進行の早さと洗い直し
私がカクテルバーに行ってから二週間が経過した。
でも進展は全く無い。
まず二週間前、サードは手始めにこのホテルで働いている従業員全員の身元の書かれたものが欲しいとカールに伝えた。すると、
「それは個人情報なので…さすがに…」
と断られたけど、
「ホテルの従業員の中に魔族がいるは分かっていてるというのに、あなたは宿泊客の身の安否よりも魔族を守ろうとするのですね?」
と、サードに言われると、カールはそんなことは無いと大慌てで従業員の身元が分かる書類を持ってきた。
とりあえずサードはその書類を使ってアレンと手分けして、支配人のカールからここ数日アルバイトとして入ってきた人…とにかくホテルの従業員として働いた全ての人の住居を調べて不審な所は無いかと調べ始めた。
ガウリスと私はホテルに出入りする業者の人たちを調べるために色んな職場に行ってみて業者の人たちと話したけど…そんなに怪しいと思える人は発見できない。
とりあえずあの魔族はアレンの姿でも隠し切れない色気があったから、隠しきれない色気を出している人はいないかとその点に絞って探してみた。でもそんな人そうそう居ない。どっちかというと元気にハキハキ喋ってガハハと笑う人が多かった。
そうやって一週間がたって二週間目に突入している。
私とガウリスは全ての業者を調べつくしたけど魔族っぽいと思える人は発見できなかったし、サードとアレンはまだホテルの従業員の身元を調べている最中みたいだけど今このホテルで働いている人の中で明らかに嘘の住所を書いている、記載されている内容と何か違う、ということは無いみたい。
だからもう辞めた人の中にいるのかもって辞めていった人たちを調べているみたいだけど、それでも辞めた人の情報は全て破棄しているみたいだから情報屋に探偵を雇って探させているんだって。でもそれだとどれくらいかかるのか…?
性別が変わって二週間たつ。そしてもう一ヶ月後には皆の顔を忘れて散り散りになってしまうかもしれない。
でも女の魔族の情報は本当に無い。
女の魔族の新たな情報が入ったという話を聞いてハロワに買いに行くと、すでに知ってる情報を再び聞かされるという始末。
サードは「もうハロワで女の魔族の情報は買わねえ」とブチ切れていた。
ちなみにカールも毎日従業員たちに声をかけて(いつも通り話してるだけらしいけど)普段と違う行動をする人はいないかって探している。
でもやっぱり様子がおかしい人は見つからなくて、こうやって二週間たった今では「本当に従業員に魔族がいるんだろうか?いや居ないだろうこれだけ探しても見つからないなら」って気楽そうな顔をしている。
どっちにしろカールは自分の姿も使われたから念のため近所の神殿に行って聖水の入ったペンダントを購入して、そのうちその神殿の聖教者に定期的にホテルに聖魔術をかけてもらう予定だって言っていた。
聖魔術は神様に忠誠を誓う人が使える魔術。
その魔術の中には魔族を一歩も中に踏みこませないって魔術があるらしい。カールが言うにはウィーリ中の人々が魔族のことで聖教者をひっきりなしに呼びつけていて、順番的にうちのホテルに聖教者が来るのはかなり先になりそうだって言っていた。
そして神殿からもらったというペンダントをわずかに居心地悪そうに揺らして、
「これ、聖水の入ったペンダントなんですけどね。お洒落すぎて私みたいなおじさんにはちょっと恥ずかしいですよ」
と可愛らしいペンダントを見せてくれた。小指の先ぐらいのビンの中に聖水らしい液体が入った…どこかアンティーク調の可愛い小瓶だった。ウィーリの物ってどこまでもお洒落だと思った…。
「はぁ…」
サードのため息が漏れて、この二週間の出来事とカールに見せてもらった聖水の小瓶、可愛かったなぁという思い出から今に戻る。
今は寝る前の髪の毛とかしのルーティンワークの最中。最初は文句を言いながら紙をとかしていたサードだけど、最近は私の髪の毛をとかしているとため息をついている。
やっぱり前より髪の毛が取れないんだな。
「…この姿になってから二週間か…」
