いざ別のクエストへ
「あのスライムの塔攻略しないで別のダンジョンに行こうって?」
「そう」
サードの言葉に私は頷く。
今は村に戻っていく道でちょうどよくサードとアレンと鉢合わせたから、そのままさっきラグナスからの依頼の話を切り出した所。
「ここから北に二日行ったところに古城があってね、そこのダンジョンの魔族が陰険で陰湿で、ここにいないような毒を持つものを川上からこっちに向かって流しているらしいのよ。前金としてお金ももらったわ」
「前金…ってことは攻略成功したら追加報酬もあるってこったな」
サードがあごに手を当ててニヤニヤと笑っている。本当にそういうところの頭の回転はすこぶる早い。
「で、前金はいくら?」
帳簿に値段を書き込もうとアレンはペンを用意する。
「金貨五十枚」
「はぁ!?」
アレンがペンを取り落とした。
「ど、どこの金持ちからの依頼受けたの?っていうかヤバい仕事じゃないよな、それ」
アレンが心配そうな顔をしているけど、私はなんてことないという顔で見返す。
「ちゃんとした依頼よ。さっきも言った通りそこの魔族が陰険陰湿な嫌がらせをしてきて、それも毒をもつものをこっちの村の方向に流してるからどうにかしてっていう」
「…ふーん。で、どんな奴だ?依頼してきたのは」
「あっちの小屋でスライムの塔周辺の調査をしてる生態調査員で、ラグナスっていう名前の…」
女の子で、と続けようとすると、サードはチッと舌打ちをした。
「男か」
…確かにラグナスという名前は大体男だけど…。まあ勘違いしたならそれでいいわ。
「そういえば塔の中で会った女の子はどうしたんだ?」
「ああ、あの子。あの子は…」
説明しようと口を開く。
でもその途端に曖昧な記憶しか思い出せず、アレンが転移した後あの女の子とどうなったのかよく思い出せない。
名前も聞いてどこかで座りながら話をした気がするけど、名前すら思い出せない。
混乱のまま黙りこんでいると、朧気な記憶が浮かんできた。
「あ、そうだわ。結局一緒に転移して外に出たから、そこでお別れしたの」
そこから朧気な記憶が次第に繋がって来る。
「その後にラグナスに勇者御一行だよねって話しかけられて、この依頼を受けたのよ」
そうだそうだ、何でついさっきあったことをすぐに思い出せなかったのかしら。
「生態調査員…にしちゃあずいぶんと羽振りがいいじゃねえか?」
サードも怪しいものを感じ始めたのかそう言ってくる。
「だけどその追加報酬も結構いいものが貰えるのよ。私も初めて見るレアアイテムもあったわ。魔界の水とか魔界の薬草とか、ドラゴンの牙一揃いとか…」
「偽物だろ」
サードは吐き捨てる口調で言い切った。
市場だと偽物の横行が激しいものばかりだからサードも本格的に怪しみだしている。
けど前金も貰ってるんだしここで行かないと言われたら困る。
「あれは本物よ」
確かにあれは本物だったと説得しようとするとサードに呆れた顔で、
「本物見たこともないくせに何が本物だよ」
と一蹴される。
「だって…」
なおもあれは本物だと言いかけて、ふと疑問に思った。
そう言われれば本物すら見たことがないのに、何であれは本物だと私はこんなにきっぱりと言いきってるのかしら。
何で…と考えてもそこから頭が回らなくなってボウッとしてしまう。
「だが前金の金貨五十枚はもらってるんだな?」
「うん、これ…」
お金の入っている袋をサードに渡す。
サードはその袋を受取り、中身を開けた。そして袋の奥まで手を突っ込んで金貨をひとつかみ取り出して軽く手の平の上で遊ばせる。
金属のぶつかるキンキンいう音が響く。
サードはランダムに何個か噛んで、噛んだところをじっくりと眺める。
「偽金じゃねえな」
サードは疑り深い。宝石や金貨で払うと言われると自分でこうやって本物かどうか確認してから受け取っている(もちろん、支払う人を言葉巧みにその場から遠のけさせてから)
「うわすっげー。これマジで全部本物の金貨か。エリーも見なよ」
アレンもその噛んだ跡を見て歓声をあげているけど、そんな噛んだ跡を見ても本物かどうかよく分からないからと断った。
アレンはまだ商人の出だから金貨が本物か偽物かと分かるでしょうけど、サードはどこでその知識を手に入れたんだか…。
「そうだな。前金はしっかり貰ったし…行きますか」
急に爽やかな笑顔になってサードは顔を上げる。
向こうから冒険者たちがスライムの塔に向かって歩いてきたから。
