ほんのり味わう大人の世界
私が気になっていたバーに入ると、思った通り女の子たちが多く訪れるカクテルバーだったみたい。
でも別に女の子だけが入るお店じゃないんだからと少しずつ中に歩を進める。中には数人ずつの女の子たちのグループがいくつかと、カップルらしき人がマチマチに座っていた。
とりあえず空いているカウンターの席に座ると、店員が視線を私に向けてくる。でもこういう所のお酒の注文もお酒の種類もよく分からないから、
「ここのおすすめをちょうだい」
と言っておいた。
…でもとんでもなく度数が高いのが来たらどうしよう。けど店員はもうあれこれとお酒に手を伸ばしているからもう何も言えずに黙って待っていると、目の前に中指と人差し指を使ってスッと差し出された。
「当店のおすすめでございます」
「すごい、色が分かれてる」
思わず喜びの声を上げると、店員はニッコリ微笑んで元の位置に戻った。
下が黄色、上がピンクという可愛らしい色合いのカクテル。流石、女の子の多いお店のおすすめものだわ。
口に入れると、やや酸味のある甘い味が口の中に広がっていく。美味しい。
ああ、私は今男にしか楽しめない、夜に一人でお酒を飲むということを味わっているんだわ。
そうしてカクテルに合う一皿料理も頼んで、おすすめのお酒をおかわりして美味しい美味しいと思っていると、目の前にスッとカクテルが差し出された。
ん?と顔を上げて店員を見る。
今は別にカクテルは頼んでいないはずだけど…。
戸惑ってカクテルを差し出してきた店員の顔を見ると、店員は全て熟知しています、という顔で、
「あちらのお客様たちからです」
と手を動かした。
店員の向ける方向に視線を動かすと、三人の女の子たちがキャッキャッと笑いながら私に向かって手を振っている。
何で自分に?何かしたかしら、私。
それでもカクテルを御馳走になったみたいだから微笑んで軽く会釈をしておいた。
すると三人の女の子たちが距離を詰めて来る。
「おひとりですか?」
「ええ」
簡単に返したけど、でもこの女の子たち、どこかで見た気がする…。私と同じような年齢で、薄緑色の髪の毛で、キャピキャピした女の子の三人組…。
グルグルとこれまでの旅を少しずつ振り返っていって、
「あっ!」
と声が出る。
思い出した!この三人組は、サンシラ行の船でガウリスに「勇者どこだよ」と突っかかって、そして服が破れたガウリスにあの白い布(服)を提供してくれたあの三人組の女の子たちだわ!
「どうしてここに?」
最初はあまり印象の良くない三人組だったけど、それでも冒険中に一度会った人とまた再会すると少なからずまた会えたという嬉しい気持ちにもなる。
親しみを込めて聞いたけど、逆に女の子たちはキョトンとした顔になってお互いに顔を見合わせて、私に視線を戻した。
「会ったことあります?」
あ…そういえば今私は男になってるんだっけ。
「ええと…あの…どこかで会ったようなことがある気がして…なんか気のせいみたい…」
しどろもどろに返すと一人の女の子が、
「やだぁ、いつもそうやって女の子に声かけてるんですかぁ?」
と笑いだす。
してないしてない、と慌てて首を横に振るけど、女の子たちは構わず話続けた。
「私たち、旅をしながら物を売り歩いてるんですよぉ。少し前に勇者様たちと同じ船に乗ったんです」
「船の中にではタイミングが悪くて勇者様には会えなかったけどね…」
「勇者様がいるって場所に行ってももう居なくなってるんだもんね。っていうかあの宗教家の人、本当は勇者様の仲間だったくせに自分は知らないとか嘘ついてたよね」
「ねー、ムカつく」
具合の悪いサードを守っていたガウリスに対して悪口を言っているからムカッとした。
「何か事情があって勇者を守ってたんじゃないの?」
ムカムカしながらもカクテルをご馳走になった手前強く言えずそう言うと、もうそんな話題はいいとばかりに女の子たちはパッと顔つきを変えた。
「ところでお名前なんて言うんですか?」
「エリー…」
と言いかけてエリーは完全に女の名前だとハッと気がづいて、慌てて、
「エリー…ザよ」
と一文字付け加えた。
すると女の子たちが怪訝な顔で私を見る。
「…エリーザ…『よ』?」
しまった、いつも通りの口調で話してしまった。これじゃあアレンみたいにオネエとか言われる。
「そう、私はエリーザ。あなたたちは?」
とにかく誤魔化そうと三人組に名前を聞いた。
「私たち三人ともエローラって名前なんですよぉ」
「名前も同じだしやりたいことも同じで気が合って。ね」
「思えば長い付き合いだよねえ」
三人組の…エローラたちは私の女言葉なんかもう忘れたみたいで、あっさり他の話題に切り替わってキャイキャイと話し合っている。何とか誤魔化せたわ。
「でもエリーザって女の人みたいな名前ですね」
一人がそう言いながら私に顔を向けてきた。
とっさにつけた一文字だったけれど、やっぱりエリーザも女の名前よね。
「ところでエリーザさんはどこ出身なんですかぁ?」
興味津々という感じで聞かれるけど…エルボ国って言ったら問題が起きるかしら。それならアレンの出身国でも言っておいた方が無難かも。
「シュッツランドよ…です」
アレンの出身国の名前はシュッツランド。アレンはその国の港町出身だってことは聞いている。
すると女の子たちは分かってるみたいで、ああー!と声を上げた。
「シュッツランド!あそこの港町、交易で栄えてますよねぇ。海辺だから魚も美味しいし男の人はカッコいいし女の子に優しいし…」
「かなり声かけてくるよね、男の人。あの国じゃ口説かれ放題だったなぁ」
…へえ、アレンの出身地の男の人ってそんな感じなの。サードみたいな人の集まりなのかしら。
でもアレンが女の子に声をかけて口説いてる姿なんて見たことないけどなぁ…。
…ん、いや待って。もしかして私が居ないところで声をかけたりしてる?
