まさかの性転換!
「…んん…」
私は寝返りを打って、大きく息を吸い込んで背伸びをして起き上がった。
置き時計を見ると時計の針が七時四十分ほどを差している。
思ったより早めに起きちゃったけど、なんだか気持ちよく目覚められた。昨日ミルティを飲んだからかしら。
あくびをして起き上がって、もう一度大きく伸びをした。
二度寝しようにもあまりにもスッキリと起きちゃったからもう眠れそうにもない。顔でも洗って朝食を食べに行こう。
顔を洗おうと洗面所へと向かう。歩いているといつもとは違う妙な違和感を感じた。でも何かが妙なのだけれど、何が妙なのかと思うとよく分からない。
まあいいかと洗面所で楕円形のお洒落な鏡の前に立って、鈍色に光る蛇口をひねって水を出し、顔を洗う。
目をつぶりながらタオルを引き寄せて顔を拭き、目を開けて鏡を見た。
「…ん?」
思わず眉間にしわを寄せて鏡を見る。
サラサラの金髪をゆるく伸ばした髪型の、女顔の男が…女物の寝間着をまとって鏡の中にいる。
え?と後ろを向くけど、誰もいない。
前を向いた。鏡の中には困惑している表情の女顔の男がまだ鏡の中にいる。
もう一度バッと後ろを向いて素早く鏡に目線を移す。混乱顔の男が私と同じ動作で見返してくる。
「えっえっえっ!?」
自分の顔をベタベタ触ると、鏡の中の男も同じように口を開けて、顔を触っている。
「ええっええええっ!?」
ひとしきり叫んでから呆然と鏡を見つめていると、鏡の中の男も呆然とした目で私を見つめてくる。
…鏡の向こうに誰かいるのかしら。そうよ、きっとそうに違いないわ。だって鏡に映ってるのは私じゃないもの…。
「現実を見ろ」
洗面所の外から聞き覚えの無い女の子の声が聞こえてきて、ビクッと体を震わせて洗面所の外に首を向ける。
そこには長い黒髪を綺麗に切りそろえた愛らしい顔の女の子が腕を組んで、私を見上げてきている。…それよりこの子、胸デカッ!組んでる腕が胸で隠れてるじゃないの…いいえ違うわ、それより…!
「誰よあなた!」
急に現れた女の子に声を張り上げるけど、耳に聞こえる自分の声に違和感を感じた。思えば声がいつもと違う。低い。
「あー、あーー」
喉を押さえながら声を出すけど、やっぱり声がおかしい。でも風邪でもなさそうだし…。
黒髪の女の子は私の行動を黙って見ていて、でも私はハッと気づいた。鍵は閉めているはずなのになんでこの女の子は普通にこの部屋に入って来たの?
「あなた、どうやってこの部屋に…」
女の子はチャラ、と中指に引っ掛けている何かを私に見せつけてきた。それには見覚えがある。
サードがよく私の部屋に侵入する時に使っているピッキング道具をリングで一つにまとめたもの…。
「…」
パチクリと目を瞬かせて女の子を見ていると、女の子は私にズイッと何かを見せつけてきた。
見るとそれは間違いない、サードの聖剣…。
「…あなた、何者…」
「サードだよ」
「…え?」
「サードだつってんだろ。てめえはエリーだろ」
「エリー…、だけど…え?」
自分はサードだという女の子にわずかに近寄ってをまじまじと見下ろす。改めて上から見ると胸が大きい…じゃなくて、何?サード?
「え…なにが?」
パニック状態で聞き返す言葉も出てこない。サードだという女の子は深々とため息をついて私を見上げた。
「昨日、この首都をうろついてる女の魔族が部屋にやって来てな…」
サードだという女の子は昨夜あったということを私に簡単に説明してきた。その話を聞いていて私はそんな、と口を押さえる。
「…じゃあ、なに?私、寝ているうちに魔族にキ、キ、キスされたってこと?」
そんな…ファーストキスが寝ているうちに魔族…それも女の魔族に奪われていたなんて…!
かなりショックだけど、それを気にしている場合じゃないし、夜中に部屋に侵入されても命を奪われなかった幸運を喜んだ方がいいのかも。…でも唇にキスするのは…好きになった男の人が良かった…!やっぱりこう、何となく、理想として…!
