せっかくだから飲みに行きたいの
「あーあ、せっかく女になったっつーのに楽しみが半減しちまった」
サードが何度も何度も同じことを言いながら私の髪の毛をとかしている。 それを聞くたびに堂々と女風呂に入るのが楽しみの半分だったのと呆れる。
毎日のルーティンワークの髪の毛とかしも、私の髪の毛が短くなってしまったからスッスッとすぐに櫛が通っていくのを感じる。
「つーか、髪結わえてないからどっかに髪の毛落ちてってるなこれ、クソ、何のために毎日髪の毛繋いでやってたと思ってんだ」
サードが苛立ちまぎれに悪態をつく。
長い髪の毛の時には髪の毛…もとい純金が櫛に絡みついていたんでしょうけど、今はその半分も取れないのね。
それでもいつまでも続く髪の毛とかしと悪態に私も少しずつ疲れてきた。
「私に八つ当たりしないでくれる?私が悪いわけじゃないんだから」
「知ってる」
サードはそう言いながらも諦めきれないようにもう一度髪の毛をとかしていく。
そんなにとかしたって何かが変わるわけがないのに。でも止めてもサードはやめないだろうから放っておく。
「…だが、これではっきりしたな」
サードがいきなり髪の毛とは違う話題に話を持って行こうとしているから、
「何が?」
と聞き返した。
サードは櫛に絡みついた髪の毛を私に見せる。
「髪の毛が純金になるのはお前だけの特異体質かもしれねえとも思ったが、男になってもお前の髪の毛は純金になる。やっぱり血筋なんだな。それならやっぱりお前の親父の髪の毛も純金になるんだろ」
「…」
だからお父様はエルボ国王家に軟禁されているのね。まあ純金を作り出せるからこそ命が助かっているのだろうけれど…。むしろ話題は結局髪の毛のままだわ。
でもそれよりずっと気になっていることがある。
黙っていようか、それとも言った方がいいのか悩み続けていたけど、これはやっぱり伝えた方がいいと思い直して、サードに声をかける。
「…ところでサード」
まだしつこく髪の毛をとかしているサードは、「あ?」と返した。
「あのね…さっきから胸が、背中に当たってるのよ…」
私だって女だけど、他の人の胸が体に当たり続けているのはどことなく恥ずかしいし居心地が悪い。
いつも通りに終わるならと今まで黙っていたけど、サードはいつまでも髪の毛をとかし続けているし、これからもサードが髪の毛をとかすのだろうから一応伝えておいた。
サードはそれを聞くと、私の背中にグイグイと体を押しつけて来る。
「ちょっとやめて!当たってるって言ってるのになんでわざわざ押しつけてくるのよ!」
私は前に体をずらして体を離すとサードはケラケラと笑った。
「興奮したか?」
「しないわよ!何考えてるの馬鹿!」
「サービスだ、サービス」
サードはニヤニヤしながら櫛や髪の毛の保湿液を片付けていく。でもサードは率先してサービスをする男じゃない。ただの嫌がらせだわ。
片付け終わったサードはドアから出ようとして、ふと振り向いてくる。
「ま、てめえも男になったんだ。今のうちに男にしかできねえことでもやって楽しんどけ」
サードはそう言いながら手を軽く振って出て行った。
サードの姿が見えなくなってから今のサードの言葉を思い返して、頭を悩ませる。
男にしかできないことってなにかしら。
サードが男としてよくしていることは、女性に声をかけて二人でどこかに行方をくらますこと。でもそんなことしたいとは思わない。
アレンがよくしていることとは、酒場に行って朝まではしごをすること。
思えば女一人で夜の酒場に行くのは危険だと思って今まで夜の酒場に一人で行ったことが無いわ。
今ならできるかしら。今のところどう騒いでも女の魔族が見つかるわけでもないし、サードじゃないけどそれなら楽しんだもの勝ちという気分にもなってくるわ。だっていつもアレンもサードも夜に出歩いて楽しんでるみたいだけど、私は女一人だと危ないからって大体ホテルに缶詰めだもの。
…女風呂に行こうとしたサードとアレンを馬鹿なの?信じられないと怒っていたけど、私も二人のことをどうこう言えないわね。でもいいわ、行っちゃう。
私は財布を持って、白いローブを羽織って部屋の外に出た。
朝までじゃなくてもいいけど、アレンみたいに外の酒場を何軒かはしごしてみたい。アレンの話を聞いている限りお店をはしごするのが楽しそうだったのよね。色んな人と出会っていろんな楽しい人がいるみたいで。