そうよ、アレンは愛読雑誌のザ・パーティの読者モデルの女の子のファンだし、私の水着姿となると興味を持っていたし、女神の胸丸出しの絵にも関心を示していたし、女風呂にもいこうとするぐらい普通に女の子に興味があるんだもの。
そんな風に女の子を口説くような国出身で女の子に普通に興味があるのに女の子にちっとも声をかけていないなんておかしい。
もしかして私がサードの女遊びの激しさにいい顔をしないから、アレンは私の見ていない所でこっそりと声をかけているのかもしれないわ。
アレンが夜に飲みに行っている時は地元の気の良いおじさんたちと酒場をはしごしていると今まで思っていたけど、今の私みたいに女の子たちに声をかけられたり、逆にアレンからかけたりして一緒に飲むことだってしていかもしれないじゃない。
そう思うと、アレンが女の子たちの肩に手を回して足を組み、賑やかに話しながらデレデレとした顔でお酒を飲んでいる図が簡単に想像できた。
…まさか、まさかまさか…!アレンがたまに朝まで帰ってこないのってサードみたいに女の子たちと遊んで…!?ファッ!?
あらぬ考えが浮かんで混乱したけど、私は即座に首を横に振る。
まず落ち着いて。あまり人のプライベートを勝手に想像し続けるのも失礼よ。本当にそうなのかも分からないもの。
うんうん、と一人で頷いていると、キョトンとした顔で私を見ている三人組が目に入る。
その女の子たちを見てハッと気づいた。
もしかしてこの女の子たちが私にお酒を御馳走してこうやって声をかけてきたのってまさかナンパ?ナンパなの?
そうよ、思えば前に読んでいた恋愛小説でもちょっと大人の世界に足を踏み入れた女の主人公が、バーでお酒をご馳走になって大人の男性にナンパされていたじゃない。
それの逆バージョンを私はされたってこと…!?
「これが…!大人の世界…!」
一人で混乱している私を女の子たちは不思議そうな顔をして見ていたけど、
「どうせなら一緒に飲みませんか?」
とジリジリと身を乗り出して言ってくる。
ナンパされてるのかもと思うと少し警戒心が湧くけど、それでもカクテルを御馳走になってこれだけ話した後で断る理由もない。
軽く頷くと女の子たちは自分達のお酒や食べ物を取りに行って私の横に移動してきた。
でも…もしかしてアレンってこうやって親しく話しながら情報をフラッと持ち帰ってきているのかしら。アレンって人と話しててフラッと情報を持って帰ってくるもの。
それならこの女の子たちに魔族のことでも少し聞いてみようかしら。
女の子たちに向き直って聞いた。
「三人はいつからここに?」
「五日くらい前くらいかな」
結構最近なのね。
…でも私たちがサンシラ国であれこれやっているうちにこの三人は真っすぐこの国に向かって来たんだと思えば普通かしら。山道もガレ場も多かったものね。
「そういえばウィーリの中を周回する魔族が居るって話があるけど、何か聞いてる?」
魔族の話を振ると、女の子たちは、ああ、と声を上げる。
「そういえば勇者御一行がその魔族の討伐を引き受けたって聞いた」
「思えば勇者御一行と同じ場所に居るんだね、私たち。会えるかもよ。船の中でエリーさんには会ったけど、海賊討伐した後で皆に囲まれてたから服渡した程度でろくに話せなかったもんね」
「どうしよ、皆のサインもらっとく?あの宗教家が勇者様たちはくつろいでるだろうからとか言うからサイン貰いにくかったもんね。結局会えなかったし」
「ねー、あの宗教家ムカつく。望めば会えるとか言ってたくせに結局会えたの一人だけだしろくに話せもしなかったし」
ねー、と女の子たちがまた腹の立つ話を自由にしているから放っておくと、
「そういえば魔族?魔族のせいで行方不明になってる人が居るとか聞くよね」
と聞きたい魔族の話になった。それに合わせるように他の二人の会話も魔族の話になっていく。
「そうそう。なんか噂で聞いたけど女の魔族っぽいよ。セクシーな感じみたい」
「でも未だにどこに魔族がねぐらを作ってるのかも分かんないらしいよ。でも夜…しかも皆が寝るような時間帯に現れるから魔族じゃなくて夢魔じゃないのって皆が言ってるっぽいよね」