私が言うと、サードもそうだな、と簡単に言葉を返す。そしてサードは私の顔を後ろからのぞきこんできた。
「…お前、ヒゲ生えてきた?」
私は顔の下半分を両手で隠す。
最初は女の肌そのもののツルツルお肌だった。なのに段々と産毛が増えてきて、ここ数日でうっすらとヒゲみたいになってきた。思えばお父様も毎朝ヒゲを丁寧に剃っていたと思い出していたけど…。
それも今まで七:三の割合で少し大人しい顔つきのお母様に似た顔だったのに、ここ最近だと柔和なお父様の顔に寄ってきている。
男になった初日は女顔だったけど、今となっては一目で男の人と分かる顔つきだ。
サードだってそうだ。グッと女性らしくなって、冥界で女装して踊っていた時のような色香を放つようになってきた。
…もしかしたらサードのお母さんってこういう見た目の人だったのかな。…色っぽい人だったんだろうな…。
「けどアレンが一番ヤバいわよね」
私の顔からサードの視線が逸れたから顔から手を離してそんなことを言うと、サードが鼻で笑う。
アレンは私とサードとは違って見た目は全然変わらない。でも前より人にベタベタとひっついてくるようになった。
「エリー、おはよう」
と言いながら横から腰に手を回してギューッとしてきたり、
「なぁガウリス、あっちに行ってみようぜ」
と言いながらガウリスの腕に自分の腕を絡めて引っ張っていって、
「なぁサード、ウィーリのここらへん怪しいと思わねぇ?」
と言いながらサードの後ろから抱きつくように腕を回してあれこれと話している。
どう考えてもスキンシップの仕方が女の子らしくなっている。
そのことをアレンに言うとアレンはポカンとした後、
「うおっ!やっべー、本当だ、俺普段そんなことしたことないのに何やってんだろ」
とゾッとした表情になって脅えていた。
「アレンは順応性高いから。一番先に女になるのはアレンだろうから、あいつを目安にすればいいな」
サードがそう言いながら私のヒゲをショリショリ触ってくる。
「ちょっとやめて」
私は軽く顔を横に動かしてサードの手から逃げる。
「明日ヒゲの剃り方でも教えてやろうか?」
嫌がらせのつもりなのか、サードはニヤニヤと笑ってくる。
私はため息をついてサードを見た。
こんな状況でよく人をおちょくれると感心する。自分が自分でなくなる恐怖を感じないの?この男。
そんな風に呆れながらサードの顔を見ると、サードの長い髪の毛が少し顔にかかっている。
「髪の毛邪魔じゃない?それ」
私はここに髪の毛がかかってる、と自分の顔に指を向けながらサードに教えると、サードは知ってるとばかりに顔にかかっていた髪の毛をスッと耳の後ろにかけた。でもすぐにバインッと元に戻る。
サードの髪の毛は直毛で固いようで、いうことを聞かない髪質みたいだ。
サードはイラッとした表情になってもう一度耳の後ろにかけたけど、すぐにバインッと元に戻る。
サードは自分の髪の毛を全て後ろに流して、私が女だった時に使っていたリボンで髪の毛を結ぼうとした。
でも私の髪の毛を結うのは慣れていても自分の髪の毛を結ぶとなると上手くできないみたいで、いつまでもモタモタとして、そうしているうちにバラバラと髪の毛があちこちから下に落ちて結局また顔に髪の毛がかかっていく。
「ああクソ、邪魔だな、髪の毛切っちまうか」
「切るの?」
私が聞くと、サードはイライラとした顔で私を見た。
「すぐ男に戻るだろうし、男の時にここまで髪の毛伸ばすこともねえからってそのままにしてたけど、やっぱり邪魔だからな。
顔にかかるわ便器につきそうになるわ寝る時には髪の毛が顔にかかってきて息苦しいわ髪の毛敷いたまま寝ると寝返り打てねえわ…」
とぶつくさとサードは文句を続けている。
でも…切るとなるともったいない。こんなに綺麗な黒髪のサラサラのストレートヘアーなのに。
歩くたびにサラサラと動くサードの豊かな髪の毛はいつも惚れ惚れとした気持ちでみていたから…。できるならこのままでいてもらいたい。
私はサードに向き直って、顔にかかっている髪の毛にそっと指を通した。
