犯人は…君か?
性転換して男になった私は元々の自分の服を着たらピッチリして動きにくくなってしまって、サードの紺色の服を借りて上に白いローブを羽織ることにした。
アレンも女になったら身長が二十センチ縮んで元々の自分の服を着たらダボダボだから私と同じくサードの紺色の服を借りて、サードには服を借りたお返しに私の服を貸した。
でもサードは元々の私よりも小柄で私の服でも少し大きいみたいだけど。
朝食を食べ終わってから唯一元の姿のままのガウリスがフロントに行き用があって支配人と少し話をしたいと伝えてもらうと何か不都合でもあったかとわずかに脅えられながら、
「支配人はもう少しで時間が空くので直接お部屋に伺うと言っております」
と返されて、それなら私の部屋にとお願いして部屋で待機している。
雑談混じりに魔族のことを話していると、ドアをコンコン、とノックされたからガウリスが扉を開けて中に入るよう促した。
現れた支配人は、今のサードよりも背の低い、細枯れたお爺さん。
でも優しそうな人の良さが全面に出ていて、分厚い老眼鏡を頭の上にあげながら私たちを見て目をパチパチと瞬かせている。
「…黒髪のサードさん、赤髪の武道家のアレンさんは男性で、魔導士のエリーさんは女性と伺っていましたが…おや、部屋を間違えてしまったか…?大変申し訳ありませんでした、部屋を間違えてしまったようです」
頭を下げて慌てて出ていこうとする支配人をガウリスがひき止めて、椅子にどうぞと促す。
性別の違う私たちに支配人も頭が混乱しているような顔つきで、椅子に座っても落ち着かなそうな顔をしている。
女の子になったサードは表向きの表情…まるでお人形みたいな愛らしい微笑みを称える。
「改めまして、勇者のサードです。そちらからアレン・ダーツ、エリー・マイ、ガウリス・ロウデイアヌスです」
「…あの、性別が違うような、あ、いえ私はカール・デズモンドです、当ホテルの現支配人を勤めさせていただいております」
困惑の顔の支配人…カールが自己紹介するとサードも笑顔のまま困惑の顔をしている。
「我々も困惑しているんです、まずは私たちの話を聞いていただいてもよろしいですか?」
その言葉に支配人はおずおずと頷いて、サードは昨夜あったこと全てカールに話した。もちろん、勇者サードの名前に傷がつきそうな話は上手にカットした状態で。
ホテルの従業員に魔族が化けていたのかもしれないという私たちの最終的な考えを聞くとカールは驚いた顔をして、頭を抱えた。
「まさか六百年の伝統を誇る我がホテルに魔族が侵入していた…!?なんたる…!」
「それで、俺らと話してたホテルの人たちのうちの誰かに魔族が化けて俺らの部屋も調べてやって来たんじゃねえかなって思ってんだけど」
アレンがそう言うと、カールが困惑したような顔で眉を垂れさせる。
「我々のホテルに魔族が勤めているとでも?」
「それもあるかもしれないし、本人を気絶させて従業員になりすましていた可能性もあると思うわ」
カールが来るまでにサードが言っていたことを伝えておく。
「なんかイケメンの見かけで女の口調って、本当にオネエみたいだなぁ」
アレンが全く関係のないことをのたまってきて、アレンを睨んだ。
「少しお待ちください、昨日勇者御一行の対応した者たちに話を聞いて、行動表も持ってきますので…」
カールは立ち上がってせかせかと部屋から出ていって、待ちくたびれたころに戻って来た。
「どうだった?」
アレンが聞くとカールは頭をかく。
「思えば魔族かもしれない者に魔族かと直接聞いたら私の身が危ないと思い直して、勇者様たちに主に対応した者たちに不審な動きはなかったかと他の従業員らに聞いて回ってみました。
しかし勇者御一行に魔族が接触していた時間帯には全員この行動予定表どおり持ち場を離れずに自分の仕事を全うしていたようです」
これが各従業員の行動予定表です、とカールは私たちとあれこれ話した人たちの行動予定表を一枚ずつ並べていくけど、それにはびっちりとスケジュールが書かれている。
「うわっ、細か…皆この予定通りに動かないといけねぇの?」
アレンは嫌そうな顔する。俺はここでは働きたくないと言いたげな表情だわ。
「これは目安なようなものですよ。宿泊業で接客業、それにこのホテルは伝統ある一流のものですので、お客様に満足いただけるようにと隅から隅までやることがありますから。確かに勇者様たちの言葉を聞くと従業員に魔族が紛れ込んでいたように思えますが…」
どこか自尊心を取り戻したような顔つきでカールは顔を上げる。
「皆持ち場を離れていなのです、やはり魔族は従業員などに化けておりません!」
「しかしホテル内に侵入されたのは事実です」
サードは何かをポケットから取り出してテーブルの上に置いた。それはピンク色の房…髪の毛?
