謎解きにする?情報買いにいく?それとも、し・た・ぎ?
謎は謎を呼ぶ。
魔族と疑ったコック見習の女の子、ピーチに渡されたメモを見ると、どうやらアレンにも渡されるはずだったタッキルゥという三十年もののお酒があったらしい。それはアレンに渡らず行方不明なまま。それとミルティは二本取り出されていたみたいだけど、そのうち一本も。
でも行方不明のタッキルゥとミルティの謎はすぐに解けた。
サードが言うには女の魔族からは甘い牛乳みたいな匂いが漂っていたから自分が飲みたくてついでにもう一本盗んだんだと思います、ということで収まって、タッキルゥについてはアレンがずっと寝ていたから渡せなかったのでしょう、と言った。
アレンは昨日夕食後お風呂に入った後は寝ていたと言っていた。それから考えても魔族がお酒を飲もうと誘ってきた時間帯にはとっくに寝ていて、それも一度寝たら中々起きないアレンなのだから、いくらドアをノックされても気づかずぐっすり眠っていたんだと思う。
それなのに知らぬ間に部屋の中に記憶にないお酒が置いてあったら不審だものね。
納得したけど更に謎が湧き上がる。
ならずっと鍵をかけて寝ていたアレンの部屋、そして私の部屋にどうやって侵入したの?
「魔族ですし、何かしらの魔力でちょっとした隙間から侵入できるのでは?」
ガウリスが言うと、サードは首を横に振った。
「あの魔族は私の部屋から外に出る時には窓に近寄り、わざわざ窓を開けてから出て行ったんです。わずかな隙間から出入り自由ならそんな面倒なことはしないでしょう。
まあ蝙蝠が通れる隙間があれば可能かもしれませんが部屋にそのような隙間はありません。ですからドアや窓のわずかな隙間から侵入・脱出することは不可能でしょう」
「密室トリック…ですか」
そしてなぜか話し合いに参加しているカール。
朝の一仕事が済むと、カールはしばらく暇なんだって。
しかもミステリーと推理小説が好きなカールはまだ犯人…魔族捜しが続くとなると私も話し合いに参加します、私の対策不足が原因でもありますからと責任を取るようなことを言いつつ、あれこれと推理小説の世界にどっぷりハマっているようなセリフをたまに口に出している。
そしてサードはカールの密室トリックという言葉に対して、
「単純にホテルの従業員だったら合鍵も使えるのではないですか?そうなると密室でもなんでもありませんよ」
と最もなことを返す。
でもカールはもっと焦った方が良い気がする。だって魔族は自分に化けてホテルの中を自由に動き回っているのよ?下手をしたら魔族がカールを殺して支配人に成り済ますこともあり得るもの。
カールはそのことに気づいているの?
そこまで考えてふと思った。そして怪しい、という目でカールを見る。
「まさかもう魔族は支配人のカールを殺していて、カールに成りすましているんじゃ…。あなた本当は女の魔族じゃないの…?自分が魔族だから対策もやる必要がないって放置してたとか…」
ジットリ睨みながらカールを見ると、カールは、えっ、と肩を跳ね上げて慌ててサードの影に隠れる。
「ち、ちち違いますよ!確かに魔族の対策不足は本当に申し訳ありませんでした。しかし私は本当に人間でただの支配人です!怪しいと思うなら他の従業員に聞いて回ってください、魔族の現れ始めた数ヶ月前と今の私で何か違うか…!」
するとサードは私に顔を向けてミルティにある印…日付も載ってあるという印を指さす。
「エリー、この日付からみてカールさんがミルティをこのように手に入れたのが一ヶ月前です。そしてウィーリで魔族の活動が活発になったのは数ヶ月前から。支配人になりすました魔族がお酒の買い付けのために何度も頭を下げに酒蔵に行くと思いますか?」