「そのままでいなよ。似合ってるんだから」
そのまま髪の毛をサードの耳の後ろにゆっくりとかけていく。
すぐ髪の毛が元の位置に戻らないようにゆっくりゆっくりと頭の横に、そして首になでつけて、毛先までそっと指を滑らせた。
私の指先を心地よく冷えたサラサラの髪の毛が通り抜けていく。指に絡まないで、最後までスッと通る髪の毛…。
「…綺麗…」
顔を上げると、どこか硬直しているサードと目が合ったから、微笑む。
と、微笑んだ瞬間サードは死角から私の頬にビンタを喰らわせてきた。
「ッブッ」
女の力とは思えないビンタに、私は何が何なのか分からない表情で頬を押さえサードを見る。
「お前、今のなんだ?わざとか?素か?」
「な、何が?」
ただ邪魔そうな髪の毛を耳の後ろに撫でつけただけじゃないか。なんで私は叩かれたんだ。
サードはどこか明後日の方向を見て腰に手を当てて長々とため息をついて黙っていたけど、ふと気づいたように私を見た。
「…そういやお前、叩かれたのにろくに怒らねえな」
そういえば…前だったら「何すんのよ!」とすぐにキレて杖を振り回している所だけど…今はむしろなんで、どうして、という理不尽さに困惑した。
サードは何か嫌な考えが浮かんでいるような顔で黙り込んだ。そして私にスッと身を寄せて、
「なぁエリー」
と、私の腕に自分の腕を絡めて、胸をギュッと押しつけてきた。
腕に感じる柔らかい感触で、体に電気ショックが流れるような感覚がして…。
「うっわああああ!」
両手をバタバタと動かしてサードを払いのけた。
「や、やめろよ馬鹿ぁ!そういうのやめろって前も言っただろ!?」
恥ずかしさのあまり顔を覆う。女でも女の体をくっつけられたら恥ずかしいものなのに…!どれだけ嫌がらせしてくるんだこの男は!この男は!柔らかくて気持ち良かったけど!良かったけど!やめろよ!もう!もう!
しばらく恥ずかしさのあまり顔を覆っていたけど、サードは何も言わない。
そろそろと手をずらしてサードを見ると、サードは私を冷めた目つきで黙って見ている。
「…何だ今の口調、男じゃねえか。それにお前、二週間前はそんな反応しなかったよな?胸が当たろうが、当たってるって一言いうくらいだっただろ?」
「…あ」
そう言われれば。
二週間前はずっと背中に胸が当たっていても気恥ずかしい程度でこんな…。…嬉しいような恥ずかしいような、でもやっぱり嬉しいような気持ちなんて無かった。
つまり…。
私はゾッとした。
私だってアレンのことをどうこう言えないほど男化が始まっているってこと。
「サード、サードは大丈夫?」
慌ててサードに聞く。
サードは少し黙り込んでいたが、口を開いた。
「最近、いくらいい女をみてもどうも思わなくなってきた…」
その一言には「ええ!?」と驚けばいいのか「良かったね」と言えばいいのか分からず黙っておくことにした。
「逆に男に目が行くようになってきた…。ガウリス良い体してんなとかたまに考えて我に返って…。自分で自分が気持ち悪ぃ」
サードはゾッと体を抱えるようにして恐ろしいという顔になるけど、それにも何といえばいいのか分からず黙っているとサードは続けた。
「ババア…俺の母親は男狂いでいたる男を家に連れ込んでたらしいからな。その血が流れてるとなると…完璧に俺が俺じゃなくなった時、俺がどうなるか分かったもんじゃねえ。そうなりゃまた俺みてえなガキが生まれて、俺はそいつを…」
そこから先はサードは何も言わなかったけど、顔が言っている。そんなのごめんだって。
それは一大事だ。
今の時点でこんなに色香を放っているんだから、サードが誘惑すればホイホイついてくる男なんていくらでもいるはず。
それでもサードも自分が自分でなくなる恐怖をそれなりに感じていたんだと思うと少し安心もした。
「…今のやり方じゃ間に合わないのよね」
私の言葉にサードも頷く。
「ねえ、もう一度最初から洗い直してみない?何か見逃してたこともあるかもしれないから」
私がホテルに設備されているメモ帳とペンを持ってきて椅子に座ると、サードも近くに椅子を引いて来て座った。