「けどそんなレアアイテム、マジでもらえるもんかな?」
サードは通り過ぎる冒険者に会釈してやり過ごしたあとアレンの言葉に答えた。
「貰えないなら代わりの物をいただくまでです」
爽やかな笑顔と優雅な口調で何て物騒なことを…。
でもやっぱり妙な気がして私はうーん、と唸りながら頭をかかえた。
塔で出会ったあの魔道士の女の子からあれこれ話を聞いて別れて、ラグナスに依頼を頼まれた…はずなんだけど、思えばあの魔道士の子も小屋にいたような気がする。
でも考えれば考えるほどに頭の中が真っ白になる…。
「髪の毛を触ってはいけないと何度も申しておりますのに」
柔らかい口調のサードに腕を掴まれ、背中側にグリンひねり上げられる。
「イタタタタ!」
「だから女の子にそういうのやめろってサード!」
アレンがサードの腕を掴んで引き離す。
「美しい髪の毛が保たれるように注意を促しているだけですよ」
「せめて口で言ってよ、バカ!」
肩をさすりながらサードを睨む。このまま骨がゴキンと折れたらどうするつもりなのよこの男。
「けどエリーもどうしたんだ?さっきから話してる最中にボーっとしてるけど…」
アレンが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「それが…あの魔道士の女の子から重要な話を聞いたから二人にも伝えておこうと思ってたことがあったんだけど…それがどうしても思い出せなくて」
「転移した時に頭でも打ったか?こぶできてないか?」
アレンは私の髪の毛に指を突っ込んでワシャワシャと探り、そんなアレンの背後にユラリとサードの影が揺れる。
「アーレーンー…」
サードがアレンの両腕を掴んで背中に回した。
「美しい髪の毛を保つ協力はしてもらわないと困ります」
「イデデデデデ!関節!関節決まってる!ギブギブギブ!」
アレンは腕が二つとも背中にねじられ、前のめりになって足をジタバタさせている。
「つーかてめえアレン、まがりなりにも武道家なのにあっさり関節決められてんじゃねえよ!」
冒険者が見えなくなったからサードは背中にひねり上げた腕を更に上に押しあげる。
「ギャー!イデデデデデ外れる外れる肩が外れる!」
* * *
「えっ。じゃあ勇者様方はあの塔を攻略しないで別のダンジョンに行くと?」
宿屋の主人が驚いた顔で声をあげた。
「ええ、そちらのほうが倒すべき緊急性が高いと判断しましたので。噂ではそちらのダンジョンからこちらの村に毒をもつ何かが川を伝って流れてきているという話なのですが…何かご存知ありませんか?」
毒と聞いて宿屋の主人の顔色がサッと悪くなった。
「いや…今のところそんな毒がどうのこうのなんて話はこの村では聞いてないですが…それって本当なんですか?」
まさかそんなことが起きているなんてと怯えた顔の宿屋の主人に私は声をかける。
「ラグナスって分かるかしら。あの子が被害の少ないスライムの塔よりそっちの古城のダンジョンをどうにかして欲しいって討伐を私たちに頼んできたの」
その言葉に宿屋の主人の顔が「ああ」という顔つきになる。
「ダンジョン周りの生態調査してるって言ってたもんな。なるほど、ラグナスが…。最初は生態調査員なんて怪しいって皆も警戒してたんだけどなぁ。
そっか、いつもその辺ブラブラ歩いてるようにしか見えないけど、ちゃんとそういう仕事もしてるんだ…」
その言いぐさに思わず吹き出してしまいそうになったけど、口に力を入れて笑いを耐えた。
「じゃあこれが今日の宿泊分のキャンセル手数料…」
アレンがサササとお金を主人の目の前に置く。
「いやいや、いいんですよ」
それでも主人は首を横に振りながら出されたお金を押し戻してきた。
「勇者御一行に泊まっていただいたおかげで、朝から勇者の泊まった宿として人が流れ込んできてまして。おかげで昨日から今までで数ヶ月待ちになるくらい予約が殺到してるんですよ。ですからこれくらいの手数料なんてとてもとても…」
主人はお金をアレンの手に握らせてとにかく押し返す。
「えー、けど…」
申し訳なさそうな顔をするアレンの肩にサードはそっと手を置いた。
「こう言ってくださっているのです。つまらない意地を通し合うより、ここで有難く恩を受けたほうがお互いに気持ちよいでしょう。受け取っておきなさいアレン」
意訳すると「要らねぇっつってんならもらっておけ」ってことね。この男は赤裸々な本音を瞬時に耳障りのいい建前の言葉に置き換えるのが本当に上手なのよ、呆れる。