そう!そう!とカールは大きく頷いて、
「そのあとにも色々な所に直接赴いて食料から調度品や備品も取り付けています、事務室で調べてみたら私が取りつけたものがわかります、その書類も保管してますから…」
…そうね、支配人を殺すような魔族がそんな甲斐甲斐しくホテルの仕事をするわけないわね…。
「ごめんなさいカール、疑って」
カールはホッとした顔でサードの後ろから離れて、よし、と手を握った。
「どうやら私も少なからず疑われている様子…なら私は聞き込みをしてきます」
「でもそれで魔族だって分かった時に襲って来られたらどうすんの」
アレンが心配そうに声をかけると、支配人は笑った。
「いえ、いつも通り皆の働きぶりを確認しながら声をかけてくるだけですよ。今日は昼食のコンサート挨拶まで暇なもので」
と言いながら、妙にやる気のある顔で「では、失礼します」と頭を下げて出て行った。
カールを見送ってからサードは私に視線を移した。
「カールは協力者だ。最大限に活用するつもりだから機嫌を損ねるようなことは言うな」
表向きのお人形さんみたいなにこやかな笑顔から一気に世間にすれた女みたいな顔つきなったサードは私を睨んできた。
「だって怪しかったんだもの。でも疑って悪いことをしたわ…。嫌な気分にさせてしまったわよね」
「気にすることはねえ、カールだって女のガキを犯人扱いして一方的に詰め寄ってただろうが。それに怪しいことには変わりねえ。魔族がずっとうろついてる首都のホテルの支配人にしてはのんきすぎる、危機感がねえ。
だが魔族がこの数ヶ月でカールを殺して成り済ましてるにしては支配人としての仕事に慣れすぎてるし、内部の事情にも従業員の名前も把握しすぎてる。厨房の見習いのガキの名前すら把握していたからな」
「じゃあただのんきな性格なだけじゃん」
アレンの言葉にサードも、まあな、と頷いた。
「それならどこから調べましょう?このホテルの内部に魔族がいるのはほぼ確定ということで調べた方がいいのでしょうか」
ガウリスが声をかけるとサードはわずかに悩む。
「従業員としてホテルに侵入してるのは確定だろうと思う。だがわざわざ働いてるのかと思えば妙だ。魔族が人間に混じって働く意味なんてねえだろ」
「別々のお客さんになりきって、あとは顔見知りの従業員に化けてあちこちホテルの中を動いてたとかは?このホテル居心地いいからずっと居着いてるとか」
アレンがそう言うけど、別々の見た目で客として来ているなら見分けもつかないし、本当に捕まえ所がないじゃないの。
どうするのよとウンザリしているとアレンはボソリと続ける。
「けどこのホテル居心地いいけど宿泊代めっちゃ高いから、そんな毎日連泊できる金があればだけど」
「魔族なら色んな手法で金を作れんじゃねえの」
サードはそう言いながら立ち上がった。
「まず二手に分かれて情報収集するぞ。戦力を考えて今の性別で、男女一組ずつに分かれる」
サードの言葉にアレンは隣に座っているガウリスを見る。
「じゃあガウリス、一緒に行く?」
ガウリスは頷いているから、私はサードと一緒ね。
私はサードに質問する。
「まず何から調べるの?やっぱり従業員一人一人に聞く?」
「まずハロワで女の魔族の情報を買いに行く。聞き込みはそのあとだ」
「じゃー、俺らは別の方向から行こっか」
皆で外に出て二手に別れて、私とサードは歩き出した。
サードは鎧すら重いって装備品はほとんど部屋に残して、聖剣だけ腰にぶら下げている。
小柄な体の細くくびれた腰に聖剣をぶらさげているから、ベルトが食い込んでいて見ていて重そう。
「けどハロワで情報収集なんてできるの?」
サードにそう聞いた。
ハロワでは依頼を出して、終わったらお金をもらいに行くところじゃないの?