「最初は…サードの部屋に女の魔族が来たんだったね?それでサードを誘惑して…」
私がそのことを書こうとするとサードが止める。
「いいや、その前にエリーの姿でガウリスの部屋に行ったはずだ。そこでガウリスが神の話をしようとしたから女の魔族はすぐに逃げ出して俺の部屋に来たんだと思う」
「あ、違う。その前にアレンの姿で皆の部屋にお酒を持って来て…」
「いや待て、アレンの姿になる前にカールの姿になって酒を持って来いってあのピーチってガキにメモ渡したんだったな」
そう話し合いながら私たちの行動と女の魔族の行動を次々に書き出していくと、こうなった。
『十八時ごろ 当ホテル到着、チェックイン、各自ホテルマンに連れられ部屋に行く
十八時ごろ 魔族、カールの姿に化け、帰る間際のピーチに酒を持ってこさせる
二十一時ごろ 魔族、アレンの姿をして各自の部屋に行く、アレンは寝ていて気付かず
零時十分前後 ガウリスの部屋にエリーの姿で訪れるが、すぐに立ち去る
零時十分 サードの部屋にエリーの姿で訪れ、交戦、窓から去る
零時十分以降~零時半 サードが各自の部屋に行き全員を確認
~その他特記事項~
・ミルティのお酒は二本持ってこさせたが、恐らくそのうち一本は女の魔族が飲んだ
・タッキルゥというお酒もあってアレンに渡すはずだったと思われるが、アレンは酒を受け取っていない、所在不明。魔族が飲んだ?
・このホテルの一部の者しか知らない在庫品を知っている』
書き出したそのメモを見て、うーん、と唸った。
行動を書き出して時系列ごとに並べてみたけど、並べてみても新たな発見もないし結局何も分からない。
するとサードがバッと急に紙をひったくり、そしてその時系列を書かれたメモを見た。
その行動にエリーは驚いたが、まさか何か分かったのかと思って、
「なにか分かった!?」
と身を乗り出して聞いた。サードは少し黙り込んでから私に目を向けてくる。
「…俺も馬鹿だな、俺は最初に答えを言っていたのに気づかなかったかもしれねえ。エリー、お前はいつも鍵を閉めて寝てるな?」
「うん」
それはそうだ。いくら一流のホテルでも自分でもキッチリと防犯の意味も込めて鍵を閉めるのは当たり前。
「あの女の魔族はわずかな隙間から入るのは不可能。俺とガウリスは起きてドアを開けたから女の魔族は普通に部屋に入って来た。だが、どうやって女の魔族は鍵の閉まってるお前の部屋と、アレンの部屋に侵入した?」
私は少し考えて、サードの目を真っすぐ見た。
「サードみたいにピッキングで鍵を開けて…」
「バカ」
「イテ」
サードが私の頭にペコポンとチョップをかましてきた。
「普通に部屋の合鍵を使ったって思わねえのか」
チョップを喰らった頭を押さえつつサードを睨む。サードがいちいち人の部屋に侵入してくるからそう思えるんじゃないか。
でも確かにそういえば「密室トリックですか」と言っていたカールに対してサードは合鍵を使えば密室トリックでも何でもないと最もなことを返していた。
「じゃあ魔族は普通に合鍵を使って部屋の中に侵入して来たってサードは思ってるの」
「だと思うけどな。それに酒の出し入れでもあれだけ面倒臭せえ手間がかかってんだ。客室の合鍵を使うにもそういう面倒な決まり事があるかもしれねえ」
サードは立ち上がって歩き出したから、私も立ち上がってついていく。
「どこに?」
サードは私を見上げて、
「カールの所。合鍵がどこにあって、どんなふうな工程で合鍵を使う許可を出すのか聞いて来る。それを調べれば怪しい従業員が一気にあぶりだせるはずだ」
合鍵を使った人の名簿さえあれば…そして私たちが宿泊したその日、私たちの部屋の合鍵を持ち出したその人が魔族ってことね。
私たちはカールがいつもいる支配人部屋に向かった。
カールじゃないけど犯人に一気に近づいている気がして、少なからず興奮してきた。
女体化した二人
サード
「(…ガウリスいい体してんな…)」(ジロジロ)
アレン
「ガウリス今日もいいケツしてんなぁ!ッヒュー!」(パァンッ)