それでも主人もお金を受けとるつもりも無さそうだから、私とアレンは「ありがとう」と頭を深く下げてお礼を言っておく。
「や、やめてくださいよ、勇者様御一行にそんな頭下げさせるなんて…」
宿屋の主人は恐縮せんばかりに頭を下げ続けている。
「では参りましょうか。主人、奥様にも感謝の言葉をお伝えください」
サードも最後に軽く会釈をしてから宿屋を出ると宿屋の主人は宿の外まで出て見送りする。アレンと私も手を振ってからサードの後ろに続いた。
「それで、その古城のダンジョンのことなんだけど…」
アレンが歩きながら地図を広げて話し始める。
「街道沿いにいけば途中に町もあるし楽に行けそうだぜ。古城に行くためには古城近くのこの町から森に入って少し歩いたらたどり着けそうなかんじで、地図を見る限り開けた森みたいだから歩きやすそうだぜ」
アレンは地図からそのあたりまでの歩くルートを考えるのがとても得意なのよね。これも商人の才能のおかげなのかしら。
「お、勇者様!こっちこっち!」
急に脇から声がかけられて目を向けると、酒場の外で飲んでいるおじさんが顔を赤くしてこちらに向かって手招きしている。
服装的には軽装だけど、それでも旅をしている人だろうなと思えた。なぜかというとかなり服が土で汚れている。
そして私たち三人は瞬間的に目を合わせる。
酔っ払い相手だと俺の表向きの態度が気に入らねえって喧嘩売られるかもしれねえからパス、とサードの目が言っている。
私だってあんな酔っ払いのおじさんは相手にしたくないわと目で訴える。
じゃあ俺だなとアレンが動く。
「どうかした?」
アレンが近寄るとおじさんはヘロヘロ手を動かしてなおもアレンを招き寄せる。
「俺ね、情報屋なの。買わない?」
それを聞いたアレンは、うーんと悩む。
「情報にもよるんだけどなぁ。どんなのがあるんだ?」
「聞いたよぉ?あのスライムの塔に行くんだって?」
おじさんは身を乗り出しながらお酒をすすめたけどアレンは手を振って軽く手を振る。
「実は予定が変わって別のダンジョンに行くことにしたんだよ」
「ええ、うそーん」
おじさんはがっくりと落ち込んだけど、すぐに表情を切り変えて顔を上げた。
「じゃ、次どこ行くの?」
「ここから二日ほど北に行ったところにある古城のダンジョンで…」
「ああ、あそこ。あそこの情報もあるんだけど、買わない?」
どこまでも情報を買えとばかりにおじさんは食らいついてくる。
私苦手なのよね、こういうどこまでもグイグイくるタイプ。一回断られたら諦めればいいのに…。
私は不愉快だけどアレンはそうでもないみたいで、いつも通りの顔でおじさんの対面に座った。
「えー、ほんと?どんな情報あるの?」
「おう、色々あるよ?あの古城に出るモンスターと、城の中のマップ、街道での危険ポイント、あとはとっておきの裏情報ってね」
おじさんからもさっきまでの酔っ払い体の顔が消えてどこか仕事の顔つきになる。
本当に酔ってたのかしら、それとも酔ってたふりをしていたの?と少し疑問になったけど話は進んでいる。
「城の中のマップなんてあるんだ?本物?」
アレンが聞くとおじさんはウンウンうなずく。
「これは確実なマップだよ。大昔あの城を建てた建築家の家にあったマップだからね。使用人の部屋からトイレ、王様の玉座まで全部正確に書いてるマップだぁ」
おじさんが汚い袋から丸めた紙を取り出してフリフリと揺らす。
「おっとその分、このマップは値は張るぜ。なんせこの原本自体の値も張ったし、一枚一枚丹精込めて細部まで書き写したもんだからね。オッサン、最近老眼が始まったんだか書き写すのが大変で大変で…」
「へぇー、ちょっと見せてくれよ」
アレンがその紙をちょいと触ると、おじさんは慌てて後ろに引いた。
「だめだめ、買ってくれなきゃ見せられないよ。値段は一枚で銅貨三枚。紙も耐火性・耐水性に富んだ破れにくい紙だからちょっと値は張るが、これがあると無いじゃ攻略にも差が出るよ」
「ふーん、じゃあそれは一旦置いといて城の中のモンスターって?」
アレンは銅貨にも満たない一般的によく使うコインを一枚出しておじさんの前に差し出した。どうやら話が信用できる相手と思ったらしい。
本格的に商談を始めようか、という合図だわ。
「古城らしく、鎧を着た騎士形のモンスターが現れるらしいね」