「できる」
と素っ気なく言いながらサードは歩いて行く。
へえ、ハロワで情報収集できるんだ。知らなかった。
そうやって歩いていて、サードが急に歩みを止めたからサードを追い越してしまった。立ち止まって一歩後ろにいるサードを振り向く。
「どうかしたの?」
サードはしばらく黙り込んでいたけど、私の顔を見ながらゆっくりと口を開く。
「…痛え」
サードの一言に、えっ、と驚きの声が漏れる。サードがわざわざこう言うなら本当に痛いんだわ。
「どこが痛いの?もしかして魔族の仕業で今になって体に痛みが…?」
サードはどこか屈辱そうな顔で眉をしかめて、口を開いた。
「胸が歩く度に揺れて痛え」
「…」
へえそうなの、そこまで大きいと歩くと揺れて痛いの…。
私には無縁だった痛みに何とも言えない気持ちになるけど、でもこんなに大きい胸でノーブラは確かに辛いわよね。色んな意味で。
それなら、と私は視線を向こうに向けた。
「下着買いに行きましょ?昨日可愛いショップ見つけてたの」
ホテルから歩いて少しのランジェリーショップにサードを案内した。
お洒落なウィーリのランジェリーショップは一目見ただけで惚れ込んでしまって、時間に余裕がある時にこのショップでランジェリーを何着か買って行こうと決めていたのよね。
るんるんとサードの後ろをついて中に入ろうとしたけど、ショーウィンドウにフッと映った男姿の私を見て慌てて歩みを止めた。
サードは普段入らない…ううん、入れない女性用ランジェリーの並ぶディスプレイを見て、「おお…」とかすかに感動している声を漏らしながら進んでいく。
「サード、店員さんに冒険者ってことと、フィッティングお願いって言えばそれなりにやってくれるから」
ランジェリーに視線を奪われているサードに外から声をかけておいて、私は外で待つ。
本当は私だって中に入ってあれこれと見てみたいけど、男の姿でこの女性下着の店に入られない。
前にランジェリーを選んでいたら男女のカップルで来店して選んでいる人たちがいて、男の人がいるそばであれこれと見るのが嫌だったのよね、私…。
まああの人たちにしてみたら私なんて居ても居ない同然で気にしてないんでしょうけど、気分的にちょっとね。
ふう、とため息をついて待っているけど、外で待っているだけで通り過ぎる女性たちがジロジロと見てくる。
段々と身の置き所が無くなってきた。
今まで女性物の服やランジェリーショップの外でアレンとサードを普通に待たせていたけど、こんないたたまれない気持ちで待っていたのかしら。だったら申し訳ないわ。
身の置き所に困って隣のショーウィンドウをみて時間を潰していると、ありがとうございましたー、という声と共にサードがどこかげっそりした顔で外に出て来て「正気か?」とでも言いたげな表情で私を見た。
「お前、今まであんなことされてたのか…?」
「フィッティング?うん、だってお店の人に頼んだ方がちゃんとやってくれるし、冒険者だって言えば長持ちするの持ってきてくれるもの」
フィッティング…女性店員が手袋をつけて客の胸をひたすらランジェリーに収めて、その人に合うサイズの下着を提供する作業。
店員にしてみたらただの仕事だけど、そんな事と知らずいきなりやられたら驚くかも。
むしろサードも試着室に通されていきなりそんな作業が始まって動揺したのかしら。想像するとちょっと笑えてくる。サードは一体どんな対応をしたのやら…。
くすくす笑っているとサードが睨み上げてきているから私は笑いを引っ込める。
「でも冒険者だって言ったら動きやすいもの持ってきてくれたでしょ?」
「まあ…な」
サードは何とも言えない表情で歩き出した。
その後サードは痛いと言わなくなったかやっぱりやってもらって良かったんだわ。良いことをした。
うんうん頷きながらハロワにたどり着くと、いつも私が見ている受付カウンターを通り過ぎて、もっと奥にサードが歩いて行く。