そうやって外に出ようとする途中、ガウリスとばったり行き合った。
そしてお互いに顔を見合わせて、お互い即座に言葉を出す。
「山!」
「林!」
これはサードが取り決めた合言葉。
サードは浴場が無いと知ってガッカリした顔でホテルに戻って来てから私たちに言ってきた。
「あの女の魔族は俺らの姿にも化ける。だから合言葉決めるぞ。ちなみにお前ら『山』って言葉で連想するのは何だ?俺は山には『林』って八三郎から習ったけどよ」
とサードが聞いてきた。
「森」
「木」
「神」
上から私、アレン、ガウリスの順。
「…出身地で変わるもんだな」
サードはどこか感慨深い顔をしていた。
とりあえず、皆が出し合ったのを何日かずつでローテーションで使うことにして、今日からしばらくは『山』と言われたら『林』。
「出かけるのですか?」
お互いに本人と確認し合ってからガウリスがそう聞いてくる。
「ええ。楽しみに走ったサードとアレンのことを馬鹿にしたけど、やっぱり騒いでも魔族が見つかるわけじゃないし、それならちょっと飲みに行こうかしらって思って」
ガウリスは軽く頷いてから微笑んだ。
「そうですね、女性の姿で夜に一人でお酒を飲みにくというのは中々できないことでしょうし。いいんじゃないでしょうか」
ガウリスの後押しもあって、私も楽しんで良いんだという心強い気持ちになる。そしてふとさっきサードの言っていた言葉を思い出してガウリスに聞いてみた。
「ガウリスは男で楽しいこととかある?」
「え…えーと…なんでしょうね…」
急に言われてガウリスは困った表情で考え込んでいる。
「サバイバル生活を何とか生き残って神官職について、その後は神に仕えてきた人生なので…。
性別が男で楽しかったことと言われても少々困りますね…。男に生まれたから男として育ってきたとしか言いようが…」
ふーん、と言いながら何となく思ったことを聞いた。
「もしガウリスも女になってたら、サードとアレンと一緒に女風呂に行きたかった?」
「エリーさん、それを聞いてどうするつもりですか」
ガウリスにたしなめるような顔で言われて、私は何を聞いているのと心の中で自分にツッコミを入れながら、
「ごめんなさい、興味本位で」
と更に口から意味不明の言葉が滑り出て、慌てて口を自分の手でふさぐ。
「…私なに言ってるのかしら、ごめんなさい」
謝るとガウリスはおかしそうに笑う。
「飲みに行くというので気持ちが盛り上がっていたのでしょう?気にしていませんよ」
いつ見ても大人の対応だわ。
私たちより年上だから大人なのは間違いないけど、ここまでどっしりとしながらも物腰柔らかく笑っている姿を見ると、子供の時に思い浮かべる大人ってこういう感じよね、と思う。
サードだって表向きの表情の時には物腰は柔らかいけど、ある程度接しているとここから先の自分の領域には入らせない、っていうちょっとした壁があるもの。
アレンは誰にでも優しいし明るくて誰の懐にもスッと入るし入らせてくれるけど、どこかお茶らけた感じだから年齢が大人でもたまに大人と思えないこともあるし。
人間が出来てる、大人って言葉はガウリスのためにあるような言葉よね。次期大神官候補としてサンシラ国の王様にも目をかけられていたというのが納得できるわ。
でも大神官の地位を蹴ってしまったのは今でも勿体ないなぁと思えてしまう。
ガウリスは大神官の道に全然興味はなかったけど、ガウリスが大神官になっていたらきっと国中の人から尊敬されていたと思う。ガウリスのお父さんのアポリトスじゃないけど、やっぱり少し勿体ない気持ちよね…。
「…どうかしましたか?」
私は黙り込んでガウリスを見ていたみたいで、声をかけられた。私はハッと我に返る。
「ううん。なんでもない。行ってくるわ。日付が変わる前には戻ってくると思うから」
「ゆっくりでいいのですよ。お気をつけて。楽しんできてください」
ガウリスの言葉に私は手を振って別れてホテルの外に出た。
そしてホテルの外を歩くたびに少し気になっていたバー…。ホテルから三区画離れた所のバーを目指して歩いて、黒っぽいシックな扉を開けた。
山といったら川。
いつからこの合言葉あるんだろうと調べてみたら、忍者本には「山には林」とあるそうです。川じゃないんです。驚きですね。