おじさんが話すのを止めてアレンを見ている。アレンは三枚のコイン取り出しておじさんの目の前に置いた。
「倒した奴の情報によると、中身は空洞。それでもガシャガシャ動き回ってるらしいや。それで倒す方法なんだが…」
おじさんはまた黙り込んでアレンを見る。アレンはまた三枚のコインをおじさんの前に置いた。
「普通に人間と同じさね、足がもげれば歩けないし、腕が抜けたら剣は持てない、ついでに首がもげると再起不能。だが、剣を持って襲ってくる奴の鎧を外すなんてそうそう簡単に出来やしないと思うがね」
「ふんふん」
アレンは頷いて、更にコインを五枚取り出したけど、おじさんの目の前には置かないで自分の手の内でもてあそんでる。
「とっておきの裏情報ってどんなやつ?攻略?それとも別の話?」
たまに裏情報って言っといて、どうでもいい話でお金をふんだくる情報屋も居るから裏情報は気をつけないといけないんだぜ、とアレンは一度ぼやくように私に忠告してきたことがある。
多分どうでもいい話でお金をふんだくられてしまったんだろうなとその時思ったけど…。
だからある程度アタリを付けてからお金を払うと暗に言っているんだわ。
「命にかかわることだから、聞いて損はないと思うがね」
お互いに静かになって黙り込む。アレンがお金を差し出してこないのを見たおじさんが根負けしたのか、身を乗り出した。
「命に影響のある話さ、動けなかったらダンジョンなんて攻略できないだろ?」
「もしかしてそれって毒の話?川から流れてきてるっていう?」
アレンがそう言うと、おじさんは驚いたように目を見開いた。
「知ってるのか?つーかなんで川?川を流れてきてるってのか?」
「古城方面からこっちに毒の何かが流れてきてんだって。だからまず古城に行くことにしたんだ」
おじさんはしばらく目を見開いてポカンと黙り込んだ後に吹き出した。
「さっすが勇者御一行だ、情報屋よりも情報が早いや!」
おじさんはコップに入った酒を一気に空けると、受け取ったコイン七枚全てアレンに返して、更にコインを三枚増やした。
「その情報はどこから聞いた?」
どうやら逆に情報を買おうとしているみたい。
「生態調査やってるラグナスって奴からうちのエリーが話を聞いたみたいでさ。でもその毒ってそんなに命に関わるひどい毒なの?」
アレンがコインを四枚持ち上げておじさんに渡すとおじさんは話す。
「おう吐と頭痛が酷いみたいだ。なんせ町の半数以上の奴らが同じ症状でふせってるし、体の弱い奴や赤子が感染したら衰弱して死ぬ可能性も高まってるって話だ。
伝染病じゃないかと国の医師集団が調べてる最中みたいだが…。川から流れてくるってことは水か?水が原因でそんな状態になってんのか?」
おじさんはコインをアレンに二枚渡すけど、アレンは受け取らずにそのまま返した。
「そこは俺らじゃなくてラグナスって人から聞いたほうがいいぜ」
おじさんは思わずフン、とおかしそうに鼻で笑う。
「さすが勇者御一行だ、話合いも誠実で気持ちがいいや。大体の奴はコイン受け取ったら後は知らねえで終わりだ」
「それじゃあ、その古城のマップもらおうかな。ええと銅貨三枚…」
アレンが財布を取り出してごそごそとしているとおじさんは指をピースの形にする。
「まけてやる。銅貨二枚」
「マジで、いいの」
アレンが顔を上げるとおじさんはニヤニヤ笑い、
「勇者御一行なんて偉そうなだけと思ってたら噂通りのすげえ奴らだったからな。どうせ話合いもろくにできない脳筋で金ふんだくれるかもって思いきや情報を手に入れる早さも商談も段違い、こりゃ世間からもてはやされる訳だ。そんじゃそのマップ使って頑張ってくれよぉ」
おじさんはご機嫌な顔でマップを手渡しアレンに握手を求めた。アレンもガッチリと握手をして何度か振った後にお金をテーブルの上に置く。
「じゃあ行こう」
アレンはいつも通りの顔で私たちと合流してマップを自分の荷物入れに入れる。
アレンのこういう話合いはいつもお互いに気持ち良く話がまとまって終わる。
こういうのを見るとやっぱりアレンって商人として一流なのよねと思えるわ。武道家なのに。
昔の硬貨を一通り触ったことがあります。
江戸時代の寛永通宝が触れ合うとするとオモチャのお金(プラスチック製)を触れあわせたような音がします。音がすごく安っぽい。本物なのに。
大飢饉があった天保時代の金はでかい。何があった。
そして昭和の戦時中の硬貨は素材が安いのばっかだった。時代を感じた。