「夜に部屋の中に忍び込んで…やることといったら…」
「キャー!」
女の子たちは他人事という雰囲気で歓声をあげてキャイキャイと笑い合っている。
「…」
何だかこの女の子たちも私たちが知っている情報程度のことしか知らなそうだわ。そうよね、五日前に来たばっかりなんだから。
女の子たちから御馳走になったカクテルを口に含んで飲みこむ。オレンジの味のするカクテルみたいで、飲んでいるとジュースじゃないのと思うほど飲みやすい。これだったらいくらでも飲めそう。
三人は楽しそうに話し合っていて、私は何となく思った。
思えば私は今のパーティで女一人だから、こうやって女の子たちと楽しくお喋りしながらお酒なんて飲んだことなかったわ。
男として一人でお酒を飲みに来たけど、でも私だって女の子だもの。女の子たちとお酒を飲んで楽しめるチャンスじゃないの。
私は他の人が飲んでいるカクテルを店員に指さして、
「あれを三つお願い」
と注文した。店員は手際よく三つカクテルを作って、目線でどうしますか?と聞いてくるから、
「三人に」
と女の子たちに手を向ける。店員は女の子たちの前にカクテルを差し出していった。
女の子たちは話を止めて私を見てくるから、微笑む。
「一緒に飲むんでしょ?私からも御馳走させて?」
女の子たちはどこか頬を赤らめて、もじもじしている。
「やっぱりシュッツランドの男の人って優しいんだ」
女の子たちは嬉しそうにカクテルに口をつけた。
とりあえずその後も色々と話し合ったけど、女の子たちはやっぱり魔族の情報はろくに知らないみたいで、それならもうこの場を楽しもうと女の子たちとお酒を飲んでおつまみを食べて話してと楽しむことにした。
ガウリスのことをあれこれ悪く言うからイラッとしていたけど、それがなければ女の子たちはとても明るいし場を盛り上げるのが上手だしであっという間に楽しい時間が過ぎて…どれだけの時間が過ぎたのか。
肩を叩かれて揺さぶられる感覚に私はハッと顔を上げて、肩を叩かれた方を振り向いた。
そこには心配そうな顔をしたガウリスが立っている。気づくと私はカウンターに突っ伏して寝ていたみたいで、少しよだれが垂れていた。
反対側を見ると女の子たちが心配そうな顔をして私を見ている。
ガウリス?何でここに?とガウリスを見ていると、ガウリスは口を開く。
「あの…余計かと思ったのですけど、一応様子を見てこいと言われて…。あ、山」
「え…あ…森…じゃなくて林…」
私は起き上がって口の周りを拭った。
「寝てた?私」
私が独り言みたいに言うと、女の子たちが、
「たった今、急に突っ伏して眠っちゃいました」
すると一人がマジマジとガウリスを見てと指さした。
「あれ、あなた、船で会った宗教家の人じゃ」
ガウリスはその女の子たちを見て、あ、と目を見開き、深々と頭を下げる。
「あの船の中ではお世話になりました。あの服を提供していただいたおかげでとても助かりました。あなたたちに、愛と祝福を」
ガウリスはそう言って自分の胸に手を当て、額に近づけた。これは神殿の外で相手の手を取って額に当てるのは妙に思われるかもとガウリスなりにアレンジを加えた祝福の動作。
「まだやるんだ、それ。っていうかエリーザさんと知り合いなの」
「エリーザ…?」
ガウリスがキョトンとした顔をするから、私、私、と私は自分を指さしてエリーザとは私のことと伝える。
何となく事情を察したらしいガウリスは、
「ええ、このウィーリで少し知り合いまして」
と簡単に返す。
「っていうかあんた、勇者御一行の仲間だったでしょ、なのに船の中で勇者様の部屋がどこか知らないって嘘ついたでしょ。宗教家のくせに」
と文句を言い、残りのもう一人が、
「それに結局勇者様と会えなかったんですけど」
とブーブー文句言うと、ガウリスは少し困った顔をした。
「きっと勇者様に会う時では無かったのですよ」
「何それ」
「じゃあいつその時なわけ?」
「全ては神の御心次第です。望み、時が来ればその時は来ます」