サードは髪の毛の房をカールに近づける
「これは魔族の髪の一部です。部屋に残っていたので一応証拠として取っておきました。確かに従業員に魔族はいないかもしれませんが、従業員にも一般客にも化けられる魔族がホテル内をこれからもうろつく可能性は大いにあるでしょう。
なんせ首都の中をうろついている魔族なのですから、また宿泊客に被害が及ぶ可能性は十分にあります。ホテル側も対策を練るべきです」
サードの言葉にカールは言葉に詰まって、申し訳なさそうな顔つきでうつむいて黙り込んだ。
そりゃあ面と向かって被害に遭った宿泊客からお前のホテルは対策不足とハッキリ言われたらね…。それに数ヶ月前から魔族はうろついていたんだから対策を練るくらいは確かにできたはずだもの。
でもカールは細枯れた小柄な老人だから、こうやってうつむかれてしょぼくれた顔をされると妙に罪悪感が湧くわ…。
「…おやこれは…?」
ふと顔を上げたカールがテーブルの隅にあるミルティに視線を移す。
「昨日アレンに化けた魔族が持ってきたお酒よ」
「私ももらいました」
「私もです」
「…俺もらえなかったな…」
上から私、サード、ガウリス、少ししょんぼりしているアレン。
ミルティを眺めていたカールは真剣な顔を私たちに向けてきた。
「皆様がいただいたお酒の銘柄は?」
「モッティ・ウィスキー五十年もの。アルコール分三十八パーセント」
サードはサッと答えるけどガウリスは、
「部屋まで取りに行ってきます」
と立ち去ってからボトルを持って戻って来た。ラーディタインという名前で三十年物みたい。
ガウリスの持ってきたラーディタインを見たカールはどこか暗い顔になってボトルをくるくる回していたけど、嘆く顔でこちらを見てきた。
「…やはり魔族はうちの従業員に化けていた…いえ、今も化けて働いているのかもしれません」
「どういうことです?」
サードが一番に反応して聞くと、支配人はミルティとラーディタインのお酒を並べた。
「この二つにモッティ・ウィスキー五十年物は全てうちのホテルで取り扱っている品種で、近隣の酒蔵から特別に取りよせている極上のものばかりです。ここに我がホテルで品質を保証するという印が押してあるんですが…」
そう言いながらカールはラベルの隅にあるお洒落な印を指さして、そこまで聞いたサードはピンと来たみたいで口を開いた。
「魔族はホテルで押された印の入った酒を持ち出している。だからホテルの関係者として魔族がいると…?」
カールは老眼鏡越しにラベルの印を見ながら渋い顔で独り言のように呟く。
「…そんな気が…。この印がついたものは気軽に扱えるお酒ではありません、貴族や国の方々がいらっしゃった時、大事な方をもてなすためにこそっと頼むような…特別感を出すための秘蔵酒なのです。
ですから従業員でもセラーにこのお酒があると分かっている者もほんの一握りなはずですし、ただ首都をうろついているだけの魔族がセラーから正確にこの印のあるお酒だけを取り出すなんてこと…だって置いてある場所もバラバラですから…」
「え、でもミルティはこの首都の女の子たちの間で大人気だって…」
魔族が言ってた、と言おうとすると私の言葉にカールはミルティを見て続ける。
「ミルティは近隣の貴族階級の女性の間で人気がありすぎて、それも手作りなもので出回る数に限りがありますから手に入りづらい一品なのですよ。日付から見ればこれは私が酒蔵に何度も頭を下げに行って特別にまとめて十本買えた時のものです」
…貴族階級の人たちが競って買うほどのいいお酒だったのね、そうよね、お酒をあまり飲まない私でも美味しいのは分かったもの。…むしろそんないいお酒を普通に皆で飲んでしまっているけど…いいのかしら…後から宿泊代と一緒に請求されたりしないかしら…。
心配になってきてドキドキしていると、ガウリスが聞いた。
「しかしそのお酒があると知っているのは一握りの人だけなのでしょう?それならその一握りの中に魔族がいる可能性があるということですよね?」
そうか、つまり魔族は誰か一気に絞れるんだわ。
カールは少し微妙な顔で頬をかく。
「まあ、その一握りの中に私も含まれますが…その通りでしょう」