モヤモヤと考えてから私は頭を振って気持ちを切り替え、女の子を見る。
「それで、キスされてサードはそうやって女の子になってたってこと?けど本当にあなたサードなのよね?サードと関係を持って寝ているサードから聖剣を盗んだ女の子とかじゃないのよね?」
「俺がそんな間抜けなヘマすると思ってんのか?それにお前だって男になってんだろ」
「…」
そのふてぶてしい偉そうな態度に口調は確かにサードそのもの。それに鏡を見てもやっぱり映っているのは女の私じゃなくて女顔の男。
信じられない。でも現実。サードも私も性転換してしまったみたい。…じゃあ歩くたびに感じていた違和感って…、ううん、考えないでおこう。
ああ、でも思えば目線も少し高くなってるわ…。そうよ、感じてた違和感はこっちよ。ええ、そうよ、そうなのよ。
「それで、サードの話だとガウリスは無事みたいだけど、アレンは?」
「ここだよ、エリー」
私の言葉にまたもや見知らぬ女の子の声が聞こえてくるけど、アレンなのよね?
洗面所から出ると、今の私と同じくらいの身長のアレンがそこにいる。
でも髪の短さも顔つきもアレンのまま。…まあ、まつ毛が長くなって唇が前よりピンク色になっていて身体もほっそりしているから女の子らしくなってるけど、ほぼ変わらないわ。
洗面所から現われた私を見たアレンは、驚きの表情で私の肩を掴んできた。
「エリー!やっべえ!髪の毛縮んでんじゃん!」
縮んでると言われても困るのよ。
でも同じ目線でアレンの顔を見るのって新鮮だわ。…改めてよくよく見てみるとアレンって案外と女顔?だからあんまり見た目も変わらないのかしら。
するとアレンはおかしそうに笑う。
「今の俺めっちゃ母さんに似てんだぜ、ウケる。やっぱ俺母さんの血が濃いんだ」
ああ、お母さん似なの。だからね。
「やはりエリーさんも性別が変わっていましたか…」
唯一キスされてないガウリスは男のままで、痛ましそうに私を見ている。
「そうなの、今起きたらこうなってたの」
困惑しながらガウリスに言うとアレンは私の肩をポンポン叩く。
「大丈夫、エリーはイケメンになってるから安心して」
「そういう問題じゃないのよ」
「男の見た目のわりにクネクネしてるけどな」
サードが馬鹿にするように言ってきて、ムッとなる。
「当たり前でしょ、女なんだから!」
「なんかそう言われるとオネエに見えるな」
アレンも楽しそうに笑ってサードの言葉に乗るのに腹が立って、
「やめてよ!」
とアレンを平手でドンッと突き飛ばすと、アレンが思った以上に軽い。アレンは大きくよろけてガウリスにぶつかった。
「え、あ、ごめんなさい…!」
あわあわと手を動かしてアレンの肩を掴んでしっかりと立たせる。いつもはアレンをこうやって力を込めて突き飛ばしてもビクともしないのに…!
アレンは私に突き飛ばされたのに驚いた表情をして、何かの考えに行きついたみたい。
「あれ…もしかしてこれって自分たちの力とかも女になったり、男になったりしてるってこと?」
アレンは顔を青ざめた。
「えー!今まで体鍛えてたのに、それが全部パァになったってこと!?嘘だろー!?」
アレンはガックリとその場に膝をついてうなだれた。
「今更かよ。俺なんて手が小さくなって聖剣がつかみにくくなっちまったし、重い」
クソ、とサードは憎々し気に手に持っている聖剣を睨んでいる。でも顔を上げて、皆の顔を見渡した。
「まず朝飯の前に軽くこれからどうするか話すぞ。いいな」
もちろんだわ。こんな状況で話し合いより朝ごはんなんて気分にもならないもの。
皆で長いテーブルについて、サードはさっき説明したような簡単なものじゃなくて女の魔族がどうやって自分の部屋にやって来て、そして去って行ったかを説明した。
私の姿に変身してサードを誘惑した話には、私の姿で何してくれてんのよという苛立ちが湧いたけど。
「じゃあ、このウィーリを周回してる魔族ってのは女で、その女の魔族がどこに居るかは分からなかったんだな?」
アレンが聞くとサードは大きく頷く。
「もう二度と会うことは無いっつってたから見つけられるわけがねえって高をくくってた。それほど逃げ延びられる自信があるんだろ。
そりゃそうだ、姿も自由に変えられて、体を蝙蝠にしてバラバラに飛んでおけばただの野生動物が飛び回ってるだけと思われる。見つけるのは難しいぜ」
私も頷いて話を聞いているけど、ふと横にあるミルティのボトルを見た。思えば寸胴型のポットに突っ込んだまま。
しまった…貴族育ちなのにこんなマナーの悪いことをしていたのを皆に見られたくない。そうだわ、皆がサードの話に集中している今のうち…。
何ともない顔でスッとミルティをポットから引き抜くけど、ガウリスが私の動きに気づいて顔を向けてくる。
「ああ、それは昨日アレンさんからいただいたお酒ですか?」
見られた!?それともセーフ!?