ガウリスはそう言いながら私に、
「立てますか?」
と聞いた。
本当はもっとここで飲んでいたい気持ちもあるけれど、そんな突発的に寝るぐらいならもう戻った方がいいわよね。
私は店員に勘定を頼んで女の子たちの分のお金も支払って、立ち上がろうとした。でも足に力が入らなくて立ち上がれない。
ガウリスは肩につかまって、と言いながら自身の肩に手を回させて立たせようとしたけど、身長と体格が違い過ぎて私の片足が宙ぶらりんの状態になる。これじゃあ歩けない。
「おぶさりますか?」
ガウリスは背中を私に向けてしゃがんだ。
「え、いいわよ…じゃない、大丈夫。頑張って歩く」
それは流石に申し訳ないと思ってカウンターに掴まって立とうと椅子から降りると、そのままストーンと膝から落ちて、ゴッと床に膝を強打した。
「うっ」
膝を抱えてうずくまる。意識はしっかりあるけどだいぶ足にきているみたい…!いったぁ…!
「無理なさらないでください。これで怪我などしたらどうなるか…」
ガウリスが心配そうな顔を私に向けてくる。私は痛む膝をなでながらガウリスを見上げた。
「…ごめんなさい、お願い」
ガウリスに手を伸ばすとガウリスは後ろを向くから、私はガウリスの肩に手を伸ばして掴まる。ガウリスは私をおぶると軽々とと立ち上がって外に出た。
外に出ると中の賑やかさが嘘のように静か。人通りもまばらの道をガウリスはホテルに向かっていく。
「けどよく私があそこにいるって分かったわね」
「サードさんがここに入って行くエリーさんの姿を部屋から見たそうです」
「…」
確かにホテルから真っすぐのところにあるバーなのだけれど、こんな暗く街灯程度の明かりで、しかも三区画も先を歩いている私を見ていたの。どれだけ視力がいいのよあいつ。
「…重くない?」
やっぱり今のこの状態が申し訳なくなってきてそう聞いてみると、
「軽いですよ」
とガウリスはこともなげに答える。
でもその言葉で余計申し訳ない気持ちになった。
「ごめんなさい、ガウリスに迷惑をかけちゃって」
ガウリスはふふふ、と笑った。
「この程度じゃ迷惑とも思いませんよ。むしろエリーさんはいつもサードさんやアレンさんの役に立とうといつも頑張っているではありませんか。これくらいの息抜きがあって、誰かのお世話になってもいいのですよ」
「…でも私、戦闘以外で役に立たないもの。色々と頑張っても結局のところ役に立つようなことはあまりしていないし」
今だってアレンみたいに情報収集できれば…と思ったけど、結局お酒を飲んで楽しんで酔いつぶれてガウリスに迎えに来てもらう始末だし…。アレンはどんなに酔っぱらっても一人でホテルに戻ってくるのに。
「それでも頑張っているのでしょう?」
「…結局役に立てないもの」
「頑張っている姿が素晴らしいのです。エリーさんの誰かのためにと頑張る姿は皆さんにも影響を与えています。ですからあまり自分は役に立てていないと追い込まないでください。少なくとも私はエリーさんが頑張ることで同じように頑張ろうと思えるのですから」
「…」
頑張っている姿が素晴らしい。
その言葉に、胸がジーンとして嬉しい気分になった。だって本当に私、冒険している中では戦闘でしか役に立っていないんだから。
地図も読めない、お金の管理もできない、情報収集も料理も食べ物の調達もホテル選びも交渉も…全部できない。下手をしたら戦闘でも足を引っ張ってる時もあるし。
でも実にならなくても頑張っている姿を褒めてもらって、私の頑張ろうとしている姿でガウリスも頑張ろうと思っているのなら…すごく嬉しい。
「そんな風に言ってくれるのガウリスだけよ。ガウリス好きだなぁ」
呟くと、ガウリスは笑う。
「それはありがとうございます。私もエリーさんが皆さんのことを想うのと同じくらいエリーさんが好きですよ」
バーの長いスベスベのカウンターの上をね、他の客に向かってね、一口で飲めるテキーラをね、シュッと流したいんですよね。
家のテーブルは滑りが悪くてコップが倒れてダメ。めっちゃ怒られる。