そう言いながら椅子から降りて私たちを見た。
「では特別にセラーの方へ案内します。事務室に行けばセラーに出入りした者の名簿がありますから」
「名簿」
アレンがオウム返しするとカールはどうぞこちらにと手を入り口に差し伸べながら歩いて行くから、私たちもついて行った。
「ホテルの恥になる話ですが、ホテル建設当時の従業員たちはこっそりセラーに侵入してお酒を持ち出していたそうで、それ以降はセラーに鍵をつけ、その鍵は事務室の壁にかけることになっております。
セラーに入りたい者は事務の者に声をかけ名前を記入し鍵を受取り、鍵を受け取った時間を記入します。その後は何をいくつ取り出したかも記入し、何時に鍵を事務の者に返したかも記入する流れなのです。ここまで面倒なことをしないとこっそり持ち出す者が後を絶ちませんで…」
やれやれお酒の魔力は恐ろしい、とカールは自虐気味に笑いながら歩いて行く。カールのグレー色の髪を真上から見下ろしながら歩いていると、サードが呟いた。
「つまり私たちに持ってきたお酒をセラーから取り出した者が魔族だと」
カールは歩きながらわずかに振り返る。
「ええ。在庫確認のためにセラーに入る時でも私もしっかり名前を書くことになっておりますから、従業員に化けている魔族の名前もしっかり名簿にも書かれているはずです」
それを聞いて私たちはホッとした表情を浮かべた。思ったより簡単に事が済みそうだもの。
後はその名簿を見て、私たちに渡したお酒をセラーから取り出した人の名前をみつけて、その従業員もとい魔族を追い詰めればいいんだわ。
サードから聞いた話だと魔族は蝙蝠になってバラバラになるみたいだから戦うのは少し大変かもしれないけど、でも私の魔法があれば一発で蝙蝠も全部打ち落とせるだろうって言っていたし。
すると、カールが歩きながら、ふふ、と笑いを漏らす。
「どうかした?」
声をかけると、カールはハッとした顔をしてわずかに申し訳なさそうに、でもどこかニヤけが止まらない口元で笑っている。
「いえ、こう、犯人を追い詰めるようなものに私も参加しているんだと思ったらつい楽しくなってしまって…ミステリー小説に推理小説が好きなもので」
でもすぐに顔を引き締める。
「でも先ほど言われた通り私の対策不足で皆さんがこのように被害に遭ってしまわれたのですから、そう楽しんでもいられませんよね、申し訳ありません」
そのまま前を向いて歩き続けるけど、前を向く一瞬でやっぱり口元は笑っていたし目はキラキラしていて足取りだって犯人を捕まえてやる!っていう意気込みが感じられるほどの勇ましさだわ。
何だかんだでカールは今の状況をどこか楽しんでるわね…。
そのまま事務室に行って名簿を受け取ると、私たちに渡したお酒全てをセラーから取り出した従業員はすぐに見つかった。
「これは…コック見習いの女の子ですね」
「見習いでもそんな貴重なお酒を手に取れるのですね?」
サードが聞くとカールは、まあまあまあ…、と曖昧に笑いながら名簿を事務所の人に返した。
「煩忙な時間帯は調理場は戦場のようで手の空いている者は全て使う勢いですから…私としては料理長に取りに行って欲しい所ですが、あの現場を見たら何も言えません…」
しかしながら、とカールはキラキラした目で私たちに向き直る。
「これで犯人は分かりました!後は追い詰めて供述を聞くのみです!」
「別に魔族の供述はいらないんじゃね?」
アレンがボソッとツッコんだけど、カールの耳には入らなかったみたいで、
「行きましょう!」
と駆けだした。
とはいってもカールは少し走ったら息切れを起こして後は早足で調理場に向かったけど。そして調理場にたどり着くとそのコック見習いの女の子もすぐに見つかった。
サードから聞いた魔族はピンクの長い髪の毛で、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるという妖艶な女性。
…だけど支配人が呼び出した女の子は明るいクセっ毛の茶髪を二つ結びにした、そばかす顔のピーチ・メラという背が低めの十二歳の女の子だった。
まさかこのピーチというあどけない顔の女の子が、私に化けてサードにしなだれかかって誘惑した魔族?