そのまま奥に続く扉をキィ、と開けてサードが入って行って、後ろをついて行きながらふと上を見あげると、情報管理室という固そうな名前のプレートがついている。
「ここのハロワにはこんな場所あるのね」
「どこのハロワにもあるぜ。エリーはほとんど表の依頼室から奥に入ったことねえからな」
こんなに人の多いハロワに来たというのにサードは裏の顔のまま。女の姿で誰も勇者と認識しないからね。
そもそも依頼を受けて報酬を受け取るところが依頼室という名前がついていたの。…思えば情報収取は大体アレンとサードが中心になって動くから、私は二人が情報を集めてる間は町中を歩いて買い物してるか宿屋で留守番してるかのどっちかだものね。
情報管理室の中に入るとサードは空いている窓口に近寄って片肘をかける。肘と一緒にドインッとカウンターに胸も乗った。
サードを見下ろすと、自然と目が胸に視線が行ってしまう。何度見ても迫力のある胸だわ。思えばサードの胸は今何カップなのかしら。
でも公衆の面前だし私だって貴族なんだからそんな品の無いことはとてもじゃないけど聞けない。
「この町中を周回する魔族の情報はねえか?」
サードがカウンター向こうのおじさんに声をかけると、おじさんはチラともこっちを見ずに、
「その依頼、勇者御一行がお受けになったから別の情報買ったら?」
とやる気もなさそうに新聞を見ながら言ってくる。動く素振りすらない。
…私たちが勇者一行なんだけど、まあ分からないわよね、性別も変わってるんだから…。
サードは少し考えるそぶりを見せたけどすぐに言葉を続ける。
「俺らは昨日勇者と同じホテルに泊まってて、朝に勇者に声をかけられたんだ。自分たちは魔族の調査をしに出掛けるから代わりに情報を買ってきてホテルマンにでも渡しておいてくれないかってよ。
俺らはある依頼で日暮れまでに五つ向こうの町まで行かねえといけねえんだ。こんな事で時間取られたくねえから早く情報を売ってくれ」
…よくもまあ、瞬間的に適当な嘘をペラペラと喋られるものだわ、尊敬はしないけど別の意味では感心する。
それでもおじさんはサードの言葉を聞いてようやく動きだして席を立つと、棚の多い奥に消えた。そして束になった紙を持って戻って来る。
「で、勇者様はどんな情報が知りたいって」
指を舐めながら分厚く重なった紙をおじさんがペラペラとめくっていく。
「全部」
「ぜん…!?」
おじさんはここでようやく顔を上げて私たちをしっかり見てきた。
「…この紙全部、ってこと?」
「ああ、全部」
「全部…だと高いけど?お金は?」
「勇者御一行からお金を余分に預かってる。心配なら先に払うぜ?」
いいからとっととそれを寄こせ、ということね。
おじさんは何か聞きたげな顔をしたけど、言われた通り手に持っている紙をペラペラ全てめくり、最後の一枚をパァンッと鳴らす。
「しめて銀貨八枚と銅貨一枚」
本当にそんなお金を出せるのか、と言いたげなおじさんの前にサードはその枚数分の銀貨と銅貨を一括で支払った。
それを見ておじさんはいよいよ怪しいという疑わしい目つきで私たちをジロジロとみてくる。
…むしろしっかりお金も払ったのに何でこんな目で見られているのかしら…。
「…その残りのお金、ちゃんと返すつもりだろうね?」
おじさんがしげしげと私たちを見ながら言ってくる。どうやら私たちがこのままお金を持ち逃げする気じゃないかと思って疑ってきているみたい。
むしろこのお金、元々私たちのお金なのに。それに勝手に泥棒扱いされるなんて心外だわ。
おじさんの言葉にムッとしていると、私とは対照的にサードは笑った。
「勇者を敵に回すようなことする馬鹿はいねえ。それにそんなことされるような間抜けな勇者だったらとっくに今の地位から転げ落ちてるだろうよ」
おじさんは、
「…ふん」
と鼻を鳴らして横を向くと、お金を後ろの金庫の中に入れに行った。
ちなみにサードはHカップです。アレンはノーブラで行動中。




