダントみたいなものを下げている。ちょっと形は違うけど、カールが首から下げていたペンダントと同じものかしら。
「あなたは…カールの近所に住んでるっていう聖教者?」
「ええ、そうです。それが何か?」
「カールもそんなペンダントをつけていて。あなたの話も聞いていたんだよ、ホテルに聖魔術をかけてもらうつもりだとか、でも魔族の件があってあなたが色んな所に呼び出されて忙しいみたいだから順番的にもっと先になりそうだとか…」
「え?」
聖教者のおじさんは怪訝な顔をする。
「いや、カールさんはうちの神殿に来たことはありませんよ。ホテルの事務室に小さい祭壇があって、そこで拝んでいるからって」
「え?」
事務室には何度か入ったけど、そんな祭壇なんてあったっけ。
「それにまあ、私も前よりは忙しいですが、そんな順番待ちなんてことありません、呼ばれたらいつでも駆けつけてすぐにでも力をふるいますよ、それもカールさんに言われたらいつでも行きますよ」
私はサードに目を向けた。
サードも私に目を向けている。
今の一瞬でお互いのアイコンタクトは取れた。
「そういえばカールさんて伝説の辺りの古代ミステリーの推察が好きだよな」
と若い男性が言うと、聖教者のおじさんも、
「そうそう。中々的を射てるようなこと言うから、カールさんと話すのが楽しくて好きなんですけどねぇ、いつになったら来られるようになるのか…やはり支配人は忙しいんですね」
と寂し気に言っている。
私たちを放っておいて、二人は別の話に花が咲いてしまった。
サードは無言で行くぞ、と私を促すから、私も外に出る。
フロントの人たちはカールはミステリーサークルに顔を出していると思っていた。でも来ていなかった。
カールは聖教者から買った聖水の入った小瓶を見せてきた。でも聖教者曰くカールは一度も神殿には訪れていない。
カールはミステリーが好きで前は一人が寂しいと毎回顔を出していた。でもここ数ヶ月は来ていない。
そして魔族の活動が活発になったのはここ数ヶ月。
だとしたら?行きつく答えはひとつだけ。
「カールが、魔族…?」
でも毎日親しく話していたカールの顔を思い浮かべると違う気がする。それにカールは私たちにいつでも協力してくれていた。そんなカールがまさか…。
「でもカールは聖水を身につけていたわ、魔族は聖水が苦手なはず…」
「偽物だろ、中身はただの水じゃねえの」
「でも。でもよ?確かにカールが怪しいけどここ数ヶ月、特に忙しくてミステリーサークルに行きたいけど別の用事の方に行ってて、フロントの人たちはそのことを知らないとか…」
サードはズイッとチラシを私に見せて来た。
「ミステリーサークルの集いの日時、見てみろ」
街灯に近寄ってその明かりでチラシの内容を見てみる。そこには一ヶ月分の日程が書かれていて、毎週一回、夜の九時から深夜一時までと書かれていた。
「ネイリス…花屋の野郎が言ってた言葉覚えてるか?あいつは俺らがこうなる一週間前に女の姿になったと言ってた。俺らはその一週間後にこうなった。そして女の魔族が訪れた時間帯にこのミステリーサークルは開かれている」
アレンに化けた魔族が来たのが九時、ガウリスにサードの部屋に行ったのが夜の十二時過ぎで、そのまま去って行った…。確かにミステリーサークルが開かれている時間帯に魔族が来ていたし、このサークルが開かれている曜日に魔族が来たんじゃ…?
サードは私を見上げ続ける。
「ミステリー好きと公言している支配人がその時間帯にあの集いに出るって言ったら、ホテルに支配人が居なくて怪しむやつはまずいない。その時間帯だったら自由に動ける」
「でもカールが魔族だったら、なんでピーチにホテルの一部の人しか知らないお酒を持ってこいって言ったの?なんで自分が疑われるようなことをわざわざ…」
「この支配人も魔族に利用された被害者でシロだって見せつけたかったんじゃねえの、あの女。いくら怪しいって疑われようが、一ヶ月のらくらと逃げられればあの女の魔族の勝ちだからな。
…そうだな、思えばピーチの持ってたメモの文字は自分の文字じゃねえってカールは言っていたが、そもそも俺らはカールの字なんざ見てねえんだから本当か嘘かなんて分かる訳がなかった。
それに一般客は連れて行かない事務室に連れて行って、内部事情も話して、外部者には見せられない従業員の身元の書かれた書類も支配人として一回断ったうえで見せてきた。
そうなれば関係者にも教えられないようなところまで教えてくれる協力者、と信用させることができる。…俺らはそんなものにまんまと引っかかっちまったんだ」
そうなると話が繋がっていく。
支配人なら誰かに一言いえばお酒を持って来させることが出来る、支配人ならホテルの中を自由に動き回っても不審に思われない、支配人なら客が宿泊する部屋を楽にチェックできる、支配人なら倉庫にどのようなものがあるか把握している、支配人なら合鍵を持って歩いていても怪しまれない…。
カールが怪しいんじゃないの、と一度は思った。でもまさか本当に…?
「…明日の十時、来るよな?」
来るよなって、カールのことよね?
「ええ、毎日来てるから、明日もきっとくる」
歩きながらサードは私に続けて言う。
「いいか。明日はお前の部屋の窓の鍵をガッチリかけて、いつも通り対応して、そんで部屋の中に招き入れろ。そうして扉の鍵も閉めて閉じ込めたら一斉に攻撃する」
「でももし違ったら?カールが普通のお爺さんだったらどうするの?そうだったら…」
「エリー」
サードは私を見上げた。
「もしカールが確実にただの人間で俺の手から守りてえってなら俺が納得できるぐらいの話をしてみろ」
「…」
そう言われると…はっきりと答えられない。もうカールが魔族だとしか思えない。だって明らかに色んな人に嘘をついて回っていて、今だってどこにいるのか分からないんだもの。
無言のまま私たちはホテルへと戻って来た。
今まで普通に寝泊まりしていたこの伝統のあるホテルが急に暗闇に浮かび上がる不気味な建物に思えてきて、思わず高い壁を見上げてしまう。
「…今からアレンとガウリスにも言う?」
サードに聞くと、サードは一瞬黙り込んでから頭を横に振った。
「言わなくていい。ただ、さっき言った手はずで明日はやる。その時まで二人は泳がせておけ。皆知ってると妙な緊張感でバレるかもしんねえ」
魔族は人間の感情に敏感だ。
特に負の感情にはとても敏感で、その感情をくすぐって感情的にさせて嘆き喚き怒る人間をみて楽しむのが一般的な魔族の生きがいと言ってもいい。
しかも嘘をついても魔族にすぐバレるというのはロッテによって証明されている。
「…分かった」
エリーは明日の事を思い、あまり緊張しないようにしようと思い、ホテルの中へと入って行った。
ミステリーサークル。
ミステリーを語る集いみたいな感じで名前をつけていたけど、思えば麦畑が倒れて変な模様になるやつだ。ミステリーサークル。
どうでもいいけど稲は実るほど頭を垂れるとか言うけれど、稲は雨風で一度潰れたらもう二度と起き上がれない。
何が言いたいのかって?意味なんてないよ。