信じられないと思いつつ、急に暴れ出した時用にいつでも魔法を放つ準備を整えておく。
カールは追い詰めたぞとばかりにピーチの目の前をもったいぶるようにウロウロしてから、
「一つ質問いいかな?」
と声をかける。ピーチは落ち着かない顔でコクリと頷いた。
「どうしてこの三つのお酒を昨日セラーから取り出して、勇者御一行に渡したんだい?」
お前が犯人…魔族だと知っている、という遠まわしなニュアンスを含めながらカールが聞くと、ピーチはキョトンとした顔でカールをわずかに見上げた。
「何を言ってるんですか?私、そんなことしてないですよ」
カールは、やれやれもう分かっているのに強情な…という姿勢でまたもったいぶるようにピーチの目の前をウロウロして、ビッシィッとピーチに人さし指を突き付ける。
「もう分かっているんだよ、君が魔族で、そして勇者御一行の命を狙っていたというのは!この世に解けない謎は…ない!」
…何かしらの推理小説の世界にのめり込んでるわ…カール…。
少し呆れていると、ピーチはムッとした顔で、身の潔白を証明するように強い口調でまくしたてた。
「何言ってるんですか!確かに私は昨日お酒を取りに行きました!でも昨日、私が定時で六時に帰ろうとしたら支配人が『勇者御一行が宿泊に来たからこの四つのお酒を取りに行ってくれないか』ってメモを渡して取りにいかせたんじゃないですか!何ですか私が魔族だとか勇者御一行の命を狙ってるとか!」
その言葉にカールから、
「へ!?」
という素っ頓狂な言葉が飛び出す。ピーチはポッケをごそごそと漁って、丸まっている紙を広げてカールにズイッと差し出した。
「ほらこれがそのメモです!覚えてますよね!」
グシャグシャになっているメモを後ろから覗き込んでみると、『モッティ・ウィスキー五十年物、ラーディタイン三十年物、タッキルゥ三十年物、ミルティ二本』と書かれている。
「私はそのメモ通り持ってきて、支配人に渡したらあちこち確認したあと満足気に持っていったじゃないですか。それも覚えてますよね?」
念を押すようにピーチが言うと、カールは慌てて老眼鏡を頭の上にあげて、メモをマジマジと見た。
「いやこれは…私の字じゃない…」
しばらく沈黙が流れた。
するとピーチはチラチラと厨房を見る。
「用事が済んだなら戻っていいですか?今仕込みで忙しいから長く抜けてたら先輩に怒られます」
厨房に戻ろうとするピーチをカールが慌てて引き止めた。
「あ、ちょっと待って、このメモに同じ文字書いてくれる?モッティだけでいいから」
ペンを渡すと女の子は、はい、と言いながらモッティとだけ書いて去って行った。
元々書かれていたのはスラッとした流れるような文字だけど、ピーチが書いた文字はまさに女の子らしい丸っこい文字。同一人物が書いた文字には思えない。
「…魔族はカールにも化けてたってこと?」
私が皆に視線を向けながら言うと、ガウリスも、
「ではないでしょうか。カールさんに化け書いたメモをピーチさんに渡し、それを支配人として受け取ったうえでアレンさんに化け、私たちの部屋に来た…」
そう考えると…今私たちが相手にしている魔族って二重に予防線を張って自分の正体を隠したりしていて…かなり慎重で、見つけようとすると厄介な相手なんじゃ…。
「謎は…迷宮入りか…」
そんな中、カールは背を伸ばし芝居風の口調で遠くを見ていた。
モッティ・ウィスキー…モルトウィスキー
ラーディタイン…バランタイン
タッキルゥ…竹鶴
個人的に好きな酒からもじりました。日本酒と焼酎も好きですが。
「哀愁溢れるカナブン」「ダディー待ってたよ」というお酒も名前に惹かれて買ったらとても美味しかったです。
ミルティはモデル無しです。牛乳+紅茶でスッと名付けました。