「ええそうよ。甘くて美味しくて、紅茶で割って飲んだら最高だったの」
誤魔化せた?誤魔化せた?それよりガウリスはボトルをポットから引き抜いたのに気づいたの?気づいていないの?分からない…!
ドキドキしているとアレンが「えっ」と言いながら私に向き直った。
「俺、酒なんて持ってきてねえけど?」
それには今度は私とガウリスが「えっ」と言う番。
「だって昨日、ホテルマンの人と話したら気が合ってお酒貰ったって…」
私が手を動かしながらアレンに説明すると、アレンは首を横に振った。
「そんなことしてないよ。だって最近の山歩きで疲れてたし、夕飯食い終わったあと風呂入ってすぐ寝たから」
どういうこと、と思っていると、サードが軽く唸る。
「…やられたな」
サードが胸をテーブルの上にドイン、と乗せながら身を乗り出して、皆で一瞬サードの胸を見たけど、すぐにサードの顔に視線を戻して話を聞く。
「きっとあのアレンもあの女が化けた姿だったんだ」
そう言われると私にも思い当たる節がある。
「そうだわ!昨日部屋まで来たアレンは妙に大人の男っぽい色気があって違和感だったの!」
「…エリー、俺も大人の男なんだけどな…大人の男なんだけどな…!俺そんなに色気もないし子供っぽい!?」
ねえ!とアレンが私の腕を掴んでガクガクと揺らしてくる。
「恐らく最初は酒を飲まねえかと誘って二人になって泥酔した所で唇を奪おうって魂胆だったんじゃねえの。…つーかガウリスも断ったのか?」
「はい、ホテルに入る辺りからアレンさんが疲れた眠い眠りたいと言っていたのに九時ごろにお酒を飲まないかと誘ってきたので、これはアレンさんの体に良くないと思いまして、今日はゆっくりお休みくださいとお帰りいただきました」
「そうやって全員に断られたから強行突破で唇を奪いに来たってところか…」
そう言いながらもサードはテーブルに視線を落として、眉をギュッと寄せて考え込んでいる。
「…おかしいな」
「何が?」
私が聞くと、サードは視線を上げた。
「あの女、なんで俺らの部屋を知ってた?俺ら男の部屋は続けて隣同士だが、エリーの部屋は俺らの泊まる部屋とは離れた場所にあるのに」
そういえば、と思っているとサードは続けた。
「それにあの女は『これで勇者御一行は終わり』とハッキリ言っていた。つまり俺らを最初から狙っていた。そしてこのホテルにチェックインして宿泊している部屋まで知っていて、そんで楽しみに目が無さそうなアレンの姿で酒を飲まねえかと誘ってきた…」
そう言われると嫌な考えが浮かんでくる。
「それって、魔族に私たちの居場所も最初から全部バレてたってこと…?」
「それと俺らの性格も口調も少なからず見て覚えたとしか思えねえ。化けた姿の細部に違和感があったにせよ、完全に別人だと誰もすぐに見抜けなかったからな」
そう言われると更に嫌な考えが浮かんでくる。
「それって、近くで私たちの行動をみていて、それでアレンとか私の口調とかを覚えて真似してたってこと…?」
このウィーリに来てから、どこでどうやって魔族に見られていたのかと思うと背筋がゾワゾワしてきた。
「…考えられるのはホテルの人じゃねえかな。チェックインする時対応したカウンターの人とか、荷物を部屋まで運んでくれた人とか、レストランのウェイターとか、クリーニングサービスの人とか…わりと俺その皆と話してたけど」
アレンは出会う人全員と大体仲良くなれるものね。でも確かにアレンはこのホテルに入ってから疲れた眠い眠りたいと言いながらもホテルの人と楽しそうにお喋りしていたっけ。
私も付き合い程度に話に参加していたけど、サードは微笑むだけでほとんど無言だったし、ガウリスはアレンが楽しそうに話していると微笑んで見守っていて、サードと同じようにあまり口を開いていなかった。
だとしたら話し方に性格を真似できるのはたくさん喋っていたアレンと、私だったんだわ。
それをホテルの従業員に化けた魔族が観察して性格に口調を覚えた…。ありえるかも。ホテルの人だったら私たちがどの部屋にいるかも調べれば分かるでしょうし。
サードをチラと見ると、やっぱり怪しいのはホテルの従業員だって思っているような顔をしている。
「…飯食ったら、支配人でも呼んで話を振ってみるか」
サードはそう言いながら立ち上がった。
失礼な記憶で母を偲ぶ息子の図
アレン
「…(サードの胸でけぇけど、俺の胸ぺったんこだな。そうだなぁ、俺の母さん見るからに胸ぺったんこだったもんなぁ。…母さん元気かな)」




